11 初めてのダンス
「では、隣の部屋でダンスを見せて頂きます。」
扉の奥にある部屋は、ダンスホールになっていました。
ピアノが一台あって、直ぐに演奏出来るように女性が座っていました。
「婚約パーティーで踊るダンスは、一般的なワルツです。最初にお二人で踊って頂きます。では、一度踊って見せて下さい。」
「はい。」
「分かった。」
殿下と向かい合って互いに近寄り、右手は殿下の左手に、左手は殿下の二の腕辺りに添えました。
殿下の右手が背中に回り、肩甲骨辺りを支えながら、私をグッと引き寄せました。
見目麗しい殿下と密着しそうな程の距離に、一瞬、戸惑いましたが、ダンスとはそういうものなので、気持ちを切り替えます。
私の失態で下手なダンスをお披露目してしまえば、一緒に踊っている殿下も恥をかいてしまいます。
そんな事させられません。
幼い頃からダンスはロイにしっかりと叩き込まれていますので、恥をかかせない位には踊れる筈です。
本番のつもりでダンスに挑みました。
先ずは、淑女らしく柔らかく微笑みます。
「殿下、宜しくお願い致します。」
「……ああ、こちらこそ。」
ダンスは相手を信用する事が大事です。
殿下はダンスが上手で、殿下とパートナーになった令嬢は、誰でも素敵に踊れると有名ですから、信頼できる筈です。
遠慮なく殿下に体を預けて、驚きました。
今まで踊った誰よりも、殿下のホールドは安定感があります。
私の歩幅に会わせたリードは、とても踊りやすく、優雅さを意識するだけで、ダンスが上手になったような気持ちになれました。
「いやはや、初めてとは思えない位、お手本のように美しいダンスでした。これだけ踊れれば、練習なんて必要ないでしょう。少し難易度の高い曲も試してみましょう。」
何故難易度を上げる必要があるのでしょうか?
でも、強制的に曲が始まってしまったので、再び踊ります。
ダンスは男性のリードが重要です。
殿下のリードが完璧なので、それに合わせて優雅さを心がければ良いので、楽なものです。
「素晴らしい。殿下のリードもですが、セシル様もよく合わせております。このダンスを見れば、誰も文句なんて言えないでしょう。」
思いのほか、褒めて頂きました。
殿下が恥をかかないで済むのなら良かったです。
ロイは褒め上手。ですが、油断は出来ません。
「ただ、折角の婚約披露パーティなのですから、もう少し、お互いに愛しさを表現出来れば最高ですね。」
最後にロイが、難易度の高い要求をして来ました。
褒めてから要求する。
ロイはアメとムチが上手いのです。
任務の為に婚約した私達の関係を見抜いたのでしょうか?
ギクリとしました。
「私としたことがつい、要求し過ぎてしまいました。お二人はまだ出会って間もないと伺っております。きっと愛を育まれるのは、これからなのでしょう。今のままで充分ですので、先ほどの発言はお忘れ下さい。」
ロイはにっこりと微笑んで、時計に目をやりました。
時刻は十一時半を過ぎています。
「おや、もうお時間ですね。殿下、今後の予定ですが、妃殿下に毎日来て頂く必要はございません。王宮行事の前に、ご連絡させて頂きますので、その時に来て頂ければ結構です。後は、書物をお届けしますので、時間のある時にお読み頂ければと思います。」
「そうか、承知した。」
「では、セシル様、届いた書物は読んでおいて下さいませ。」
「分かりました。」
殿下と教育専用室を後にして、一度私室へ戻ります。
午後からは騎士棟へ行くのでした。
その前にお昼ご飯です。
既に私室の大部屋には昼食が用意されていました。
殿下とテーブルに着いて、昼食を頂きます。
昼食のメニューは、様々な種類のパンが用意されて、バターとジャムが付いています。
その他に、スープやサラダ、厚切りベーコン、フルーツまであります。
「ロイは妃教育の鬼と言われている。そのロイに家庭教師をされていたとは思わなかった。」
殿下は話ながらも、器用にパンをちぎって口に運びます。
私は、そんな器用な真似は出来ないので、食べる手を止めてから、お話します。
「私もつい最近知ったのですが、伯爵家は王族との結婚を想定して、妃教育をするのが常識だそうです。殿下に恥をかかせるのではと心配していましたが、何とか大丈夫そうで良かったです。」
ピタリと殿下の食べる手が止まりました。
喉にパンがつまったのでしょうか?
結構、口内の水分を奪われるパンですから、心配です。
「私が恥をかくのを気にしていたのか?」
喉は無事だったようです。安心しました。
「それは、はい。私と婚約したせいで、殿下が積み上げた功績まで台無しにはしたくありませんので。」
婚約者の立ち居振る舞いや、教養の無さで、王子は見る目がない、無能なんて影で言われてしまうのです。
だからこそ、私は畏れ多くて、任務だろうと、殿下との結婚は避けたかったのです。
「心配には及ばない。セシルがどんな失敗をしても、周りが何を思おうとも、私自身は変わらない。」
真っ直ぐに私を見詰める殿下は、私と違って自信に満ち溢れています。
人の目を気にせず、堂々と前を向いているからこそ、多くの令嬢に人気があるのかもしれません。
「だが、私の為に気遣う気持ちは素直に嬉しい。感謝する。」
目を細めて、優しく微笑まれました。
王妃殿下と同じ、あの、優しい微笑み方です。
「……っ、いえ、トンデモございません。」
これはいけません。素敵過ぎます。
私だって他の令嬢と同じ様に、殿下の見目は麗しいと思っているのです。
こんなに近距離で、素敵笑顔を食らってしまったら、流石に照れてしまいます。
気持ちを落ち着かせる為に、残りのパンを口に運びました。
「ジャムとバターは良いのか?」
殿下の声にハッとしました。
ジャムとバターの存在を忘れていました。
気付けば手にしているパンは、あと一口しかありません。
「今日は、パン本来の味を楽しみたかったのです。」
本当は、パンの味なんて全然しないのに、苦しすぎる言い訳をするしか出来ませんでした。




