101 観光牧場後編
「次はお買い物です。」
レリック様の手を引いて厩舎を出てから、店が入っている建物に入ります。
「ここでは食事も出来ますが、おつまみセットを買って、好きな場所でピクニックをするのがお勧めです。」
「なるほど。外で人々がピクニックをしているのは、そういう事だったのか。いくらだ?」
「今日は私の案内ですし、褒賞金も頂いていますので、お金は大丈夫です。それに、レリック様は金貨しか持っていない気がします。」
レリック様がお金を出そうとしている袋を指差すと、レリック様の手が止まりました。
「私が金貨しか持っていないと、何故分かる。」
やっぱりです。
金貨一枚あれば、平民の大人二人が、一ヶ月暮らせると言われています。
領地よりも物価が高いとされる王都でも、一般的な貴族が普通に買い物を楽しむ程度なら、銀貨で十分です。
勿論、高級店で買い物する場合には、金貨が必要です。
ただ、王族は一般的に、王都まで足を運んで買い物をしません。
買い物する場合、王家ご用達のお店を王宮に呼びます。
その全てが高級店です。
最低額でも金貨一枚なので、支払いは全て金貨になり、銀貨を使う機会なんて訪れません。
だから、金貨しか持っていないだろうと思ったのです。
「何となくです。銀貨で支払えるのに金貨を出す貴族は、ほぼいません。いるとしたら、王家、あるいは公爵家の方くらいです。いくら変装していても、そういうところで王子だと勘付かれますから、今日は私にお任せくださいませ。」
「……仕方ない。」
レリック様は、渋々金貨の入った袋をしまって下さいました。
お摘まみセットは、チーズ、中サイズのボトルワイン、木のコップ二つと、敷物がついています。
チーズとワインは、数種類から一つ選べます。
追加でパンやディップ等を購入出来ますが、夕食も控えていますので、今回はシンプルなセットを購入する予定です。
その前に、レリック様の好みを聞いておきましょう。
「レリック様は、どんなワインがお好みですか?赤か白、重いか、軽い。甘さの好みはいかがですか?」
「赤ワインが良い。重めであまり甘くない方が好みだ。」
「分かりました。」
年代物の赤ワインと、お勧めのチーズを選んで、おつまみセットを購入しました。
「皆さん、この周辺で落ち着くのですが、私のお勧めは丘の上ですから、少し馬で移動します。」
馬場に戻って馬に乗り、緩やかな坂を登って、丘の上にやって来ました。
木が数本生えているので、適当に馬を木に繋ぎます。
馬から少し離れた木陰に、おつまみセットを包んでいる布を広げて、座るように勧めました。
「ここは私の一番好きな場所です。風がとても涼しくて、人も来ません。静かで景色も見渡せて、ゆったり過ごせます。」
ワインを木のコップに注いで、レリック様に手渡しました。
「確かに風が心地好い。任務や王宮から離れてゆったり過ごすなんて、今まで考えたこともなかった。」
レリック様がチーズを一口齧って、ワインを飲みながら、遠くの景色を眺めています。
「私好みのワインだ。チーズとも良く合う。」
ワインのコップを眺めながら、レリック様が呟きました。
気分転換になったでしょうか?
レリック様の横顔を窺っていると、レリック様が、フッと笑いだしました。
「セシルは、私の馬に乗るのかと思っていたのに、まさか、追走とは思わなかった。初デートなのに。」
初デート!?言われて見ればそうです。
その感覚は、すっかり抜け落ちていました。
「ああ!すみません、時間が限られていますし、レリック様に色々案内したくて、気持ちが逸ってしまったのです。」
「いや、責めている訳ではない。何かと初体験ばかりだったと思って。追走もそうだが、牛の乳を搾るのも、バターを作るのも。乳搾りは抵抗があったのに、いざ体験してみれば、満喫してしまった。」
「それは良かったです。」
「そうだ、セシルが手ずから氷菓子を食べさせてくれたのも初めてだ。私も食べさせてやりたくなった。」
レリック様が、小さくちぎったチーズを、私の口へと差しだしました。
「あれは溶けると思って急いでいて、昔、お母様がしてくれたように、つい、してしまったのです。」
「ああ、有り難う。私は嬉しかった。セシルは嫌か?」
レリック様は、私が断れないのを知りながら、わざとそんな言い方をしている気がします。
「その言い方は、ズルいです。」
口を開けて、レリック様が摘まんでいるチーズを食べました。
「!!」
チーズを食べた時、レリック様の指先を唇で咥えてしまいました。
レリック様は、チーズを離しても、指はそのままにして、引っ込めなかったのです。
咄嗟に顔を引いて、レリック様の指を唇から解放します。
「セシルに指を食べられてしまった。」
レリック様が良い笑顔で、私のせいにしてきます。
あれは絶対にわざとです。
私は悪くありません。
悪くはないのですが、指を食べてしまったのは事実です。
「……すみません。」
口元を手で覆って、チーズを食べつつ、思わず謝ってしまいました。
「ごめん、セシルが可愛くて、つい意地悪をしてしまった。ただ、謝っておいて何だが、今後も止められそうにない。」
「え?」
私の頭を撫で始めたレリック様を、凝視してしまいました。
「恥ずかしがるセシルの反応が、私の好物らしい。」
「そんな事言われても、困ります。」
「済まない、困らせたい。」
「そんな……。意地悪です。」
「ああ、私は意地悪だ。セシルは悪くない。」
意地悪って認められてしまいました。
今後、私ばかり恥ずかしい思いをさせられるのは、悔しいです。
納得できません。
「では、私もレリック様を恥ずかしがらせて、困らせますからね!」
「セシルから来てくれるなんて、喜びでしかない。」
「え?」
レリック様が満面の笑みを浮かべています。
これは私、とても不利なのでは?
「セシルは、ここでも楽しませてくれて、王宮に帰ってからも、私を喜ばせようとしてくれるのか。なんて愛しいのだろう。」
「違っ、そんなつもりで言ったわけでは……」
明らかにレリック様は、私をからかって楽しんでいます。
私は反論したいのに、有無も言わせず、レリック様が耳元で、それはそれは素敵な声で、甘く囁くのです。
「帰ってからも、大いに期待しているよ、セシル。」
「――っ!レリック様の意地悪っ。」
レリック様の甘い声に、思わず耳を押さえて動揺してしまうのは、私だけではない筈です。
顔が赤くなるのも仕方がありません。
困りました。これでは、益々レリック様を増長させてしまいます。
そっとレリック様の手が私の手に重ねられました。
次は何?
身構えてしまいましたが、杞憂でした。
レリック様から、からかうような空気は消えて、まなざしは、優しく穏やかです。
「セシル、今日は、私の為にありがとう。とても楽しかったし、久しぶりに、ゆっくり出来た。」
「喜んで頂けたなら、良かったです。」
今日は、レリック様が心から楽しむ姿を引き出したいと思っていました。
それが達成できたようで嬉しいです。
「結婚して、いつになるかは分からないが、また必ずここへ来よう。」
「本当ですか?」
「ああ、約束しよう。」
お互いの小指を絡めて、約束をしました。
これは、友人や恋人の間でする、約束の儀式です。
未来の約束は、未来も一緒にいるからこそ出来る約束です。
この先も一緒だと言われているようで、とても幸せな気持ちになりました。




