第九十六話 大集結(1)
他の出撃中であるという防人たちを待つ間暇を潰そうと、雑談を始めた秋月たち。女性三人の中に男が一人紛れる形になるので、まあ仲間であるし話しづらいということはないが、聞き手に徹した。もっと血盟の話とか物騒なことを話すのかと思っていたが、実際は俺たちが離れていた間の生活はどうだっただの、カゼフキ砦の構造はどうだの、様々だった。
「折角だし、カゼフキの中がどうなってるのか後で見回りたいわ。良い?」
秋月の言葉に、御月が返答を返す。
「ああ。勿論だ」
話が一段落つき、リンが声を漏らしながら、腕を大きく伸ばしている。途中、何かに気づいた彼女が、天幕の外の方を見た。
「来たみたいだし。外、行こっか」
彼女が親指を立てて、後方を指差した。
天幕の外に出た秋月たちを追い、外へ出る。出た先には霊力の残滓を残しながら、戦闘用の装備を身に纏った防人の集団がいた。
「じーちゃん! アイリーン! ノウル! 久しぶりね!」
秋月が装備の点検を始めた集団に、たたたーと小走りで駆け寄る。彼女の姿を見て驚きを見せている彼らが、軽快に声を上げた。
「秋月ちゃん! 随分と早くに来たんすねー! もう少し時間がかかるって聞いてたっすよ」
「えへへ。玄一が空連れてってくれたから、早く着いたのよ!」
久方ぶりに会うであろう戦友に、はにかむ笑顔を見せながら話しかける秋月。装備の点検を一度やめた彼らは、彼女の方を見ていた。今俺の目の前には、四人の防人がいる。
真っ先に秋月に反応し、諸手を上げて歓迎した、アイリーン。
彼女の後頭部には馬の尻尾のようにまとめられた金髪がある。日に照らされ輝く碧眼が、秋月の方を見つめていた。久しぶりに見る彼女はタマガキにいた頃と同じように、クマのマークが入った服と、黄色を基調とした装備を身につけている。
次に、秋月に対し笑みを浮かべている甚内。彼はあいも変わらず黒装束を身に纏って、夏の日差しに照らされ暑そうだ。彼は手にしたクナイをいじりながら、会話をするアイリーンと秋月を眺めている。
この二人を、俺はすでに知っている。俺が知らない後の二人は、十中八九俺が会ったことの無いタマガキの防人だろう。体つきを見てみれば、なんとなく他の兵員と違うような気がした。その二人は、初老の男性と年若い男に見える。
甚内の後ろに立っている丸眼鏡をかけた男性が、秋月に声をかけた。耳に髪の毛はかからず、横髪の長い俺と比べれば全体的に髪が短い。
黒を基調に、白と藍色の意匠が入った、丈の長いコートのようなものを着ている。質量を感じるその服は、防御力が高そうだ。しかし、なんか暑そうだな。というかそれしか気にしてない気がする。俺。
彼の隣には、秋月が元気よく挨拶をして、それに満面の笑顔としゃがれた声でもって答えた初老の男性がいる。髪の毛は全部真っ白に染まっていて、顔の皺が目立っていた。武士の陣羽織を身にまとう彼は、何故か首元に六枚の古銭を吊るしている。彼もまた、赤の意匠を加えられた、黒を基調とした装備を身に纏っていた。俺のも御月のもそうだし、黒色がタマガキの装備の色なのだろうか。いやしかし、アイリーンは全く違う色の装備を身に纏っているし。違うかも。
彼の背負う十文字槍の切っ先が、陽光に反射していた。多分、この人が奉考と一緒に仇桜作戦の草案を書き上げた幸村という人だろう。
「......全員揃うのはいつぶりだろうな」
俺の左側にいた御月が、目を少し細めながら口にする。そうだね、と同じように零したリンが、息を吸って大きく声をあげた。
「おーい! 全員揃ったし。みんなで会議と行くよー!」
彼女の声を聞いて、出撃していた全防人と秋月が、天幕の方へ歩みを進めた。御月と俺も、それに合わせて天幕の中に戻る。
天幕の中。椅子を八個机の周りに並べて、皆で着席する。目の前にあるタマガキ西部の地図を眺めながら、地図上に並べられた駒を眺めた。つい最近奪取したカゼフキは戦線の中でも突出した位置にあり、北上してカイト北西にあるという大ダンジョン、雪砦に向かうことになる。ダンジョンへの侵攻戦。一度も経験したことないが、普段の戦とは全くの別物と聞く。慎重に動かなければ。
手を上げて、口元の布を取り外した甚内が、声を発する。
「さて。では私が進行を務めさせてもらう。まずは自己紹介と行こう。改めてということで、全員。幸村さんから時計回りで」
座っている位置からして、俺の左斜め前に幸村さんがいるから、俺は最後から二番目か。ちなみに俺の右側には御月が、そして左側には秋月がいる。左にいる秋月が、何言おうかしらと一人悩んでいた。
腕を組み、鋭い目つきで周りを見つめた老齢の男が、口を開いた。
「ふん。ではまず儂から。幸村。齢は七十を越えた程度だ。もうかれこれ四十年以上戦っている」
四十年。俺はまだ防人になってから一年も経っていないというのに、なんという月日の長さだろうか。ここまで長い期間前線で戦えるというのは、それだけ強いということ。皺やシミの目立つ肌が目に入ったが、その肌の下には溢れんばかりの生命力が宿っている。間近で観てみたから分かるが、この人、本当に強い。兄さんとかと、同じような気配を彼に感じ取った。
幸村さんが顎を動かして、彼の隣に座る若い男に自己紹介を促す。彼がメガネをかけ直して、口を開いた。
「私はノウル。中距離を保った戦いが得意だ。私の特霊技能も相まって、単独行動をよく行う。よろしく頼もう」
冷静な口調で語る彼の声は、太く低く、凄みさえ感じた。彼はこちらの方を、なぜかじっと見つめていた。彼が、もう一度口を開こうとする。
しかしその時、ノウルは終わったっすねーなんて言って、アイリーンが遮り話し始めた。彼女が一言言い終えた後に、次々と皆が自己紹介をしていく。隣に座っている御月がそれを終えて、俺の番になった。
「俺は新免玄一。十六歳だ。前中衛が得意ということになると思う。この中では一番経験もないし、未熟だが、よろしく頼む」
周りに座る防人が皆、俺に注視していた。なんだか、少し緊張する。しかし彼らは特に目立った反応を返すこともなく、最後に秋月が自己紹介を終えて、全員が自己紹介を終えた。それを確認し深く頷いた甚内が、口を開いて続ける。
「では秋月と玄一がこのカゼフキに到着したということで、山名が計画し、この現場にいる防人たちが練り上げた作戦の全貌をおさらいする。その上で互いに協議をしながら配置を決め、作戦を実行に移すぞ」
彼の声が天幕に響いた。この中で最も経験豊富であろう幸村さんはうむ、と肯定の意を示し、間違いなくこの作戦の主力になるであろう御月も、頷きを返している。
ここに、タマガキの最高戦力である防人たちが一同に会した。作戦の説明を行うであろう甚内は立ち上がり、机だけでなく掲示板のようなものを利用して、さらに地図を貼り付けている。秋月とリンは真剣そうな表情で地図に記された情報を眺めていてた。アイリーンは握り拳を作り気合を入れて、その隣に座るノウルは丸眼鏡の縁を撫でている。幸村さんは低い唸り声を鳴らし、右隣に座る御月は何故か、こちらの方をちらりと見ていた。
「では、始めよう」
甚内が、駒を手にする。天幕の中。吊るされた照明の明かりが俺たちを照らした。
次回!
秋月「私の名前は白露秋月。えっと......お寿司が好きです!」
第九十七話 自己紹介で困ったら好きな食べ物言いがち 見てくれよな!?!?!?
嘘です。
現時点でタマガキの郷所属の防人が全員出揃いました。長かった......ブクマ評価感想してくれると嬉しいです。これからもよろしくお願いします。




