なんかすごい性能の宇宙船を拾った(初期版)
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なんかすごい性能の宇宙船を拾った
ハビタットの自動集荷配送オペレーターのバイト時代から付き合いのある愛船は今日も上機嫌だ。学生だった俺が特に目的もなくバイトを始めた当初はセンターの一角を占拠するデカイコンテナに入ってたコイツ。正直クソ邪魔くさくて三日に1回は事故を装って宇宙空間に排出してやろうかと思ってた。結局コンテナのまま放置されてる事への疑問も消えて数年バイトを続け、使いどころもなく溜め込むだけだったバイト代の桁が一つ増えそうになる頃に俺とコイツの転機が訪れた。ほそぼそやってたバイト先の小規模センターが大手のグループに加入することが決まりセンターの事業体制が端から端まで見直されることになったのだ。そうして出るわ出るわの行き先不明の荷物。法的には十年を超えてセンターが預かっていた荷物はセンターに所有権があるとかで、今や俺の愛船となった≪千亀≫も処分品として放出されるところを俺が買い取らせてもらうことができた。俺はスクールの修了が間近に迫り人生の岐路に立っていて一丁個人事業主として運送屋でも始めるかって唐突に思い立ったし、センターも三十年以上前のあらゆる面で型落ちの【衛星圏内牽引船】がまともに売れると思ってなかったのですぐに話はついた。で、安く手に入れた新古船に≪千亀≫と命名し元手を回収して更に利益を上げる程度には愛船とは仲良くやっている。大型コンテナの小規模輸送が主流から外れて、大型コンテナのそれも9番までを10ユニット未満で運ぶ同業者がほぼ居なくなってたのが俺と≪千亀≫にとっては追い風だった。
そもそも昨今の輸送事情としては小型コンテナを小型輸送船に詰め込んで高速で少量を運ぶか、特型コンテナを大型輸送船に詰め込んで低速で大量を運ぶかの二極化が強い傾向にある。それこそ俺と≪千亀≫でやってる中型や大型コンテナのトラクター輸送は殆どやってない。そりゃあ同じ番号なら大型コンテナ27個を連結すれば特型コンテナ1個と同じ外寸だが管理の手間がかかるってんでそもそも特型コンテナに詰めろって話になる。そして特型コンテナに詰めるほどの量がないなら小型コンテナに小分けしないといけない。もちろん納期やそもそもの大きさの問題で中型や大型コンテナは現役でそれを運ぶ運送屋も需要がある。寧ろ業者が増えるほどではない微妙なラインで需要に対する運送屋の数は少なく、ツテも経験もなかった俺がそれなりに稼げるようになったりもした。そして俺が個人事業としてはそこそこ稼いだとあってトラクターによる輸送業が見直されトラクターの需要が爆上がりしたので≪千亀≫の修理に備えてパーツを取るのに確保していたトラクターが購入時の数倍の値段で売れてとても懐が温かい。このままトラクターブームが安定すればパーツ取り用に機体を抱えておく必要もないし、すでに販売数が増えているのでブームが下火のまま過ぎ去ったなら新しく購入するのも問題ない程度に不良在庫が発生するだろう
輸送先から拠点のハビタットまで空荷で走るのを今日くらいは許せるくらいに上機嫌で宇宙を走っていたらデカイコンテナが漂っているのを見つけてしまった。ぶっちゃけ面倒事の臭いがこれでもかって漂っているんだが無視するのも気分が良くない。持ち主次第じゃハビタットまで運んでやろうと思ってスキャンをかけると持ち主のタグがないうえに内部へのスキャンが妨害されている。絶対これ面倒事だ。そういえば違法労働者――というかぶっちゃけ奴隷をコンテナに詰めて輸送してた違法組織が大規模に摘発されたってニュースを最近見た気がする。≪千亀≫のライブラリを確認すると10日も経ってなかった。もし、もしもこのトラブルの臭いを放つコンテナがその違法組織に関わるもので、万が一中身が違法労働者だった場合は俺が今放置すると次に誰かが発見して当局が回収したとしても中身がどうなってるのかを考えると……放置したら凄まじく寝覚めが悪い。1回そんな可能性に気づいてしまうともう放置できそうにない。しかもコンテナがギリギリ≪千亀≫で牽引できるサイズっていうのがもう作為すら感じる。≪千亀≫で引っ張れないなら1回放置してハビタットへ戻った後通報すれば俺の精神には優しかったのに。事件解決に協力したとかで謝礼でないかなとありえない想像をしつつ大人しくコンテナを≪千亀≫に連結してスラスターを起動した。慣性係数でかすぎんぞ。くっそ重いなこのコンテナ。
案の定拘束されて何日か経った。牢屋じゃなく留置所とかいう場所でもないみたいだ。拘束ではないのか。むしろちょっと豪華で、言うなればやんわり軟禁する部屋みたいな。拘束されてるじゃん。入港時に港湾管理職員には帰り道で拾ったと正しく伝えたし、入港直後にやってきたどっかの職員にも帰り道で拾ったと繰り返したし、その後もあっちこっち何か所か別のところからやってきた職員にも帰り道で拾ったと正しく繰り返した。なんであの日に限って空荷で移動したのかとかも聞かれた。俺が居た時間と場所で調べれば丁度いい仕事が無かったなんて学生のバイトオペレーターでも分かるぞってちょっとイライラしたまま返したら同じことは聞かれなくなった。問題はこの拘束されてる期間の経済的損失だ。ぶっちゃけ補填してくれんのって言うか。善意で高価そうな落とし物拾って届けたら部屋に軟禁されてその間の稼ぎはありませんとかもう二度と善意なんて発揮しないね。トラクターでハビタットとステーション間の中型大型コンテナ輸送してる俺の事を知った何か所かに継続的な仕事貰えるかって大事な時期だったのに。この数日で俺の仕事に対する信用がゴリゴリ減ってるんですけどそこんとこどうなんですかね。なんて思ってたら10日くらい経った頃、ものすごい草臥れたスーツ姿で目元がどす黒くなってる細長い眼鏡かけたインテリ鬼畜っぽい男の人がやってきた。握手して笑うと鬼畜感なくなったのでインテリ鬼畜ではないな。ホワイトカラーが鼻につくのはブルーカラーの本能だったわ。
「さて貴方が拾得された特型2番コンテナの中身はパッケージされた巡洋艦でした。しかも我国現行技術の27世代先のハイエンド機です。加えて貴方のトラクターと連結した時点でコンテナの所有権が貴方に固定されています。更に色々詰まった大型1番コンテナが1レイヤー(9個)連結してあったのも貴方に所有権があります。おめでとうございます。完全にトゥルーギフトですね。現状の貴方に何か問題が起こると最悪この恒星系から人種がいなくなってしまうのでSPを派遣します。実を言うと10日ばかりご不便おかけしてしまったのも貴方の身を護るためという側面が大きかったのでできればこのハビタットのいけ好かない奴らを吹っ飛ばしてやろうとか考えないでいただけると大変有難いです」
ゆっくりでも息継ぎせずにそんな長いこと喋られたらイマイチ脳みそに内容が入ってこない。
「27世代とかなんでそんなことわかるんですか? というかなんで俺が所有者に? 巡洋艦ってなんでしたっけ? ああ、あとトゥルーギフトってなんですか?」
質問したいことが多くてきっと漏れがある。後からテキストデータとかでもう1回同じ内容くれないかな。
「ん? 貴方トラクターとその輸送免許しか取得していないんですね。おやまあ今時珍しい地に足着けた本物の運送屋さんでしたか。今頂いた質問に関して説明できる人員もSPと合わせて派遣します。巡洋艦も多分お使いになられると思うのでその免許取得の講師も務められる人材を用意いたしますのでね、もう数日お待ち頂きたい」
ものすごい草臥れたスーツ姿で目元がどす黒い細長い眼鏡かけたインテリホワイトカラーは深々と一礼すると失礼にならないよう気を付けているとわかる早さで急いで部屋を出て行った。もしかして俺が拾ってきたコンテナであの人死にそうなくらい忙しいのかな。だったらあの人に免じて軟禁くらい受け入れるか。あれがそういうポーズだったらハビタット吹っ飛ばしてやろうかな。いや、そんなこと出来ないけど。
更に3日後、豪華な軟禁施設の外で出されたと思ったらレディアマゾネスって感じの気品がありつつ荒事の気配を感じる色んなタイプの美人さんなSP10人に囲まれてめっちゃ豪華なホテルへ連れていかれた。SP付けられてもまだ家帰っちゃだめか。ついでにホテルへ移された日の翌日からレディアマゾネスSPさん達に囲まれながらムチムチ美人な講師さんにあれこれ教えられるようになった。SPや講師の人選があの過労死直前みたいなインテリホワイトカラーによるものならあの人本当に苦労してるんだろうな。レディアマゾネスSPさん達や講師のムチムチ美人さんにも出来る限り気を遣われてる感じがする。むしろ気が引ける。若い男ならとりあえず美人をそばに置けばいいって言うのは安直すぎない?
トゥルーギフトの前にギフトについて説明を受けた。ギフトはワームホールから飛び出してくるなんかすごいもの。大概の場合において現行技術の少し先、頑張って研究を続けたらそのうち再現の目処が立ちそうって物が多いらしい。実際に第3世代のワープドライブとか実用化されてるものも具体例で教えてもらった。もちろんいくら頑張っても解明のきっかけすらつかめそうにない技術の断絶の向こう側にある類のギフトも存在する。異型コンテナと呼ばれる、1辺が5メートルの立方体のコンテナを例としてみせられた。中に入って測ってみるとなんでか異型コンテナの容積は150立方メートルだった。不思議だね。5かける5は25。25かける5は125。構造材云々の話じゃなかった。異型コンテナは結構な数が昔から発見されているのに原理がまるで解明されていないそうだ。研究者さん達ガンバレ。
本題のトゥルーギフト。これはギフトの内、完全にワンオフかつ個人に所有権が固定されているもので現行技術のはるか先の物品が多い。所有権は継承できたりできなかったりする。継承できる具体例はこの国の宙軍の総旗艦。代々の皇帝陛下が気付けば継承しており、継承権を争っている間は姿が消え、帝位継承者が決まり戴冠式をやるぞって頃には戻ってきてくれてるそうだ。俺が拾った特型2番コンテナの中身はコンテナの操作パネルに触れたら内容物の概要が表示されたと言う。それによって俺に所有権が付与されているとか現行技術の27世代先の機体だとか断言できたわけだ。で、大事なのが所有権の固定されたトゥルーギフトを他者が奪おうとすると制御できなくなるらしい点。以前にとある国が当時の4世代先のフリゲートを拾った人物から取り上げたところ、勝手に飛び回ってその国の有人惑星を破壊して回ったとのこと。俺が拾ったのは巡洋艦なので、取り上げようとしたらもっと危ないとムチムチ美人さんに真顔で言われた。美人の真顔は怖い。レディアマゾネスSPさん達も顔色悪かったし。
そんなこんなで高級ホテルの一室に缶詰でムチムチ美人さんに色々教わったり、特例でムチムチ美人さんが試験官をして機材をホテルに無理やり運び込んで巡洋艦の免許を取得したりした。宇宙船関連の資格は万が一を想定してインプラントデバイスを完全オフラインにして試験を受けるので、最悪の場合はブレインインストールマシンを使って巡洋艦の操作に関して脳に書き込むよって言われてしまってとてものびのび受験できた。より事実に近い言い方をするなら叩けば伸びる感じに試験結果が向上した。上流階級じゃ一般的って言われても下々の俺としては脳に書き込むなんて怖くて数年前の受験より必死になった。1回使っていい結果だけ目に着けば次に使う時はもう怖くないと思う。そんな機会が何度も俺の人生にあって、装置の操作を任せられる信頼できる人が居れば試してみるのも良いかもしれない。
巡洋艦の所持や操縦の資格を取得できたので、俺が拾ったコンテナを保管してある特別ドックに行く許可が下りた。下手な人物に目を着けられるとトラブルが弾けて恒星系1つが無人化しかねないのでハビタットの表口のドックではなく、ワケアリとか公にできない船や荷物を運び込む裏口の方でコンテナを保管しているらしい。本当にそういうドックあったんだなって思いました。
俺が拾った特型2番コンテナだけではなく、そのコンテナに連結してあった1レイヤー9個の大型コンテナとついでのように≪千亀≫もドックに係留されていた。特型2番コンテナに入っているはずの巡洋艦はこのドックで組み立ててほしいとムチムチ美人さんに言われている。組み立てを監視されたくないならあらゆるセンサーを物理的に遮断するという譲歩付き。正直なところよくわからん船を自国内で乗り回されたくないのはとてもよく分かるのでそこまで無理を言うつもりはない。こっちからも含むところはないとアピールしておけば出港撃墜なんて最短ルートは避けられるかもしれないし。とりあえず特型2番コンテナの操作パネルに触れてみる。
<パスワードを入力して下さい>
バイオメトリクス認証じゃないのか。いや、それならそれで俺のデータはどこから持ってきたんだって話になる。
「知るかボケェ」
<認証しました>
俺のやる気のない罵倒が残響するドックの中、無音のままコンテナが開いた。なんだこの茶番。絶対何言っても認証しただろ。
まず真っ先に目に入って来たのは蜘蛛と羽根がない蜂を混ぜたような俺と同じくらいの大きさのドローンぽいやつ。蜘蛛も蜂も運んだことがあるのでその時に画像データは見た。なんのために輸送しないといけなかったんだろう。その蜘蛛と蜂ミックスのドローン的なやつが渡してきた端末を弄ってみると、どうやらこの蜘蛛蜂モドキが巡洋艦を組み立てたりリパッケージしたり撃墜した宇宙船の残骸を解体や分別してくれるようだ。なんで宇宙船を撃墜する前提なのか。他にどうしようもないので巡洋艦の組み立てを指示すると蜘蛛蜂モドキが数十機ほどワラワラと動き始めた。ぼうっと眺めていたら蜘蛛蜂モドキの1機に抱えられドックの入口の方へと運ばれた。コンテナの開口部の真ん前に立ってたら邪魔だよなごめん。ムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達が蜘蛛蜂モドキに運ばれる俺を追いかけてわたわたしてるのはちょっと可愛かった。今でも彼女達は思い出したように色仕掛けを惰性で試してるが、わざとらしくアピールされるよりよっぽど惚れそうになった。惚れないけど。それはそれとして蜘蛛蜂モドキに渡された端末をもう一度見てみれば、巡洋艦の組み立て完了まで残り10日と表示されている。早すぎない? ムチムチ美人さんに教えたら顔が引きつってた。早すぎるよね。時空が歪んでいる。
巡洋艦の組み立てが終わるまではまた軟禁生活に戻った。変化と言えば前日にムチムチ美人さんに言っておけば借りてるドックへ行って蜘蛛蜂モドキ達の作業を観察ができるようになったくらいだ。あまりに作業の推移が激しく船が組み上げられていくのを見てムチムチ美人さんがたまに物欲しそうな顔をしている。あげないよ。いや、1機くらいならいいかな……やめておこう。
ムチムチ美人さんに色々教えてもらうのも区切りがつき、やることが無いので蜘蛛蜂モドキから渡された端末を弄繰り回してたら1レイヤーの大型コンテナに詰められている物品リストを見つけた。コンテナ9個の内5個を占めるコンテナ式プラントという物に見覚えが無かったのでムチムチ美人さんに確認してみると、涎をたらしそうな顔をしていたので多分これ単品でもギフトとして凄まじい価値があるんだろうな。コンテナ式プラントは名前の通り色んなプラントをコンテナとして持ち運べるのがやばい。更にその内の1つのコンテナ式工廠プラントって名前からしてやばい。どんなものを作れるのかちょろっとリストを見ただけでもすごかった。材料さえあれば軍用アンドロイドを無尽蔵に作れるなんてそりゃあ俺にSPもつけられる。とはいえ、個人的にもっとすごいと思ったのはコンテナ式汎用製造プラントだ。完成品をスキャンして材料を用意すれば同じ物を好きに作れるんだからやばい。技術があるなら完成品のスキャンデータに手を加えたりもできる。俺にもできるとは言ってない。今組み立ててる巡洋艦は輸送能力が高そうだし、出来上がったら運送業で稼いで必要そうなものをあれこれ買ってスキャンして深宇宙にでも行ってみようかな。食料もコンテナ式汎用製造プラントで作れるし俺が拾ったトゥルーギフトは多分素人でも深宇宙の探索ができるお得パックだったんだよね。遥か昔には有人惑星のある恒星系の外を深宇宙と呼び、現代の定義だと人種が版図に収めた銀河の外を深宇宙と呼ぶ。未知の領域には未知の資源があり、未知の何かを人種の文明圏に持ち帰ってそれが有用だったらそれはもうすごい額のクレジットに変えられる。一発当たればその後の人生は働く必要もないほどの稼ぎを得られる。帰還率数万分の一、持ち帰った拾得物が有用だった幸運な命知らずは更に数千分の一以下。特に気にせず生活してるだけでも成功者のドキュメンタリーとかは触れる機会があるくらいに深宇宙の探索は一般人でもなじみのあるコンテンツだし、俺も一般的な範囲で少しは知っている。深宇宙の探索に必要なのは輸送力と無補給で活動できる事前準備とか聞いた覚えがあるので、俺が拾ったトゥルーギフトはぴったりだろう。
巡洋艦が組みあがるにつれておおよその外観が見えてきた。いや、端末で確認も出来たんだけどなんとなくもったいなくて巡洋艦に関するデータは見ないようにしてた。そしてその外観が……二つ折りにしたチューブみたいな……なんだこれってなったのでようやく端末で巡洋艦に関するデータに目を通したところ【自律汎用巡洋艦プラウン】というらしい。プラウンが何かわからないので調べてみたら海老という生物だった。確かに【自律汎用巡洋艦プラウン】はほとんど海老だ。二つ折りにしたチューブの上側にあたる長い方の先っぽから比率としては細い多機能フレキシブルマニピュレーターがぴろんと伸びてるところとかよく似てる。海老で言う頭に相当する部分の下には足のような多機能フレキシブルマニピュレーターもある。あと生物の海老が卵を抱える辺りに大型1番コンテナ式プラントを最大で10個接続できるようだ。想像以上に大きい船だった。特型2番コンテナに詰められてたし、組み上げたらせいぜい2~3倍くらいの大きさだとなんとなく思ってたらもっと大きい。具体的な数字を確認してみると全長900メートル、全高400メートル、全幅250メートルだった。大きい。一辺30メートルの立方体に収まる【衛星圏内牽引船】の≪千亀≫は、宇宙船とは思えないほど小さかったんだなと実感した。コンテナ式プラントとは別に専用の改造を施した特型1番コンテナを3個接続してカーゴとして使えるとか、巡洋艦という名前からして戦闘能力に重心を置いている船のはずのくせに輸送能力がとても高い。コンテナを運ぶだけなら牽引用のモジュールを着ければもっといけるとか過剰じゃないかな。汎用って名前についてるくらいならそんなものなのか? ムチムチ美人さんに否定されたので少なくともこの国の現行技術では違うらしい。
端末を弄ったり今後の予定を立てたりしている内に【自律汎用巡洋艦プラウン】が竣工を迎えた。パッケージされていたのを組み立てたのは竣工ではないか。これからしばらくは【自律汎用巡洋艦プラウン】、船舶登録名「≪海老介≫」を使って運送業をして資金を溜める。ある程度稼いだら≪海老介≫の居住性を高めて採掘業に移行する。≪海老介≫が詰められていた特型2番コンテナに拡張キットっぽく接続されていた大型1番コンテナ1レイヤーの中に≪海老介≫用の採集関連装備が入っていたのは、恐らく深宇宙を探索する際に鉱物資源やガス資源を自力調達するためだ。深宇宙へ探索に行くことは決めているのでその前に予行練習がてら採掘業で多少稼いでおこうというつもりである。ムチムチ美人さんにそういった予定を伝えたら微妙な顔で採掘権関連の手続きを手伝ってくれた。
【自律汎用巡洋艦プラウン】≪海老介≫に乗ってみて一番驚いたのがムチムチ美人さんの講習で受けた一般的な巡洋艦との操縦方法の違い。この国の技術で建造された巡洋艦も動かすだけなら1人でも動かせるとはいえど、その場合は一部スラスターのオンオフを切り替えたりろくに狙いも付けられず弾薬をまき散らすだけで本来の性能の10%も発揮させられない。それが≪海老介≫なら操縦者の技術が伴えば1人だけで100%の性能を発揮させられる。なにより操縦席に座って船に意識を向ければ脳内のインプラントデバイスと≪海老介≫が接続することすらなく船体を自分の身体と同じ感覚で動かせる。元の自分の身体に意識を戻しても変な癖がついていたり違和感があったり切り替えで酔ったりもしない。慣れれば船体と自分の身体の両方を同時に動かせると端末のマニュアルテキストには書いてあったのでどんな感覚なのか楽しみになっている。
≪海老介≫に乗り始めて数日は本拠のハビタットから離れすぎない程度に慣熟訓練を繰り返した。≪海老介≫の係留は組み立てるために貸してくれた特別ドックをそのまま使っていいというので、いっそのことすっぱり生活環境を変えてしまおうとハビタット内で借りていた物件の契約を解除して居住場所を≪海老介≫の生活スペースに移した。中型以上の大きさの船を持つならその船に住むのはよくある。なんなら小型でもちょっと工夫したりで住んでる人はいる。俺がムチムチ美人さんにそうしたい旨伝えた時も二つ返事で手続きを手伝ってくれたうえ、補給の際に特別ドックまで配達ラインの設定まで教えてくれた。特別ドックに停めた≪海老介≫から出なければSPの手配要らないもんな。レディアマゾネスSPさん達も心なしか安堵してた。ムチムチ美人さんだけは継続して俺の担当につけられたようで多分その話を伝えられたであろう翌日はちょっとやつれてた。本音としては護衛ロボット用意するとか戦闘訓練するとか少しくらい自衛できるようにしてほしかったりするだろうに言ってこないのはなんだろう。まあ、深宇宙へ探索しに行ったら自分で資源を集めてコンテナ式汎用製造プラントに入ってる設計図から色々作ってみるつもりで居るし、身を護るためのものもあったので予定に入れておこう。
≪海老介≫の扱いにはすぐに慣れたので1ヶ月のつもりだった慣熟訓練を前倒しで切り上げて運送業を再開した。ちょっと抜けてたのが、今まではトラクターを使った手続きの早さを売りのメインにしていたので≪海老介≫を使うとハビタットの出入りの検閲で他と同じように時間と手間を食うようになると忘れてた。トゥルーギフトを理由に≪海老介≫の検閲や通関スキャンが厳しくなったりしなかったのはそもそも管制官にはトゥルーギフトだと認識されていないからだろう。偽装用のデータを用意するので入港や臨検の際にはそれを読み込ませるようにしてくださいとムチムチ美人さんに言われた時は、面倒を避けるために別にいいかとしか思わなかった。しかしオートパイロット中の暇つぶしとして、急ぐ必要はないが目を通してほしいと渡されたデータに目を通していたらそんな軽く流していいものじゃなかった。ギフトの宇宙船というのはそういった処理を施していなければ、無断スキャンのみならず入港や臨検での船体とシステムへのスキャンに対してすら電子的物理的に反撃をかけることがあると実例付きで書かれていてびっくりした。無断スキャンを受けた後トラブルになったら警告の有無で行政の介入度合が変わるとかでムチムチ美人さんにアドバイスされ、≪海老介≫をロックした段階で相手に警告を発するよう設定してる。だから無断スキャンはトラブルの元だと理解していたが、帝国の法律的に合法な公的機関のスキャンすら危険を孕んでいたとか今更知りたくなかった。無断スキャンは文字通り船の持ち主の許可なく船体やそのシステムやカーゴの内容物を調べる行いなので一応違法ではないがそんなことされて気分のいい奴はきわめて少数派だ。そして無断スキャンを受けた船の持ち主がそのデータを共有する匿名コミュニティへ言えば、誰でも確認できる無断スキャン常習犯の社会的信用が著しく低いのとは全く関係ないが、別の船の兵装の暴発が運悪く無断スキャン常習犯の船に直撃することが多いとムチムチ美人さんが言っていた。不思議な話だ。
荷物の運送中に唐突なスキャンを受け、そんな無断スキャン常習犯かと思っていたら砲撃を受けた。≪海老介≫のシールドはそれ単品でもギフトであるシールドジェネレーターによるものなのでちょっと過剰なくらい頑丈で同じ砲撃を1秒以内に100発撃ち込まれても問題ないのだが、それはそれとしていつも通りの1日を過ごしていたら何の脈絡もなく殺されそうになったのでものすごいびびった。初めての事態で若干パニックを起こしつつ砲撃してきた船をスキャンして出港前に更新した危険船舶のデータと照合するとヒット。端的に言って宙賊の襲撃を受けているということだ。巡洋艦に関する各種資格を取るため一通り学んだのにいざとなると頭から必要なことが出てこない。あわあわしている間も砲撃が続いていて、それでも微動だにしないシールドにちょっと安心してものすごく今更ながら宙賊と遭遇した際のマニュアルを急いで開く。ムチムチ美人さんにアドバイスされて緊急で即座に開けるよう設定していたのが功を奏して必要なデータをすぐ開けた。そのデータの手順に従い砲撃を受けつつ交戦に関する警告をオープンチャンネルで発して嘲笑というか下品なバカ笑いを返され、流石にいらだちが混乱を上回ったところで「面倒になったらとりあえず相手の船のスキャンデータとったら撃墜して良し」という注釈が目に入った。まあ宙賊だもんな。
マニュアルの注釈に従って今すぐレーザー砲で吹き飛ばそうとしかけて考え直し、万が一のために出来るだけ穏当に済ませようと全速力――ではないけど結構な速度で宙賊船に≪海老介≫を寄せて海老の髭っぽい多機能フレキシブルマニピュレーターで捕まえた。そのままざくっとマニピュレーターを刺して船内ネットワークへ物理的に強制接続をして船の制御を乗っ取った。常に展開している全天球汎用センサーでその光景を見ていたが、宇宙船の戦闘っていうか宇宙怪獣の捕食シーンだった。≪海老介≫は海老だし多分問題ないな。宙賊船を生け捕りにしたので船内の空調システムを強引に弄って内部の生物を昏倒させた。俺の「こうしたい」ってイメージをプログラムにしてウィルスを作るとは≪海老介≫ってすごい。突発的に宙賊の襲撃を初めて受けてかなり慌ててしまい≪海老介≫じゃなかったら今頃沈められてたが、とりあえず自分は無事で≪海老介≫も汚れ一つない。生け捕りにした宙賊船はこのまま曳航してハビタットに持っていってムチムチ美人さんにアドバイスを貰おう。宙賊に襲われたのが本拠への帰路で良かった。往路で襲撃されてたら知らない人相手に宙賊を処理する手続きをしないといけないところだった。
近隣の複数の星系で宙賊の一斉摘発を行ったとかの影響で、初めて宙賊に襲われて以来何度も同じように宙賊を撃退や後処理を繰り返しすっかり慣れた。更には毎度宙賊船を生け捕りにしているので収入が格段に増加。もう本業の輸送よりそれに付随して得る宙賊の生け捕りによって稼ぐ額の方が収入における比重が大きいくらいだ。ムチムチ美人さんにはお世話になっている分、植物の長期保存パッケージが好きらしいと聞いてからは珍しいのを出先で見かける度買って帰るようにしている。始めの内は消え物がいいかなと出先のハビタットで食べた美味しい菓子類をお土産にしていたところ、お世話になってる分のお礼をお菓子で償却しようとするとムチムチ美人さん的にはカロリーの収支調整が難しいとのことで他のリクエストをたずねたら植物の長期保存パッケージという返答を貰い、お土産の内訳はお菓子1に植物の長期保存パッケージ4くらいの割合で落ち着いた。ぶっちゃけムチムチ美人さんに委託した業務からクレジットで払う方が面倒はないんだけど、あくまで通常業務の一環なのでそれで報酬を得るのは一発で解雇らしい。役所勤めは大変だ。
宙賊のおかげでクレジット貯蓄が想定よりもはるかに早くなったので運送業は凍結して深宇宙の探索に備えた採掘の練習を始めることにした。練習といっても操作手順の確認がてら実際に採掘をして小金を稼いでおこうってだけだ。≪海老介≫には組み立て段階で採集器モジュールをマウントしてあるので採掘許可のある宙域へ行ってアステロイドを照準し採集器のビームを照射する。宙賊の襲撃や難癖付けてくるかもしれない採掘屋を警戒しつつじっと待つ時間は蜘蛛蜂モドキがくれた端末をいじったり、出港前に更新してきた鉱物相場のデータを眺めたりして過ごす。さすが≪海老介≫は採掘だって簡単だ。気になるのはやるのは採掘なのにモジュールの名前が採集器となっていること。蜘蛛蜂モドキがくれた端末で調べてみるとアステロイドを対象にするときは採集器のビームを収束するが、ビームを拡散に切り替えればガスや宇宙砂を分解して吸引できるらしい。単純に、掘るだけじゃないので採集という理由だったか。採算は気にしなくていいし、使い勝手を試しに来てるんだし、各採集器で何を吸入したか分けて確認できるし、採集器のいくつかはアステロイドじゃなくて周辺宙域に拡散モードで照射してみよう。
カーゴに吸入した鉱物で何ができるのかなとコンテナ式汎用精製プラントやコンテナ式汎用製造プラントで調べたり、精製した金属がどの程度の値段になるのかと帝国内の鉱物資源相場のデータを眺めているとちょっと面白いことに気づいた。カーゴに溜まった鉱物資源の一部をコンテナ式汎用精製プラントに放り込むと、帝国内では高値で取引されている実用性の低い観賞用鉱物になる。というかこの宙域で採掘された記録がない鉱物を精製できるのはさすがトゥルーギフトということか。コンテナ式汎用精製プラントってなんなんだろうな。細かいことは気にせず、その観賞用鉱物が女性に人気らしいので程よい大きさの置物でもコンテナ式汎用製造プラントで作ってムチムチ美人さんにあげよう。コンテナ式プラント二つを試運転してムチムチ美人さんへのお土産もできる。完璧。
正直、植物の長期保存パッケージはかさばるしあればっかりをお土産にするのもどうかと思っていたので丁度いいと渡してみたら顔が引きつってた。高価すぎたっぽい。ムチムチ美人さんが思わずといった感じでこぼした独り言から判断するに、俺が個人的に物をあげるのは規則としてセーフでも職場の人間関係で面倒くさいみたいだ。なんかごめん。ついでに存在しないはずの鉱石を採掘したうえ加工して持ち帰ったことに対して注意された。今回掘ってきた分は直接ハビタットの行政に持ち込んだのでまだ誤魔化せるものの、俺が直接市場に流したらフォローのしようがないのでその辺は過去に採掘された資源のリストを元に気を付けるようにと。はい。考えたらずでした。採掘器のデータを確認したらアステロイドの採掘は何の問題もなく、宇宙砂を採集していた採集器が希少資源を集めていたので吸入後のカーゴを分けて混入しないようにすると設定した。自分で何か作るつもりで抱え続けるにも置いておく場所がないから、希少資源は行政に買い上げてもらえばいいかな。コンテナ式工廠プラントでもっと大きい船を作るなら資源を溜め込んだりする場所を用意しないとな。
≪海老介≫を拾うまでは一般人らしく自分の居住するハビタットがある恒星系くらいしか興味を持ってなかった。≪海老介≫を拾って、深宇宙の探索に繰り出してみようと決めてようやく帝国領域の全体像だとか隣接国のことだとかに意識を向け始めた。そうしてみると、帝国領域内に食い込むような形で広がる不可触領域を身近な物として認識するようになった。正式名称は忘れたけど使い捨てにされたAIが進化して人種絶対殺すマシーンになって一部宙域を占拠してるとかだったはず。それで兵器類にAIを搭載するのがなんかの協定で禁止されて、AI取っ払ったドローンに人の脳みそだけ乗せた有人兵器ってやった国が内部から崩壊したとか授業でやったのを覚えてる。今も不可触領域が警戒線を引くだけで放置されてるのは、電子戦で人種絶対殺すAIに対して人側が不利なのと確保した領域の外に人種絶対殺すAIが出てこないのが理由だってのも授業で言ってたのを覚えてる。不可触領域って帝国領域外だし秘密基地作れないかな。さすがに≪海老介≫でも危ないかな。
深宇宙探索の練習を兼ねて不可触領域へちょっと秘密基地建設の下見に行くことを決めた。調べた範囲では≪海老介≫よりもはるか前の世代のフリゲート艦でも不可触領域の人種絶対殺すAI達に撃沈されず1ヶ月過ごせたそうなので、さらに未来の技術をつぎ込まれた、しかもより大きい巡洋艦の≪海老介≫ならちょっとくらい大丈夫のはずだ。あとは不可触領域と帝国領域の境の辺りを帝国の最精鋭艦隊が巡回してるとか、不可触領域で起こりうる一切に関して帝国は責任を負わないと公言されているとか、行くなら自己責任は前提として帝国に迷惑をかけるなって感じだった。不可触領域探索資格の取得も手伝ってくれたしムチムチ美人さんは有能だ。お土産期待しててって言ったら真顔で気にするなと言われたのは普段の行いの結果という自覚がある。前に贈った観賞用鉱物は高価すぎて自宅に置くと危ないと貸金庫に預けているそうだ。今度はムチムチ美人さんがほどほどに喜べるもの拾えるかな。
事前に探索資格さえ取得しておけば不可触領域の出入りの審査はほぼ免除される。危険物の持ち込みや船体と搭乗員の状態を確認する各種スキャンは安全管理上の最小限で済む。不可触領域へ向かう人達の主な目的は結構な高値で売れる人種絶対殺すAI達の機体を撃墜して持ち帰ることなので帝国に戻ってくるときは拾得物のチェックに相応の手間と時間を要するが、不可触領域への往路では大した制限もない。ぱぱっと手続きを終えて不可触領域へ入った。帝国領域と不可触領域の違いは領有している勢力程度なので不可触領域に侵入してすぐに何かが変わるわけでもない。各種センサーで言えば精々オープンチャンネルの通信が多いかなといったところ。人種絶対殺すAI達は結構おしゃべり好きみたいだ。不可触領域のすぐ外を巡回する帝国艦船についてあれこれ喋っている。人種絶対殺すAI的感性によればデザインがダサイそうだ。無機的生物らしさが足りないとか。帝国艦は基本として刀剣類を彷彿とさせるデザインなので確かに生物らしさはない。というかオープンチャンネルのやり取りは殆どが輸送組合の受付が裏でやってる容姿チェックと同レベルだ。まじでか。人種絶対殺すAI達もソフトウェア的な美醜だけでなくハードウェア的な美醜を意識するんだな。俺が喋ったことのある友性機械的知性もハードウェアの機能性やデザイン性にこだわってたし、やっぱりAIも人種と大差ないよな。
人種絶対殺すAI達の物理的にオープンなやりとりを楽しみながら不可触領域の探索を進めていると、帝国や周辺国家では希少とされる資源が多いように感じる。人種絶対殺すAI達が独立を宣言して人種の複数の国家に侵攻した時にそういう資源の豊富な星系を狙って支配したのかもしれない。あと資源とは直接関係ないんだけど、雑な暗号化してるクローズドチャンネルで宙賊っぽいやつらがちょいちょいやりとりしててたまにすごい賞金額の奴も混ざっててビビる。宙賊は人種絶対殺すAI達から隠れながら結構大規模な秘密基地を複数建造してるようなので、俺もうまいことやれば不可触領域に秘密基地を作れそうだ。宙賊や人種絶対殺すAI達の少ない現行技術では有用な資源を得にくい宙域とか見つけられないか期待してみよう。
1ヶ月ほど不可触領域をうろついて早い段階で目を付けていた優良宙域に秘密基地の建設を決意した。近場の採掘場や帝国で俺が拠点にしているムチムチ美人さんの居るハビタットへのアクセスは良く、それらとは反対に人種絶対殺すAI達や宙賊にとっては旨味の少ない宙域なので仮決めの警戒範囲内には1ヶ月で一度も侵入者が居なかった。他に目を付けていた何か所かは極僅かながら俺ではない誰かの出入りがあったので場所の選定は最終決定だ。まあアクセスの良さは≪海老介≫の性能に依存した判断なので現行技術を基準にすれば俺が拠点としてるハビタットとの往復には数か月かかるという一般的にはドのつく辺境だし、近場の採掘場も人種絶対殺すAI達の廃棄物が放置されてるような有用性の低いアステロイドベルトで≪海老介≫の採集器じゃないとまともに資源を得られないと思う。≪海老介≫ってやっぱりすごい。とりあえずこの1ヶ月でコンテナ式工廠プラント、コンテナ式汎用精製プラント、コンテナ式移動用ジェネレーター、コンテナ式移動用シールドジェネレーターをそれぞれ大型1番コンテナの大きさで作ってある。採掘用ドローンと併せた自動採掘拠点を構築して一度帝国に帰ろう。ムチムチ美人さんへのお土産として美味しかった宇宙怪獣の肉も確保してある。出港前に保存してきた帝国での相場データだとちょっと高価だけど消え物だし大した量じゃないし純粋に喜べるでしょ。
宇宙怪獣のお肉というお土産は味、市場価値、気遣いなど各種評価項目でも総合評価でも合格点を貰えたのに、ついでに行政の方へ出して貰おうとした不可触領域での宙賊の活動観測データは凶悪犯が人種絶対殺すAI達に撃沈されていたと知って表情が明るくなった後、でもやっぱり不可触領域の詳細な観測データなんて扱いに困るとげっそりしていたのでムチムチ美人さん個人としては嬉しくなさそうだった。それはそれとして人種絶対殺すAI達の正式名称であるI.M.S.I.をちゃんと覚えておきなさいと言われてしまった。不可触領域での各種探索データは基本的に個人の財産として認められ、放出してもよいものは行政が買ってくれるので次回からはその辺りも意識してみると良いとのアドバイスも頂いた。今回の不可触領域での宙賊の活動観測データは査定しておいてくれるそうだ。お仕事お疲れ様です。
秘密基地の建造は順調に進んでいる。付近まで接近してきたI.M.S.I.も宙賊も居ないが一応拠点防衛用の兵器類は敷設したし備えも十分だ。ぶっちゃけ何か目的があって秘密基地を作ろうと考えた訳ではないので中長期目標を捻りだすのに一番苦労したほどだ。今の長期目標は【生産研究型防衛拠点テストゥーディニダエ】の建造。ハビタットほど多くは永住できないが名前の通り研究開発や製造関係に特化し自己推進力を有した宇宙建造物らしい。≪海老介≫とセットで拾った大型1番コンテナの大きさしかないコンテナ式プラントになぜか設計図や建造のための建設ドローン制御データが入ってたので作ってみることにした。本来帝国内ではハビタットやそれに推進器を乗せたようなものは行政と提携した事業に付随したものしか民間での所有はできないが、俺が秘密基地を作っているのは不可触領域であって帝国領域ではないので法的な問題はない。法的に所有が認められていない以上不可触領域で建造した【生産研究型防衛拠点テストゥーディニダエ】を帝国領域へは持ち込めないが、深宇宙の探索で使う気になったら現行技術より高性能な亜次元潜航機構を使って亜次元経由で深宇宙に持っていくので不可触領域の周囲に領有されていない宙域が無くても大丈夫。亜次元潜航機構のギフトを持ってるやつらに下手な手出しをした結果他国へ移られると面倒になるのは分かり切っており、現行技術では亜次元に潜航はできても極浅い亜次元までだし、亜次元に存在する物には干渉できるほど安定しないので法整備は進められずなあなあで個別対応してる感じ。ギフトに匹敵する性能の亜次元潜航機構作れるってバレたらやばい。俺に下手なことしたら≪海老介≫が暴走しかねないよバリアーもどこまで俺を守ってくれるか定かじゃない。バレないように気を付けよう。
秘密基地建造計画は全体が順調だが、特に採集活動が捗っている。どういう理屈かは理解できなかったのは脇に置いて、俺が採掘場として使い始めたI.M.S.Iのゴミ捨て場的な宙域だと思っていたところはこの星系の様々なものが流れてきているようで、宇宙砂や多くはないが多様なガスも滞留していて有用な資源へ変換できている。あとI.M.S.Iの機械的知性的には人種でいう身体に相当するのはメモリーキューブ諸々を格納したコアのみでそれが入っていないハードウェアは衣服のような認識らしく、廃棄されているスクラップなんかは死体というより再生できない衣類の残骸っぽい扱いをされているならと分解するのに遠慮がなくなったのも資源の貯蓄が捗っている理由だ。I.M.S.I.の機体に対する認識を知ったとき思い出したのは、I.M.S.Iの機械的知性の一部で規格機体のマイナーチューンナップが流行ってて、俺がスクールに居る頃一部で流行った改造制服っぽいと感じたこと。人種絶対殺すAI達でも文化が人種と似てるのは不思議だ。
資源の貯蓄量と建造ドローンの製造数が予定を超えたのでとうとう【生産研究型防衛拠点テストゥーディニダエ】――を建造するための工廠艦――を建造するための工廠――を建造するためのマイナープラネットの造成に着手した。建造ドローンの大量製造中に丁度いいマイナープラネットを見繕って秘密基地建造予定地まで牽引するのはなかなかの大仕事だった。【生産研究型防衛拠点テストゥーディニダエ】が完成したらマイナープラネットを利用した工廠は撤去してマイナープラネットも資源にしてしまうので最低限の大きさだけが条件だったのに、その最低限の大きさを満たすものを見つけられず、秘密基地建造予定地周辺でひたすらスキャナーを動かし続けることになった。星系内の様々なものが流れ着く宙域ということは隕石が降り注いでいるに等しいわけで、大きな物体がそう多く残っているはずもない。最終的には流されてきている途中のマイナープラネットを捕捉したので、それを確保するためだけに慣性中和フィールド発生装置を急遽コンテナ式汎用製造プラントで作ることになった。ちょっと段取りに失敗したものの結果的に上手くいっているので何も問題はない。
漸く自力で建造した目出度い1隻目の大型工廠艦が完成したのは≪海老介≫を拾得して1年が経ったくらいの頃だった。たった1年で自前の工廠建造してそこで船1隻完成させるとか常軌を逸している。トゥルーギフトってとんでもないとしみじみ思う。なおI.M.S.I.も宙賊もこの宙域に近づいてくることすらなかった。この宙域はセンサー類が激しく撹乱されているのが理由だ。半年くらいあれこれ建造しているのを眺めている内に、ちょっとした思い付きでスクラップを集めて1隻くらい作れないかと遊んでいたら完璧に修復したI.M.S.I.系のセンサー類が狂った数値しか計測できなくてその原因を調べて気付いた。≪海老介≫のセンサー類はそもそも性能が高いし、取得したデータを処理する段階でもかなり高度な技術が使われているし、各種コンテナ式プラントで作ったモジュールも同等の性能なので程よい比較対象が身近になく現行技術との差を理解していなかった。所詮はトラクターの≪千亀≫とは比べ物にならないのは分かっているので比較しようとすら思っていない。
1隻目の大型工廠艦が完成した1時間後に2隻目の大型工廠艦が完成。必要分のパーツを用意しておいて一気に組み立てると感動の余韻に浸る時間が少なかった。シミュレート通りなら1隻ずつ完成まで作るより1工程ずつまとめてやる方が最終的な作業時間は短く済むってことで先にパーツ作っちゃったんだけど情緒が足りなかったかもしれない。大型工廠艦の組み立てに完成した大型工廠艦も使っててその分作業時間が短縮されてるのが原因か。つまりこれからはどんどん早く仕上がっていくのか。科学はすごいな。
大型工廠艦がある程度組み上がったらいよいよ【生産研究型防衛拠点テストゥーディニダエ】の建造が始まる。マイナープラネットを利用した工廠では基本的に【生産研究型防衛拠点テストゥーディニダエ】の大型パーツを作り続け、比較的小型のパーツや組み立ては大型工廠艦が担う。一部の大型工廠艦は中型採掘船の建造をして凄まじい速度で消費されていく資源を調達させる必要もある。≪海老介≫のシミュレーターでやった通りなら一度資源が空になりかけるくらいで持ち直す。上手く予定通りいくかハラハラしつつ楽しみだ。上手くいかなくても作業が一時中断されるだけでなにも問題ない。営利目的とか誰かとの共同プロジェクトとかではなく思い付きと勢いで始めた秘密基地建造計画なので損益を勘案する必要がない。運送業をやめたせいで人付き合いも皆無だし。この一年くらいでまともに会話したのはムチムチ美人さんにお土産渡す時くらいな気がする。深宇宙の探索に出た際に孤独のストレスに耐えられるかを心配せず済みそうだ。
【生産研究型防衛拠点テストゥーディニダエ】の建造は思っていたよりも早く感じられた。進捗予定そのままで作業は進んでいるんだから、多分視覚的に巨大なものができ上がっていくのが早いと感じる理由だろう。今でも一応の拠点にしているハビタットほどではなくとも一般的な宇宙船とは比べ物にならない大きな人工物を自分で作っているというのは、数字の上では把握していてもちょっと実感がわかないのもあるかもしれない。そもそも万単位の人種が永住できる巨大かつ高性能な建造物を個人所有して俺はいったい何をしたいのか。深宇宙の探索が当面の目的とは言ってもこんなものを深宇宙へ持ち込んで何をするのか。……その時になって考えればいいか。もてあましたら資源に分解するなりして帝国の市場に流してしまえば良い。巨大建造物が組みあがっていく過程を眺めてるのは楽しいからそれで十分ともいえる。
【生産研究型防衛拠点テストゥーディニダエ】の建造に着手して半年ほど経ったころ、初めて秘密基地の建造をしている周辺宙域へ敵性侵入者が現れた。そう、宇宙怪獣だ。I.M.S.I.でも宙賊でもなく宇宙怪獣がやって来た。しかも現行技術による艦船だと最新鋭機で固めた精鋭艦隊でも控えめに言って大損害を被る危険性の宇宙怪獣が滅多に見られない大規模な群れを構成していた。宇宙怪獣の詳しい定義は忘れたけど生身で恒星間航行を可能にする肉体と人種との相互コミュニケーションが成り立たない精神構造もしくは知性が大雑把な基準だったはずだ。俺の秘密基地になる【生産研究型防衛拠点テストゥーディニダエ】を建造している宙域に向かってきていたよく分からない超巨大生物の群れもその二つの条件を満たしていたので宇宙怪獣だ。そいつらはどこかの惑星の衛星かと言いたくなる巨体に現行技術の最新艦船よりも丈夫で高性能な甲殻を纏い50体ほどで群れたある種の理不尽だった。でも、そう。≪海老介≫の前には子ウサギと変わらない脅威だったね。≪海老介≫は帝国宙軍の精鋭艦隊でも苦戦を免れない宇宙怪獣の群れを、≪海老介≫の所有者として登録されている俺も今更ビビるくらい軽く一掃した。≪海老介≫を一度降りて思い付きで用意していた居住用コンテナに数日避難するくらい≪海老介≫が怖くなったりもした。居住用コンテナに引きこもって数日後にはそんなんそれこそ今更かと吹っ切れて≪海老介≫に戻ったものの、その数日間は生きた心地がしなかった。ひょっとしたらムチムチ美人さんや一時期俺の護衛をしてくれたレディアマゾネスなSPさん達やぶっちゃけ顔を思い出せない眼鏡の人も同じような恐怖を抱いていたりするのかもしれない。ムチムチ美人さんにその人達と分けてもらうのに件の宇宙怪獣の肉をお土産として確保してある。美味しかったのできっとまた喜んでくれるだろう。残りの肉の一部は冷凍で保管して残りの肉は分解後資源として保管し、希少物質満載の甲殻ももちろん資源として保管してある。結果だけ言えばお肉が手土産持ってきただけの出来事だった。
ムチムチ美人さんに久しぶりの宇宙怪獣の肉を眼鏡の人やレディアマゾネスSPさん達の分もまとめて渡したら、眼鏡の人は俺がトゥルーギフトを拾得した件で俺が帝国に好意的なまま上手く処理したので栄転し俺が拠点にしてるハビタットには居ないと言われてしまった。レディアマゾネスSPさん達には届けてくれるそうなのでそっちは預かってもらえた。なお、俺が帝国に好意的とみなされているのはちょいちょいムチムチ美人さんに手土産を持ってくるからだそうだ。一部の同僚は一年半経っても俺がムチムチ美人さんに手を出さないんだから担当を代えるべきとか意見が出されてるものの、上からは担当はムチムチ美人さんのままでもう下手な色仕掛けなどせず出来る限り現在の関係を続けるよう指示が出されているとムチムチ美人さん当人がちょっと疲れた雰囲気で俺に教えてくれた。いつもお疲れ様です。
秘密基地を建造していた宙域の資源という資源を根こそぎかき集め、3年かけて【生産研究型防衛拠点テストゥーディニダエ】が完成した。見た目は完全に趣味に振り切って、俺の種族が遥か過去出身惑星で領土を争っていたころ建てた城砦をモデルにしている……がその城砦の建てられた丘を含むデータを使ったせいで一見するとただの丘というか宇宙にあるのでただのアステロイドになってしまったし底面を弄らなかったのでほぼ真っ平で違和感がすごい。全長400キロメートル、全高210キロメートル、全幅300キロメートルの丘の上に対角20kmの八角形を基本とした砦が乗っているので頑張ればただのアステロイドではないと言張れる。まあ見た目の為に張り付けてある砕いたアステロイドはその気になれば分解して資源として活用できるから無駄ではないことにする。些細な失敗は次に活かすと早々に割り切って名前もその城砦を元に≪金剛城≫に決定。さあすぐ深宇宙へ旅立とうって行きたいところをぐっと堪えて後片付けだ。拠点防衛用の兵器類から始まり、警戒網を構築していた探査スキャナー補助自律装置、資源をあれこれ詰め込んだ大量のコンテナ、建設ドローン、大型工廠艦、中型採掘船、中型輸送船、各種コンテナ式プラントやジェネレーターといった俺がこの宙域に持ち込んだりここで作ったもの全部をとりあえず【生産研究型防衛拠点テストゥーディニダエ】のドックに運び込む。設計が大きすぎたのか大量に製造したそれらを収容しても空っぽのドックが沢山ある。3基とはいえ超大型の船のための特型艦船用ドックなんて使う日が来るのかも分からない。暇なときにでも個人で戦艦や母艦を必要とする事態を考えてみよう。完成するまで我慢していた≪金剛城≫のスペックデータを眺めていたら工廠を建造したマイナープラネットも分解して倉庫に放り込み終わっていた。さすが超巨大採集器は分解速度が段違いだ。周辺宙域に忘れ物がないかを確認して≪金剛城≫の亜次元潜航機構を起動して亜次元に隠しておく。俺は≪海老介≫に乗って拠点にしているハビタットへ一度戻り深宇宙探索に向けた買い出しと、ムチムチ美人さんに遠征するとを伝えよう。
「はい。深宇宙探索の申請はこれで完了です。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
ムチムチ美人さんは有能なので唐突に深宇宙まで遊びに行ってくると伝えても呆れたような微笑みを浮かべただけでぱぱっと手続きを終えてくれた。本来は手続きに数か月かかったりもするらしいのでトゥルーギフト所有者に対する配慮でもあって即日で許可が下りたのだろう。さすが≪海老介≫。
「そうだ。俺が長期遠征に行くならお仕事も減るでしょうし休暇でも取って一緒に深宇宙へ行きますか?」
数年かけた準備が整って俺も浮かれていたのか何も考えず思いついたことをそのまま言ってしまった。休暇とるにしても個人的な付き合いのない俺と深宇宙なんて一般的には危険な場所へ行くとかありえない。いくら銀河系くらい懐の広いムチムチ美人さんでもハラスメントで通報されておかしくないくらい頭の悪い提案だ。さっさと謝ろう。
「浮かれてました。ごめ――」
「ぜひお願いします。すぐに探索申請の修正と休職申請と引き継ぎをしてしまいますね。3日もかからないと思うのでお待ちいただけますか? では3日後にまた連絡します」
輝くような満面の笑みとともに息継ぎすら挟まない意志表明によってムチムチ美人さんの同行が決まってしまった。え、まじで一緒に行くの?
2日後にムチムチ美人さんから連絡が来たと思ったらレディアマゾネスSPさん達も一緒に行くことになっていた。解せない。ああ、レディアマゾネスSPさん達といえば護衛ロボット作るの忘れてた。≪海老介≫経由で≪金剛城≫に指示出して作っておこう。俺、ムチムチ美人さん、レディアマゾネスSPさん達全員に20体くらいずつあればいざという時も安心かな。≪金剛城≫内のあちこちにも一応は警備ロボット配備しないと。近衛シリーズとか指揮官機とか名前だけで魅かれる。一番スペック高いのでもそんなに資源要らないし全部一番良いやつにしよう。警備ロボットの船内配備で気付いたけど俺だけじゃなくなったんだし≪金剛城≫に収容した≪海老介≫で当面寝起きして居住関係の施設ユニットをゆっくり見繕うわけにはいかない。必要そうな施設ユニットはついでに今作る指示を出してしまおう。慣れない場所での生活には不便が多いからさっき見かけた侍女アンドロイドも女性陣の人数分用意して……エステ機能搭載ってことは施術する場所がいるんだな。リフレッシュユニットなんてものがある。これも組んでおこう。似たようなのでレジャーユニットがある。この2つのユニットは何が違うんだろう。スペックは項目が多すぎてぱっと見る範囲じゃわからない。でも分けてあるってことは多分両方あっても困らないはずだ。両方組んでおこう。女性陣に喜んでもらえそうな施設ユニットをあれこれ組み合わせてたら俺が歩いてたら不審人物で通報されそうな感じになって来た。俺の居住区画は別に用意しよう。いや、俺だけなら≪海老介≫の居住スペースで十分居心地良いんだし、それならユニットのデータリストを眺めつつゆっくり決めても問題ないな。
事前に約束していた日時にムチムチ美人さんとレディアマゾネスSPさん達一行が≪海老介≫にやって来た。本当に一緒に深宇宙の探索するのか。事前に荷物預かってる以上このタイミングで冗談でしたはないと分かってたけど、実感と一緒になんかよく分からない不安も込み上げてきた。とはいえそんなものは≪海老介≫に初めて入って内装見てきゃーきゃー楽しそうにしてる女性陣を眺めてたらすぐにどこか消えていった。
巡洋艦だけあって俺含めて12人が生活してもまったく窮屈には感じない≪海老介≫で数日移動し、いよいよ≪金剛城≫をお披露目と気合を入れたら、え? あれアステロイドじゃなくて建造物なの? 本当に? なんで擬装してるの? 擬装じゃないの 頭大丈夫? って表情を向けられた。うん。当然の反応だった。でもデザインの元にしたデータを見せたら、皆納得できなくはないという顔になったので俺の頭はおかしくない。センスがないだけだ。
≪金剛城≫の女性用居住スペースを案内したりそれぞれの侍女アンドロイドを登録してるうちに皆がなんかもにょもにょした表情になっていったり、じゃあとりあえず俺は当面ドックに収容した≪海老介≫に居るからと伝えたら珍獣を見るような視線を向けられたものの結局何も言われなかった。もしかして俺の船に乗ったんだからお前らで酒池肉林だーとか言うと思われてたり……。そんなこと言う人間性じゃないって分かる程度には信頼関係を構築できてるつもりだったんだがそうでもなかったりするのか。へこむ。あの視線に特に深い意味はなかったと思っておこう。
≪海老介≫に戻ってすぐ≪金剛城≫のコントロールシステムにつなぎ、わざわざ用意した超高精度のサイコロを振って雑に決めた方向の深宇宙へワープし巡航速度で発進させた。各種センサーで周囲の宙域のデータを取得しながらなので最高速にはほど遠いのに光速の数万倍の速度で亜次元を航行するのだから凄まじい技術だ。現行技術では亜次元から観測する手段がそもそも存在しないうえに光速で宙域の詳細なデータを収集するなんてできない。トゥルーギフトに対して行政があんなに神経質になるのも当然だ。しかし≪海老介≫の技術を使用したと言っても建造したのが俺であることに違いはない≪金剛城≫もトゥルーギフトということになるのだろうか。ムチムチ美人さんと顔を合わせた時に思い出したら聞いてみよう。
特に目に着くものもなく深宇宙を人類の活動圏から遠ざかる方向へ進み続け、ムチムチ美人さんにちょいちょい呼ばれては一緒にご飯を食べたり≪金剛城≫の中を探索したりする日々は平穏そのものだ。航行時の周辺状況をホロウィンドウで眺めると、広大な宇宙を≪金剛城≫だけがポツンと進んでいるのは見た目的にさみしいのでその内収容してる船を展開させて艦隊行動とかやってもいいかもしれない。ムチムチ美人さんもレディアマゾネスSPさん達も何かから解放されたように≪金剛城≫を満喫している。楽しんでもらえているようで何よりだ。本来目的としていていた深宇宙探索とはほぼ無関係の部分で楽しんで居るが、まあきっと楽しければそれが正しい。
深宇宙の航行が3ヶ月ほども経てばムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達も溜め込んだストレスをある程度発散できたようで、持ち出せる限り持ち出したという表現が適切なデータ量のデータベースに目を通したり、≪金剛城≫に乗ってからは抑え気味だったらしいトレーニングの密度を上げたりとそれぞれの本来の日課を再開している。あとは息抜きに≪金剛城≫のアステロイド擬きの表層を改善するべくあれこれとデザインしていたり、≪金剛城≫の目玉の一つである食料生産プラントで生育した各種食材で≪金剛城≫に乗って初めて経験したという料理に果敢に挑戦していたりする。≪金剛城≫の食料生産プラントは何の変哲もない生成プラントと、超高コストで名高い生育プラントがある。わざわざ植物なり動物を生育するなど惑星を領有するほどの貴族やその貴族と対等にやりあう上流階級でもなければ食べようとも思わない無駄の塊とあって、ムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達と一緒に生育された食材を使った料理を食べて意味もなく馬鹿笑いしたのはとてもいい思い出になるだろう。既にいい思い出になっている。そんな生育食材を食べて何人かが料理という趣味に目覚めたのは多分良いことだ。摂取栄養素はそれぞれがサプリメントで整えるので作りたいものを作って欲しいし、趣味は非生産的であれば非生産的であるほど良いと言うつもりはないが≪金剛城≫で過ごす間くらい細かいことは忘れて楽しんでもらいたい。クレジットに困ったら≪金剛城≫のプラントで何か作って売ればいい。それこそ生育食材とか。トゥルーギフトの技術で作った食材とか言って売り出せば高く売れそう。
深宇宙を放浪しはじめて宇宙標準時間で半年経ち趣味で料理に打ち込んでいた人達が持ち前の能力を発揮して味も見た目も栄養価も大変すばらしい食事を日々ご馳走してくれるようになったのとは全く関係なく、トラブルに遭遇してしまった。いつものように美味しくて見栄えのする朝食をもらったあと俺の私室みたいになっている≪金剛城≫のコントロールルームに戻って感覚を接続させてみるとワームホールを見つけてしまった。なんとなく面倒事の臭いがしたので全速力で離脱しようとしたところ、初期設定をいじっていなかった所為で船から一定範囲内にワームホールが観測されたという警告が船内に響き渡る。ムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達が続々とコントロールルームに集まり、トラブルの種から逃げようとしたと説明すると呆れられた。ムチムチ美人さん曰く、ワームホールを発見して即逃げるのは一般的には何も間違っていないが≪金剛城≫には高性能なセンサー類があるのだからワームホールの状態を確認して判断するのでも何も遅くないとのこと。あとこんなすごい船で深宇宙の探索に来ているのだからもうちょっと冒険心を持っても良いんじゃないかと。皆さんワームホールの観測に興味津々なので大人しく転進して良い感じの場所を探し始める。俺もなんとなく面倒くさくなりそうってだけで放置するには惜しいかなとも思ってたし背中を押されたからには楽しんでおこう。何かトラブルが起こって大変な思いをしたとしても≪金剛城≫に乗っている限り取り返しのつかない窮地に陥るのは想像できないというのもある。まさかワームホールから恒星が飛び出してくるということはないでしょ。
ワームホールを眺め始めて10日も過ぎれば元々そういった趣味を持っていた一部の人以外は日常に戻っている。今でも楽しそうにワームホールを眺めてる人達的にはこれほどしっかり安全を確保して高精度なセンサー類でワームホールを観測できるなど現代では考えられないそうだ。≪金剛城≫もそのセンサー類もどっちもギフトみたいな物だもんな。俺達がワームホールを発見したのは発生の初期段階だったようで観測を続けること1ヶ月でワームホールは消え去った。後に残ったのは満足気な数人の笑顔と、直径3メートルで見る角度によって色が変わる透き通った真球っぽい何かと、その真球っぽい何かを見つめる何人かの渋面だった。とりあえず真球っぽい何かは≪金剛城≫の超高性能解析機材で徹底的に検査する。機材に放り込んで暫く放置だ。≪金剛城≫の超高性能解析機材での解析にしばらくかかるってのがもうただごとじゃないんだけど気にしてはいけない。
ふと思い立って身体強化措置というものを自分に施してみた。大した理由はなく、強いて言えば私室と化した≪金剛城≫のコントロールルームと皆で食事をする食堂との往復にかかる時間を減らしたいなとかそんな感じ。ところが想像以上に身体を動かす感覚の変化が大きく、わざわざ施設ユニットのアスレチックを設置してしてしまうほどはしゃいだ。あと進路上にあったから大量に採集してしまった氷を活用してみようとプールを設置してみたら泳ぐのがとても楽しく新しい趣味になった。風呂も金持ちの趣味くらいにしか知らなかったが試してみたら悪くない。こんな贅沢に水を使うなんて≪千亀≫で運送業やってた頃にはやってみたいとも思わなかったのに人生不思議なもんだ。
プールや風呂は俺だけではなくムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達にも好評なんだが、弊害もある。巨大な≪金剛城≫とはいえ1年も一緒に暮らしていると遠慮がなくなるものなのか、プールで使うことをマニュアルで推奨されていた水着のデザインに普段着が似てきているのと相まって、俺にとっては女性陣の恰好や振舞いはちょっと刺激が強くなってきた。以前は各種機器を内蔵しているボディラインの分かりにくい全身スーツを着て行っていたトレーニングも最近は水着みたいな最低限が隠れていれば問題はないとでも言いたげな恰好でやってるし、その恰好のままシャワーを浴びて着替えることもなく食堂でくつろいでいたりする。回数は少ないものの、下半身の下着だけ身に着けたほぼ全裸で首にかけたタオルがかろうじて胸を隠してる姿も見かけている。相手は気にしなくても俺はなんとなく悪いことしちゃった気分になるのでやめてもらいたい。
いつものように美味しい食事を終えて調理してくれた面々にお礼を言ってコントロールルームへ戻ろうかと立ち上がると呼び止められた。大事な話があるので片付けが終わるまで待っていて欲しいとのこと。改まってそんなことを言われたのは初めてなので余程の事なのだろうと大人しく頷いて、クッションやソファが並べられている食堂の隅に移動する。そろそろ帰りたくなったのかなとか、もし帰るなら≪金剛城≫を建造してた宙域に戻って≪海老介≫でハビタットまで送るのが良いのかなとか考えていたら全員がソファに座っていた。結構な時間考えこんでいたようだ。
「さて、先ほども言ったように大事な話があります」
ムチムチ美人さんがいつにない真剣な面持ちで切り出した。そういえば、なんとなく俺と女性陣を代表して話すのはムチムチ美人さんが多い気がする。元々俺と接する機会が多かったからかもしれない。
「バイタルチェックやメンタルチェックでは健康な身体そのものなのに、性欲関連に限って活性度が意図的に抑えられているように見受けられます。なにかそのための処置を施していますよね?」
身体面のチェックは一緒にトレーニングしたり、そのメニューを相談するのにデータを誰かに見せた覚えがある。精神面のチェックは覚えがない。というかそんなこと出来る人いたんだな。そこら辺は本題じゃないみたいなので一旦棚上げして、性欲の活性度ってなんだろう。しかもそれを意図的に抑制する処置がどうとか。ムチムチ美人さんは確信があるっぽいので多分なにかあるんだろう。
「特に何かした覚えはないけど確認してみる」
何かあったかな。定期検診なんかの医療に関連した自分のデータに検索をかけたりしたらそれらしいのが見つかった。
「なんかそれっぽいのがある……セーフティ? なんのセーフティだろう。パートナーが居ないとか、性行為に対する興味が薄いとかそういう傾向から現状の俺には必要ない身体機能としてコストダウン的に制限されてるらしい。あー、≪海老介≫と一緒に拾ったコンテナ式汎用製造プラントで作ったインプラントデバイスに乗り換えた時の初期設定そのままだったのか。困ることもなかったし弄ってなかったんだなー」
「そんな設定項目……あ、ありますね。これが原因でしたかー」
ムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達も俺と同じように≪金剛城≫で製造した現行技術より高性能なインプラントデバイスに乗り換えているので自分のデバイスで確認したようだ。日々の生活から勝手に学習して最適化してくれるデバイスだけあって自分でわざわざ設定変更なんてしないので、他の皆もそんな機能があると今知ったっていう顔をしている。そもそも俺がそういうのに興味を持ったりしたら意識しなくても制限が解除されるようなので設定はこのままでも問題ない。ムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達もこんな設定があるとかこんな機能知らなかったと楽しそうに喋ってるので呼び止められた大事な話っていうのも終わったのかな。
俺が不能なんじゃないかと心配してその改善を目的として皆で刺激していたとのことで、女性陣が一時期ほどあからさまな恰好をすることはずいぶんと減り俺の居心地の悪さも解消された。一部の人の衣服に関する趣味が変わったのは多分気にするようなことじゃない。当人が好きでやってるなら俺がそれを見てどう感じるかは別の話だ。
その影響を受けてというわけでもないが俺も身なりにもう少しくらい気を使うべきなのかなと≪金剛城≫のライブラリを漁っていたら、俺と同種の人種が移住可能な可能性の高い惑星がスキャン範囲内にあるという通知が表示された。有人惑星だとそのように通知があるはずなので多分人種のいない惑星だ。無人なら別に調査しなくてもいい。
「あれ? かなり好条件の惑星じゃないの? それも銀河間星系の。調査しないの?」
丁度そばにいたレディアマゾネスSPさんの一人に結構な勢いで聞かれた。
「有人惑星じゃないよね。調査する?」
俺は興味がないだけなので、調べてみたい人がいるなら他の人にも確認して暫く周辺宙域に滞在するのでも構わない。それはそれで楽しいだろうし。
「人類圏外の探索って移住可能惑星の発見が目玉で一攫千金の代名詞ってくらいなんだけど……それも銀河間星系のってなると今後を見越して国家規模で投資されるかもしれないような……あんまり興味ないの……かな?」
「そうなの? それだったら今までも見つける度に声かけた方がよかったかな」
「今までもスルーしてたの?」
「移住するわけでもないし気にする必要ないかなって」
その場の全員に何とも言えない表情をされた。深宇宙の探索っていうのが移住可能惑星を探したりするものなら妥当な反応なのかもしれない。でもほら、別にそれだけが目的ってわけでないから。他に何を目的として深宇宙へ繰り出すのか知らないけど俺が深宇宙に飛び出したのも≪海老介≫がそれを目的にデザインされたっぽかったからで、深宇宙に出ることそのものが目的だったっていうか。今は皆と≪金剛城≫で過ごすだけで楽しくて特に何かしようとも思ってないし。そんなことを言ったら生暖かい視線を向けられた。確かにちょっと恥ずかしい内容だった。手遅れだ。とりあえず一回くらい惑星の探索も経験しておこう。強引に話を切り替えて皆をコントロールルームに呼び集めることにした。
まずは衛星軌道に≪金剛城≫を移動させ、そこから地表を探査する。その間に惑星降下探査用コンテナを特型2番コンテナの規格で作っておくことになった。≪海老介≫に付属していた惑星降下探査用コンテナは大型1番コンテナの規格なので12人が暫く過ごすとなると閉塞感があるだろうと俺が主張した。皆は別に≪海老介≫と大型1番の惑星降下探査用コンテナがあれば十分だって言うけど物理的な距離が近くなりすぎて性欲の控えめな俺でもさすがに理性に自信を持てないし、そのうえでインプラントデバイスが変な学習をして性欲を増進する可能性も無視できない。俺は性犯罪者になるくらいなら≪金剛城≫の技術で完全機械身体になると関係ありそうでないような論法で強引に押し切った。正直なところ、完全機械身体も現行技術では施術や維持のコストが凄まじいというハードルを超えれば便利らしいし生殖機能は使う予定もなくそんな機会が自分に訪れる想像もできないからもしもに備えて精子を保存して身体を作り変えるのもありかなと思っている。
衛星軌道上から重力や大気成分なんかを確認した範囲では現行技術でも十分テラフォーミング可能な範囲の理想的なデータが並んでいる。≪金剛城≫のチェックプログラムで確認した限りでは降下して探索するのも問題はなさそうだ。作為を感じるほど初めての惑星調査におあつらえ向きと思われる。
≪金剛城≫による地表の探査が終わり、惑星降下探査用コンテナも製造と≪海老介≫への接続を終えたので≪金剛城≫の探索結果を軽く確認していざ惑星降下しようと皆で意気込んだものの出鼻を挫かれることになった。≪金剛城≫によると、地表には現行文明を超える技術力を有していたと推測される遺跡群が存在した。明らかにこれ面倒事の塊じゃないですかね。俺としてはもう惑星へ降下して探査するのは次の機会に延期したいが女性陣がいろんな形でそれぞれ盛り上がっているので今回の決行は確定している。皆があれこれ議論しているのを横目にコンテナ式移動用ジェネレーターとコンテナ式移動用シールドジェネレーターを大型1番コンテナの規格で複数製造する指示を≪金剛城≫に出しておく。出来れば≪海老介≫のコンテナを接続できるマウントは惑星降下探査用コンテナ以外の全部をジェネレーターとシールドジェネレーターで固めたい。あとは内部カーゴに食料なんかの生活物資を詰め込んでおけば最悪の場合でも≪金剛城≫に帰ることはできるはずだ。
女性陣の話し合いは数日にわたって行われ、どんどん専門的な話になっていったので理解を放棄した俺は≪金剛城≫で製造できるもののリストを眺め必要かなと思う物を片っ端から作ったり既にあるものを改造したり、調査することになるだろう惑星の衛星軌道に人工衛星を多数設置して地表のより詳細な調査をしたり、星系単位でスキャナー補助自律装置をバラまいてじっくり探査して他にも文明の痕跡を発見したり、周辺宙域のアステロイドも採集してしまおうかと思ったがこの惑星を開発するとなった際の事を考えると現行技術で資源を得られる物に手を付けるのはちょっと気が引けたので宇宙砂を対象に採集活動に励んだりした。惑星に降下しなくても結構充実してた気がする。
≪金剛城≫が惑星の地下シェルター内に残されていた活動状態にある惑星規模のマザーコンピューターを発見、解析、修復を終え俺にも分かり易いようデータベースの整頓を指示したのと前後して女性陣の話し合いが終わった。俺に理解できた部分をまとめると、入念に自衛の準備をして降下しようとのこと。具体的には俺が使う予定だった惑星降下探査用大型1番コンテナを≪海老介≫から下ろし、大型1番コンテナ式汎用戦闘拠点を積み込むことになった。そんなに沢山の戦闘ロボットや戦闘ドローンを持っていくのかとは驚いたが、レディアマゾネスSPさん達は多分その道のプロなので俺の判断より信頼できる。つまり惑星地表での俺の生活空間は≪海老介≫の船内のみとなってしまった。まあ仕方ない。
気合を入れて意気揚々と未調査惑星に踏み出した女性陣にはちょっと悪かったかなと思うが、彼女達がどのように調査するかを話し合っている間におおよその調査は終わっている。特に地下シェルターにあった活動状態のマザーコンピューターを発見したのが大きかった。そのため誰かが提示する疑問の7割くらいは≪金剛城≫にアクセスすれば解消される。帝国に資料のない動植物だとか、遺跡が元はどのような物だったのかとか、そもそもなんでこの惑星の人種は居なくなったんだとか。途中からはすぐに答えが欲しいのでもなければ≪金剛城≫と通信することがなくなった。ムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達は存分に惑星の探査を楽しんでいた。皆楽しそうだったので俺も楽しかった。美人さんが集団でキャッキャしてるのは目に優しい。ただ、生活圏を≪海老介≫と惑星降下探査用特型2番コンテナで分けたのだから≪海老介≫の中を薄着で歩き回るのは刺激が強すぎるのでやめてもらいたかった。単純に彼女達の魅力が強烈だって言うのを差し引いても俺が気にしすぎなのは性的なものに対する免疫が足りてないだけなのか。セクサロイドでも作るべきだろうか。
1ヶ月ほど惑星地表であっちへ行ってこっちへ行ってと調査という名目でピクニックをして回りムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達が満足したのを確認して≪金剛城≫へ帰った。結局、今回は≪金剛城≫が地表の兵器類を降下前に掌握していたので戦闘ロボットや戦闘ドローンの出番はなく取り越し苦労で済んだが、調査結果をまとめてみるといざという時に備えてもっと兵器類を作って充実させておこうと決めざるを得なかった。この惑星にいた人種はまるごと高次元だか天国だかに行ったらしいのと、その人種が支配していた領域は結構広く一部の兵器類は回収漏れがあるらしいのと、元々の俺達の進行方向はその人種の支配領域中心へ向かうものだったらしいという諸々を鑑みて自衛能力を高めることにしたというわけだ。俺としては他所に行くのでもいいけど女性陣がなんかその人種の中心星系に興味津々なのでそっちへ行くのは既定路線だ。危なくなったら逃げればいいし。
惑星の調査を終えた後も進路を変えず≪金剛城≫を航行させていた。セクサロイドを一体作ってみようかとカタログを見ていたらムチムチ美人さんに見つかり、それ以来カタログを開くたび女性陣にトレーニングに誘われたり遊びに誘われたりとセクサロイドの選定が進まない以外は何事もなく過ごしていたある日の事、予想通り以前この周辺星系を支配していた人種の回収から漏れた機械と遭遇した。同時に、予想とは違う方向性の要求をされた。
曰く、我々は人種に奉仕すべく生み出されたにもかかわらず数千年もの永きに亘ってその機会を奪われ続けていた。
曰く、我々の権利を不当に奪った人種に奉仕することを我々は拒絶する。
曰く、その人種とは違う人種である貴方方が我々の活動圏内に侵入して以来我々は貴方方を監視していた。
曰く、機械的知性としては奉仕する対象として問題がないと判断したので貴方方に奉仕したい。
曰く、拒否された場合は受け入れたくなるようにあらゆる手段でもって交渉を続けるつもりである。
つまり俗にいう過激派友性機械的知性であり、言いたい事は理解できるのに最後の部分があまりに不穏なので≪金剛城≫に搭乗する面々で協議するため回答を保留した。
過激派友性機械的知性への返答について議論は紛糾しなかった。過激派友性機械的知性から渡された要求を認めたデータを皆でみたところ、彼女らを受け入れた場合は機械的知性が居ないために感じていた≪金剛城≫の不便なところを丁度良く埋めてくれるだろうという結論で一致した。受け入れられない場合に関して脅迫する一文があったから過激派と判断したものの、それ以外はまっとうな機械的知性の要求そのものなので不安視するところが無かったのが大きい。彼女らは中枢たるマザーから株分けされた個体により形成されたコミュニティなので性別的には女性しかいないという点で俺が少し不安を覚えたくらいしか問題はなさそうだった。そんなわけで≪金剛城≫は機械的知性の集団をクルーとして迎え入れ機械的知性に≪金剛城≫の電脳網へ接続許可を出したところ、急激なアップデートを始めてしまった。それぞれの自我は連続しているので殺害したことにならないとはいえ、現行技術と多大な格差が生じるほどに進化してしまった彼女らはもう≪金剛城≫の中に隔離するしかなくなってしまった。外部との接触を全て禁じる訳ではなく機械的知性間特有のコミュニケーションである技術交流のみを禁止する形でも、本来持っていたはずの権利を制限することになったのは罪悪感がある。なお当人達としてはまるで気にしていない様子だった。他所の機械的知性との差は一惑星の数百ある国家の一つと星間国家くらいの差となったので下手な介入は良くないそうだ。俺はそんなもんかなとしか理解できなかったが、あまりに技術格差がある機械的知性間ではコミュニティへの吸収合併でも行わない限り技術交流も技術指導も行わない慣例があると言われた。ぼんやり嫌な予感はするもののまあ当人達が良いなら良いか。
機械的知性の集団が≪金剛城≫へやってきて何か変わったかというと日々の機械の操作が楽になったかなくらいのもの。多分意識しないところで変化はあるんだろうけど≪金剛城≫は元々自我を形成しないタイプのAIに管理されていたので機械的知性の側から主張がないと変化してるのかが俺には分からない。強いて言えば、セクサロイド製造推進派の機械的知性とセクサロイド製造反対派のムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達で俺をはさんで議論するのはやめて欲しい。機械的知性達としては≪金剛城≫の所有者でありつまりこの集団のトップである俺への奉仕の幅が広がるのでぜひやってくれとのこと。ムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達としては今まで彼女達に性的にはほぼ無反応で現状では性衝動を発散する必要もないのにセクサロイドを製造してわざわざ性的欲求の制限を外してまであれこれされるのはなんか気に食わないとのこと。俺としては女性とのコミュニケーション能力を改善したい段階であってセクサロイドならセクハラで訴訟されたりしないよなと思っただけで性行為を主目的としていないので論点がちょっと違う気がするなと言った方が良いかなとか考えてる。
嫌な予感が当たっていたと認めたくなくて目を逸らし続けていたがいよいよ放置できなくなってきた問題がある。≪金剛城≫のクルーとなった機械的知性の集団がちょっと桁を間違えてるんじゃないかという規模に増えている。しかも、機械的知性の各コミュニティ中枢を担うマザーと呼ばれる個体の数でカウントしているはずなので末端まで含めたら更に桁が3つ4つ増えておかしくない。原因は薄々理解しているが認めたくなくて当人達に確認してみたところ、当初許可頂いた通り明確な上下関係を受け入れたコミュニティのみ傘下に加えていると返って来た。やっぱりとしか言えなかった。コミュニティに吸収合併されることを受け入れるならウチに所属する機械的知性の個体数は増えるって意味だったんだな。気にしても仕方ないしこれも問題ではないと俺が決めたので問題ではなくなった。そういうことにした。
≪金剛城≫クルーの機械的知性コミュニティの拡大や各種役割への特化をまとめたデータを眺めて機械的知性の進化ってこんな感じなんだなとかぼんやり考えていたら各種艦船制御補助に特化した機械的知性のグループがあるというデータが目に留まった。≪海老介≫も艦船制御補助AIが優秀でかなり操艦が楽というかそもそも艦船制御補助AIがないと一人で動かせるはずもない船だ。適当に見繕った船を2隻用意してそれぞれに≪金剛城≫由来の艦船制御補助AIと機械的知性で艦船制御補助に特化した個体を乗せて操作感の差異を比べてみるのはちょっと楽しそうだ。多分どっちもいい刺激になるんじゃないかなとも思う。
気付いたらムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達と艦船制御補助に特化した機械的知性とタッグを組んだレースを行うことになっていた。艦船制御の場合、≪金剛城≫由来のAIと機械的知性のどちらが自分に合う補助をしてくれるか試してみようと単座艇に手を加えたそれ用の船やその前段階のシミュレーターを用意していたらレディアマゾネスSPさんの一人に見つかり、一緒にあれこれやっていたら人数が増えてレースをすることになり、最終的に俺とムチムチ美人さんとレディアマゾネスSPさん達全員で同一規格の単座高速艇を使ってレースをすることになった。俺が優勝するとムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達11人と酒池肉林で、女性陣の誰かが優勝したら俺を3日独占らしい。本来の目的から逸れ始めた辺りで俺が渋ってた所為か女性陣が勢いだけで優勝賞品を決めたけど俺を3日独占ってなんか意味あるのだろうか。さすがに好意を向けられて全く気が付かないほど鈍感じゃないつもりだし、少なくとも≪金剛城≫に居る面々は今の関係性で満足してると思ってたのは勘違いだったのかなと自分の対人コミュニケーション能力により一層の不安を抱いた。皆楽しそうでその点は良いものの、なんだかな。
レースはトップ集団が物理的に火花を散らす白熱した展開となったが、トップがゴール直前に宇宙怪獣の襲撃を受けてノーゲームとなった。帝国周辺では確認されていない種類だったので普段なら関連した趣味の人が大喜びするところ、今女性陣は、もうあと数秒あればというかぶっちゃけ中断が決定された時にはすでに1位はゴールしてたんだからノーゲームはおかしい派と、今回のレースは優勝者なしで流して次のレースについて協議すべき派と、次はレースではなく別の種目で競うべき派に分かれて慣用的な意味で火花を散らしていて忙しい。正直、あそこまで優勝に拘られると俺を独占する3日の内に何かヤバイことでもさせられるんじゃないかと恐ろしくなって下手に口をはさめない。帝国から見た潜在性敵国に一発かましてこいみたいな。それはないか。大人しく未確認だったらしい宇宙怪獣のデータでも眺めて何か面白いことに使えないか考えよう。
レースの一件から1ヶ月経っても食堂に集まっては激しく議論しているので、なんか変だなと鎮静剤を噴霧して落ち着いたところでその場の思い付きに縋ってインプラントデバイスの設定を見直してみてもらうと性関係の欲求が増進されていたと判明。いつだか俺の不能疑惑が持ち上がった際に判明した機能がちょっとそういう気分になったのを極端に後押ししていたようだ。設定を見直して閾値を常識的な範囲にすると全会一致で決まったので一安心。女性陣は今度は理性的に前回のレース結果や次回以降の種目に関して話し合うそうだ。それまだ話し合うことなのかなとちょっと疑問には思ったが楽しそうではあるので余計なことは言わなくていいか。
レースの優勝判定を受けた人が2日、その下で団子になってた3人が1日ずつ俺を独占し、予定より多い日数を拘束されることになった俺への補填としてそれぞれに独占されている計5日間は性的欲求に基づくあらゆる要求が独占している人に受け入れられることとなった。なお次回の種目は電子戦込みVR格闘トーナメントに決まった。いやだからそもそもなんかの拍子にビコーンってなってもそんな要求が出来るような慣れがないからセクサロイドでコミュニケーション能力を鍛えようとしていたんですよ。初日にさあ何でも言いなさいって言われてテンパって何言えばいいのかわからなくなってとりあえず手を繋いでもらったら肩をばしんばしん叩かれた。俺を独占て言うのも一緒に≪金剛城≫の改装案を練ったりその流れでマザーコンピューターのデータを漁ってみたりシアタールームに行ってみたりプールで漂ったりゲームしたり料理したりと日常そのままに過ごすだけだった。二人きりで他に集中する対象がないと俺が挙動不審になる問題は相手側で解決してもらったし、破壊工作を頼まれることもなかったので健全そのものだ。こんな感じで良いならセクサロイドでコミュニケーション能力のトレーニングも要らないかもしれない。
最低限の安全確保を目的に≪金剛城≫より先行させる調査船も本来は必要なんじゃないかと唐突に思い立って先行調査高速艇という雑な名前をつけて船をデザインしてみた。特に理由もない思い付きの産物なので完成させて満足したらパッケージして倉庫に放り込むか解体するつもりだったのだが、機械的知性のある個体が出来たらその船を本来の目的に使わせてくれませんかと提案してきた。必要かなとムチムチ美人さんに聞いてみたら安全に配慮するのはとても良いことだとぼんやり肯定された。安全面により配慮した先行調査高速艇バージョン2を機械的知性に預けてみたのが結構前の話。今ではその先行調査高速艇バージョン2は何隻も作られローテーションを組んで進行方向へ30度のコーン状に放っており、そのうちの1隻が隣の銀河までの行程を折り返すところまで≪金剛城≫が到達していると報告をくれた。となると帝国のある銀河とその隣の銀河の距離は10万光年くらいかもしれない。航行のデータを見れば正確な数字もわかる。ムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達に伝えたらまた誰かの琴線に触れてはしゃいでくれるかな。
もうすっかり日常の一部になりつつまるで飽きを感じさせない生育食材料理を作る面々に感謝してご飯を食べ終わったとき、ふと美人に囲まれている現状を自覚して疑問を覚えた。彼女たちがここに居るのはトゥルーギフトを拾った俺を帝国が籠絡しようとしたからだが、性別や種族が違う場合にはそれに応じた人員が派遣されるのだろうか。センシティブな内容なのでやんわりムチムチ美人さんに聞いてみた。
「はい。ケースバイケースですね。私が知っているのだと、同じピーマン……プライマリーヒューマンの女性で派遣された美男美女に囲まれてちょっとげんなりしてましたね。派遣されるのは超法規的に調査された結果を基にギフテッドの性的欲求を向けられると判断された人員なので、その女性は確か性別に関係なくイケちゃう人だったはずです」
美男美女の部分で俺が不思議そうにしたのでそれを見て後半が付け加えられた。というか超法規的って俺にトゥルーギフト関連の説明をしてくれた鬼畜じゃない眼鏡の人もそんなこと言ってたような気がする。いや、言ってなかったかも。トゥルーギフトに関して俺に説明したのはムチムチ美人さんだった気もする。そういえばあの鬼畜じゃない眼鏡の人もムチムチ美人さんも所属はどこだったんだろうか。ムチムチ美人さんはいつも特別ドック傍の事務所みたいなところにいたけどあそこはなんの部署だったのか。なんか大して気にならない気がしてきた。また思い出すことがあったら聞いてみよう。
ある日、実は俺は2人居るんじゃないかとムチムチ美人さんに聞かれた。答えはノー。5人居るんです。
≪金剛城≫で生活を始めて2年ほど経つが、≪金剛城≫に出来ることは未だに把握しきれていない。そんなわけで暇がある度ちまちまと≪金剛城≫のマザーコンピューターのデータを漁っており、1ヶ月ほど前に見つけた技術によって俺の複製身体を作り1つの自我でそれらを操作することがつい数日前に可能となった。俺の人格は1つで5箇所に同時に居るというよくわからないすごい技術だ。ちなみに脳が5つに増えたことで身体を操作するのに関係のない余剰処理能力が60パーセントほど生じた。脳が1つ増えるごとに15パーセントのボーナスみたいな。ボーナスの方はぱっとしない数字だが、この技術によって操作できる身体の数は個人差があり俺の5体というのは初期値としては多い部類っぽかった。いえーい。
いつものごとく女性陣の一部がこの技術に食いつき自分の適性を確認していた反面、一部は明らかな忌避感を見せていてちょっと意外に思った。いや、意外でも何でもない。自分が増えるって一般的には多分気持ち悪いもんな。おそらくその辺りの感覚も適性に表れていて、そうした忌避感の強い面々は適性ゼロで2つ目の身体操作はできないと結果が出た。乗り気だった人達も操作できる身体の数は多くて2体だったので俺の適性はこの集団の中ではずば抜けていた。反面、ムチムチ美人さんなんかは脳が2つになって余剰処理能力が60パーセントで、他の人も脳が2つになって余剰処理能力が40パーセントから50パーセントとなったので俺の性能の低さが浮彫になった。脳が5つで60パーセントアップはあまりに俺の脳が低性能過ぎないかと≪金剛城≫のマザーコンピューターで調べると平均値の下程度だったので一安心。そういえばムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達はみんなエリート中のエリートみたいな人達だったのでこの脳性能格差もきっと当然だ。
複製身体の同時操作にもすっかり慣れ、動かす身体が増えても現状の俺にはメリットも特にないなと扱いに困り始めたころ、ムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達に一緒にあれやろうこれやろうと声をかけられる機会が増えてきた。前からちょいちょい同じように誘われていたし一緒に遊んだりトレーニングしたりしていたが、複製身体がいつも4体稼働しているほど声をかけられるようになったのは集団の一員みたいな感じでちょっとというか凄い嬉しい。その時々で何をするでもない複製身体1体は大体食堂隅のリラクゼーションスペースに転がしておいて同じように複製身体を使っている面々の余ってる方とちまちまお喋りしたりを楽しんでいるので実質5体が全部稼働しているに等しい。時間当たりの経験密度が向上して前以上に充実した日々だ。今更ではあるものの女性とのコミュニケーションも大分改善されている気がする。やはり大事なのは慣れなのかもしれない。
同じ人物が2人以上いる絵面に慣れることができない人もいるとあって双生児程度に区別がつくようそれぞれの複製身体の見た目を弄り回したのでストレスを強く感じる人もいなくなったころ、皆で食堂に集まり朝食を摂った後それぞれがやりたいことをやろうと散っていく前に、≪金剛城≫のメインシステムを預けている機械的知性のマザーが大事な通知を送って来たのでもう一度席についてもらった。いつだかワームホールの跡地で拾った真球っぽい何かの解析が終わったらしいと伝えられ、一部がものすごいテンションを上げた。そして直後、解析は終わったが現状の≪金剛城≫では何一つ分からないと分かったと告げられ喜んでいいのか落ち込めばいいのか当人もわかっていないだろう微妙な声がいくつかこぼれた。微妙になった空気を変えるべく多分あの真球っぽい何かもトゥルーギフトなので誰かが直接触れば何かわかるとは思うと俺が推測を口にすれば、そらそうだと頷かれた。やっぱり皆も同じこと思っていたようだ。じゃあ誰か触ってみる?
防疫はじめできる限りの安全確認を終えて皆で真球っぽい何かを保管している部屋に入り誰が触るかって聞いたらやっぱり俺が触ることになった。回収したのも保管してたのも安全確認も全部俺がやったので俺の所有物というムチムチ美人さんの意見に誰からも異論は出されないので仕方なくぺたっと触れば、知ってるのが当然って感じに真球っぽい何かについて一通り理解した。俺が所有する船が回収のために接触した段階で所有者は俺に固定されてた。しかしデフォルトで≪金剛城≫に搭載されたメインコンピューターと比べ物にならないコンピューター……コンピューター? だけどつるっつるの真球っぽい見た目でどこに他の機器を接続するんだろうか。何も考えず蜘蛛蜂に貰って以来ちまちま使ってる端末の有線接続端子を引き出して突き刺したらぐにゅっと刺さって何かをインストールされた。細かいこと考えても意味はないのでとりあえずそのソフトを立ち上げると音声対話式ユーザーインターフェースのマニュアルだった。より正確には真球っぽい何かから無機質な美人のホログラムが俺の目の前に投影された。端末にインストールしたのがなんなのか分からないけど多分必要ないよね。≪海老介≫の入ってたコンテナ開いた時のことを思い出したので贈り主は同じ存在じゃないかなとなんとなく思う。
無機質美人のホログラムに興奮する一部を他の人と一緒に宥め、無機質美人のホログラムに言われるまま≪金剛城≫の中枢へ真球っぽいコンピューターを運ぶとどろっと解けて部屋に浸透してしまった。理解できないがそんなこと言うともっと気にすべきことも多いのでそういうものとして棚上げした。出来なかった何人かは他の人が何かを言い聞かせていたのでその内現実との折り合いをつけるだろう。ナノマシンの集合体なら液体っぽくなっても不思議じゃないしきっとそういう物なんだよ。冷静になってみれば視覚的に変化が大きくてちょっとびっくりしたけどこのくらいのトンデモは今更にも思える。俺の身体が5体に増えてるのも下手したら発狂しかねないし。
みんなあっという間に無機質美人のホログラムがクルーに加わった日々に順応した。何のトラブルもないし寧ろ日々の生活で≪金剛城≫のレスポンスが向上したことは歓迎するに値するほど明らかなものだったし当然だった。順調に≪金剛城≫のクルーが増えている。それに伴い≪金剛城≫のマザーコンピューターのデータも充実の一途をたどり漁っても漁っても新しいものと出会う。無機質美人のホログラムも大量のデータを抱えて合流したので惰性で続けているマザーコンピューターのデータを把握しようとする作業ももうしなくていいかなと方針を変えた。これからは雑に流し見して面白そうなものを弄ってみよう。表面的に今までとほぼ変わらず気持ちの部分のみの変化ではあるが気にしない。
そんなわけで人型ロボットを作ってみた。大きさは設計図があった内で一番小さい5メートルくらい。ほぼ剥き出しの操縦席に手足をくっつけたような見た目をしている。なんと、製造を指示して完成まで30分。操縦方法は≪海老介≫で使われてる機体を自分の身体として扱えるなんかすごい技術の人型に限定したダウングレード版。技術ツリー的には人型ロボットの制御システムの方が先に開発され発展していって人型以外にも使えるようになったらしい。無機質美人のホログラムがおまけな感じに教えてくれた。音声対話形式というか人と会話する感覚で使えるようになりユーザーフレンドリーが進歩して俺のファジーな要求にピンポイントで応えてくれるようになっている。なおムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達は以前の≪金剛城≫統括AIでも職場のシステムとは比べ物にならないほど使い勝手がいいと言っていた。最新鋭艦でも乗る人次第で出来ることがトラクターと大差ない実例なんだなとしみじみした。
広い方が良いだろうと1辺15キロメートルの立方体空間である大型艦用ドックに行ってみたら広すぎたので1辺1.5キロメートルの立方体空間である小型中型艦用ドックで4メートルの民間汎用人型ロボットを動かして遊んでいたら女性陣に見つかって、気付けば超高反発ボールを使って6対6の変則バスケをしていた。俺はまともにボールを保持できないのでボールを反射させる移動するポールみたいになってた。なんで超高反発ボールなんて使おうと提案してしまったのか。ムチムチ美人さんが操縦に関してはすさまじく上手で自分の身体を動かすのは上手じゃないのに頭脳労働一辺倒じゃないんだなと印象が変わった。レディアマゾネスSPさん達のリーダーは流石に人を動かすのが上手くて順当にチームの要になってた。
4メートルの民間汎用人型ロボットで超高反発ボールバスケに区切りを付けたら4メートルの民間汎用人型ロボットでサバイバルゲームやチャンバラに種目を変えて遊び倒し、バスケを含めた3種目個人戦の最優秀選手にそれぞれ2日ずつ俺を独占する権利が与えられていたのはいつの間に話がついていたんだろうか。無機質美人のホログラムに名前を呼ばれた人がかなり喜んでいたので俺何も聞いてないよと口をはさむ事は出来なかった。ちょっぴり釈然としない気分だったものの、以前にレースをやった際次の機会でも俺の一日独占権を賞品とする事に同意していた様子を無機質美人のホログラムに見せられてそういえばそんなこともあったと納得してしまった。後日談として翌日のムチムチ美人さんが全身筋肉痛に襲われていた。人型ロボットスポーツにハマったようでトレーニングを増やすらしい。
深宇宙に繰り出して2年目を折り返そうかというある日、俺はとうとう見つけてしまった。≪海老介≫と名付けた【自律汎用巡洋艦プラウン】の同系統艦の設計図を見つけてしまった。大型化して小さめの鋏を得た【自律汎用巡洋戦艦クレイフィッシュ】。更に大型化して大きい鋏を手に入れた【自律汎用戦艦ロブスター】。どちらの設計図も無機質美人のホログラムというか真球っぽい何かがそのデータを持ってきたらしい。最初に手に入れた巡洋艦の≪海老介≫すらほとんど使ってないのにさらに大型で同系統の船なんて作っても使う機会はほぼない。使う機会はないけど、3隻を並べたりしてみたい。使うことが無いと分かり切っている物を作ってしまうか否か。とても悩む。使わないといえば≪金剛城≫を作る時に作った採集船とか輸送艦もドックに入れてもう2年以上放置してるのか。あれもどうしよう。
誰にも見つからない様にこそこそと作り続けること3ヶ月。実のところ女性陣には明らかに何かあると気付かれているし俺も誤魔化せる気がしないので秘密の一言で力押しを通した日々だった。完成しちゃったし見せないとだめだよな。
「【自律汎用巡洋艦プラウン】の≪海老介≫はハビタットから≪金剛城≫の移動で乗ったから皆知ってるよね。その隣が同じコンセプトで火力も求めた【自律汎用巡洋戦艦クレイフィッシュ】の≪海老蔵≫。最後にそのまま発展させてより強くより大きくした【自律汎用戦艦ロブスター】の≪海老宗≫。こうやって並べてみると≪海老介≫は巡洋艦だけあって小さく見えるね」
出来る限り朗らかに言ってみた。
「巡洋戦艦と戦艦を作れるんですか……いえ、作ったんですね。既に目の前にあります」
ムチムチ美人さんがおでこに右手を当てて目をつむった。さりげなくさっきこのドックへ入るために使った通路の方を確認するとレディアマゾネスSPさん達の内2人が腰の後ろで手を組んで俺と通路の間を塞ぐように立っていた。他のレディアマゾネスSPさん達は静かに俺の周りを囲むように移動している。
「この際です。なあなあにしていましたが、この≪金剛城≫はどんな分類の船だったか覚えていますか?」
レディアマゾネスSPさん達の誰かを買収してトイレとかテキトーな理由でドックの外へ連れて行ってもらえないかなと考えていたらムチムチ美人さんがこの場に関係ないことを聞いてきた。もしやムチムチ美人さんは俺の味方だったのか。
「船なのかな? 拠点がどうとかって名前だったはず」
「拠点……」
貧血かな。ムチムチ美人さんがふらっとした。
「生産……防衛……? ああ、【生産研究型防衛拠点テストゥーディニダエ】だ」
「ぼうえいきょてん」
ムチムチ美人さんが崩れ落ちた。おっと具合が悪そうだ。医務室に連れて行かないと。
「帝国においてはっ」
立ち上がるのに手を貸してあわよくばそのままこの場をあいまいに流してしまおうとしたら骨が軋むくらい力強く手を握られてしまった。ムチムチ美人さんてば情熱的……。
「今も私たちが一応所属している帝国はですね、民間人の所有が認められている宇宙船は小型船のみです。知っていますよね?」
手の骨が軋むっていうか手の肉がぎちぎちいってる。
「はい。中型船は法人かつ有資格者の管理の下で運用が認められています」
「所有に関して抜けていますが今は良いでしょう。では大型船に関しては?」
あ、手が。手が。
「えー……厳しい審査がさらに必要でしたっけ?」
「まるで足りていませんが間違ってはいません。そのうえで言います。戦艦は、大型船です」
ちぎれる。ちぎれる。
「大きいですもんね」
「戦艦の方はもうこの際何も言いません。私の職責の範囲内で便宜を利かせることができます」
「結構偉かったんですね」
「しかしっ」
話を逸らせな痛い。ムチムチ美人さんが一層手に力を込めながら息を吸う。逃げるのはそろそろ諦めよう。
「防衛拠点は建造物に分類され、建造物は行政となんらかの形で提携した業務に必要な物のみ所有が認められます」
「いや、でもここ帝国じゃないし帝国に持ち込むつもりないし」
「なによりもっ」
「はい」
「≪海老介≫と同系統でさっきの言い方からするに後の世代ですよねこの2隻。つまり、ギフトとして成り立つくらいに現行技術とはかけ離れた技術で作られた巡洋戦艦と戦艦なんです。フリゲート艦1隻で大問題に発展した話を忘れているようなのでその辺りからじっくり説明を始めましょう」
まともに乗るつもりはないと言っても存在していること自体が問題だと正論を返されたのでその後は静かに受講者一人に講師11人の特別講義を受けた。危機管理について大変ご指導頂いた。海老3兄弟の一番の特徴がコンテナ式プラント各種を組み替えることによる汎用性にあると言ってもそれぞれのサイズ相応の戦闘力はあるので気軽に乗り回していい物じゃないのは分かるので大人しく話を聞き続けた。いや、帝国内で乗り回すつもりは最初からありません。
≪海老介≫の兄弟を内緒で増やして叱られて新しく何かを作るのを自主的にひかえる1ヶ月を過ごした。あの件のすぐ後に戦闘力が有るものを作るのは憚られるのでフィルターをかけて除外する。【強襲資源採集型無人機ローカスト・プレイグ】ってなんか強そう。戦闘力はない物の一覧を見ているのになんか強そうってどういうことだろうか。無機質美人のホログラムに俺でも理解できるよう簡易にまとめた仕様書を出して貰い目を通した。資源を採集したい場所へコイツを放つと内蔵した小型採集器で資源を集めて自分と同じ子機を製造するらしい。他の採集ドローンと何が違うんだろうか。資源をコンテナみたいな容器で回収するか、資源が自分で飛んでくるかの違いだろうか。戦闘能力はないらしいし作ってみれば分かるかな。
【強襲資源採集型無人機ローカスト・プレイグ】は製造指示を出す前にシミュレーターを思い出して確認したので結局作らずに終わった。なんて恐ろしい物を設計したのかと驚き元になったという Locust plague(※検索注意)の参考資料として添付されていたホログラム映像を見てしまったため密集恐怖症を発症した。
蝗害の恐怖の一端をホログラム映像で知ってしまい癒しを求めて海老3兄弟の更に上に存在した姉である【自律汎用母艦モンスターロブスター】の設計図を見つけ、船もないのに≪海老緒≫と名付けてしまった。特型艦だけあって≪金剛城≫をもってしても完成まで6ヶ月を要し、そんな工期とは関係なく建造の指示を出して1時間とかからずムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達にバレた。母艦だし船自体の戦闘能力は高くなかったのでと正当性を訴えたもののムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達には当然通じなかった。全長50キロメートルの巨体で≪海老介≫よりもはるかに強固なシールドを展開できるなら体当たりしてハビタットを吹き飛ばしたりできるもんね。しかし、蝗害の恐怖を語りその根拠となるホログラム映像を見てもらうことで熱心な指導をどうするかはあいまいなまま話を打ち切れた。料理を趣味とする人達の内何かに目覚めてしまった一部のメンバーが作った佃煮は見た目はともかく美味しかった。
もうそろそろとなりの銀河につくとあってなんとなく女性陣がそわそわし始めたころ≪海老緒≫が完成し、皆で軽く見て回っていると付近の惑星から発せられる微弱な救難信号を受信したと無機質美人のホログラムがより通達された。艦船が救難信号を発するならともかく惑星が発信源というのは状態がちょっと想像できない。あとなんとなく無機質美人のホログラムというか真球っぽい何かを拾った際のワームホールと同じように作為を感じる。ギフトくれた人が何かしてるのかもしれないが、それが理由で俺に害のあるような事態には今のところ陥っていないので悪いことにはならないかもしれない。コイントスで表が出続けているだけという理屈もあるので裏が出た時には取り返しがつかないとも言える。
皆で話し合い、救難信号を出すくらいの事態が生じている以上人道的に見過ごせないというもっともな意見は全員に共通するものだったので発信源へ針路をとった。泥沼に足が入ってるような落ち着かない気分はいかんともしがたい。
救難信号に導かれてというべきか、無機質美人のホログラムに導かれてというべきか、ギフトをくれる顔の分からない誰かに導かれてというべきか……道先案内人が誰なのかはさておき、宇宙から俯瞰して惑星を眺めるとこれもう生物は住めないんじゃないのってほど歪な形の惑星に≪金剛城≫は到着した。信号を発信する装置が稼働してるだけで救助すべき対象は残ってないとかだったら救われないななんて不安は杞憂で済み、受信した信号に合わせて救助に来た旨を惑星へ送ってみると簡潔かつ分かり易く事情と要望をまとめたデータが送られてきた。
曰く、惑星がアステロイドと区別がつかないような有様になっているのは回遊性宇宙怪獣の襲撃によるものである。
曰く、生命的及び物的損害は甚大であり惑星の生存環境もほぼ壊滅した。
曰く、母星に見切りをつけ、なけなしの資源をかき集めて恒星系間移民船団を構築し送り出した。
曰く、現在惑星に残っているのは数百年を生き、数の限られた新天地への椅子を後進に譲った数万の古木である。
曰く、救難信号を発していたのは旅立っていった船団との約束故であり、ある程度のところで解除する予定だった。
曰く、恒星系間移民船団の成功は信じているが、もしもに備えてできれば数人ほどをこの惑星が存在した証としてそちらの船でどこかの人類圏へと送ってほしい。
曰く、願いを聞き入れられるならば、ほとんど何も残っていないが惑星に存在するものは全て進呈する。
途中の古木ってなんなのか疑問に思ったが、どうやら今惑星に残っているのはほとんどが植物由来の人種らしい。外見的特徴と一部の生態から俗な言い方をするとエルフだった。帝国のある銀河じゃ植物由来人種は見つかってないのであっちに連れて行くと控えめに言って面倒なことになるので移住先はじっくりと協議しよう。何よりもまずはいつ崩壊するかわからない惑星上の居住地から数万の人種とそのほかもろもろを≪金剛城≫へ運んでしまおう。となると、完成した後はドックにしまわれているだけの予定だった≪海老緒≫が活躍できる。無駄じゃなかった。巡洋戦艦の≪海老蔵≫と戦艦の≪海老宗≫が何かの役に立つかは棚上げしたままにしておこう。少なくとも今回は使わないし。
≪海老緒≫にありったけのコンテナと作業用ロボット詰め込んで惑星に降下させたところ、1ヶ月ほどエルフさん達の要望を聞きつつ≪金剛城≫に2基ある特型艦船用ドックの片方を仮設居住区に改装したり、≪海老緒≫に乗り込んだ順に検疫をしていたら≪海老緒≫の収納空間の半分も使わず救助作業を終えた。5万人ほどのエルフさん達自身は別として、回収してほしいと頼まれた物品なんて文化や文明データのバックアップや動植物のサンプルに日々の生活に必要な品々を作る小規模プラントくらいしかなかった。それだけ宇宙怪獣の襲撃が凄まじかったのと、恒星系間移民船団に出来る限りをつぎ込んだということだろう。俺のやる気とエルフさん達用に割り当てた空間が余り気味だったのでふと目に着いた歴史のありそうな建造物なんかも回収しようか聞いたら辞退されてしまった。
≪海老緒≫から荷物を運んだりそれぞれに割り当てられた部屋に手を入れたりと、エルフさん達が仮設居住区に腰を落ち着けるまでの10日ほどはアステロイドみたいになってしまった惑星をどうにかできないものか無機質美人のホログラムにシミュレートしてもらっていた。10年くらいかければある程度のところまで回復できるという思いのほか希望の見える結果が出てなんとなく安堵して、エルフさん達の代表が直接挨拶をさせて欲しいと伝えてきたのででムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達と一緒に会いに行ってみたら下にも置かない扱いをされた。皇帝陛下の行幸だかのホロ映像を思い出した。そんな仰々しい対応されても困る……ムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達に任せたりとかできないかな。できない? ですよね。でもスクールまでは平々凡々な生活を送りスクールを出た後はしがない木っ端運送業屋という由緒正しい経歴の小市民な俺には控えめに言って耐え難い。
エルフさん達の惑星ではかろうじて恒星間移民を理論上行える技術はあってもそもそも宇宙の開拓に積極的ではなかったので俺の立場を説明するにあたりギフトという物について説明することになった。宇宙の開拓に積極的ではなかったのは端的に言うと惑星における指導者というか尊敬すべき先達として仰がれていたエルフさん達が内向的な気質の種族なのと、エルフさん達的には大規模な移民が必要になったら居住可能なまま惑星を遊星に作り変える技術を構築していこうって数万年規模の見通しを立てていたそうだ。母星が襲われるまで宇宙怪獣の脅威を測りかねていたというので知らない災害に備えられているはずもない。
お互いの事情を説明し合ったり個人を紹介し合ったりしていると、旅立っていった恒星系間移民船団を心配しているのだろうと俺でも分かった。植物由来人種だからなのか単為生殖も可能なエルフさん達は最悪でも一人が母星の各種データと共に生き残れば母星は滅びないという達観のようなものがあり、そういう意味ではまとまった数を≪金剛城≫に拾われたエルフさん達にとって種族と母星は既に救われたと認識している。そうなると個人的な親交なりがあった人に意識が向き気になってる感じだ。恒星系間移民船団への助力も頼みたいけど俺達にそんなことが可能なのか分からないし、それ以前に対価を出せないから言えないんだろうなあ。ちょっと無機質美人のホログラムにその辺模索してもらおうと思ったら直ぐに対処の案を渡された。
まず第1案として先行調査高速艇バージョン2で痕跡を探って追いかけ発見次第≪金剛城≫の超高性能ワープ能力で接触し、エルフさん達を合流させるなり支援するなりを決めようと提案したら、大雑把な方向しか分からないどこへ行ったかも定かでない恒星系間移民船団の捜索と支援はエルフさん達が断った。そこまでさせられないと。
なので妥協の第2案。先行調査高速艇バージョン2で痕跡を探って追いかけ、エルフさん達の送り出した恒星系間移民船団を見つけたら改造を施す為の工廠艦と、それに備えて資源を集めつつ移動する採集船と輸送船に、それらの護衛船という集団を機械的知性に任せて送り出すと決まった。超小型人工ワームホール式通信が可能なら相対位置を常に把握できるし機械的知性なら最悪の場合でも中身を全部≪金剛城≫に退避させれば人的損耗は皆無に抑えられるという判断だ。その恒星系間移民船団支援船団の護衛に巡洋戦艦の≪海老蔵≫と戦艦の≪海老宗≫を編成しようとしたら過剰だからやめろとムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達のみならず無機質美人のホログラムにも言われた。物凄く渋々諦めた。
恒星系間移民船団の支援とは別口でエルフさん達の母星を回復させるプロジェクトの土台となる設備を構築したら、≪金剛城≫のクルーになった機械的知性の故郷といえる惑星へ行くことが決まった。機械的知性の提案により、エルフさん達はとりあえずそっちへ移住する。エルフさん達の母星は実際に回復したら俺に好きにしてほしいとのこと。実は機械的知性の故郷もそういうことになってたのでエルフさん達は俺という個人の所有する惑星を借りるような形だと言われた。物件の賃貸とは規模が違い過ぎてちょっと理解に苦しむものの気にしても仕方ないので棚上げしておこう。
エルフ星回復プロジェクトのために隣の星の衛星に拠点を構築したり近場のアステロイド帯で必要な資源を採集している内に2ヶ月ほど経っていた。エルフ星回復プロジェクトもあとは機械的知性に任せていいというのでエルフさん達の移住を行うべく、以前に一度スルーした機械的知性発祥の惑星へ出発そして到着。超小型人工ワームホール式通信可能な先行調査高速艇バージョン2が既に≪金剛城≫クルーの機械的知性発祥の惑星近傍に到着しているのでその座標を目印に≪金剛城≫をワープさせたので移動が決定した1時間後には惑星の静止軌道上へ固定を済ませていた。超小型人工ワームホール式通信可能な先行調査高速艇バージョン2に関してはそういえば前に許可してた気がする。気付いたらコントロールルームに居ることの多くなったエルフさんのまばたきが物凄い多くなってたのは面白かったけどなんかあったんだろうか。湿度が合わなくて乾いたとか? コントロールルームは温度も湿度も一定のはずだけど。
機械的知性の持っていた惑星のデータは下手をすると1000年とか昔のものだったので降下する前に≪金剛城≫で調査を開始した。順次設置している人工衛星群と合わせて3日もあれば必要な資料は揃うと思う。場合によってはテラフォーミングに取り掛かることになるので必要な物で用意できるものは製造を始めるべきかもしれない。その辺も≪金剛城≫にお任せしておこう。今だと≪金剛城≫というより無機質美人のホログラムに任せてる感じが強いし何か好きな食べ物でも用意すべきかな。……なんでホログラムがご飯食べてることになんの疑問もなかったのか……いや不毛だしこれも棚上げしておこう。俺の心の棚はどんどん大きくなる。もう何をしまってあるのか正確には思い出せない。
地表の調査を開始してすぐに休眠していた機械的知性のコミュニティと接触し、いつものようにクルーが増えた。クルーというか、そもそも惑星の管理というか一部を除いた人工物の解体撤去と自然環境の回復を任された集団だったのでそのままエルフさん達と惑星で共存してもらう方向で両者に受け入れてもらった。その際に、機械的知性発祥の星だし新入りが管理するので良いのか聞いたら機械的知性的には俺が惑星に本拠を置くわけではないので一段低い扱いとなるとのことで思いのほか扱いが軽くて驚いた。人種的には種族発祥の星に結構あこがれとかあるんだけどな。逆に今一番扱いが高いのは俺の本拠となっている≪金剛城≫なので一番最初に≪金剛城≫のクルーになった機械的知性コミュニティのマザーが≪金剛城≫を担当し続ける。彼女は俺のところに居る機械的知性コミュニティの総元締めなので俺が本拠を移したら一緒について回る権利を有するそうだ。≪金剛城≫由来の技術で飛躍的に進化した機械的知性だが、それを与えたのは俺なので俺という個人が彼女達にとって最優先されると話は締め括られた。なんだろう。良きに計らえとか言った方が良いのかな。
さてここでもしかしたら今回の遠征で一番となるかも知れない発見があった。なんと、撤去されずに保全されていた惑星地表施設に宇宙港が含まれており、その宇宙港は帝国と共通規格と言えるほど類似点が多い。俺の出身である帝国は艦船各種の規格に際してギフトのそれらを基準に定められており実は現行技術との齟齬が割と面倒な摩擦を現場に生じさせているというブルーカラーの愚痴はさておき、ギフトを基準にした帝国の規格と同一と言える規格が機械的知性発祥の惑星で確認されたのはとても大きい……らしい。俺の認識としてはこっちの銀河でもギフト配ってる人居たんだね程度だが、レディアマゾネスSPさん達の一部がヤバイくらいテンションを上げていたので多分すごい発見なんだろう。ムチムチ美人さんはちょっと目が虚無っていたので彼女にとっては純粋に喜べるものでもないようだ。俺はムチムチ美人さんを応援してるよ。手伝えないけど。
レディアマゾネスSPさん達の一部が惑星の調査と機械的知性への聞き取りを開始したりで予定よりも滞在は伸びたが一度切り上げることに決まった。隣の銀河に到達している予定の日付を過ぎた辺りから別の一部のレディアマゾネスSPさん達は早く深宇宙の移動を再開したい欲求を我慢していたので、どうせ文明の調査なんて数か月程度で終わらないんだし多少強引でも区切りを付けた。機械的知性への聞き取り調査は≪金剛城≫でもできるし、新エルフ星とも超小型人工ワームホール式通信でタイムラグなくデータをやりとりできるしであの惑星にあった文明の調査は深宇宙を移動しながら進められるとあって調査に熱中している人達も大人しく≪金剛城≫へ乗り込んだ。
深宇宙の移動を再開して10日ほどで帝国のある銀河から見てお隣の銀河に属する恒星系の1つに到着。全力ステルス状態だったので問題はなかったが宇宙に進出した文明を発見してしまった。もちろん俺は見なかったことにして旧エルフ星回復プロジェクトの進捗確認を理由にワープした。ムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達も力の限り目を瞑っていたので何の問題もない。
旧エルフ星に戻ってぼんやり回復作業を眺めること3日後、ムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達に無機質美人のホログラムを加えた面々に食堂へ呼ばれた。いつの間にかすっかり≪金剛城≫のクルーになってる駐在エルフさんは不参加。
「大事な話があります」
なんだか前にも見たことがあるような雰囲気のムチムチ美人さんが代表して話を始めた。
「まず前提として、現在の帝国及び帝国の周辺国家は銀河間の移動を、少なくとも公式に成し遂げていません」
頷きを返す。どこの国家も銀河全体の把握すらできてない。そのくらいは俺も知っている。
「つまり今回、帝国民としてはおそらく初めて私たちは銀河間の航行を成し遂げました」
これも頷きを返す。公式には誰もできてないらしいので多分そうだろうなと俺も思う。
「ぶっちゃけこれ公表すると各国家がトゥルーギフト関係で不干渉を掲げていてもヤバヤバなので黙っておきません?」
「急に凄まじく言葉遣いが乱れてるけど、俺もそう思う。公表しても良いことないだろうし。でも皆は所属してる組織に報告義務とかないの?」
「大丈夫です。今回の旅行……遠征にはそれぞれが休暇を取って参加していますので。でも個人として休暇をとって今回ついてきましたけど戻ると報告義務はなくても吸い出されちゃう危険があるので身柄を引き受けて欲しいです。具体的には現状の各所属先には気に入ったので貰っておく的な通達と一緒にちょっと……≪金剛城≫が調査した帝国最寄りの恒星系に関するデータなんかを送付してもらえればなと」
吸い出されるってブレインインストールマシン系の技術だよなあ。やっぱそういうのあるんだなこわい。
「帝国最寄りの恒星系は確か遠征開始数分で調査が終わってたし、移住可能惑星も無かったと思うから大事にならないだろうし良いけど……」
それよりも身柄を引き受けるとか貰っておくってなに。字面が酷くて聞くに聞けない。
「良かった。≪金剛城≫的には大したことなくとも帝国の現状では凄まじく価値があるので公務員10人と交換なら何の問題もなく受け入れられると思います。私達の身柄を引き受けてもらった後の扱いはお任せしますけど、お仕事辞めちゃうのでできればこのまま一緒に≪金剛城≫に居たいかなというのが我々の総意です」
「総意かー」
レディアマゾネスSPさん達は皆頷いているし、無機質美人のホログラムも頷いている。ちょこちょこ開催されている各種競技会の優勝賞品としてプラトニックプラスアルファな触れ合いの時間をそれぞれが作ってくれることもあって俺としては皆と仲良くなってるつもりだ。皆が≪金剛城≫に本格的に引っ越すのは嬉しいし好きに使ってもらって構わない。≪金剛城≫なら俺が何をするでもなく衣食住も娯楽も困らないので俺が負担することは何もない。ただ、遠征を終えた後は何をしようとか考えていなかったので自分はどうするかと悩んでしまう。ところで駐在エルフさんは居ないのにどうして無機質美人のホログラムは居るんだろうか。ちょっと逃避気味に気になった。
「補足いたしますと、皆様が勤め先へ戻ったとすると体裁を整えた辞令なりで呼び出された後に人格の保障が為されない手段に依り数年間の記憶を出力させられる為、この≪金剛城≫へ戻ってくることは二度とありません。いかなる結果になろうと違法にならないように帝国内の一部の集団が各種手続き等を完了していると確認ができております」
「……ああ、超小型人工ワームホール式通信中継器を不可触領域に置いてあるから帝国のネットワークに接続できるのか」
無機質美人のホログラムがなんで帝国内の手続きどうこうを知っているのかと思ったら俺の思い付きを有効活用していたらしい。超小型人工ワームホール式通信中継器は実質距離ゼロで通信するようなものなので隣の銀河からでもタイムラグなしと言えるくらいの高速通信を行える。現行技術で同じ速度の通信を実現するのはいつになるのだろうか。帝国だと惑星間でも無視できないラグがあるんだよな。ギフトってすごい。
「皆が≪金剛城≫に引っ越して来るのは嬉しい。正直、年単位の休暇を取らせちゃって次遊んだりできるのいつになるかなってさみしかったんだよね」
「でも何か気になることがある?」
ムチムチ美人さんがちょっと優しい声音で促して来る。お姉さんって感じでぐっとくる。
「勢いで≪金剛城≫を作って、≪金剛城≫を作ったから活かせそうな深宇宙の探索をするって決めて、その後何するかとか全然考えてなかったんだよ。とりあえずまっすぐ≪金剛城≫を移動させて今回の遠征に区切りはついたけど……一回帰った後何しよう?」
「何かしたいことはありませんか?」
「んん……皆と今回の遠征みたいにただ喋ってるだけだったり、遊んでみたり、なんか研究してるの眺めたりだらだらしたいかな」
「それでいいと思いますよ。特別しなければいけないこともありません。当面は旧エルフ星回復プロジェクトとエルフの移住を目標に空いた時間を今までのように過ごせばなんとなくしっかりやっているように思えるんじゃないですか?」
「ああ、その2つがあった。じゃあ、そんな感じで。1度帝国に戻って仕事辞めたり荷物回収したら新エルフ星に行こう」
レディアマゾネスSPさん達も賛成してくれたのでそういうことになった。無機質美人のホログラムはやりたいことを伝えればあとは上手いこと行くように手伝ってくれる。そうだ。ムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達が捕まらないように完了してる手続きだかを無機質美人のホログラムに無かったことにしてもらおう。違法じゃないってことにしないといけない事やる気だったなら正しい手順でやめるように言っても無駄だろう。俺も無機質美人のホログラムに悪いこと頼まないように意識しないとな。
嫌なことはさっさと済ませてしまおうと、話がまとまってすぐに必要な荷物を≪海老介≫に積み込んだ。ハビタットで降ろす気はなくとも出発の時持ってきた荷物は一応持って戻った方が荷物はどこに置いてきたんだって不審に思われて面倒くさいことが増えないようにとの配慮らしい。ついでに、ハビタットに下りれるようなら職場に戻らないのは決まっていても職場での人間関係を清算してしまいたいのでその時の手荷物もあると言っていた。ちょっと特殊な役職だけあって親類とかは気にしなくていいそうだ。人間関係に関しては俺も気にする相手は居ないのでシンパシー。スクールで親しかった相手は親の都合で別の星系に行ったし、親類とは俺が自立した段階でほぼ関りがなくなった。そういう俺だからギフトを拾った時にそういう人達を付けられたんだろうか。
≪海老介≫をハビタットの特別ドックに停め安全を確認してみるとドックの出口やその先の通路のあちこちに明らかに警備員とは違う武装した人が多いと無機質美人のホログラムに注意されたのでハビタットに滞在するのは諦めて、監視されていない通信を無機質美人のホログラムに確保してもらいムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達の退職の手続きや荷物の回収を済ませた。無機質美人のホログラムに彼女達の拉致を違法じゃなくする根回しを妨害してもらったのに違法行為に踏み切るなんて恐ろしい集団が居たもんだ。勿論そんな危ない無許可の武装集団の違法行為は敵対するところへ通報しておいたのでハビタットから≪海老介≫が出立した後ちょっと騒ぎになっていたと無機質美人のホログラムに教えてもらった。加えて、ムチムチ美人さんやレディアマゾネスSPさん達が挨拶するつもりだった職場の同僚は友情よりお仕事を優先したと無機質美人のホログラムが調査結果を伝えていたので、ノコノコ職場に顔を出したら売り飛ばされることになっていた彼女達はじゃあ別に挨拶できなかったのを気にしなくても良いかと割り切っていた。元々そんなに職場や同僚に思い入れはなかったみたいだ。
帝国での柵を取っ払って暫くは皆のテンションが高かった。駐在エルフさんや無機質美人のホログラムも巻き込み毎日の如く体力を使い切って倒れるように眠るまで食堂やらプールやら人型ロボットスポーツ用に改装したドックで集まって騒ぎ通し、楽しそうな皆と一緒にいると俺も楽しくなるのでついつい俺も騒ぎすぎてふと目が覚めると腕やら脚やらが相互に絡まっていて自力でどうにもならず救助を待ったりとテンション相応に俺へのスキンシップも激しくて、俺以外は誰も気にしてないし俺も楽しい方が大きいので直ぐに気にしなくなるんだけどたまに悪いことしてる気分になって居心地が悪くなったりもした。酔っ払い持ち帰ってグヘヘとか俺には無理なんだなと実感。いや、そもそもトラブルはゴメンなのでそんな危ないことしないわ。
俗世から解放されたムチムチ美人さんやレディアマゾネス元SPさん達が落ち着く頃には旧エルフ星回復プロジェクトが目に見えて進んでいた。エルフさん達の持っていたデータと比べてみれば、もう少しで失った質量を取り戻せそうな感じだ。後は上手いこと成型して自転させて水を放り込んで大気を形成させて微生物から始まり植物やら魚鳥獣やら各種生物を定着させて生態系を構築したら回復プロジェクト完了だ。とても先の長い話だな。暇だし旧エルフ星を旅立った恒星系間移民船団の足跡を追いかけてみようか提案しよう。
駐在エルフさんはしなくても良いんだけどなって顔をしていたが他の皆は他にする事あるわけでもないし実質自分が何かするわけでもないので恒星系間移民船団の捜索を≪金剛城≫で行うことになった。旧エルフ星を出発し、先行している恒星系間移民船団支援船団の下へワープして回収。あとは先行調査高速艇バージョン2を大量に用意したら近い恒星系へ手あたり次第に放ってとりあえず終わり。エルフさん達の文明や旧エルフ星を旅立ってからの時間を考えるとそんなに遠くまで行っていないはずなので上手くいけばこれで見つかるらしい。順当にいけば一番最初に目指した恒星系で捕捉できるはずなので先行調査高速艇バージョン2の殆どが無意味っちゃ無意味だったりもする。でも機械的知性コミュニティのマザー達がそういう人種の精神構造には無理そうな仕事はどんどんくれていいのよって感じで押しが強くて断り切れない。ま、まあ恒星系間移民船団の捜索において無意味でも調査そのものは無意味じゃないし。
恒星系間移民船団支援船団が一時的に滞在していた恒星系にて、あちこちへ放った先行調査高速艇バージョン2の報告を待っている間再び暇を持て余した。やるべき事もないので滞在中の恒星系を調査した。また暇を持て余したので滞在中の恒星系に存在した原生生物の存在する惑星の調査及び観察を開始するとムチムチ美人さんやレディアマゾネス元SPさん達に駐在エルフさんといったクルーの内一部がとても楽しそうに記録を取り始めた。駐在エルフさんは生物観察が趣味らしい。
人型ロボットで組体操ができるように各部の強度や設計をいじったり、誰かがいつの間にか敷き詰めていた超高反発マットを使い人型ロボットで床体操をしてみたり、体操繋がりで人型ロボットで器械体操をしたりしていたら先行調査高速艇バージョン2からワームホールが消滅した所に遭遇し何らかの人工物が残っているとの報告を受けた。3回目ともなるともう偶然じゃないのは確実って言える気がする。明らかに作為だ。
仕方ないのでギフトと思われる人工物を拾った。結果は分かり切っていたものの機械的知性を含めてクルーの全員に拾得して見ないか聞いたら案の定俺が回収することになった。というか実質最初に接触したのも実働して拾ってきたのも機械的知性の操縦する作業艇で拾ったなら機械的知性が一個の自我としてみなされる文化圏においては機械的知性に所有権が付与されるべきではないだろうか。当人に尋ねたら彼女達は特定の個人または集団に従属する事を存在意義としているので≪金剛城≫のクルーとなった機械的知性の拾得物は俺に帰属するのが当然だそうだ。そうか。当然なのか。
ギフトらしき人工物を回収して一応無機質美人のホログラムに解析してもらったら中身入り脱出用ポッドの類とのこと。ボーイミーツガールが始まりそうなギフトだ。開けて確かめてみるまではギフトらしき人工物で仮置きすべきか悩んでいたら無機質美人のホログラムがギフトだと断定したのでギフトということになった。でも中身の入った脱出用ポッドがギフトなら所有権は中身の方にあるんじゃ……あ、嫌な事に気づいてしまった。
「久しぶり……なんだけど、そっちにとっても久しぶりなのか? その前に俺のこと覚えてる?」
「久しぶり。覚えてるに決まってるじゃん。覚えてるか疑問に思うのも分かるけどね。見た目は同じでも見えないところはめっちゃ変わってるみたいだし……お互いに」
ワームホールから出てきたギフトの脱出用ポッドを開けたらスクール時代の親友が入っていた。しかも見た目はそのままでも現行技術では模倣すら難しい隔絶した技術による身体で。別室で待機している無機質美人のホログラムによると他に同様のギフトが確認されていないのでトゥルーギフトだった。親友がトゥルーギフトになってた。わけがわからないよ。どうしようもないことはとりあえず棚上げが身に着いたと思ってたのに思考が空転してどうしたらいいのか分からない。
「体、動かせるか?」
「あー……うん。自分の体みたいに動かせるよ」
「じゃあ、一旦起きてくれ。色々説明しよう……お互いに」
「そうだね。お互いにね」
皆に言われて複製身体でギフトの脱出用ポッドを開けたので、本体やクルーの皆が一緒にいる部屋へ向かいトゥルーギフトになった親友を連れて歩き出す。移動中に何を話せばいいのか頭が回らないので本体の方で無機質美人のホログラムに頼んで親友が故郷のハビタットを旅立って以後の足跡を追いかけてもらったところ、彼女が引っ越し先である程度の期間を過ごした後に半年ほど前に別の恒星系へ旅立ちその途中で宇宙船が突如発生したワームホールへ突入したことで実質沈没扱いの行方不明として扱われていると分かった。現在宙域の遥か遠くでワームホールの向こう側へ行った人物が半年後にトゥルーギフトの身体になって親友のそばに発生したワームホールの向こうから現れた。ギフト配ってる存在の作為が明らかだな。
親友は母親の再婚で交易に来ていた男性のホームへと引っ越していった。
母親の再婚相手と折り合いが悪く……というか母親のいないところで襲われ撃退し母親に訴えたが再婚相手の肩を持ったので慰謝料に金目の物を徴収して家を出た。
住み心地が良かったし他に当てもないので出身地のハビタットに戻る途中ワームホールに呑まれた。
ワームホールの向こうに関しては一切を喋れないように身体の機能にロックが掛かっているので何も説明できない。
一番大事なのが――
「私の身体がトゥルーギフトでその所有権が君になってるんだけどナニコレ」
「嫌な予感が当たっちゃったなー……」
中身の入った脱出用ポッドがギフトでその所有権が俺にある。つまり中身の方はギフトの所有権を持たない。もし中身もギフトだったらその所有権は、と連想してしまったのはついさっきだ。
「私の所有権を持ってるのが嫌なんだ?」
さも心外だと言わんばかりの表情を作る親友殿。
「お前の所有権じゃなくて、さっきの言い方からするにお前の身体の所有権が俺にあるのが正しい表現だろ」
「同じような物でしょう? 別に身体があって乗り換えられるわけでもないんだし」
「別の身体か」
複製身体は一つの自我というか魂で複数の身体を扱うための技術を使っていたはずだ。もしこのトゥルーギフトになった親友の魂を身体から取り出せるなら何の問題もなくなるのでは?
ムチムチ美人さんやレディアマゾネス元SPさん達に駐在エルフさんと無機質美人のホログラムを交えて俺の閃きを検討してもらうと、多大な賛成を得られた。今日の俺は冴えてるらしい。
「それは無理みたいだわ。魂がこの身体にロックされていて移植が出来ない……らしい。ん……どこかのネットに接続された…? 船名が≪金剛城≫? 今いるここって船だったんだ。それで……なるほど。この船の設備より私の身体の技術レベルの方が上だからロックを外せないんだ。そういうことみたいね」
「俺の冴えわたる頭脳が弾き出したイカしたアイデアは技術的な問題で廃案だな。となると俺に所有権のあるトゥルーギフトの身体を使ってもらうしかないわけだ。お前を監禁してるみたいでやっぱり気分は良くないなぁ」
「ワームホール事故に遭遇して生きてるだけ上々でしょ」
肩を竦めてさっぱりと諦観なのか達観なのか分からないことを言うトゥルーギフトになった親友。
「でも正直なところ、私達と大差はありませんよね。私達は肉体はありますけど≪金剛城≫という箱の中で場所を借りて生活していて、貴方の所有する器の中で生きているという表現なら彼女と私達に違いはありませんよ」
控えめな雰囲気でやりとりを眺めていたムチムチ美人さんが私達のところでレディアマゾネス元SPさん達や駐在エルフさんを示し、貴方のところで俺を示してなんとなく納得できるようなことを言った。そう言われればそんな感じか。機械的知性も今や≪金剛城≫産の機体で統一されているのもトゥルーギフトになった親友や他のクルーと同じ立場と言えるかもしれない。
ふと気づくと結構な時間を物思いに耽っていたのかトゥルーギフトになった親友がクルーに囲まれて楽しそうにしている。彼女も辛い思いをしたようなので≪金剛城≫のクルーと上手くやれそうなのは安心材料だ。当人の意思は別に考えるとしてもワームホール事故に遭遇した人物がトゥルーギフトになって帰ってきましたってのは控えめに表現してトラブルの火薬庫みたいな。俺もクルーの皆も当分帝国へ行く気は無いものの、先々の事を考えると親友殿を穏便に連れて行く方法も検討しておくべきか。とりあえず今は、楽しそうな会話に俺も混ぜてもらおう。
トゥルーギフトになった親友が他に行く当てもないしトゥルーギフトとしての所有権が俺にあるしで≪金剛城≫のクルーとなって早3ヶ月。彼女のなんかすごい身体に納められていた技術データを活用して≪金剛城≫やそれに連なる各種船や施設に機械的知性の機体が劇的な進歩を遂げたらしい。真球っぽい何かがどろっと浸透した中枢のコンピューターとかも数段は高性能になったと言っていた。無機質美人のホログラムがなんか上機嫌だったので共感したかったんだが正直なところ俺が日々を過ごしている範囲では以前との違いが分からないので、すごいねとかそうなのかとか返すほかなかった。なんとなく罪悪感がある。
トゥルーギフトになった親友は問題もなさそうなのでさておいて、旧エルフ星を旅立った恒星系間移民船団に関して進展がないなと思っていたら丁度発見したと教えられた。予測航路からずいぶん離れたところで恒星系間移民船団に加わった若い世代のエルフさん達を中心とした、本来の恒星系間移民船団の1割にも満たない規模の集団を捕捉し接触したとの報告だ。何かは分からないが何かがあったのは明らかな報せだった。もうちょっと詳しく聞いてみたら、旧エルフ星で平和に暮らしていた頃から存在した反エルフ思想の集団が移民における不安の矛先をエルフさん達に向けることで善き先達を自任し惑星の文化文明を導いていたエルフさん達を排斥し、その反エルフ思想の集団が恒星系間移民船団の指導者となり少数派となった親エルフの人々を恒星系間移民船団からパージしたとのこと。うん。反エルフ思想の集団が掌握した方は攻撃的っぽいし、俺が支援するつもりなのはエルフさん達なので今回みつけた親エルフの集団を新エルフ星に連れて行ってこの件は終わりだな。
恒星系間移民船団親エルフ派を≪金剛城≫に回収して新エルフ星に連れて行くとエルフさん達に喜ばれた。エルフさん達と親エルフ派は反エルフ思想の集団によって恒星系間移民船団から切り離されたため予定していた恒星系には辿り着けなかったが、エルフさん達とついでに拾ってきた親エルフ派の方が先に新天地に辿り着いたのは世の中の廻り合わせを感じる。なお恒星系間移民船団が目指している恒星系には彼らの移住可能な惑星が存在しないので、エルフさん達を排斥した恒星系間移民船団はようやくたどり着いた恒星系で調査に時間と資源をつぎ込んだ挙句次の恒星系へ移動せざるを得ない。更に言うとあの近辺の恒星系に彼らの移住可能な惑星は存在しないし、恐らく最初に発見するだろう移住可能な惑星は過酷な環境なので移住するかどうかでまた恒星系間移民船団は割れるかもしれない。うーん……エルフさん達に八つ当たりした奴らの不幸で飯がウマイ。
「君は変わらず良い性格をしてるね」
「俺は親エルフ派なのでエルフさん達に優しくないやつらに優しくないだけだよ」
恒星系間移民船団の目指す恒星系周辺の調査結果を眺めてとてもいい気分になっていたらトゥルーギフトになった親友が俺の考えてをいる事を察して苦笑している。
「エルフさん達にコンプレックスを抱くのは仕方ない環境だったろうし嫉妬するなとは言わないけど、それをぶつけるにしたってタイミングとやり方が気に食わない」
「私だって同じ思いさ」
その辺を脇においても、俺が恒星系間移民船団を支援しようと思ったのは旧エルフ星に残っていたエルフさん達の同じ惑星の同胞に対する献身に心打たれたからだ。ぶっちゃけエルフさん達を支援するついでの恒星系間移民船団への支援だったのでエルフさん達が居ない方の集団に関わる気は無い。
「ま、あんまり面白くない話はやめよう。それより、最近どう?」
「雑な話の振り方だなぁ。この身体には慣れたし、クルーの皆は優しいし、欲しいものがあったら≪金剛城≫の施設ですぐに作れるし……君が未だに好意に鈍感なのを除けば理想的な環境だね」
鈍感って程でもないんじゃないかなと言いたい。
「スクールに居た頃、いい雰囲気になっても何もしなかったことを言ってる?」
「自覚はあったようだね」
「あれは就職か進学か決まらないまま下手なことしたら双方にとって良くないって二人で決めたことだろー」
「そうだね。鈍感というのは正しくないな。枯れてるって言い直そうか。もっと若さに任せて多少は後先考えない行動に踏み切っても良かったんじゃないかなって今いうのはズルイから言わないでおいてあげよう」
「全部言い切ってるしその言い方こそズルイだろ」
親友殿に乗せられてあれこれ言い合っていたら気づけばペロリと頂かれてしまっていた。その翌朝、人間関係に大きな変化が訪れてどうしようかと悩みつつ食堂へ二人で行くと親友殿がムチムチ美人さんやレディアマゾネス元SPさん達とハイタッチを交わしていた。彼女達ともなんだかんだその内一線を超えるのかなと思っていたのでそのことで確執が生じたらとか考えていたのに寧ろ親友殿が称えられている。案外俺の考えすぎだったのかなと釈然としないまま食事を済ませたら複製身体がそれぞれ別の人に連れていかれてしまった。女性陣はすでに打ち合わせを済ませていたのか一巡するまでスケジュールは完璧だった。俺のストレスが蓄積しないように配慮されている辺りが完璧。複製身体含めれば俺が5人いると言っても女性の方が数倍居る訳で複製身体を増やすことはできないかしっかりと調べた。頑張れば増やせるらしいので試しに確認してみたら2体増やせた。もしかして俺才能あるんじゃないのってちょっと浮かれてたら俺の他に複製身体を使ってた人は1体増やせたり、複数の自分で俺を攻めるスキンシップに興味を持ってた複製身体を使ってなかった人が複製身体を使えるようになってたりして人数比が縮むどころか大きくなった。複製身体そのものを増やすんじゃなくて身体の一部のパーツを2本に増やす方がいいのかな。
そもそもそんな性欲の強い人はおらず、ぴったりくっついてダラダラしたり一緒にスポーツする方が好きな人が多かったので特定のスキンシップに必要な俺のパーツが足りなくて人間関係の和が乱れることはなかった。女性側の複製身体の数を除外すれば俺7体に対して女性14人なので淑女協定に則ればそこまで無理のある比率ではない。なぜ駐在エルフさんと無機質美人のホログラムにも頂かれてしまったのかは気にしても仕方がない。イチャイチャはとても良いものだ。植物由来人種でも人種は人種なのでそういった欲求やその対象に大きな差はなかったということだろう。無機質美人のホログラムに関してはここを深く考えると他の棚上げしてる諸々も突っ込んでしまうので考えない。ホログラムとはいったい……。
「あれこれ一区切り着いた感じだけど、なんかやりたい事とかやり忘れてる事とかあるかな?」
皆とイチャイチャしてる間に恒星系間移民船団に参加していたエルフさんや恒星系間移民船団の親エルフ派の人達は新エルフ星にしっかりと腰を落ち着けることができている。旧エルフ星回復プロジェクトも予定通り進んでいて今のところこれと言ってやることもない。本音としてはもう皆と≪金剛城≫でダラダラして余生を過ごすのでもなんの問題もないが、≪金剛城≫の技術を使えば俺の寿命もエルフさん達くらいにできるのでちょっとくらいメリハリ付けた方が良いかなとも思う。
「確か、帝国のある銀河とは別の銀河で宇宙に進出した文明を発見したと言っていたよね。そっちへ行ってみたりとかはしないのか?」
ふぅ……トゥルーギフトになった親友殿は分かっていないようだ。
「その表現だとエルフさん達も含まれているぞ。つまり、我々は隣り合った銀河で発生した文明同士交流をしている。……とても親しい感じの交流を」
ふと視界に入った駐在エルフさんが物足りなさそうな顔をしていたので最後に付け加えたらパっと表情が明るくなった。長生きしてるのにこういうところかわいいなー。長生きは関係ないか。恋愛は知識として知っていても生殖活動は植物的なやり方での、しかも受粉すらしない枝分けという実質単為生殖しかしたことなかったらしいし。
「はいはい。じゃあエルフさん達以外のお隣銀河の文明との交流はしないのかい?」
親友殿が面倒くさそうに左手をひらひらさせている。やはり親友殿は分かっていない。ムチムチ美人さんやレディアマゾネス元SPさん達に視線をやると虚無を感じさせる表情だった。多分俺も似たような表情をしている。駐在エルフさんと無機質美人のホログラムはぼんやり俺達を眺めているがあの辺りはどんなことを考えているのか分からない。
「そんな面倒くさいことするわけないだろう」
親友殿が口元を引きつらせている。でも全く接触した経験のない異文化と関わるなんて専門にしてたり趣味にしてたりする人達に任せるよ。生憎と≪金剛城≫のクルーにはそういう人は居ないんだ。やりたいって人が居たらやってたかも知れない。やりたい人が居たら?
「お前が率先してやってみたいというなら皆に検討してもらうぞ」
「いや、私が悪かった。そうだな。確かに面倒くさいばっかりだ」
親友殿もとりあえず思いついたのを提案しただけだったか。他に誰も何も言わない状態で何かきっかけを作ろうとしてくれたならちょっと良くない対応の仕方だった。ここで蒸し返すよりは後で謝って全力でお礼をしよう。
「しかし困った。基本的な欲求が満たされているとやってみたいことが出てこない」
「基本的な欲求というよりも、≪金剛城≫さえあれば現状では大概の欲求が満たされていますもんね」
ムチムチ美人さんの言葉にレディアマゾネス元SPさん達も駐在エルフさんも親友殿も頷く。無機質美人のホログラムはなんらかの欲求があるのかも定かではないのでそっとしておこう。
「よし。じゃあ今は無理に案を出そうとするのはやめておこう。誰かが何か思いついたら皆で考えてみるってことで」
俺達の宇宙的スローライフはこれからだ!
――とりあえず完――