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第百十話 白夜





 日が既に登った、真っ昼間。与えられた資料を手にし参謀を伴いながら、各地を見て回る。俺と秋月は昨日追加の部隊を引き連れて、カゼフキ砦より以西、雪砦の救援に訪れるであろう魔物の群れを迎え撃つ西部戦線へと移動していた。


 お飾りではあるが、今回は俺も大隊の指揮を取ることになっている。五百人以上いる部隊の指揮など初めてだが、参謀に丸投げするつもりだし、向こうもそうしてほしいようだから問題はないだろう。


 既に戦線の防備は固められているようで、戦場全体を俯瞰する塔が後方に見えた。前方には空堀と、段階的に戦線を引き直すことが可能な、土塁で出来た段差のある防衛線を確認できる。元々の地形を生かしたこの戦線は急造ながら、十分効果的だろう。雑魚の魔物であれば斜面に足を取られ、一方的に殺せる。


 最前線も最前線でここまで立派なものを作っていたとは、思いもしなかった。敵の妨害、攻撃は予測されて然るべきだし、参謀に聞いてみたら、実際あったらしい。しかしその動きを読んでいたのか、ここの指揮を取る防人の幸村さんが部隊を適切に配置し、簡単に蹴散らしたようだ。


「新免さん。何度もすみませんが、お願いします」


「了解した」


 俺は今、魔物の領域に面する空堀の前にいる。手首に『地輪』を纏わせ、地につけた。地中に揺蕩う無力を掴み取り、操作を行う。


 最近では、攻撃に寄る『風輪』と『火輪』を使う機会が多かったが、『地輪』は兄さんとともに鍛えた能力だ。おそらく、単純な練度は最も高いだろう。そういえば、『水輪』はほとんど使えていない。他三つと同じように絶対に有用な能力があると確信はしているが、それが何か全く分からない。何か、ヒントでもないものだろうか。


 空堀の中に、鋭利な土槍が雨後の筍のように生え出た。空堀の中を埋め尽くすように敷き詰められたそれは、十分な殺傷能力を孕んでいる。


「これでいいか? 多分......三日は持つはずだ。その後は、多分自重で崩れる」


「十分です。これで、迎え撃つ態勢が整ったと言っていいでしょう」


 俺が手にしている資料は、ここらの防衛設備の図面である。昨日、幸村さんにこれを渡された時、防備を強化できるかもしれない、となんとなく思考を零した。それを聞いた幸村さんが、問い詰めるように捲し立ててきたので、『地輪』を使用した防備について、説明をしたのである。


 すると彼は大層喜び、その場で図面に何かを書き込み始め、それを俺に対する指示書として渡してきたのだ。軍全体の能力を向上させられる能力は、非常に有用であると彼が語っていた。戦線にやってきての初仕事が、土いじりになるとは思わなかったが。

 

 雪砦へ向かう敵を迎撃するこの部隊は、大きく二つに分けられることになっている。防衛線に張り付く秋月率いる部隊と、郊外の森に伏せた、幸村さんと俺が参加する遊撃の隊だ。


 秋月たちの方に敵が行ったタイミングで挟撃を仕掛け、一気に殲滅するらしい。それが出来ずとも、二方面からの攻撃で優位に立ちたいそうだ。秋月の方が心配だけど、俺が別のところで暴れれば、その分彼女が楽になるということ。頑張ろう。


「よし。これで、終わりだな」


 体を満たしていた霊力を霧散させ、参謀の方を見る。霊力自体の使用に肉体的な疲れはないが、精神的な疲れが凄い。今日午前中ずっと『地輪』を使っていたので、気持ち悪い感じがする。


 お疲れ様でした、と参謀がこちらに頭を下げたタイミングで、後方より、辺りに響き渡る馬の爪音が聞こえた。音の鳴る方へ、振り返る。


 馬上、太陽を遮り現れたのは、真紅の甲冑を身に纏った老練なる防人。白葦毛(しらあしげ)の馬に乗った彼は、戦国時代からそのままやってきたんじゃないかというくらいに、様になっている。流石に馬を魔物との戦いに連れ回すことはできないが、今俺たちがいる場所のような、車両が使えない地形では十分移動手段として役に立つだろう。


「玄一。ご苦労。終わったようだな」


「はい。幸村さん」


「しからば、休息を取れ。今夜隊を展開する。本格的な攻城が始まるのと同時に、動きを察知した敵が来るぞ」


「了解しました」


「ふん。雪砦は、御月と甚内がいれば問題なかろう。魔物を蹴散らすぞ。玄一」


 大きく頷き、敬礼をする。


「望むところです」


 十文字槍を手にし、満足げに頷いた彼は馬上に身を置いたまま、去っていく。ここ、西部戦線から放たれた偵察隊の報告によると、かなりの数の魔物がいるらしい。具体的に言うと、潜伏していた隠密偵察兵の、完全なる撤退を決定するほどにはだ。激しい戦いが予測される。


「幸村さんに言われた通り、俺は休息を取る。夕刻になったらまた顔を出すから、よろしく頼んだ」


 踵を返し、自身に割り当てられたテントに向かって、歩きはじめた。 



 









 陽光が五月雨のように降り注ぐ。


 長期間人類と魔物が対峙し続けた、カゼフキ雪砦間。争いが日常と化したそこで、軍を見るのは珍しくない。しかしながら今日は、その陣容が違った。


 カゼフキ砦より一斉に展開した部隊が、雪の世界から一定の距離を取りつつも、包囲の陣形を取る。その動きを察知した魔物が雪崩のように雪砦から打って出たが、全て防人率いる部隊に蹴散らされた。今までとは違うカゼフキ側の布陣に何かを感じ取ったのか、今ではパッタリと、魔物が出てこない。


 雪山の斜面に突き刺さった、氷の天守閣。雪砦。そこを円心に銀世界が形作られ、カゼフキの部隊との間に、青々しい草木と一面の白銀でできた、()()()()()()()()()()()()()


 この銀世界は、空想級魔獣“千手雪女”による無力の支配を強く示唆している。無力というのは霊力に魔力にと移ろいやすい物質であるが、長期間繰り返し同じ無力を支配し続けていると、痕が残り、支配していた方へ移りやすくなるという性質があるのだ。


 このような特徴から無力を奪い合う戦闘において、基本的には迎え撃つ側が有利となる。魔物の支配領域であるダンジョンに攻め込むとなった時に、外向型の霊技能を扱う防人は不利を背負うのだ。



 耳を澄ませ、戦いの音を聞き、血生臭い匂いを嗅いで、御月が戦場を感じる。彼女はまだ、前線に出ていない。


 目を瞑る御月が腕を組み、人差し指でトントンと二の腕を叩いていた。



 御月、そしてアイリーンは今、物資運搬の護衛を務めており、部隊の後方に待機している。何故わざわざ最高戦力である防人を二名後列に配置しているのかというと、ある事情から、民間人の協力者が後列には訪れていたからだ。


 彼らが行おうとしているあるものの組み立てを、身体強化と特霊技能による人間離れした筋力を活かして、アイリーンは手伝っている。カゼフキはまだ、本格的な攻城を始める段階にない。勝負は明日。部隊の配置とこの作業が、完全に完了してからだ。


「本当にこんなの、必要なのか」 


 汗を拭いながら、御月の方を見たアイリーンが訝しげなその問いに答える。


「リンと秋月ちゃんは、使ったっていう実績が必要になるって言ってたっすよ。よく分からないっすけど」


 次はこっちの部品をお願いします、と隣にいる民間人の技術者に話しかけられたアイリーンが、それを両手で持ち上げる。鉄塊とも評せるそれを、よっこらせといった具合に持ち上げるアイリーンに、男はドン引きしていた。


「今すぐ前線に出たい気分だ。今この間に、何人の兵が危地に陥っているのか......」


「前列にはリンとノウルがいるから大丈夫っすよ。甚内もいつでも援護に入れるよう警戒してるっすし」


 あーこれは能力使わないとダメっすねー、なんて言ったアイリーンが、熊耳を生やす。それを見た男は、目を白黒させていた。どうやら、防人をあまり知らないらしい。


「......そうだな」


 最前列からやってきた、担架を使い運ばれた負傷者。それの治療を行う衛生兵の、怒号が響いた。









 どんなに戦に緊張しようが、それを待望しようが、いつも通りに、時は経つ。


 濃紺の空。愛する月は白雲に覆い隠され、その導きはない。すでに夜だが、雪砦の方では軍をいくつかに分け、交互に攻撃を仕掛けていると聞く。魔核の影響下にあるため、雪砦にいる魔物の知性は全体的に向上していた。そこで、軍と軍の駆け引きが発生しているため、計画的な戦闘が鍵になるようだ。


 予めルートを確保していた部隊の案内を受け、真夜中の森林に迷うことなく到達する。辺りは真っ暗で道中危険だったので、瞳に霊力を集め、視力を強化した。


 眠気はない。どうやら『地輪』で防衛線の強化をした後、その疲れで仮眠を取ったことが、功を奏しているようだ。ありがたい。



 二刀の柄に左手を乗せる。カチャ、と鉄の音がした。



 俺たち人間とは違い魔物は夜目が効くし、少数ではあるが、昔戦った第玖血盟の幻想級魔獣“彼奴”のような、夜行性のものもいる。いつ防衛線に敵が到来し、戦いが始まるか分からない。


 兵員は各々、武器をいじったりして暇を潰していたが、意識は覚醒し、いつでも戦いを始められる状態だった。隊の総指揮を執る、木の根っこに腰を下ろした幸村さんは兜を外し、十文字槍を木に立てかけ、髭を撫でている。


「玄一。やたら防衛線の方を気にしていたようだが」


 しゃがれた声で、彼が問う。


 道中、何度か防衛線の方を見ていた。起きる可能性は低いと分かっているが、前タマガキまで魔獣が突っ込んできた時のように、複数の魔獣が突っ込んでくるかもしれない。更なる空想級魔獣がやってくるかもしれない。何故かそういう思考になって、友軍の安全が気になっていたのだ。


「......秋月の指揮は、攻めは兎も角、守りは非常に上手い。問題なかろう」


「......すいません」


「いいのだ。皆、そういう時分がある」


 視線を俺から外した彼が、正面を見ている。


 自分が何を気にしていたのか、簡単に見抜かれてしまったようだった。なんだか、この老人にはかなわない感じがある。


「......待て」


 その時、突如として幸村さんが立ち上がり、素早く兜を被って緒を締めて、十文字槍を手にした。素早い動きだ。何を察知したのかはこの時分からなかったが、すぐに理解する。



 森を突き抜け、白光が差し込む。

 ()()()()()()()()()()()()()()()



 天空が地より照らされ、雲の皺一つ一つが見えそうなぐらい、光が空を駆け巡った。まるでその場に太陽そのものが昇ったよう。この明かりはきっと、向こうの秋月にも、雪砦にも、カゼフキでも確認できると確信するほど、光り輝いていた。


 轟音。爆発。防人の聴覚をもってして微かに聞こえる、何かの叫び声。一切の状況を掴めない。何が起きているのかわからない。俺の想像の範囲を超えた、何かが起きている━━。


「............玄一」


 目を細め、このような状況であるにもかかわらず動揺を見せない幸村さんが、こちらを見た。


「偵察だ。儂の第三班を連れて行け。状況を確認しろ。交戦は許可するが、情報が最優先だ」


「了解」


 事態の把握を優先したのだろう。彼直属の部下であろう、与えられた十名の隊員を率いて、森を飛び出した。


 暗闇の中、道中の安全確保が出来ない。敵に露見するリスクはあるが、森から離れた後。自己判断で『風輪』を展開し、自身を中心にした広範囲半球状に、風の触手を展開した。御月の探知法を見てから何か自分に出来る方法はないかと、開発した技術である。


 猫型の魔獣、”彼奴”と交戦した時に使用した技術の発展系となるこの技は、剣聖の技や、空想級魔獣の千手から着想を得た。風の流れ、触覚によって、地形、敵の存在を探知し、安全を確保する。シンプルに名付けて、『大手風』といったところだろうか。まあ、今はどうでもいいが。


「道中は安全だ。速度を上げるぞ。着いてこい」


「......はっ」

 

 何故か間を置いて、兵員から返事が返ってきた。










 そこは、俺のような者にとっては清々する天国であり、見慣れぬものにとっては、この世の地獄だった。


 脳髄を撒き散らし、食い荒らされたかのようにバラバラになった、魔獣の死体に通りがかる。バチャバチャ、という水音が鳴っていた。


 まとめて挽肉と化した、雑魚の魔物で出来た血の河。青々しい草木は消え果て、西から光に照らされてなお、ただただどす黒い赤だけが、広がっている。その場に雷が何度も落ちたのではないかというほどに地は黒焦げになり、神話の巨人が踏み荒らしたのではないかというほどに、でこぼことしていた。



 元の地形情報を鑑みれば、ここまでボコボコになっているのはおかしい。深い血溜まりに足を突っ込んだ兵員の、驚きの声が聞こえる。


 軍靴にこびり付く血肉が、どうも鬱陶しかった。


 見たこともない凄惨な風景を前に、兵員は皆目を震わせて、困惑していた。彼らとて、幸村さんの直属の部下である選りすぐりの精鋭である。そんな彼らが未知の恐怖を感じるほどには、この状況は有り得ないものだった。


 しかし俺に取っては、既知のものでしかない。


「これは......」


 血の海に手をつけ、パチャ、という音がなる。思わず手をつけてしまったが、臭いが手のひらにこびりついてしまいそうだ。


「新免さん......貴方は......」


「ん? ああ、いや。このような状況を前にも見たことがある。大丈夫だ。もう少し進むぞ。情報が欲しい」


 再び大手風を展開し、今度は後方へその触手を伸ばす。俺たちが通り過ぎた後も、俺たちと森に待機している幸村さんたちの間に、敵影はない。


「誰か、後方へ向け霊信号を発してほしい。状況を伝えるとともに、今から前進することを報告する」


「了解しました」


 目に見えず音にも聞こえぬ兵員の霊力が、森の方へ進んでいく。向こうは安全を確保できていないので、受領の返信は難しいか。


「行くぞ」






 周囲を警戒し、さらに奥地へ進むこと二十分。その間離れ萎んでいくように、先ほどまで天をも照らしていた太陽が如き輝きは消えた。ゆっくりと、真っ暗な世界がやってくる。



 明かりなき夜。霊力を瞳に集中させるかどうか、悩んだ場面で。


 白雲が動き出し、月明かりが雲間から差し込んだ。

 

「ッ......!」


 前方。地平線の先まで見えるのではないかという血の海に、肉の島。その中で月明かりに反射した、ある煌めきを見つけてしまった。もう探索の必要はない。この現象にも、簡単に説明がつく。煌めきを見た瞬間に大手風を本気で展開するも、彼女の姿は見つからなかった。



 サキモリ五英傑。


 時の氏神。



 彼女の白金の霊力が、この場の無力を染め上げたまま、放置されていた。あの日救ってくれた残滓と全く同じものが、血の海に浮かんでいる。この光景は三年前見たものと、なんら変わらない。


 心臓が剥き出しになってしまったかのように、鼓動の響きを感じた気がした。


 






 カゼフキより出撃した、防人五名を含めた軍勢。夏だというのに耐寒装備を着た彼らは、絶え間なく攻城を続ける。今現在、雪山の麓の制圧がほぼ完了し、残るは雪砦の城壁に張り付いて、最高戦力の投入を待つのみとなっていた。


 日が昇ると同時に、防人を含めた少数精鋭の部隊を投入し、残存する魔獣の撃滅を彼らは狙う。そんな時だ。この西の夜が、白夜と化したのは。


「甚内。あれは何か分かるか!? 爺さんたちの方では、何が起きている!」


 空を照らした白光に、休息を取っていた御月は飛び起きて、即座に他の防人と情報共有を行おうとしていた。


「分からない。事の一切が不明だ。未知の魔獣の登場も予想できるし、いかんせん前線の方と連絡が取れない」


 苛立たしげな甚内が、口元の布を掴む。


「ここからあちらへ霊信号は届かないし、伝令を飛ばしても帰ってくるのに時間がかかる。あちらの状況を把握できない状態で、事が動くぞ」


 額に手を当てた甚内が、瞳を閉じる。眉を顰めた彼は、何かに集中していた。


 御月が思い浮かべたのは、西へ出撃した同僚たちと尊敬する老練な防人の姿。彼らの無事を想って、胸が痛くなる。その感傷に、彼女自身が驚いた。


「御月。作戦の中止は不可能だ。この機会は逃せないし、そもそもこのような事態を予測して西の防備を固めたのだ。彼方は彼らに任せて、私たちはこのまま奴を殺るぞ」


「......ああ」


 意識を切り替えるように、御月が月華を取り出した。


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