20 レリック殿下の言葉
私室に戻って本棚を元の位置に戻した殿下がベルを鳴らすと、侍女長のシーナと侍女のレミが大部屋に入室して来ました。
ベルが侍女の入室を許可する合図と決まっているそうです。
「風呂の準備を頼む。その後、夕食にする。」
「「畏まりました。」」
「セシル様、ロイ様から本が届いております。用意が出来る間、ご覧になりますか?」
「そうさせて貰おうかしら。」
レミと私専用の部屋へ向かいます。
部屋には執務机と書棚、クローゼット、鏡台、ソファー、ローテーブルがあります。
執務机の上には分厚い三冊の本がありました。
宮中行事についての本でした。
本を読んでいると、直ぐに時間は経ってしまいます。
「お風呂の準備が出来ましたので、手伝わせて頂きます。」
侍女のレミに世話を焼かれて、お風呂を済ませ、髪を乾かしてから大部屋へ入室しました。
既に夕食の準備は万端で、殿下はテーブルに着いていました。
「お待たせ致しました。」
殿下の向かいに座って、思わず視線を逸らしてしまいました。
殿下が着ているラフな部屋着の開襟シャツは、第三ボタンまで外されて、鎖骨や胸板が見えています。
殿下は多くの令嬢が頬を染める程の見目麗しい男性です。
そんな方がお風呂上がりに石鹸の香りを漂わせながら、肌をさらして色気が駄々漏れになっております。
きっと本人は生まれつき、それが日常で、無自覚なのでしょう。困りました。
きっと毎日見ていれば、いずれ慣れるのでしょうが、今日は初日です。
直ぐには適応出来そうにありません。
せめて第二ボタン迄は閉めて頂きたいのですが、直接的な言い方をして、私がいやらしい目で見ていると思われるのは避けたいです。
「レリック団長、湯冷めしてしまいますので、何か羽織られてはいかがですか?」
上に着せる作戦です。
「セシル、騎士棟を出たら、私の事は団長と呼ばないように。セシルは私の婚約者で騎士では無い。今日は騎士棟へ挨拶に行っただけ。そして、時々挨拶に行く。それだけ。そうだろう?」
殿下に上着どころではない指摘をされてしまいました。
秘匿任務の為に婚約したなんて、秘密にしなければなりません。
それはつまり、秘匿任務に関わっているそれ自体も秘匿しなければならず、侍女にさえ知られてはならないのです。
だから、ここにいる私は、ただの何も知らない婚約者でいなければならないのです。
「その通りです。申し訳ありませんでした。」
「あと、食事をすれば更に熱くなるから、湯冷めの心配は無い。」
「そう、ですか。」
上着作戦は失敗してしまいました。
熱いと言われたら、ボタンを閉めて欲しいとも言えません。
食事に集中して、殿下を見ないように心掛けるしかありません。
「セシルの所作は美しい。」
突然、殿下が褒めて下さいました。
流石にお礼は、お顔を見て伝えます。
「有り難うございます。」
殿下程ではございませんと思いながら。
「騎士服も似合っていた。」
「有り難うございます。」
殿下の似合い具合には到底及びません。
心の中で付け加えます。
「美しい。」
「え?」
聞き間違えたのでしょうか?でも、確かにハッキリと聞こえました。
混乱した気持ちで殿下に視線を向けますと、殿下は色気を上乗せして、優しい笑みを向けて来ます。
「っ!」
素敵過ぎて、破壊力が凄いです。流石に胸を打たれそうです。
何故ご令嬢方は、喜び叫べるのでしょうか?声も出ません。
頬に熱が集まるのを感じて、思わず下を向いてしまいました。
突然どういう心境の変化でしょうか?
もしかして、私は口説かれ……?
いえいえ、まさか、あり得ません。
何か別の目的が……。ああ、分かりました。
褒めて任務のやる気を上げようとされているのでしょう。
真面目に取り組んでいたつもりでいましたが、嫌そうに見えたのでしょうか?
これは早めに誤解を解くべきでしょう。
そう思うと、スッと頬の熱も引いた気がしましたので、顔を上げました。
「あの、私が嫌々任務に取り組んでいるように見えたのでしたら、決してそんな事はございません。褒めて頂けるのは嬉しく思いますが、任務は真面目に取り組みますので、気を遣って頂かなくても大丈夫です。」
殿下は一瞬、顔をしかめると、真面目な表情になって、サファイアの様に美しく光る青い瞳を、真っ直ぐに向けて言いました。
「セシルが任務を嫌がっていると思っていないし、気を遣った覚えも無い。思った事を言っただけだ。」
なんて罪な方なのでしょう。
散々褒めて良い笑顔を向けた挙げ句、思った事を言っただけ?そう、言っただけなのです。
決して好意は無いのです。
例えて言うならば、お花を見て、美しい、可愛いと言うものの、持ち帰るほど好きでは無い。みたいな感じでしょうか。
殿下の言っただけに多くの令嬢が好意を持たれたと勘違いして、期待したのではないでしょうか?
「言っただけで深い意味は無いのですね。」
「ん?」
殿下が顎に手を当てています。
何か考え事でしょうか?
見目麗しい方は何気ない仕草でも絵になるのですね。
褒められて恥ずかしくなるのは、どうにも出来ませんが、勘違いしないように気を付けなければなりません。
乗せられる言葉に、好意は無いのですから。




