第五十一話 関永塾(2)
休憩を挟んだあと、立ち上がって兄さんの元へ寄る。今から先ほどの戦闘を踏まえた上でのアドバイスを貰おうとしていたが、その前に俺の『水輪』を見た兄さんが、俺の能力について詳しく教えて欲しいと述べた。それを快諾し、彼に俺の予測を含めた『五輪』の全貌を伝える。
「......地、水、火、そして風か。しかし、まだ水と火に関してはうまく使えないんだったな」
首肯する。
「そうなんだ。土と風に比べるとその練度は大きく落ちる。それで、手札を増やすためにも兄さんに聞きたいと思っていたんだが......」
彼が唸りながら腕を組んで頭を下げた。その後彼が顔を上げ、申し訳なさそうに言う。
「すまんが、水と火に関しては俺の専門外だ。付け焼き刃の意見で玄一を惑わせたくない。しかし、土に関してなら色々参考になる話は出来ると思う」
彼が顎に手をやり、考え込む。
「元は全て輪を司る同じ異能だ。操作に関してはそこまで違ったものではないと思う。霊力を通すことによって、それぞれの事象を操る、だったな」
違いない。大きく頷く。
「おそらくそれは間違っていないが、何か別のものがあると思う。先ほど『地輪』の攻撃を喰らった時、俺の霊力が減衰した」
「減衰......?」
相手の霊力を減衰させているなど想像もしなかった。もしそうだったとしても、減衰させている割にはあっさり兄さんには突破されてしまったが。
しかし、あながち間違いでもないかもしれない。
そうでもなければ、御月とともに幻想級魔獣”槌転”と対峙した時、奴を捕らえることができたと思えないからだ。あの時奴を捕らえるのに使ったのは『地輪』。死線を越えた今でこそ確実に抑えておける自信があるが、あの時の俺では難しいだろう。
「お前の『地輪』には相手の霊力や魔力を阻害する作用がある。それと同じように、他の能力にも何かがあるだろう。それを見つけてみろ」
「ありがとう兄さん。他に何かあるか?」
そう聞いてきた俺に、彼が細かいアドバイスを伝えてくる。俺が空中機動を取った際の軌道の話だったり、霊力を流す効果的なタイミングについて。戦いの中での俺の立ち回りの良い点と悪い点を詳しく伝え、その上での改善案を教えてくれた。目から鱗。脱帽するようなものまである。やはり第三者に見てもらうというのは重要だ。自分には見えないことが見える。
「そしてお前の剣技に関してだが......完成されている。特に何か修正したいと思うような点はない。ひとつ言っておくのならば、今後霊技能とその剣術を組み合わせる時に、形を崩さないようにすることぐらいだな」
「わかった。ありがとう」
しまった。会話を続けていくうちに、何か書き留めるものを持ってくるべきだったと後悔する。せっかく素晴らしいアドバイスをもらっているというのに。必死こいて暗記しようと彼の言ったことを頭の中で反芻した。
「それと、玄一。これは俺から聞きたいことなんだが......霊技能というものが何か。お前が知っていることを教えて欲しい」
どういうことだろうか。ここでいうスキルというのは、一般兵も使える身体強化や霊弾といった能力ではなく、防人が持つ特霊技能のことだろう。知識として知っていること、か。昔、御月に聞いたら分類がどうとか言っていたのを思い出す。
「確か......大まかに二つ。万能型と特化型に分けられるんだったよな。あまりにもその種類が多すぎて完全に分けることはできなかったけど、この二つが結論づけられたと御月が言っていた」
「その通りだ。例えば俺と玄一は万能型であると言えるだろう。それに対し、特化型......分身を出す甚内や射撃を専門とする秋月はその例であると言える。しかしながら、甚内の能力は情報共有に長けていたり、玄一はまだ見たことがないと思うが秋月もまた別の技を持っている。これでは不自然だろう。もはや全て万能型だ」
今まで出会ってきた防人の霊技能を頭に浮かべる。
「まぁ...... 確かに。特化型らしい特化型を俺は見たことがないかもしれない」
「無論それは存在する。このタマガキの防人にもな。だが、この霊技能というものを能力の効果ではない、また別の方法で分類することが出来るのだ」
能力の効果ではない別の方法。頭をひねって考えてみるが、思いつかない。見た目とかだろうか?
答えの出ない俺を見て、兄さんが答えを明かす。
「それは、能力の発現方法だ。霊技能を使用するにあたり、その方法を内向型と外向型に分類することができる。これは外向型が昔と比べ増えたことで、ここ十年で帝都に広まった話だ。ほとんどの期間を西で過ごす御月が知らないのも無理はない」
内向型と外向型。端的にいえば内向きか外向きか。アイリーンとかは明るいし、もろ外向きっぽい気がする。いや性格のことではないか。
「玄一。お前は事象を具現化するに当たって、何をする」
「そりゃあそれぞれの輪を通して外に干渉を......あ」
気づく。俺の能力は全て外界に干渉し、そこに風だったり水だったりを生み出している。もしかして、そのことだろうか。それを言語化して兄さんに伝えた。
「その通りだ。この分類で霊技能を分けた場合、大地を水晶に変革させる俺や玄一は外向型。熊に変化するアイリーンや、自分の体内から霊弾を射出する秋月は内向型であると言えるだろう」
それを聞いてあの夜、アドバイスを求めた俺に対し秋月が言っていたことを思い出した。私は内側から放つもので、俺は外側から集めるものだから力になれないと。彼女はこのことを知っていたのか。
しかし、集めるものか。どういう意味だろう。内側から放つという意味はよくわかったが、集めるという表現がよくわからない。兄さんに聞いてみよう。
彼にその会話の経緯を説明し、意見を求める。
「まさしくそれだ。この質問を通し、お前に知ってほしかったのは。しかし、彼女の集めるという表現は少し違うかもしれん。塗り替える、といったものの方が近い」
彼がビシッと俺を指差した後、そのまま続ける。
「俺や玄一のような防人は、外界に向け霊力を使用し事象を生み出している。しかしそれは少し不自然だ。俺の水晶を全て自分の霊力で生成しようとしたらどれくらいの量が必要になるか想像もつかないし、それはお前の風や土も同じだろう。では俺たちはどうやって能力を行使しているのか。答えは単純明快。土や岩を素材として利用するのと同じように、霊力でもなく魔力でもない、大気に存在する中立的物質を利用している。俺たちは、それを自分の霊力に塗り替えて使用しているんだ」
彼が手を広げ、その手を中心に彼の澄んだ霊力が大気へ広がっていく。彼の霊力が、キラキラと空に輝いていた。
「その名を、無力。霊力でもなく魔力でもない。ほぼ伝説に近い第四のものでもない。そのどちらでもない力を自分のものに変えて、人の領域を外れた技を我々は行使している」
無力。自分の中から湧き出る霊力ではない。どちらにも塗り替わる。第三の力。
「こうして聞いてみれば外向型の方がその無力を自分のものに出来る分、圧倒的有利に聞こえる。しかしそのようなことはなく、外向型には致命的な弱点が存在するのだ」
致命的弱点。彼の言葉を待ちながらも、自分の中でほぼ答えが出ていた。
「それは、外向型が格上の外向型に絶対勝てないということ。先ほどの戦いを思い出せ。『地輪』を使ったお前は、大地の無力を一度全て掌握した。しかしそれはどうなった」
生唾を飲み込んだ後、息を吸ってから答える。
「全て兄さんに奪い取られた」
「そうだ。外向型の能力者は自分より強い外向型に無力を奪われその攻撃手段を全て封じられる。内向型であれば相手が格上であっても戦闘は......まぁだいぶきついが可能だが、外向型では逃げる他ない」
今まで感じていた疑問が全て解消した。あの屈辱。”千手雪女”との戦いにおいて、無力を掌握できない俺は『地輪』を最後まで使うことができなかった。対し奴は無力を全て掌握し、場は雪で覆われ、その空間そのものを減速させる能力をいかんなく発揮した。御月と奴が戦った時も、御月が後一歩首を奪るという場面で退いたのは急速に支配されていくその無力の動きを察知したからかもしれない。
その場の無力を支配した結果、奴は時をも止めるという切り札を発動させることができた。技の発動を止めきれぬと判断した御月は防御に徹し、これを切り抜ける。
まさかあの高速戦闘の中でそのような駆け引きが行われていたとは。
しかし、戦いの最後、大気にあった無力は月華によって逆転された。彼女が雪の世界に月華を突き刺し、変容させたあの砂塵の大地を思い浮かべる。あれが彼女が掌握した世界なのか。随分と、寂れていたように思える。あれが発動された時が、彼女の本気。一体どのような力を内包しているのか。あれを使うような敵が来ることのないように祈る。
考え込む俺を見て、兄さんが口を開く。
「心当たりがあるようだな。幸いにも玄一。お前はその外向型のアプローチが現時点で四つ存在するから詰むようなことはないだろう。しかし、不利になるのは間違いない。そこで内向型の技を習得することと、無力の掌握に勝てるよう鍛錬すれば、一歩上の領域にたどり着けるはずだ」
感嘆の息を漏らす。なんと素晴らしい。強くなれないのではないか。圧倒的格上に相対した時感じた、自分は打ち止めではないのか。という焦りがなくなり、落ち着いて鍛錬に励むことができそうだ。
「兄さん......本当に感謝する。兄さんのおかげでぼやけていた先が、道になった。これで強くなれる気がするよ」
右手の手のひらを眺めた後、握りこぶしを作る。
「玄一。ここで外向型の無力掌握という基礎を固めれば、確実に他でも応用出来るだろう。他にも、いちいち地面に触れなくとも操作が可能になるといったメリットも存在するからな。内向型の技ももちろん良いが、俺は特にこちらを鍛えることを推奨するぞ」
今思えば、御月が遠距離探知を可能としていたのも無力を通して範囲を広げていたからかもしれない。しかし、なんかブワァーっとなって、広がっていって、どうやるのか全くわからん。
「わかった兄さん。しかし、どう鍛錬すればいいんだ? 今までやったことがないものだから、想像がつかない」
それを聞いた彼が天に向かって大爆笑する。俺は何かおかしなことを言っただろうか。しかしこの笑いは嘲笑といったものではなく、何か機嫌が良いもののように感じる。なんだろう。笑い飛ばすような。
「愚問! そのために俺がいる! 今後の鍛錬はそれを中心に鍛えていくぞ!」
「に、兄さぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!」
拝啓 師匠。
自分の兄弟子は、とんでもなく男前です。




