102 カントリーハウスの夜
夕方五時頃。
観光牧場から邸に戻って、お風呂を済ませてから、晩餐です。
レリック様を招いてるだけあって、豪華な料理が並んでいます。
勿論、私の為でもあるでしょう。
私の好物が沢山並んでもいましたから。
料理人の気遣いが嬉しいです。
「殿下、観光牧場はいかがでしたか?セシルに連れ回されて、お疲れでしょう。」
「アセンブル伯爵殿、お心遣い感謝する。久しぶりに穏やかな時間を過ごせて、寧ろ元気になったくらいだ。」
「それは良かったです。ところで殿下、ワインはお好きですか?良かったらこの後、どうですか?」
「是非頂こう。」
晩餐が終わる頃、会話も弾んで、レリック様は、すっかり家族に打ち解けていました。
来客を迎えた場合、一般的に晩餐後は、男女に別れて過ごします。
男性は、お酒を嗜みながら、ゲームや会話を楽しみます。
女性は、お茶をしながら、会話に花を咲かせるのです。
「では、男だけで楽しみましょう。セシル、殿下を借りるよ。」
カインお兄様は、一方的に言うと素早く席を立って、お父様と共に、レリック様を応接室へ連れて行ってしまいました。
「あらあら、尋問タイムね。」
「尋問!?」
物騒な言葉に、お母様を見ると、うふふと意味深に微笑まれました。
「私達も場所を変えましょう。」
一階にある食堂から、サロンへ向かいました。
サロンは庭園を見渡せるように、大きく窓が作られています。
昼と違って、夜は特別な来客がある時以外、いつも真っ暗ですが、今日は庭園がライトアップされていました。
「あ。え?」
明るく美しい庭園を見て、お母様を見ると、ふふっと微笑まれました。
「セシルが帰って来ると言ったら、庭師が準備してくれたのよ。」
「こんな事されたら、嬉しくて、泣いてしまいます。」
いつも優しい皆が、今日はやけに優しいのです。
それが余計に、お別れを感じさせられて、少し寂しくなってしまいます。
「あら、セシル。もしかして泣いているの?」
「泣いていません。まだ。」
「そうよね、泣くのはまだ早いわ。今は楽しみましょう。」
お母様は、私の手をそっと取って、丸いテーブルの席に座るよう促しました。
侍従が、さりげなく椅子を引いてくれて、侍女が、私のお気に入りだった紅茶を淹れてくれます。
「婚約当初は心配したけれど、幸せそうで安心したわ。」
「はい、王子妃として、レリック様をお支えしたいと思っています。」
「あらあら、逞しくなったわね。一体何があったのかしら?」
お母様が私の顔を覗き込んできました。
言えませんが、一番は、秘匿任務を共にしたからでしょう。
でも、それだけではありません。
「レリック様が、私自身の加護も含めて受け入れて、信頼して下さったからだと思います。」
「好き、なのね。殿下が。」
しっかりと頷きました。
「はい、お慕いしております。」
「セシルがハッキリ想いを口にするなんて、初めてね。良かったわ。ねぇ?あなた。」
お母様が後ろを向くと、お父様が立っていました。
何故お父様がここに?レリック様と応接室にいた筈では?
それにしても、いつから聞いていたのでしょう。
お母様と違って、お父様に恋愛話を聞かれるのは、恥ずかしいです。
「お父様。いつから、いらしていたのですか?」
「いつでも良いじゃないか。」
「良くはないです。レリック様は?」
「カインと飲んでいる。」
いつも、お母様の隣に座るお父様が、珍しく、私の隣に腰掛けました。
侍女が紅茶を淹れると、お父様は、静かに飲み始めました。
多分、お父様は、何か用があって、サロンに来たのでしょう。
でも、何かを話す気配がありません。
「あの、お父様。レリック様を誘ったのに、応接室に戻らなくて大丈夫なのですか?」
「ああ、大丈夫だ。セシル達が出掛けている時、カインに殿下と二人で話がしたいと言われていたから、切っ掛けを作っただけで、早々に退室すると決めていた。私がいないほうが、殿下もリラックス出来るだろう。」
話す為に、一旦カップをソーサーに置いたお父様は、再び紅茶を飲み始めました。
口下手なお父様が、レリック様を誘うなんて珍しいと思いましたが、カインお兄様の為だったようです。
ふと、お母様が言った言葉を思い出しました。
尋問タイム……。
お兄様、もしかして、レリック様から何かを聞き出すつもりでしょうか。
レリック様は秘匿事項の塊みたいな人です。
口の固いレリック様が、簡単に秘匿事項を話すとは思えませんが、お兄様は空気を読む加護を持っていて、社交的で聞き上手でもあります。
誰に対しても優しくて、人が嫌がる事は絶対にしませんから、そこは安心ですが、私のように、うっかり聞いてはいけない話を聞き出してしまわないか、心配になってきました。
そんな私の気持ちに全く気付かないお父様は、相変わらず黙って紅茶を飲んでいます。
喉が渇いていたのでしょうか?
「あなたったら、セシルが帰って来るのを今か今かと待っていたのに、いざ帰って来たら、何を話せば良いのか分からないなんて、相変わらず不器用ね。」
お母様の言葉に、お父様の紅茶を飲む手が止まりました。
「アリッサ。そこまで私を理解しているなら、話題を提供してくれても良いのではないか?」
「あら、話題なら、さっき提供しましてよ。もう、お忘れになって?」
お母様が、わざとらしく小首を傾げています。
お父様がカップをソーサーに置きながら、溜め息を吐きました。
「伯爵家としては王家と繋がれるのは有難い。教育もそれを見越してさせたのだから、喜ばしい事だ。だが、私個人としては、娘が他の男に取られるのを素直に喜べない。」
意外です。
お父様は婚約に乗り気でしたし、喜んでいるとばかり思っていました。
「他の男に取られるって、ワグナーの時は、そんな事、一言も言いませんでしたのに?」
お母様が反対側に首を傾げながら、お父様を見つめています。
まるで、お母様がお父様を尋問しているみたいです。
「アレは、もう元々身内みたいなものだった。婚約も二年近い。結婚しても、セシルには、いつでも会える。だが、王家は違う。それに婚約して、たった二ヶ月だ。心の整理が追い付かん。」
そっぽを向くお父様を見て、お母様の口元が緩んでいます。
お母様が何を思っているのか、お父様が私の隣に座った理由も分かってしまいました。
「つまり、寂しいのね。」
「なっ!……当たり前だろう。アリッサは違うのか?」
一瞬、お父様とお母様の間に沈黙が流れて、お母様が柔らかく微笑みました。
「寂しいに決まっています。でも寂しがるのは、別れた後にしませんか?今はセシルが隣にいるのですもの。ね?」
「……それもそうだな。」
お父様は席を立つと、私とお母様の背後へ回り込みました。
「あなた、突然どうされました?」
何事かと、お母様と顔を見合わせていると、少しかがんだお父様が、私とお母様、それぞれの肩を一緒に抱き寄せました。
「取りあえず、私の大切な家族と、暫くこうしていたい。」
「あらあら、またカインが仲間外れになってしまったわ。」
「カインは明日、仲間に入れてやれば良いだろう。」
「それもそうね。」
私と一緒に、お父様の腕の中にいるお母様が、私の腕にしがみついて来て、ぴったりと引っ付きました。
「可愛い私達のセシル。大好きよ。」
両親には大切にされていると思っていましたが、こんなにも肌で感じる日が来るとは、思いませんでした。
「私も大好きです。お父様、お母様。」
今はまだ、お父様やお母様の娘として楽しく過ごす時間を大切にしたいから、「有り難う」とか「幸せになります」なんて言葉は、別れ際まで取っておくとしましょう。




