26 公爵令嬢ジェーンと交流
マリー様と話をして、気持ちがスッキリした私は、もう一つの問題に向き合うと決めました。
交流希望のリストに目を通すと、レリック殿下を慕う多くの令嬢方が名を連ねています。
きっと、私に物申したい事が沢山あるに違いありません。
その中の一人を選びました。
「次はサース公爵令嬢のジェーン様と交流致します。」
ジェーン様は私と同じロイ先生から学んでいました。
赤薔薇を連想させるような、赤い長髪のウェーブと、ぱっちりとした大きな目に輝く赤い瞳、ぽってりとした赤い唇が魅力的なジェーン様は、その美しさから、赤薔薇姫と呼ばれて社交界では有名です。
ダンスやマナーレッスンの時に何度もお会いして、お互い顔見知りです。
社交界デビューする数年前、ダンスの講習会で久々にお会いしたジェーン様に捕まりました。
「セシル様、ちょっとよろしいかしら。私、美丈夫ファンクラブを発足したいの。」
「美丈夫ファンクラブとは何ですか?」
初めて聞く単語です。
「見目麗しい美丈夫を愛でる会よ。ピューリッツ王太子殿下やレリック殿下、アレクセイ様や、カイン様は当然として、あと、王国騎士団の皆様辺りかしらね。皆様の趣味等を調査して情報誌を作る予定よ。そして、同じ趣味を持つ仲間と、キャッキャウフフしたいの。」
キャッキャウフフは分かりませんが、楽しそうで何よりです。
「そうですか。応援しております。では。」
お話も終わったようなので、立ち去ろうとしました。
「お待ちになって!」
今までにないほど力強く手を握られた事は、今でもハッキリと覚えています。
「最初の会報誌はカイン様を取り挙げたいの。何でも良いから情報をくださらない?お願い。」
ジェーン様の目的はお兄様の情報だったようです。
他の方々は手が届きませんが、私の家族ならば他の方よりは身近です。
「……取るに足らないような事しか聞けないかもしれませんよ。」
「その、取るに足らない事を私は知りたいのですわ!」
ジェーン様の熱意に負けて、お兄様に相談してみました。
「俺で良ければ、普段衣服で見えない黒子の位置まで教えよう。」
幸いにも、お兄様はノリノリで了解してくださったので、好きな食べ物や色、ついでに右鎖骨下の黒子と、取るに足らない情報を提供しました。
何の情報が良かったのかは分かりませんが、発足間もない美丈夫ファンクラブの会員は爆発的に増えたそうです。
現在、社交界で美丈夫ファンクラブを知らない方はいません。
全ての令嬢が会員だと噂されているほどで、少数ながら男性会員もいるそうです。
会報誌には、見目麗しい男性の夜会出没情報を中心に、人気投票、妄想物語(読んだ事はありません)等が載っているそうです。
言わずもがな、サース公爵令嬢のジェーン様はそのトップに君臨する方なのです。
つまり、ジェーン様に敵とみなされれば、ほぼ全ての令嬢……だけでは済まないでしょう。
少数ながら、男性からも敵視されるのは必至です。
「セシル様、ご婚約おめでとうございます。ちょっとよろしいかしら。」
ジェーン様は赤い髪を指で弄りながら、美しい赤色の瞳で力強く私を見据えました。
「お祝いの言葉、有り難うございます。何なりとお話下さいませ。」
ちょっとはジェーン様の口癖ですが、今まで、ちょっとで終わった記憶はありません。
交流目的なのですから、それも覚悟の上です。
「殆どの令嬢がレリック殿下と結婚を望む中で、セシル様だけが殿下に興味無さそうだったと認識しておりましたが、私の認識が間違っていたのでしょうか。」
ムッとしておられます。それもそうでしょう。
ジェーン様は最もレリック殿下を愛でていた方の一人で、婚約者候補とも噂されていたのです。
「いえ、合っています。そもそも婚約者がいたのですから、他の方に興味を示すなんて考えにも及びませんでした。」
ジェーン様は溜め息を漏らされました。
「セシル様は一途でしたものね。私としては、目の保養なんて、いくらいても良いと思っておりますけれど。ただ、婚約破棄された直後に殿下の心を射止めるとは、一体どういう事ですの?是非方法を伺いたいのですが?」
ズイッと顔を近付けられました。
相変わらずジェーン様はとても美人です。
女性の私から見ても目の保養ですので、全然怖くありません。
「どうかしていたのです。まさか、こんな事になるとは、私も思っていなかったのです。」
箱を開ける事が秘匿任務に繋がっているなんて、誰が予想出来たでしょう。
秘匿任務の為に婚約しました、なんて絶対に言えません。首が飛びます。
「ちょっと、まるで殿下との婚約を罰ゲームみたいに言わないで頂けます?正直、私、セシル様を認めておりますのよ。」
「え?」
ジェーン様から予想外の言葉を頂きました。
「殿下に惚気てダンスが下手くそだったら、認めてなるものか!なんて思っていたのです。ですが、殿下とのダンスは、今まで見た誰よりも息が合っていて素晴らしかった。セシル様は常に優雅で美しく、見せる気配りをされて素敵でした。何より、あんなに素敵な殿下の笑顔を引き出せるなんて、ファンとしては最高でしたわ。」
殿下が笑って下さったお陰で、首の皮が繋がったような気持ちです。
殿下に後でお礼を伝えておきましょう。
「有り難うございます。美しいジェーン様に褒めて頂けるなんて、光栄です。」
ジェーン様は少し呆れたような顔をされました。
「セシル様って自己評価が低いようですが、相当美しいのですよ。令嬢方も憧れている方が多くいらっしゃって、交流希望されていましたもの。」
私に憧れる?意外です。
「そうなのですか?てっきり殿下に相応しく無いと物申したいのかと。」
「それはまあ……ですが、あのダンスを見たら、そんな気持ちも萎えてしまいますわ。だって、明らかに殿下がセシル様に夢中ですもの。先ほどの交流ダンスだって、殿下は相手になった全ての令嬢に、セシルを宜しく。なんて、それはそれは甘い笑顔で言うのですから、ファンとしては、認めるしかありませんわ。」
「そうだったのですね……。」
それは婚約を諦めて貰う為に殿下が演じているのです。なんて言えません。
「そうそう、セシル様も令嬢から人気と言いましたが、ファンクラブ内で物語を書いている令嬢が、カイン様とセシル様を題材に『禁断の愛』なんてタイトルで恋愛物語を書いていまして、令嬢の間で、とても人気ですのよ。」
「え!?私と兄様が!?」
まさか、そんな目で見られていたなんて。
「ええ、先ほどのダンスも、セシル様を愛おしそうに見つめるカイン様の姿に、きっと創作意欲を搔き立てられた事でしょう。あと、アレクセイ様との話も書かれるかも知れませんわね。略奪愛、でしょうか?」
うふふふ、とジェーン様が楽しそうに微笑んでいますが、全然笑えません。
「セシル様、それくらいはお許し下さいませ。あと、カイン様の情報だけではなくて、レリック殿下やアレクセイ様の情報、それと騎士団の情報もくださいませ。王太子殿下は流石に難しいでしょうけれど、それで私達ファンクラブは大いに応援させて頂きますわ。」
ジェーン様達と敵対なんて、とんでもございません。
応援して頂けるなら、これ程心強い味方はいないでしょう。
「分かりました。本人の了解が取れましたら、提供致します。ただ、取るに足らない情報だと思いますので、期待しないでくださいませ。」
「もう、セシル様ったら、その取るに足らない情報が欲しいのですわ。乙女心が分からない方ですわね。」
ジェーン様に呆れられたのは何度目でしょうか。
「そう、みたいです。先程気付いたのですが、私って恋愛方面には酷く鈍いらしいのです。」
「あら、そんな事、とっくに存じておりましたわ。」
「え?」
「あまり殿下にご苦労をかけないようにしてくださいませ。ああ、でも、いつも余裕な殿下がジレジレする姿なんて、きっとファンは大好物ですわ。」
ジェーン様の語彙力の豊富さに時々ついて行けませんが、楽しそうで何よりです。
ファンクラブの皆さんとも敵対せずに済みそうで、一安心しました。
ちなみに、ジェーン様は妄想すると暫らく戻って来ません。
ジェーン様の妄想の中で、殿下はどうなってしまったのでしょう。
ちょっとだけ気になります。




