第76話 奇策!天下三分の計!
臥龍・コウメイに会いに来た俺は一人、コウメイの待つ理科実験室の奥へと通された。
「あ、あなたがコウメイさんですか?」
俺の見たコウメイは、身長184cm、顔は冠の玉の如く、唇は朱墨を塗ったが若く、眉目秀麗、頭に綸巾をかぶり、手に羽扇を持ち、道士服を纏い、飄々然として神仙のような雰囲気を漂わせていた。
おお、まさに絵に書いたような軍師像そのままだ…
ってなんだこの古典みたいな描写!
出てくる作品絶対違うだろこの人!
「私は諸葛孔明。
コウメイとも臥龍とも呼ばれています」
コウメイは手にした羽扇を口元に当てながらそう言った。
うーん、所作も軍師っぽい。
てか、この人俺より身長高いな…
「何というか、コウメイさんは思った以上に貫禄がおありで…
あ、いえ、すみません、俺の話を聞いていただけないでしょうか?」
「リュービさん、すみません。
今日は体調が優れないのでもう帰るつもりです。
話ならまた今度にしていただけますか?」
「わかりました。
では、また伺わせていただきます」
今回はコウメイさんに直接会えたことで良しとしよう。
俺は理科実験室から退出した。
「よかったの?
リュービさん帰してしちゃって」
リュービが退出した後、茶髪のおさげの女生徒・コウゲツエイは臥龍・コウメイに話しかけた。
「そのまま来るのをやめてくれるのであれば、それが一番いいのですが…」
コウメイは深くため息をついた。
南校舎・リュービ陣営~
新たに俺たちの軍に加わった、黒と緑二色の髪の女生徒・ジョショは黒板に図を描いて講義を行ってくれていた。
「この様に陣形を並べ、八つの門を作ります。
名付けて休・生・傷・杜・景・死・驚・開の八門です。
生・景・開の門から入るのは吉ですが、傷・休・驚の門から入れば痛手を負い、杜・死門から入れば必ず滅亡するという陣形です。
これを八門金鎖の陣と言います」
ジョショが仲間に加わって数日、彼女は多くの兵法に通じ、陣形の組み方や軍の運用方法を俺たちに教えてくれていた。
俺たちの戦い方は実地で学んできたものだが、こういう知識を持った人が加わってくれると、さらに戦いの幅が広がる。
ジョショの知識は俺の主力武将である義妹のカンウ・チョーヒも認めるものであった。
「ジョショさん、すっかりうちに馴染みましたね」
「もうジョショがいればコウメイなんていらないんだぜ?」
カンウ・チョーヒも結果の出ない度々のコウメイ訪問に、少々嫌気が差しているようだ。
俺が反論しようとしたが、先にジョショが口を出した。
「いえいえ、私にはほんの少しの勝率を上げるぐらいの知識しかありません。
でも、リュービさんが求めているのはそれだけではないのでしょう?」
ジョショは戦術の補強をしてくれる存在だ。
その存在は俺にとって充分な戦力アップになるが、大局からの視点で戦略を練るのが得意なタイプではない。
それが出来る人物は別に必要なことに変わりはない。
「ああ、ジョショ、君がうちに来てくれたことは嬉しい。
だが、コウメイもまた、うちの陣営に必要な人物なんだ」
あ、しまった。勢いで思わずジョショの手を握ってしまったが、セクハラとかで訴えられないよな。
「え、ええ。
私もリュービさんのお役に立てれば満足です」
良かった。ジョショも怒ってないようだ。
「兄さん、また女性にそういう態度を取る」
しかし、隣にいた義妹・カンウのご機嫌は悪くなってしまったようだ。
俺は慌ててジョショの手を離す。
「い、いや、別にこれはやましい意味じゃなくてだな…」
「てか、コウメイには一度断られたんだろ?
アニキもそろそろ諦めたらどうだぜ?」
「そういうわけにはいかない。
俺はまだちゃんと、コウメイと話していない。
せめて、話だけでもしないと終わるに終われないよ」
もう一人の義妹・チョーヒも、面倒だと言わんばかりの顔で言ってくるが、俺はそれを止めた。
やはりまだ諦めるには早い。
「では、兄さん、今日もまた訪ねるのですか?」
「ああ、カンウ、そのつもりだ」
「しゃーねーなー。
じゃあ、コウメイを動かすためにオレのとっときのガン消しコレクション分けてやるんだぜ」
「チョーヒ、女子高生がガン消し集めんなよ」
「アニキ、それは偏見だぜ。
ほら、三つもやればコウメイも重たい腰を上げてくれるぜ?」
「三個のお礼で仕えてくれるって?
コウメイはそんなフリーダムな人じゃないよ」
俺はガン消しをチョーヒに返してジョショの方に向き直った。
「ジョショ、君も一緒にコウメイのとこに行くか?」
「遠慮します。
私が行ってどうこう出来る相手ではないですし、リュービさんの独力で動かさねば意味のない相手ですから」
そういうものかもしれない。
なんとなくコウメイ友人であるジョショを誘ったが、考えれば友人を人質に、仕官を迫ったと受け取られるのもよろしくない。
早計だったかもしれないな。
「でも、私たちは同行しますよ」
「だぜ!
また、サイボウに襲われたら困るからな」
「ああ、カンウ・チョーヒ、頼むよ」
「コウメイさんのところに行かないのが一番楽でいいんですけどね」
カンウも少し困り顔だが、渋々ながらも二人の義妹は、俺に付き添ってコウメイのいる理科実験室まで足を運んでくれた。
「おや、リュービさん、また来られたのですか」
「はい、コウメイさんはおられますでしょうか?」
実験室に来た俺たちを、もうお馴染みとなった茶髪のおさげの女生徒・コウゲツエイが出迎えてくれる。
「もう一度、リュービさんが来たら、奥に通すよう言われております。
どうぞ、こちらに。
あ、お付きの方はここでお待ち下さい」
「カンウ・チョーヒ、ここで待っててくれ」
「兄さん、気をつけてくださいね」
「アニキ、一応、警戒は怠んなよ」
「わかっているよ」
俺はカンウ・チョーヒを置いて、コウメイの待つ教室奥へと一人歩いていった。
「また、来られたのですか、リュービさん」
その奥にいたのはやはり、身長184cm、顔は冠の玉の如く…[以下略]…の典型的な軍師スタイルのコウメイであった。
「コウメイさん、今日こそ俺の話を聞いてほしい」
「少しだけならいいですよ。
それがあなたの望む結果に叶ったものになるかは知りませんが」
俺をわざわざ託けて、奥に通してくれたぐらいだから期待していたが、どうやらスタートラインには立たせてもらえたようだ。
俺は早速話を始めた。
「今やソウソウはこの学園の最大勢力となりました。
その独裁の前に弱き生徒は踏みにじられ、大声で反対を唱えられない状況です。
俺はそれを止めようと志を立てたけれども、そのための知恵も方法もわからない。
コウメイさん、あなたの知恵を貸していただけないだろうか」
俺の話を聞き、一呼吸置いてからコウメイが話し始めた。
「去年、トータクの乱の後、選挙戦が始まって以来、多くの群雄が生まれては消えていきました。
ソウソウは初め、エンショウより勢力は小さく、力も弱かったのですが、ソウソウが勝利しました。
大事なのは勢力の大小や力の強弱ではなく、いかなる戦略を練るかです」
戦略!そう、俺が聞きたかったのはそれだ。
「その戦略というのを俺に教えて欲しい」
果たしてソウソウを倒せる策があるのか。
もし、あるならそのために俺はどう動けばいいのか。
俺はコウメイの一語一句聞き逃すまいと、耳に神経を集中させ、その言葉を待った。
「今の最大勢力はソウソウです。
これに対等に渡り合える勢力は存在しないと言っていいでしょう。
その次に強い勢力は東校舎のチュー坊でしょう。
ソンケン・ソンサクと三代に渡り勢力を拡大してきました。
さらに姉・ソンサクの突然の退場で、かえって仲間内での結束を強める形となりました。
今の東校舎なら、ソウソウに勝てないまでも、勢力を守りきるぐらいなら可能かも知れません。
ソウソウとチュー坊、この二大勢力と戦うのは得策とは言えません」
確かにソウソウに対抗出来る勢力は今はないだろう。
東校舎は最大の指揮官でもあるソンサクを失ったが、あそこは部下もシュウユをはじめ、優秀な生徒が揃っている。
一致団結すれば攻略は容易ではないだろう。
コウメイはさらに話を続ける。
「対して南校舎のリュウヒョウは、勢力範囲なら東校舎より強大ですが、東校舎ほどの結束力は無く、また立ち向かえるだけの指揮官もおりません。
ソウソウに攻め込まれれば、自領を守りきるだけの力はないでしょう。
しかし、ここ南校舎は、中央校舎・北校舎に次いで三番目に大きく、また、東西南北がそれぞれ別校舎と繋がっている交通の要衝であり、係争の地です。
リュービさん、あなたはこの南校舎を取りなさい」
「え、この南校舎をですか?」
「そうです。
そして隣の西校舎のリュウショウもまたこの戦乱を勝ち抜ける人物ではありません。
ここも取りましょう。
南校舎と西校舎を合わせれば一大勢力です。
そこで東校舎のチュー坊と手を組めば、ソウソウに充分対抗できる勢力になります」
「し、しかし、今の俺はリュウヒョウさんのお世話になっている身。
それを取るなんて…」
確かに俺はリュウヒョウから独立する意志を固めた。
だが、だからといってお世話になった彼女から領土を取ってソウソウと戦うのには抵抗がある。
「…大義を気にされるならば、譲ってもらえばよいでしょう。
今、ソウソウに攻められれば、リュウヒョウ陣営にこれに対抗できる人物はリュービさんしかおりません。
守る代わりに南校舎を譲り受ければ良い」
「しかし、それは…うーん…
例え譲り受けられたとして、それでソウソウに勝てますか?」
「無理じゃないでしょうか」
「え?」
「これはあくまでもソウソウに対抗する手段。
勝つとなると極めて難しいでしょう」
「で、では、どうすればいいんですか?
もしやソウソウに勝つのはもう不可能なのでしょうか?」
「落ち着いてください。
ソウソウはただ強大なだけではありません。
恐らく、この学園随一の頭脳を持ち、それを支える人材もまたこの学園のトップ集団。
容易にこれなら勝てるとは申せません」
コウメイの言う通りだ。
ソウソウ自身も優秀なら、それを支える謀士・将軍もまた優秀。
さらにそれらの人材の名を上げればきりがないほどの層の厚さだ。
「そ、そうですね…
しかし、票数でソウソウに勝てねばいくら領土を手に入れても意味がない…」
「ですから学園を統一することは諦めましょう」
「諦める?
生徒会長にならないと言うことですか?」
「実際、ソウソウが生徒会長になっても、東西南の校舎は従いませんでした。
中央と北はソウソウに任せなさい。
そして、東はチュー坊に任せなさい。
残ったところをあなたが治めればいいのです」
「この学園を3つに分けるというのですか?」
「元々、この学園は3つに分けても他校より大きいですからね。
生徒会長という肩書きにこだわらないことです。
学園の一部の自治ということなら番長だってやっています」
「番長になって学園の一部をまとめろということですか?」
「それはその時々ですね。
番長の名が必要ならそう名乗ればいいですし、生徒会長の名が必要ならそう名乗ればいいことです。
その時一番、何が必要かと言うことです」
「わからない…
あなたの策はとてつもない良策にも聞こえるし、とんでもない暴論にも聞こえる」
コウメイの話に俺の頭は混乱した。
この学園の生徒会長になるにはソウソウに勝たねばならず、ソウソウに対抗するためにはこの学園を三つに分けろという。
最良の策にも、最悪の策にも聞こえる。
俺には判断がつかない。
「俺にはわからない。
君は賢者なのか愚者なのか?」
「それは答えられない問いです。
例えば私がテストで百点とっても、あなたはそれで賢者とは納得しないでしょう」
「そうですね…無茶な質問をして、申し訳ない」
確かに俺にはコウメイの策の判断はつかない。
しかし、俺が思い付かない策でもある。
これが俺に欠けていた才能なのかもしれない。
「俺には君の才を計ることはできない。
しかし、それは俺に君が欠けているということでもある。
お願いです。
コウメイさん、俺の陣営に加わってくれないでしょうか?
俺には君が必要なんだ!」
もはや、迷っている時間もない。
ならばこのコウメイに賭けよう。
「それは困ります…」
コウメイは顔を羽扇で覆うと、そのままこの場を去ろうとし始めた。
「待ってくれ。
君に俺の軍師になってほしい!」
俺は退席しようとするコウメイを止めようと駆け寄った。
しかし、勢い余ってそのままコウメイに向かって倒れこみ、腰の辺りに抱きついた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
「すまない、コウメイさん、倒れ込んでしまって…」
むにっ
「ん…あれ?
腰の辺りを掴んだはずなのになんだ?
このささやかながらも柔らかな2つの膨らみは…」
「あ…ダメです…離してください、リュービさん…」
「き、君は…!」
次回更新は6月19日20時頃の予定です




