表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/158

第九十八話 双月

 



 カゼフキ砦。タマガキの防人全員が集結し、雪砦攻略を目的とした幾望の月作戦の発動が秒読みとなったこの場所で、防人のみを対象にした協議が行われた。それを何の問題もなく終えた防人たちは、カゼフキ砦の中で各々暇を潰している。例えば作戦の説明をした甚内はどこかへ消え、幸村は部隊の訓練のため席を外した。


 外壁。暇潰しを兼ねて、敵の姿はないかと遠方を見据えながら、城壁の上を御月が歩いている。コツコツと、石材を蹴る音が夏に響いた。しかし、城壁の上を歩いているのは彼女一人だけではない。そろりそろりと、アイリーンが忍び足で歩いている。彼女は御月の後ろを何故か尾けていた。


 御月は何かが解せないというような、少し不満げな表情で、城壁の上を歩いている。先ほどから後をついてくるものの存在に彼女はとっくに気付いていたようで、はあと深くため息をつきながら、アイリーンの方を振り向いた。


「アイリーン。なんの用だ」


 御月の突き放すような声を聞いて、アイリーンが体をビクッとさせる。


「いや、そのっすね、ちょっとおしゃべりでもしないっすか。御月」


「ああ。いいぞ......ちょうど話したいこともあったからな」


 そう口にした御月が、城壁の段差に座る。とととーと駆け寄ったアイリーンが、彼女の隣に座り込んだ。カゼフキ砦内部の方を向くように座った彼女たちが、話し始める。何かを気にして御月の後を追っていたアイリーンが、作戦での編成の話を御月に振っていた。


「迎撃の方は三人だけで大丈夫っすかね?」


「いや、爺さんがいれば魔獣の心配はないし、秋月......彼女は指揮が上手い。それを見越して爺さんも選んでるだろう」


 編成の話は決まっていないようでいて、最初から決められていたかのように誘導されていた気分だ、と御月が漏らす。


「しかし、空想級っすか......やり合うのは滅多にないっすし、少し心配っす。御月は戦ったことあるっすけど、私は初見っすから」


「出来ればアイリーンには、リンを守ることに徹して欲しい。それで私が仕掛けて、ノウルに撹乱をしてもらうつもりだ」


 御月の役目は、空想級魔獣 千手雪女の撃破。すでに交戦経験のある彼女は、何度か頭の中で実際の戦闘を想定し、甚内。アイリーン。ノウル 。リン。この布陣で間違い無いと踏んでいる。


(奴にまだ引き出しがなければの話だが......勝利への確信はできないな)


 御月が頭の中で、雪女の姿を頭に浮かべる。裂けた口を大きく広げ雪色の着物を纏った人型のそれと、邂逅した日を思い出していた。


「なあ。アイリーン。実は今日、かなり驚いたことがあるんだ」


 半ば察しているかのようなアイリーンが、確認するように呟く。


「......なんすか?」


「玄一だよ。てっきり、攻城戦の方に入れてくれと抗議するかと思っていた」


 されたところで受け入れるつもりもなかったが、と彼女が語る。しかし彼女の知る新免玄一という男は、絶対に空想級魔獣”千手雪女”との再戦を望むだろうと確信していた。


「......そうっすねー。なんというか、私たちがタマガキにいた時よりも、ずっと柔らかくなった気がするっす」


「ああ。前はもっと......生き急いでいたというか、何というか。今は彼の佇まいから、余裕を感じる」


 新免玄一。彼が着任した時、彼は彼の故郷であるシラアシゲの郷の奪還、そして魔物への報復を、強く前面に押し出していた。それのみを生きる理由にしてすらいたんじゃないかと思うぐらいに。タマガキ防衛戦の際には実際に、魔物と戦うことに喜びを感じていたようにすら見て取れた。空想級魔獣に敗れた後でも、それは変わらぬはずだと御月とアイリーンは考えていたが、今の彼の様子は、どう見ても彼女たちがタマガキにいた時とは違う。


 彼女は玄一が初めて、魔獣と交戦し生き残った時のことを、思い出していた。その時の何故かやらずにはいられなかった自身の行動も同時に思い出して、少し顔を赤らめる。


 アイリーンが玄一に対する印象として、同じものを持っていたことに安堵した御月が一息つく。腰元にぶら下げていた帽子を手にとって、彼女がそれを深くかぶった。それは、顔を隠すように。



(しかし、同じだと思っていたのに、違うのか......よ)



 彼女が昏い、その黒い瞳を、外壁、北西の方に向ける。それを横目に見るアイリーンは、少し唇を噛んでいた。夏の猛暑に春の陽気の明るさを呼び込むようにして、アイリーンが声を上げる。


「もしかしたらっすけど、関永や秋月ちゃんの影響かもしれないっすね! 一緒に血盟たちと戦って、何かあったのかもしれないっす......あ」


 しかし何かに気づいたアイリーンが、砦の内部の方に指を向ける。御月が振り向いて、そちらの方を見た。彼女が指差す先にいるのは、道をトコトコと歩く、極端に身長差のある二人の防人。


 紅葉の二つに分けられた髪。我先へと早歩きで進んでいく彼女に、青みがかった髪を持つ二刀の青年が、追いかけるように付いていく。


 紅葉の防人が何かを指差しながら、大きな声で話し始めた。遠くにいる彼女たちの声を、優れた聴覚を持つ御月たちは十分聞き取ることができる。盗み聞きするような形にはなるが、御月たちは城壁の上から彼らを観察していた。


「ん、見て見て玄一! この木の模様、人の顔みたいよ!」


「ああそうだな! 秋月!」


 すると今度は、二刀の青年が全く別の方を指差す。彼が指差すのは、道の真ん中で彼らの方を見る、ぶち模様で太り気味の猫。


「見ろ秋月! すごくブサイクな猫がいるぞ!」


「ん、そうね玄一! きっと私たちの食料を守ってくれるわ! 後でお魚あげましょう!」


 随分と楽しそうな二人が、砦の内部を小走りで探検するように進んでいく。すると途中。唐突に停止した紅葉の彼女が、地面に落ちていた枝をつまんで、何かをつっつき始めた。


「ほら玄一! 死んだセミがいるわ!」


「ほんとだな秋月。もう死ぬのか。まだ夏も始まったばかりなのに情けないな。こいつ」


 彼女が枝でツンツンとセミをつつき続けて、その反動で髪が揺れる。その時突然、ジジジッと聞き慣れた叫び声が響いた。


「んぎゃっ! こいつ生きてるわ玄一! 逃っげるのよぉおおおおおおお!!」


「おうっおおおおおおおおおおおお!!!!」


 唐突に飛び上がったセミにびっくり仰天。秋月がひっくり返り手を地面につきながらも走り出した。同じくびっくりして一瞬ひょっとこのような顔になっていた玄一も、彼女を追って本気で駆け出す。砂塵が、御月とアイリーンのいる城壁まで飛んでいきそうなぐらいの勢いだった。一部始終を見ていたアイリーンは、死んだセミがいてもあそこまで明るい声はあげないだろうにと苦笑いをしている。一切脳みそを使わない、どうでもいい話を連発するのだなと彼女は思っていた。


「防人二人が死にかけのセミに恐れをなして逃げるのか......」


 困惑した御月の声を聞いて、何かを思い出したアイリーンが彼女の隣に座る御月の方をギョッと見る。御月は膝を抱えながら、じっと彼らの方を見据えていた。


 アイリーンの様子も気にせず、御月が至極当然の疑問を言い放つ。


「なんか......仲良すぎないか?」


「......っすー。そうっすねぇ......」


 途端に、何故か異常に御月に気を遣い始めたアイリーンが続く言葉を選ぼうと、うんうんと悩む。なかなか話すことの決まらない彼女をじっと見ながら、御月が続けて言い放った。


「アイリーンは何でだと思う? 単純に、気になって」


 直接的な問いを投げかけられたアイリーンが、震え上がる。目をまん丸にした後、彼女が努めて冷静に言い放った。


「......多分っすけど、後輩くんて、かなり素直なとこあるじゃないすか」


 その言葉を聞いて、御月が今まで玄一と過ごした時間を頭に浮かべながら、肯定の意を示す。


 御月がタマガキにいた頃、彼女は玄一に座学を教えていた。彼女はその時の玄一の態度をよく覚えている。彼は勤勉で、よく理解しようと質問をするし、彼女の持つ知識や経験を深く尊重した。彼女が彼の知らないことを教えれば、目を輝かせなるほど! と弾んだ声を上げて彼女を見ていたのを思い出す。教える側の御月は、その慕われる感覚というのを、嬉しく、快く思っていた。


「それでなんすけど、秋月ちゃんて、めっちゃ性格良いし......尊敬できるところ沢山あるんすよ。あの人、人と話したこと全部覚えてたりするっすし」


 腕を深く組んだアイリーンが、それでも子供っぽかったり、育ちの違いとかで、いつもなんかやらかして引かれるんすけど、と付け加える。


「多分後輩くんは......秋月ちゃんのそんなところも普通に全部スルーして、彼女に懐いたんじゃないかなって......素直だから......」


 頼む怒らないでくれという表情で、アイリーンが目を瞑った。片目だけを開けて、御月の方を見ている。対し、御月は無言だ。それを見たアイリーンが、更にガタガタと震え上がる。その理由がわからない御月は、少し不思議そうな顔をしていた。


「いやでもあれっすよ。見た感じ、いや後輩くんはドキマギしてると思うっすけど、そういう雰囲気じゃないっす。本当に。なんていうか、デカイ犬とちっちゃい猫が、仲良く遊んでるみたいな、そういう感じっす。犬猫の仲っす。犬猿の仲ならぬ」


 沈黙を貫いていた御月が、小さな声で呟く。


「犬猫の仲......そんな言葉もあるのか......」


「いやないっすよ?」


 アイリーンが冷静にツッコミを入れた。深くかぶった帽子のつばを、御月が掴んだ。


「しかし、それで玄一が秋月の方に懐いたのなら、何だか自分が不甲斐なくもなるな。あんなに教えていたのに」


 何だか犬に餌をやっていて、もう一人、餌をやっていた人の方に懐かれたみたいな、失礼なので言えない感覚を御月が胸に浮かべる。冗談を言うようにニヤッとしていた御月を見たアイリーンは、何かハッと驚いている。


「大丈夫っすよ御月! まだチャンスはあるっす! 御月は玄一と作戦の第一段階も、一緒っすからね!」


 彼女が両腕に力を込めて、ふんすと御月を励ます。その好意的な態度を嬉しく思った御月が、礼を述べた。


「ん? よく分からないけど、ありがとう。アイリーン」


「大丈夫っすよ! いつでも相談してくださいっすね! じゃ、私はこれで!」


 アイリーンが、城壁を飛び降りる。一直線に何処かへ向かう彼女を、御月はまた飯かなんかだろうなと見送った。



 城壁の上。御月の艶やかな髪を靡かせる、強い、風が吹く。それは深くかぶっていたはずの帽子を捉えて、夏の熱気とともに吹き飛ばした。













次回!



アイリーン(一体私は......! どっちを応援したらいいんすか......!)



第九十九話 解けない勘違い リアルに困るポジ 見てくれよな!?!?



嘘です。


この話、書いてて楽しかったです。やっぱり、楽しいのが一番よね。読者の君も、物語を描く書き手に転向してみないか?(唐突な勧誘)


ブクマ評価感想貰えると嬉しいです。これからもよろしくお願いします! 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ