第75話 往訪!眠れる龍!
黒と緑二色のショートの髪に、フードのついた大きめのパーカーを羽織った女生徒が俺たちの教室を訪ねて来てくれた。
「リュービさん、はじめまして。
私は如所福浪、ジョショと申します」
黒と緑色の髪の女生徒・ジョショー彼女は噂に聞いた賢人、臥龍・鳳雛を知っているという。
俺は挨拶もそこそこにすぐに本題を切り出した。
「ジョショさん、早速なのですが、あなたは臥龍・鳳雛と呼ばれる生徒をご存知ですか?」
「はい、知ってます。
臥龍・鳳雛、二人とも私の友人です」
ついに臥龍・鳳雛にたどり着いた!
その二人なら俺の欠けた部分を補ってくれるかもしれない。
「本当ですか!
是非、会ってお話を聞きたいのですが、紹介していただけないでしょうか?」
俺は食いぎみにジョショにそう聞いたのだが、ジョショは一つため息をつくと、冷静に返してきた。
「リュービさん、落ち着いてください。
二人ともリュウヒョウ陣営とは距離を取るという結論を出しています。
今やリュウヒョウ陣営幹部であるリュービさんに二人を紹介するわけにはいきません」
臥龍・鳳雛、それにこのジョショも南校舎の生徒であるが、リュウヒョウ陣営に加わっていないし、目立つような行動も取っていない。
当然、そうするには理由があり、それを枉げてリュウヒョウ陣営に所属する俺のもとに加わってくれというのは難しい話かもしれない。
だが、ソウソウに対抗するためにも、ここで諦めるわけにはいかない。
それにイセキとの話ですでに俺はリュウヒョウから独立する意思は固めている。
「確かに、俺の今の立場はリュウヒョウの部下だ。
だが、いつまでもリュウヒョウの部下に止まるつもりもないし、リュウヒョウのために二人の力を借りたいわけじゃない。
俺はソウソウに勝ち、誰もが高校生活を謳歌できる学園にしたいんだ。
そのために二人の力を借りたい」
俺の言葉に、ジョショが一瞬笑ったかと思うと、口元に手をやり、しばし考え事を始めた。
「ふーむ、これが会長候補の一角と言われるリュービか…
いいでしょう、では会ってみるといい。
それで着いていくか決めるのは二人ですし」
「本当ですか!
ありがとうございます!」
「臥龍とはコウメイ、鳳雛とはホウトウのこと。
ともに南校舎に所属する一年生です。
ホウトウは今、ふらりと放浪に出て、南校舎を留守にしているので、すぐ会うとこはできませんが、コウメイの居場所ならわかります」
「ジョショさん、俺は足をくじいているので、そのコウメイさんをここに連れて来てはもらえないでしょうか?」
俺の問いにジョショはフフっと笑った。
「リュービさん、臥龍・鳳雛の意味をご存知ですか?」
「いえ、知りません」
「臥龍とは地に臥す龍、鳳雛とは鳳の雛の意味です。
二人とも将来は龍や鳳になる素質を持っていますが、まだ龍や鳳にはなっていないということです。
二人を臥龍・鳳雛で終わらせるか、龍や鳳にするかは、主君次第です。
リュービさんにその資格があるのか。
リュービさんが二人をどんな人物か知りたいように、二人もリュービさんがどんな人物かを見ています。
コウメイをここ連れてくることはできません。
会いたければご自身で行かれることです」
「なるほど、確かに言われる通りです。
俺が間違っていました。
これから会いに行ってみます」
ジョショの言うことは最もだ。
俺が必要としているのだから、俺が会いに行くべきだ。
足をくじいたとかそんなこと理由に呼びつけるべきではなかった。
臥龍-コウメイ、それが俺の道標になるかもしれない人物なら、俺が会いに行かねばならないだろう。
「コウメイは今、誰も使っていない理科実験室の一角で勉強しています。
訪ねてみるといいでしょう」
そのジョショの言葉を受け、早速俺は向かう支度を始めた。
「兄さん、何もケガしてすぐに行くこともないじゃないですか。
治ってからでもいいんじゃないですか?」
「相手一年生だぜ?
アニキが行かなくてもここに呼んでくればいいんじゃないか?」
美しく長い黒髪の義妹・カンウと、小柄なお団子ヘアーの義妹・チョーヒは俺の訪問を止めようとする。
先日、刺客の襲撃を受けたばかりなので無理ないが、しかし、これは俺自身が赴かなければならない問題だ。
「いや、そういうわけにはいかない。
これがソウソウなら後に回さないし、自ら訪ねるだろう。
俺がソウソウより遅く動いていてはいけないんだ」
「仕方ないですね。
兄さん一人に行かすわけにもいきませんし、私たちもお供しますよ。
ね、チョーヒ」
「しょーがねーなー、行ってやるぜ」
「ありがとう、二人とも。
さあ、臥龍・コウメイの元に行こう」
俺たち三人は南校舎の外れ、ジョショの言っていた理科実験室にやって来た。
「ここがジョショが言ってた教室か。
すみませーん!」
「はいはーい」
扉を開けて出てきたのは、茶髪をおさげに結い、浅黒い肌に、メガネをかけた女生徒であった。
うーん、賢そうに見えるが、彼女が臥龍・コウメイだろうか?
「すみません、俺はリュービという者です。
臥龍と噂されるコウメイさんに会いに来ました。
あなたがコウメイさんですか?」
しかし、茶髪のおさげの女生徒は首を横に振った。
「いいえ、私はコウメイちゃ…コウメイさんの友人のコウゲツエイと申します」
どうやら別人であったようだ。
だが、友人に会えたのは大きな一歩だ。
「そうでしたか。
コウメイさんは今おられますか?」
「今日は来てませんね」
「いつ頃来られるかわかりますか?」
「今日はもう来ないと思いますよ。
気紛れな人ですから、いつ来るのかはわかりませんね。
伝言があるなら伝えておきますが」
「そうですか。
いえ、日を改めてまた来ます」
コウメイに直接会わなければ意味はない。
俺たちは実験室を後にした。
「アニキ、あれでよかったのか?」
「いついつ訪ねますと伝えておけば無駄がないのではないですか?」
「それか、あのコウゲツエイって子に連絡先聞くとかさー」
俺があっさり帰ったので、義妹のカンウ・チョーヒはなにやら不満なようだ。
「いや、無理矢理言って会える相手ではないようだ。
例え無駄足でも何度も訪ねるさ」
臥龍・コウメイに対して誠実に接するべきだ。
上級生だからといって決して高圧的に接してはいけない。
「まあ、特に仕事もないからいいけどよ…」
俺は不満顔のカンウ・チョーヒを伴い教室に帰っていった。
「リュービ、本当にここに訪ねて来ましたね」
リュービたちの去った理科実験室の一角で、黒と緑色の髪の女生徒・ジョショが、茶髪のおさげの女生徒・コウゲツエイに話しかけた。
「ジョショさんですね?
意地の悪いこと言ったのは」
「いやいや、何も意地悪で言ったわけじゃないさ。
臥龍とは寝臥す龍のこと。
一度訪ねたくらいで起きやしないのは君もよく知ってるだろう」
コウゲツエイは、そうねと言わんばかりの表情で返した。
「ふふふ、リュービ、噂以上の男だ。
彼なら何か成し遂げるかもしれない。
私はリュービについていこうと思う。
もしかしたら私も何か成し遂げられるかもしれないからね」
「あら、ジョショさんが抜けてしまうとコウメイちゃんが寂しがるわね」
「じゃあ、コウメイに伝えてくれ。
君もリュービのとこに来いと。
まあ、それぐらいで腰を上げる奴じゃないけどね」
東校舎・ソンサク陣営~
刺客の手により、ソンサクが負傷し、突如、当主を失ったソンサク陣営では新たな争いの種が生まれていた。
細身に眼鏡姿の、手首に赤いバンダナを巻いた男子生徒・テイフは、同じ赤いバンダナを、茶髪の長い髪にヘアバンドのように巻いた女生徒・シュチを見つけるなり、声をかけた。
「シュチ、今話いいか?」
「おや、テイフさんの方から話とは珍しい。
デートのお誘いですか?」
「違う!」
「おや、それは残念。
で、なんでしょ?」
「お前も俺も元空手部員、ソンケンの大将と共に戦ってきた仲だ。
そんなお前に折り入って頼みがある」
テイフはかけているメガネを直しながら、改まった態度でシュチに話しかけた。
テイフもシュチも先代ソンケンとその妹ソンサク二人に仕えた、この陣営の宿将ともいえる存在であった。
「私はマネージャーでしたから、直接前線に出ての戦いはあまり経験しておりませんが」
「それでもお前は引き続きソンサク陣営に残ってくれた大事な仲間だ」
「それでテイフさんは私を自陣に引き抜きたいのですか?
ソンサクさんが倒れ、当主の座は弟さんに引き継がれました。
ですが、今やうちの陣営は旧ソンケン勢力の中心であるテイフさん、ソンサク勢力の中心であるシュウユさん、文系生徒の中心であるチョウショウさんの三勢力に大きく別れていますからね」
ソンサクが倒れ、その後は彼女の指示により、その弟・呉孫権仲ことチュー坊が当主に就いた。
しかし、入学したてのチュー坊に強い発言力は無く、本人が望む望まないに関わらず、生徒たちは有力な生徒であるテイフ・シュウユ・チョウショウらを中心に分裂を始めていた。
「俺に独立の気持ちはない!
無論、シュウユやチョウショウが独立を画策するというのなら全力で阻止する」
「ふふ、冗談ですよ。
私もテイフさんとは長い付き合いです。
あなたに独立の気がないのはよく知ってますよ」
テイフも自陣営の分裂を望んではいなかった。
だが、まだ一年生のチュー坊より、三年生で、長らく空手部に身を置き、人望もあるテイフに人が集まるのは避けられないことであった。
本心はわからないが、恐らくシュウユやチョウショウも同じであろう。
だが、この分裂状態を利用しようとするものは必ず出てくるだろう。
「そうなると…もう一つの勢力の話でしょうか?」
「そうだ」
シュチはため息混じりに返し、それにテイフも困ったような表情で頷いた。
シュチとテイフがそんな話をしていると、隣の教室より渦中の人物の大声が聞こえてきた。
「わからんか!
ソンサクがいなくなった今、この勢力を引き継ぐのはイトコであるこのソンフンが相応しいと言っとんじゃ!」
茶髪に色黒の男子生徒・ソンフンはソンサクやチュー坊のイトコだが、元々ソンサクに良い感情は持っていなかった。
エンジュツの後ろ楯を得て、一度はソンサクから空手部部長の座を奪ったが、東校舎侵攻に失敗し、ソンサクに空手部部長を譲り、成り行きでソンサク軍と行動をともにすることになった。
その後はエンジュツ勢力の消滅に伴い、そのままソンサク勢力所属となり、イトコの関係を利用して守備隊長の地位をちゃっかり手に入れていた。
そのソンフンに負けじと続けて別の大声が響いた。
「サクちゃん…ソンサクは入院中なだけでいなくなったわけではありません!
それに弟のチュー坊さんを代理をするのがソンサクの望みです!」
声を張り上げてるのは金髪の長い髪に、白い肌、整った目鼻立ちで、頭には黒いレースのついた帯飾りをつけ、フリルのついた黒いロングスカートに黒いハイヒールを履いた女生徒・シュウユであった。
シュウユはソンサクの幼馴染みで、彼女の副将的な存在だった。
そのためシュウユもまた生徒の中心の一人となっていた。
元々病弱で普段は声を張り上げることのない彼女だが、ソンサク不在の間に陣営が崩壊しないようにと人一倍働き、そのために大声を上げることをしばしばあった。
しかし、ソンフンもまた負けじと声を張り上げ返した。
「ソンサクが復帰するとしても、この選挙戦に間に合うかわからんじゃろうが!
なら代わりの代表者を立てるのが筋じゃろう。
イトコの俺が三年、俺の妹のソンホが二年、対してチュー坊が一年。
ソンサクの東校舎平定にも貢献した俺たち兄妹が継いだ方がより安全じゃろがい!
せっかく東校舎の雄とまで言われた勢力を新入生に任せて、捨てることもなかろう!」
「ソンサクの後継者は弟のチュー坊さん、これはソンサク陣営一同の総意です。
あなたではない!」
「フン、俺たち兄妹もソンサクへ貢献してきたことを忘れるんじゃねーぞ!」
シュウユの気迫に負け、ソンフンは捨て台詞を吐いて去っていった。
だが、彼がソンサクの後継の座を諦めていないのは明らかだった。
ソンフンらのやり取りを一通り聞いたテイフの顔は明らかに不快そうであった。
「俺やシュウユは戦いで外に出ることもある。
うちを守ってくれる者が必要だ。
シュチ、頼めるか」
「わかりました。
あの兄妹には目を光らせておきましょう。
しかし、同じイトコでもソンユさんは大人しくしているというのに…」
やれやれといった表情でシュチも答える。
「シュチ、うちの事は頼んだぞ。
選挙戦が終わったら飯でも奢ってやるから」
「おや、デートのお誘いですか?」
「違う!」
南校舎・理科実験室~
一方、俺たちは、今日はコウメイがいるとの話を聞き、再び理科実験室の扉を叩いていた。
「すみません、コウメイさんは今おられますでしょうか?」
俺たちを出迎えてくれたのは、またもや茶髪のおさげの女生徒・コウゲツエイであった。
だが、彼女の返事は先日とは違うものであった。
「おや、リュービさん、コウメイさんならこちらですよ」
そう言われ、俺は一人、実験室の奥へと招かれた。
「あ、あなたがコウメイさんですか」
次回は6月12日20時頃更新予定




