1 プロローグ
三月、その夜は嵐でした。
窓を叩きつける激しい雨音が静かな食堂に響いています。
「最近、王都で殺人事件が頻発しているらしいね。どうやら殺されたのは、全員犯罪者らしい。」
カインお兄様が食事中に物騒な話を始めました。
「私もその話を聞いたわ。社交界では、自業自得、と噂になっていたわね。」
噂好きなお母様は、とっくにその情報をお茶会で入手していたようです。
二人の会話を黙って聞いていたお父様が、突然、私に話を振りました。
「セシル、ワイル伯爵家から持参金が返金された。追加で賠償金も支払われて婚約破棄が成立した。もう、ワグナーとは関わるな。」
「え?」
「ああ、そうだ、丁度、三日後に建国祭がある。俺がエスコートしてやるから、アイツの事は忘れて次を見つけろ、な。」
カインお兄様だって、ワグナーを可愛がっていた筈なのに、アイツ呼ばわりなんて、ワグナーったら何をしてしまったのでしょうか。
「そうね、それが良いわ。ドレスも良いのがあるの。」
お母様はパンと手を叩いて、笑顔を顔に張り付けています。
私以外、家族は事情を知っているようですが、とても理由を聞ける雰囲気ではありません。
仕方なく、口を噤みました。
こんなにあっさりとお金で縁が切れてしまうなんて。
今迄築いて来た、幼なじみのワグナーとの関係は、一体何だったのでしょう。
少なくとも、私は彼との関係に居心地の好さを感じていました。
成人を迎えた十五歳で婚約してから、二年経った今日まで、恋愛のようなドキドキ感はありませんでしたが、領地をより良くする為、共に生きて行ける同志位には思っていましたのに、ワグナーは違っていたのでしょうか。
幼なじみの友人としても、心の内を打ち明けて貰えなかったなんて……。
何とも言えない寂しい気持ちです。
気持ちが晴れないまま、建国祭当日がやって来ました。
夜会は夜六時からですが、昼過ぎには侍女にされるがまま、お風呂で全身を磨かれ、マッサージを施されました。
私はライラックのような紫色の瞳と髪をしています。
それに合わせた紫色のドレスを着せられると、化粧を施され、「どちら様?」と言われそうな位の変身ぶりを遂げました。
「こんなに美しいなら、直ぐに結婚相手が見つかりそうだ。」
それはどうかと思いますが、令嬢に大人気のカインお兄様が褒めてくれるのは嬉しいです。
「私達の娘と息子が美しいのは当然よ。ねぇ、あなた。」
お母様の言葉にお父様が静かに頷いています。
「最近、夜会帰りの貴族が盗賊に狙われて、馬車が襲われている。帰りはあまり遅くならないように。分かったな。」
お父様とお母様に見送られて、カインお兄様と馬車で王宮へ向かいました。
ガリア王国の王宮は別名、幽霊宮なんて貴族の間では呼ばれています。
昔から、王宮内で誰もいないのに物が動いたり、子どもの笑い声がしたり、不可思議な現象が起きていて、目撃者が多数いる為です。
「その現象を見た者は不幸になる」とも噂されています。
そんな噂のある王宮ですが、王家が主催する規模の大きな夜会の参加は、人脈作りや、情報収集、婚活等、貴族にとっては大変意義があります。
また、王家の皆様は揃って美形揃いだと有名です。
特に王子二人は見目麗しいと令嬢に大人気ですが、二十九歳の王太子、ピューリッツ殿下はご結婚されているので、二十四歳で未だ独身の第二王子、レリック殿下に注目が集まっています。
王子様なんて私には縁の無い、雲の上のお方です。
「ごきげんよう。セシル様。」
夜会会場に着いて暫くした頃、お馴染みの声がして、そちらに目を向けました。
「ごきげんよう、マリー様……とワグナー!?」
お父様に「ワグナーと関わるな」と言われていたのに、早速遭遇してしまいました。