幕間 それぞれの戦い(1)
タマガキより北西。カイト砦。砦での指揮を甚内に託し、兵を連れ打って出た御月は、一斉に行動を開始した魔物の群れと交戦していた。
兵員達は御月を中心に陣形を組み、連携を取りながら魔物を仕留めていく。
何かに気づいた兵の一人が、大声で報告した。
「前方!十二時方向に魔獣確認!」
それを聞いた他の兵員たちが、指示がなくとも陣形を対魔獣のものへ変えていく。全員が陣形の概要を理解していることが窺わせられ、西部兵の質の高さを思わせた。
「全員下がれ! ここは私が......」
御月が兵員達に指示を出そうとする。それに対し、既に目視出来る距離にいた魔獣の両側に、新たな二体の魔獣が空から着地するような形で現れた。
両脇に侍る魔獣の大きさは10mほどであり、魔物との違いを一目で理解させた。そして、中央の魔獣が報告にあった幻想級魔獣であろう。他の魔獣と比べ、魔力による威圧感のケタが違う。
この魔獣の見た目はとても生物とは思えない。強力な魔獣ほど生物的な見た目から掛け離れるという俗説があるが、この魔獣は人間の腕のようなものの集合体でできており、球体のような形になっていた。その上、その腕から生える手には五本以上の指が生えている。
一目で判断しただけでも、三十本以上中から外にかけて伸びているように見えており、顔などといった腕以外の部位は存在していない。そんな生理的嫌悪感を呼び起こす魔獣が、蠢き転がりながら御月の方へ向かって移動してきている。
他の二体の魔獣は同じ種で、戦略級魔獣”蛇足”と呼ばれる個体だ。その名の通り蛇に四本足を加えたような見た目をしている。
魔獣の種は多岐に渡り、幻想級のような高位の魔獣は新種がよく発見されるためこの腕の集合体のような魔獣を御月は知らなかったが、戦略級に関して言えばほとんどが彼女にとって見慣れた相手だった。
三体。本来であればかなり絶望的な状況である。しかしそれでも兵員達は取り乱すこともなく淡々と魔物を相手取っていた。
「これより私は魔獣戦に突入する! 雑魚は任せた!」
一刻も早くカイト付近の魔物と魔獣を片付け、タマガキに行かねばならないと御月が意を決した。彼女にとってこの三体を屠るのはもはや確定事項であり、重要なのは速さだった。
御月が彼女の背丈にもなるであろう長大な刀を取り出し、魔獣の方へ向かって駆け出して、戦いの火蓋が切って落とされた。
タマガキの郷北西方面。既に郷から目視で確認出来る距離まで、新種の戦略級魔獣”猿猴”が肉薄してきており、郷を守るためにも一刻も早く排除せねばならない。
その対応策として出撃したアイリーンと、本来の半数で構成される二番隊は魔獣との平地での交戦を避け、森林内で魔獣とぶつかるために高速で移動していた。
二番隊の兵士たちは背中に弓を背負いこみ、一部の兵員は変わった見た目をした矢を運搬している。
霊力を体に満たし、最前列を走るアイリーンは考え込んでいた。
(新種の魔獣っすか......)
彼女が考え込んでいたのは、これから戦うことになる新種の戦略級魔獣についてだった。戦略級よりも等級が高い幻想級ではよく確認される新種だが、戦略級で新種が確認されるのは数年ぶりになるのではないだろうか。
歴史を振り返れば、戦略級の新種が登場するのは大きな戦いの前と決まっている。
アイリーンの近くを並走していた二番隊副長が声を掛け、彼女を思考の海から引き戻す。
「アイリーンさん。我々二番隊は今半数での出撃になります。魔獣だけならば問題はありませんが、もし大規模の魔物の群れが現れれば対応に苦慮する可能性があるのでご注意を」
「了解っす。副長さん達はもし魔物がいたら魔物の相手をお願いするっす。それが片付いたら魔獣戦の支援を。もし魔物の数が多いようだったら、私がまとめて吹き飛ばすっす」
会話を続けながら走っていたアイリーンが、砂埃を舞わせ、急に止まる。それに合わせて兵員たちも立ち止まり、ザザザという音がなった。
「間に合わなかったっすか......」
アイリーンの前方にいるのは、今回相手取ることになった戦略級魔獣、”猿猴”である。ここよりもう少し先の森林での交戦をアイリーン達は目指していたが、その目論見は崩れた。
遠目では猿人型ということしかわからなかったが、今その容姿がその場にいる全員に明らかになる。
8mほどになるであろう身長に比べ、体は不気味なほどに細い。頭には皿の様なものが乗っており、背中には亀の甲羅。口には海の近くにいるような鳥が持つ、太めの嘴。
その肌には毛がびっしりと生えており、それと反するような無毛の頭が目立っている。
幸いなことに付近に魔物の姿はおらず、魔獣単体での侵攻であることがわかった。
副長が口を開く。
「アイリーンさん。縛矢での支援を行います。では、ご武運を」
頷きを返したアイリーンが大きく跳躍した。猿猴の前で足を大きく広げ、前かがみの姿勢になり、左手を地面に着ける。こちらを途中まで見向きもしていなかった猿猴が、ゆらりとアイリーンの方を向く。彼女をゴミの様に見つめる赤色に染まった猿猴の目が、ひどく不気味だ。
「よくわからん川魚程度が......私に勝てるとでも思ってんじゃねぇっすよ」
そこまで動きのなかった猿猴が急激に動き出し、腕を振り回しながら彼女に近づく。
その瞬間。彼女の体に金色の霊力が迸り、彼女が口を開いた。
「『熊虎ノ王』」
その場に猿猴を超える大きさの金毛の熊が現れ、その右腕から繰り出されたパンチを猿猴はもろに喰らい、まっすぐに吹き飛んだ。




