19 セシル(レリック視点)
私、レリック・カートンは、ガリア王国の第二王子だ。
七歳の時、貴族に騙された。
知らなかったとはいえ、慕っている兄に毒入りジュースを飲ませてしまった強い罪悪感から『存在を消す加護』が発現した。
二十四歳になった現在。
王国騎士団内の赤騎士団団長として、存在を消す加護を使いながら、国の為に日々、任務をこなしている。
二日前に行われた建国祭の夜会では、存在を消し、余興として出された『魔を吸引する箱』を見張る任務をしていた。
運命のいたずらか、その日初めて会話をしたアセンブル伯爵家の娘セシルに、強引なやり方で婚約を申し込んだ。
その後、父上の協力を得て王家の権力を使い、翌日にはセシルとアセンブル伯爵夫妻を王宮に呼び出した。
その場で正式に婚約を成立させると、そのままセシルを私の部屋に住まわせるよう、持ち込んだ。
セシルに惚れて、どうしても欲しかった訳ではない。
国や王家の為、早急に取り込まなければならなかった。
それには婚約者のいない私が適任だった。
それが真実だ。
この婚約に恋愛感情は無い。が、誠実であろうとする気持ちはある。
おそらくセシルも同様の気持ちなのだろう。
昨日の午後から今日の午前中まで、私達はまだ、一日を共に過ごしただけだ。
意外にも、セシルは私に恋愛対象として好かれようとか、好かれたいと微塵も思っていないようで、私を一人の男としても意識していないらしい。
今まで見目麗しいと言われ、多くの令嬢に言い寄られてきた。
それが嬉しくない訳ではないが、正直、疲れも感じていた。
それに対して恋愛対象として全く意識されない状況は、案外気楽で、声をあげて笑ったのも、驚いた時に素直に驚いて感情を表に出したのも、人前ではセシルが初めてだった。
任務の為に婚約すると言った私に納得して、何も求めず、真面目に努力しようとするセシルは、私にとってストレスが無く、都合の良い存在だった。
今日の午後、騎士棟へ行く前までは間違いなくそう思っていた。
しかし、項が露になったポニーテールの髪型、腰の細さや体のラインがハッキリ見える黒い騎士服に着替えたセシルに見つめられた時、胸がざわついた。
騎士棟へセシルを連れて行きたくない……。だと?
何故私はそんな事を考えた?
私の任務は、魔を吸引する箱に選ばれたセシルが、任務を受け入れられるよう教育し、解錠の加護が悪用されないよう、守りながら監視する事だ。
騎士棟へセシルを連れて行くのは、騎士達と任務に取り組ませ、信頼関係を築き、魔を吸引する箱を使わせ、経験を積ませる目的がある。
目的を見誤ってはならない。
幸い、セシルはやる気を見せている。
良いことだ。が、何故かモヤモヤする。
午後一時。
予定の時刻になり、セシルを騎士棟内にある黒騎士団の執務室へ連れて行った。
黒騎士団団長のアレクセイは公爵家の次男で独身だ。
私と同じ位、多くの令嬢から結婚を望まれている。
穏やかで人当たりは良いが、かなりの女好きだ。
出会って早々に私を追い出して、セシルと二人きりになろうとする。
どうやらセシルを気に入ったらしい。
良い事の筈だが、何故か面白くない。
話をする時間が無かったから実行しなかったが、実は最初、セシルの婚約者にアレクセイはどうかと私自身が考えていたのに、だ。
解錠の能力を確認する為、セシルを地下牢へ案内するアレクセイ。もとい、アレクがセシルの背に手を添えているのを目にして、反射的にアレクの手首を掴んで、口走っていた。
「ベタベタ触るな。」
「?別に、ごくごく普通のエスコートだよ。」
アレクに指摘されて、確かにその通りだった。が、何故かイラッとした。
牢を解錠して中に入ったセシルが奴隷の首枷を解錠した直後、急に怯えたのは驚いた。
怪我をしたのかと心配した。
幸い怪我は無かったが、あの白い華奢な肌に傷がつくと思うと、居ても立っても居られなかった。
騎士ならば、令嬢を心配するのは当然で、もし、セシルが怪我をすれば、任務に支障が出る。
だから用心して監視しているだけだ。
セシルが解錠するのを傍で見詰めながら、そう言い聞かせる自分がいた。
再び黒騎士団の執務室へ戻り、セシルが腕輪の通信機を使う練習として、黒騎士団の連中と、どうでも良いやり取りをするのも、セシルが楽しそうに答えているのも、イラッとした。
行方不明の青騎士団団長であるエドワードが予想外にも個室にいて、アレクが説得を試みている横で、セシルが何か言いたげにアレクの袖をつまんでいるのも、咄嗟に引き離していた。
今日はやたらとイライラする。何故だ?
この苛立ちが何か理解出来ないまま、セシルが取り組むべき任務の話が一区切りした。
ようやくセシルと私室に戻れる。
何故か少しだけホッとした。
「あの、何故、手を繋ぐのですか?」
セシルに指摘されて初めて気付いた。
セシルの手を握っている。
本当に無意識だった。
純粋な瞳を向けるセシルに、私は言葉を返せなかった。
繋ぎたかったから。
単純な答えが頭に浮いて、内心混乱した。
嘘だろう。私が?私から?いやいや、任務の為に婚約して、まだ二日だぞ。
「セシル嬢、男性が女性の手を繋ぐ理由なんて、一つしかないよ。分かるだろう?」
「それは、恋愛的な意味合いですか?」
私はまだ自分の気持ちを疑っているのに、アレクがセシルにする説明が分かりやすいせいで、私の方が嫌でも自覚してしまった。
だが、セシルに知られるのは気まずい。
「いざ気配を消す必要がある時、初めから手を繋いでいた方が便利だからだ。」
「それもそうですね。」
咄嗟の言い訳にセシルは納得したようだが、アレクが私とセシルを交互に見ている。
恐らく私の気持ちに気づいたのと、セシルの鈍さに何か思ったのだろう。
「アレクの言いたい事は分かるが、今は何も言わないでくれ。」
自分の気持ちを整理する時間が必要だった。
アレクの返事を待たずに執務室から逃げるようにセシルを連れて、王宮へと向かった。
今まで沢山の女性からアピールされた。にも関わらず、何も感じなかった。
それがこんなにも呆気なく陥落するか?
しかも、セシルは私を落とそうなんて気は更々無いだろう。
結婚を決めた時点で添い遂げる覚悟はしたが、それは任務の為で、今まで誰一人として特別な感情を抱いた事はなかった。
それが突然、いや、突然ではないのか?いつから?全然分からない。分かる訳がない。気付いたらそうだった。
「地下道ですし、誰もいませんから、無理に手を繋がなくても宜しいのでは?」
セシルがじっと見てくる。
綺麗なライラック色の瞳で……。美しい。
他の女性のように何かを欲しがるような、要求する目ではない。
ただ私を純粋に気遣っている心の美しさを表すような瞳に、私は惹かれてしまったのかもしれない。
「駄目だ。」
セシルの華奢な手をギュッと握った。
簡単に離そうとしないで欲しい。
無理なんてしていないし、むしろ離したくない。
ああ、もう、好きだ。
意識されない事を喜んでいたのに、都合が悪くなるとは……。
全く、予想外だ。




