第十七話 戦場の夕焼け
西の空が赤く染まっている。魔物との戦いに夢中になっていた俺は気づかなかったが、既に日は落ちそうになっていた。タマガキの山城に入り本部を目指す。
本部へ繋がる石段を登っていくが、疲れで足が重い。まだ明日も戦いがあるかもしれないというのに、後先考えず戦った自分を恥じた。
やっとの思いで本部にたどり着く。見上げると、ロビーの方に手を振る金髪碧眼の女性の姿が見えた。その奥には、腰に左手をつけた豪傑がいる。アイリーンと郷長だ。
「遅かったな。坊主」
労わりもなくこちらに向かって言い放った山名の姿を、アイリーンが横目で見る。呆れたような表情で、返答を返していた。
「あなたと同じ速度で帰ってこれる防人なんているわけないっすよ。郷長」
彼女が言ったことの意味を、山名が突如として消えたことと同時に考えようとも思ったが、もうクタクタだ。早く家に帰って休みたい。今日の仕事の締めくくりとして、彼らに報告を行う。
「それで、戦果はどうだ」
頭の中で今日殺して回った魔物の姿や数を思い浮かべる。しかし戦いに夢中になっていたからか、なかなか具体的なことを思い出せなかった。正直、軍人としてこれは良くない。
「百から殺した数は数えていない。ただ、オーガと戦った時に一つ群れを逃してしまった。あのまま蹴りを付けてしまいたかったが」
勿体無い。そんな気持ちを込めながら発言した。
「よくやった坊主。そこまで殺したのならばこれで魔物の動きは一時鳴りを潜めるだろう。アイリーンは引き続き警戒。坊主。お前は休め。休むのも防人の仕事の内だ」
具体的な数を覚えていなかった俺に対し、やはりため息をついた山名ではあったが、それ以上何かを言うことはなかった。
「了解。では失礼する」
俺の報告を嬉しそうに、ニコニコしながら横で聞いていたアイリーンが口を開いた。
「今日はおつかれっすよ。玄一。あとは私に任せて、ゆっくり休んでくれっす!」
彼女に頷きを返しその言葉に甘えて、ゆっくり休ませてもらうことにする。
本部から外へ出ると、ちんたら歩いていたせいで既に日は落ち、外は夕闇に包まれていた。夜風が体に当たって、寒い。そういえば、夜飯どうしよう。
玄一が去った後、山名とアイリーンはロビーに残り会話を続けている。
今日、タマガキ一帯に侵入した魔物の侵攻を、撃退したことの意味は大きい。その規模から考えれば、戦の山場は越えたと言って良いだろう。あの数の損害は魔物側としても許容できる数ではないという結論が参謀達と山名の間で出た。
もし魔獣がいたのであれば、あの魔物の群れと合わせて侵攻していてるはずだ。それに加えて現在西部要塞群は、大太刀姫と武名名高い御月の到着により士気が大きく向上しており、戦況を有利に進めている。
このままならば勝てるだろう。
タマガキから展開した隊も見事だったが、やはり大きく目立ったのは縦横無尽に駆け回った新任の防人の働きだ。そんな大功を立てた、先ほどまでここにいた新人防人の新免玄一のことを二人は考える。青みがかかった髪と黒目を持つ彼の動きは、ついこの前初陣を果たした者の動きではなかった。戦いの匂いに対して敏感すぎる。
「後輩くん......強いっすねー。私があんぐらいの時は何も出来なかったっすよ。何か、理由でもあるんすかね?」
アイリーンが首を傾げ彼女の髪が揺らめく。郷長である山名に、その若さからは考えられない玄一の強さの理由を聞いたようだ。
「お前は奴が故郷を取り戻すために戦っているということは知っているな」
その言葉を聞いたアイリーンは、玄一と会った時に彼が言っていたことを思い出していた。曰く、彼は故郷を取り戻すために戦っていると。
彼があの言葉を言っている時だけ、雰囲気が変わり、まるで何かに誓いを立てるようだったのを彼女は思い出した。
「それは最初に会った時に言ってたので知ってるっすけど、それが何かあるんすか?」
隻眼を細め、山名が声を漏らすように言う。
「奴はシラアシゲ出身だ。三年前最初に侵攻を受けたな。そこの住民や兵員はほとんど死んだと聞いていたが......奴は生き残りらしい」
シラアシゲ、という名を聞いたアイリーンが息を呑んだ。彼女も三年前の戦いに参戦していたからこそ知っているが、あの戦は血で血を洗う死戦だった。
第二次西部魔獣大侵攻。
この戦が魔獣大侵攻と呼ばれているのは、魔獣の数が従来の倍近くおり、躊躇いなく次々と襲いかかってきたからである。紛れもない総力戦だった。
当時西の最前線にいたサキモリ最強と名高い防人の集団が皆犠牲になり、前線を引き下げ、山岳地帯になんとか防衛線を引き直した。
この戦いは西部にトラウマを残し、その傷跡は非常に大きい。内地や余裕のある東部からの支援により、三年経った今、やっと立て直しが進んでいる。
しかし次、あの時と同じ規模の侵攻が始まれば西部は滅ぶだろう。失った戦力を質でカバーしているのが現状だ。内地からの補給は続いているものの、維持ができる程度である。
かつての姿を取り戻すためには、十分ではない。
そんな戦の中で、最強の防人たちが所属していたのが魔物の領域と面していた、最前線であるシラアシゲの郷だった。しかしながら彼らの奮戦虚しく、その住民は避難出来なかった。
他の郷の主力が交戦を開始した時には既に彼らのほとんどが行方不明になり、救出は不可能と判断。撤退戦を開始したのである。
これらの事実を鑑みれば、彼がシラアシゲの生き残りというのは奇跡に近い。もし生き残りがいたとすれば噂になっていてもおかしくなかったが、それを聞いたことはアイリーンにはなかった。
「そうだったんすか......現実的に考えれば奪還は不可能に近いっすが、せめて未来への希望だけでも繋ぎたいところっすね」
そう言ったアイリーンに対し、山名が鋭く否定した。
「いや、奴の主目的は故郷の奪還などではないだろう。お前も見ただろう。御月とお前と奴で、霊信室にいた時だ」
「大侵攻の可能性を考え、顔を蒼くさせていた御月に対し、奴は笑っていた」
お前はそれを見て驚いていただろう? と山名が付け加える。
「あれは復讐者の笑みだ。復讐者の目だ。故郷を奪還するなどという言葉は、それを聞こえのいい言葉で塗り固めていようとしているだけだろうよ。きっと奴には、それ以外何もない」
断言した山名に、アイリーンは言葉を返さない。彼女も、魔物を強く恨む人間がこのヒノモトに多くいることを知っているからだ。
山名が何を考えているかはアイリーンにはわからなかったが、もし彼の言った通りならば、仲間として、年長者としていざという時は彼を助ければならないと考えていた。