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第五十八話 結晶の森

 


 小鳥のさえずり。朝日が真っ暗だった西の夜を切り裂き、夜明けを迎えその光を存分に見せつける。タマガキ北西部。その森の中を展開し、駆け抜けるは第四踏破群十一名。それに加えて群長の関永。彼らの体は霊力で満たされており、いつ敵と交戦することになっても問題ないだろう。


 彼らの目的は、第玖血盟 屍姫(しき)の殺害。反政府勢力と交戦することも多い踏破群が血脈同盟の中でも特に殺したい一人。奴は単純な数を展開することができるため、彼女を殺すだけで一気に血脈同盟との戦いが楽になるのだ。


 しかし、その重要性を理解しているのは血脈同盟も同じ。踏破群群長である関永は、確実に他の血盟も参戦してくると読んでいた。故にここで第玖血盟を素早く撃破したい。タマガキを危地に陥れぬためにも。


 関永は考える。参謀の成瀬の前では十分と言い切ったものの、実際のところ、血盟を相手にするにはタマガキの戦力は十分ではない。魔物の支配領域と直接隣接していないタマガキの持つ軍備は、元々西部最前線に救援および遊撃を行うことを目的としており、兵士の練度は高いもののその防備は強くない。その上、先の作戦で多くの兵員が出払い、タマガキの双璧をなす二人の防人、御月と幸村が不在だ。サキモリ五英傑であった山名も引退している。ここでの失敗は許されない。


 今タマガキにいる防人は三名。甚内、秋月、そして玄一。少なくとも秋月と玄一は高い戦闘能力を持っていると知っているが、甚内の戦う姿を彼は見たことがなかったので関永には判断のしようがなかった。しかし彼らがいかに強かろうと、血盟と相対するともなれば苦戦は必至。一応、護衛の愛海もいたか。彼女が動いてくれば、ぐっと楽になるというのに、と関永が愚痴る。護衛を戦力として動かさぬあの参謀を彼は好まなかった。


 そんな状況の中で、関永の頭を過ぎるのはかつての西の姿。先の大侵攻以前であれば、俺よりも強い綺羅星がごとき防人たちがいたものの、と心の中で呟く。何より、五英傑のうち三人は西部出身だったのだ。(さきがけ)の山名。剣聖。時の氏神。大戦をきっかけに山名は引退し、後の二人は行方不明となった。それに加えて、数多の戦を渡り歩いた多くの精鋭たちを失っている。関永は、西の現状に哀愁を感じずにはいられなかった。


 (しかし今いぬ戦力になど頼っていられない。俺が鍵だ。ここで絶対に血盟を仕留める)



 見つけ出した奴の住処。そこには寝泊まりしていたであろう天幕。その横に、火種が燻る薪がある。間違いない。昨夜血盟はここにいた。



 霊力による検知で少女の姿を天幕の中に確認する。彼女は、目覚めているようだった。天幕が開かれる。


 彼女もまた踏破群の面々と同じ様に霊力を纏っていた。小さな少女から漏れ出るその鳩羽色の霊力の威容に、隊員の一人が息を呑む。その純度は、限りなく英雄の領域に近い。いや、奸雄と評するべきか。



「あは、ほんとしつこい連中ね。暇なのかしら」



 第玖血盟は第四踏破群に囲まれている。逃げ道などない。そのような状況になってもなお、その余裕を血盟は崩さなかった。対し、関永の足元から澄んだ霊力の輝きが現れ、それが大地に幾何学模様を描く。結晶がその模様からゆっくりと生えてきて、彼の体を包み込んでいった。全身を覆う玻璃で出来たその鎧。彼が伸ばしたその右腕の元に、大地からせり出る一本の斧槍。その姿は、まるで西洋の騎士のよう。


「お前が死んでくれれば俺たち踏破群も余暇を大いに楽しめる。よろしく頼もう」


 彼が斧槍の切っ先を向けた。


「全隊、抜錨。征くぞ。勇士たち」


 戦いの火蓋が、切って落とされた。





 第玖血盟が指を鳴らす。その瞬間、大地から這い出てくるは行方不明になっていたであろう兵士たちや防人の姿。彼らがボロボロの刃を持ち、踏破群に斬りかかる。


 その攻撃を関永が槍で受けた。


「この制服にこの徽章......第八踏破群か!」


 関永が遺骸の身元を確認する。そのほとんどがおそらく、帝都で犠牲となったものたちだろう。


 彼らを傷つけることに悪く思いながらも、彼は容赦無く斧槍を振るった。その一振りで、幾人もの兵士の上半身と下半身が別れる。甘ったれた慈悲などない。他の踏破群の隊員たちにも、躊躇いなどなかった。


「そんなんだから嫌なのよ。あんた達踏破群。人間味なさすぎ。あは」


 その発言に関永が怒りを覚える。しかし冷静さは失っていないようだった。


「もっといくよ。ここにいるやつ全員。私の眷属にしてあげる」


 またもや大地から、新手の眷属が這い出てくる。今度は、魔物の姿。戦術級も混じっているし、油断はできない。それに何より━━━━


「行け。あの斧槍の白鎧。あいつは眷属にしないで殺すんだから」


 大地が揺れた。そこから現れたのは、三体の魔獣。報告にあった幻想級魔獣”彼奴(きゃつ)”ではない。今まで第四踏破群が交戦してきた眷属でもない。完全なる新手。


 (一体何体の魔獣を持っているんだか......やはり油断はできん。だが)


 第玖血盟を守り囲うように、三体の魔獣。最精鋭である踏破群は多くの魔獣の情報を提供されているが、ここに現れた三体は、全て彼らが知っているものだった。


 家屋一軒分くらいの大きさを持つ蜘蛛。八つの足。八つの赤い目。そして鋭い牙。全身を覆う黒色の体毛。その毒に触れれば全身の皮膚が青黒く染まり、死は避けられないという。


 幻想級魔獣”黒死蜘蛛(こくしぐも)”。


 横に立つ大蜘蛛より少し小さい。人間の様な形をしているが、腰から下がなく、顔と体がほぼ同化していた。その二本の腕で移動を行いながら、本来頭があるであろう場所に生えた四つの鋭い突起物で攻撃を行う。口は開いたままで、長い舌を持っていた。本来であれば、その口から大量の涎を垂れ流しているのだろう。しかし、死んでいるが故にそのような機能は無い。


 戦略級魔獣”足無(あしなし)”。


 最後に、まるで一本の木のような鉄の角を持つ鹿の姿。この三体の中では一番小さい。電気を纏い、その体毛からバチバチという音がなっている。大きな鉄の角が幹となり、そこから小さな鉄の角が枝別れしていた。その角に帯電した電気は、まるで木々についている葉っぱのよう。もしその角から放たれる雷電に触れれば体が痺れ、動けなくなるだろう。


 幻想級魔獣”鹿雷電(しからいでん)”。


「あは。これでも勝てるかな」


 沈黙。踏破群は口を開かない。相手と交わす言葉はない。だが、その群長である関永が口を開いた。その声は、血盟を蔑んでいるよう。




「貴様、舐めているな。この『玻璃(はり)の勇者』を。この第四踏破群群長、関永を」




 その一言をきっかけに、関永から澄んだ霊力が放たれる。それに応じて、土や草木で覆われていた大地が全て白い鉱物に染まった。周りに生えている大木でさえも白に染まり、唯一変わらぬのは、川の流れのみ。その異変に第玖血盟が驚き、あたりを見回す。都合十秒。そこに出来上がったのは白き結晶の森。


 瞬間。三百六十度全方向から、血盟らに向け水晶の弾丸が放たれた。


 木々が枝を折り放つ。大地から結晶が飛び出る。真上に一度放たれたであろう結晶が雨のように降ってくる。


 硬い皮膚を持たぬ”黒死蜘蛛”は、抵抗することもできず貫かれ、すでにその足の半数を失った。動きの遅い”足無”は、真下から突き出た特別大きい水晶にその身を完全に貫かれ、まるで肉串のような状態になる。そこから抜け出そうと腕をバタバタと動かしていたものの、次第に動かなくなった。


 唯一”鹿雷電”のみがあちこちを駆け回り、結晶の攻撃を避けている。しかしそれも時間の問題。なぜなら、物理的攻撃である関永の攻撃を、”鹿雷電”には防ぐ術がないから。”鹿雷電”が反撃しようと鉄の角より天からの(いかずち)が如き一撃を放ち、それが軌跡を描いて関永に直撃する。


 白い煙が舞う。




 無傷。


 彼の水晶でできた全身鎧は、幻想級魔獣である”鹿雷電”の一撃を完全に防ぎきった。




「嘘でしょ!? もう訳わかんない! 助けてみんな!」


 血盟の叫びに合わせて水晶で出来た大地が割れる。その割れ目から続々と現れるのは、血盟の眷属。ちらほらと魔獣も混ざり、その中には顔の半分を失ってなお動く防人の姿もあった。



 かつての同胞を前にしても、彼は迷わない。なぜなら、それが正しいと知っているから。



「総員。俺が言うまで手を出すな」



 結晶の雨が降る。踏破群隊員はその領域から敵を逃さぬよう穴を作らず、囲うように展開していた。



 大地より這い上がる一人の兵士が頭を出した瞬間、結晶で貫かれ動かなくなった。豚のような見た目をした魔獣の体には何十本という水晶が突き刺さっている。


 弾幕を前に、血盟は対処のしようがない。眷属を殺し尽くした結晶は、次第に第玖血盟を狙い始める。その攻撃に対し、彼女だけで防御は出来ないし、避けるのも難しいだろう。なぜならば、彼女の立ち回りは武人のそれではなかったから。いくら強き霊力を持とうとも、彼女はあくまでも眷属使い。その攻撃を前に、眷属を持って対応する他ない。


 大地から現れた強固な皮膚を持った魔獣が主人を守ろうと、体を張って結晶の雨を受けきる。鉄と鉄がぶつかるようなけたたましい音が鳴った。しかし魔獣の肉体を持ってしても、彼の攻撃を防ぐことは叶わない。最高純度の霊力で生まれた、最高硬度を誇る透明な水晶を前に、次第に、眷属は倒れていった。







 死屍累々という言葉がまさしく相応しい。ありとあらゆる生物の死骸が、この結晶の森に撒き散らされていた。


「もう終わりか。第玖血盟」


 返答はない。彼女の周りには、彼女を守った眷属たちの残骸がある。後続が来ないことを確認した関永が、斧槍を彼女に向けて構えていた。眷属を失い茫然自失としている第玖血盟に、反応はない。


「悲しき時代だ。道を踏み外さなければ、こんなことにはなっていなかったものの。では、死ね」


 何本もの玻璃の大槍が、彼女目掛けて飛んでいく。第玖血盟はそれを見て、きっとこれを食らえば、貫かれるかすりつぶされかして、死ぬんだろうなと感じ取った。


 最後に、第玖血盟がぎゅっと目を瞑った。風を切る音がする。







 第玖血盟へ向かっていく水晶の槍。それと血盟の間に何者かが入り込み、水晶が()()()()()()()切断された。関永が鎧の下で驚愕する。それはありえない。なぜならば、その水晶は関永が作れる最高硬度のもの。どんな攻撃にもビクともしない代物だ。それを切断できるということは、特殊霊技能(ユニークスキル)を持つ新たな敵の登場に他ならない。


「総員。俺が戦う。まだ手を出すなよ。危険だ」


 全ての結晶を切断し終えたその敵は、第玖血盟を守ろうと彼女の前に立っている。顔はわからない。なぜなら、いたちのような生き物のお面を付けているから。加えて、その手には草木を刈り取るための大鎌のようなものがある。しかし、その大鎌は草木を刈り取るためのものではない。間違いなく、命を刈り取るためのものだ。


 第玖血盟が目をゆっくりと開く。その背中を見るやいなや、嬉しそうに破顔した。


「いたち〜!! 助けて! あいつやばいのよ!」


 それを聞いたイタチの面の男が、呆れたような様子を見せる。


「踏破群と真っ正面から戦うなとあれほど言われてただろーが。屍姫。相手が戦いづらい場所を選べって何回も言ってるだろ。なんでこんな不利なところで戦っているんだ。アホか」


 その指摘を聞いた屍姫が声を漏らした後、泣き出す。その姿はまるで聞き分けのない子供のよう。


「だっでみ゛ん゛なががでるっでいっでだんだも゛ん゛」


「何いってるかわかんねーよ」


 関永は、彼らの会話を遮ることなく、ただ新手の男を観察している。その面。口調。能力からして、間違いない。


 ━━━━━━━━第拾血盟。鎌鼬(かまいたち)


 二人目の血盟。しかし彼に焦りはなかった。なぜならば彼は気づいている。二桁の血盟の持つ特殊霊技能(ユニークスキル)は確かに強力だが、そもそもの霊技能(スキル)の熟練度は一桁ほど高くないということを。


「話を遮るようで悪いが、排除させてもらう。降伏するのならば、考えてやらんこともない」


 第拾血盟がその目を屍姫から離し、新緑の霊力を飛ばす。その霊力には殺気が乗っていたが、関永に恐る様子はない。


「屍姫、あいつやべーぞ。覇気が半端じゃねぇ。戦いにはなるかもしれねぇが、俺たちじゃ多分勝てねぇぞ。おい。あいつ出せ、あの羽持ちだ」


 その鎌鼬の提案に対し、泣き止みかけている屍姫が聞く。


「え゛っぐ、あの子は戦いが嫌いだよ?」


「いいから出せ。一度他の仲間と合流しよう。それまで俺がお前を守る」


「いたちー......わかった」


 再び大地より現れ出るは、一体の翼竜。ワイバーン。しかし普通のワイバーンよりも体が大きく、背に人を乗せて飛ぶことが出来そうだ。その背に、屍姫が乗る。


「んしょ。じゃあ、行くね」


 それに斧槍を振るった関永が、答えた。


「行かせると思うか」


 結晶の森が再び霊力の輝きを見せる。先ほどと同じように、水晶の弾丸が二人目掛けて放たれた。宙を埋め尽くすその姿はまるで、結晶の海。


 第拾血盟が大鎌を振るう。その大鎌は先ほど見せたようにありとあらゆる水晶を切り裂いた。縦横無尽に駆け巡る彼が、翼竜と第玖血盟を守るように、弾丸を切り裂き続ける。その物量にさしも第拾血盟も顔を歪ませたが、彼は空へ飛び立つ翼竜の足に捕まり、共に飛び立った。


「チィッ! しくじった! 空を飛ぶ奴がいるとは」


 空へ飛び立った血盟たち。第拾血盟が続けて地上から放たれる関永からの対空攻撃を防いでいる。その表情には余裕があり、これ以上の攻撃は無意味だろう。


 奴らが向かう先は、タマガキ。合流する、ということは他にも敵がいるということだ。まずい。とにかく急いでタマガキに戻らねばならない。関永の鎧が溶けて消えていく。彼の意図を汲み取ったのか、他の踏破群隊員も脚部に霊力を集中させ、移動の準備を始めた。それに加えて連絡用の霊弾を空に飛ばし、情報をタマガキへ通達する。


 (血盟を二人も通すわけにはいかない! せめて一人!)


 関永が踏破群隊員の方を見る。


「総員。タマガキまで突っ疾走(ぱし)れ。副長、後の指揮は任せた。俺は先に征くッ!」


「群長!?」


 関永がその澄んだ霊力を脚部に集中させ、踏破群を置いて走り出した。彼の駆ける先を起点に前方の大地がせり上がっていき、かろうじて登れそうなぐらいの傾斜を持つ巨大な結晶の山が作り出される。関永が空飛ぶ血盟を見据えていた。まだ遠くはない。


 脚部に込められた霊力を解放し、関永が助走を付けて結晶の山を一気に登る━━━━!


 (今!)


 彼が山の頂上より跳躍した。その力で、結晶の山が砕け散る。


 空を飛びやってくる関永の姿を確認した血盟は、驚きで目を見開く。飛行能力を持たない関永が相手であれば、空に逃げれば安全だろうと踏んでいただけに追撃にくるとは考えていなかっただろう。


「屍姫! 俺がいなくても合流できるな!」


「えっ!? いたちー!?」


 振り向いた屍姫が見たのは、宙を飛び、斧槍を持つ一人の戦士。間違いなく、その槍の圏内に二人は身を置いていた。関永が鼓舞するように叫ぶ。


「この一振りに賭けるッ!!」


 大鎌を片手で構え、その刃を以って迎え撃つは、第拾血盟。


「そんな槍、切り裂きさえすればァアッ!!!!」


 (かかった!)


 まるでワイバーンや血盟を狙うように振るっていた関永の槍が、軌道を少し変える。その斧槍が向かう先は、大鎌の柄。


「貴様のその霊技能。刃の部分にしか適用されないこと。()うに見破っているッッ!!」


 大鎌の刃が関永の槍とぶつかる前に、斧槍の一撃が大鎌の持ち手に直撃する。その衝撃を受け流すことも出来ず、直撃を食らった鎌鼬はその衝撃波から血を吐き、ワイバーンの足から手を離して空の彼方へ飛んで行った。


 吹き飛んだ鎌鼬が決死の表情で叫ぶ。


「カハッ......! 俺のことは気にするんじゃねえぞ屍姫! 目的を果たせ!」


 槍の一振りを最後に、関永が落ちていく。最後に槍を投げた関永だが、その一撃はワイバーンに回避された。重力でこのまま落ちていく関永には、第玖血盟を止める術がない。彼が着地のために霊力を展開しながら、どんどん小さくなっていく第玖血盟を睨んでいた。





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