第71話 凶運!狙われたリュービ!
カコウトンたちから逃れた俺たちは、カンウ・チョーヒと合流し、何事もなく南校舎に帰還した。
「あ、リュービさん、一つ報告し忘れたことがあった」
「なんだい、チョーウン?」
教室に着いて早々、野球帽にジャージ姿のボクッ娘・チョーウンが俺のもとにやってきた。
「さっきの戦いで一人捕虜にしたからあげるね」
「え、うわ、ホントにいる。
チョーウン、そういうことを突然言うのやめてくれよ」
「じゃ、リュービさん、後のことよろしくね」
去っていくチョーウンの後には、薄茶色の髪の男子生徒が、手を縛られて立っていた。
「えーと、君は…」
「あら、カコウランじゃない」
俺が名前を確認するより先に、出迎えに出てきていた、薄い桃色の長い髪に、花の髪飾りをつけたチョーヒのガールフレンド・カコウリンが声を上げた。
「カコウリン!
姿が見えないと思ったら、よりにもよってリュービのところにいたのか!」
「仕方なかったの、チョーヒちゃんと運命の出会いをしてしまったから。
きっとソウソウちゃんもわかってくれるわ」
カコウリンはソウソウの親族だったが、文官・武官どちらにも向かないということで、ソウソウ勢力には所属せず、たまたま出会った俺の義妹・チョーヒに惚れてこちらの陣営に加わることになった女生徒だ。
「カコウリン、知りないなの?
てか、カコウ…ラン?
カコウってもしかして」
「はい、この人はカコウラン。
私の不肖の兄です」
「誰が不肖だ!」
「君の兄ってことはソウソウの親戚じゃないか。
あれ、でもさっきの戦いにカコウランなんて武将いたかな?」
「そうだ、俺はソウソウの一族・カコウラン!
捕まっても降参せんぞ!」
「うちの兄さん、どうせ武勇も知略もないから軍の末席にでもいたんじゃないの?」
「ぐはっ!
お前、兄になんてことを…」
「そうだ、兄さんもリュービ軍に加わりましょうよ。
ソウソウちゃんのところにいても芽が出なかったんだし」
「うっ…今は確かに武将格ではないが、そのうち出世してだな…」
「ソウジュンちゃんは入学早々に武将として一軍を任せられたそうね。
ソウソウちゃんの評価は絶対よ。
一度武将として不適当と判断されたら親族でも容赦はないわ」
「うう…しかし、ソウソウに見つかったら何をされるか」
「前線に立つほどの武勇もないのにそんな無用な心配…
そうだ、名前変えましょうよ。
降参したから…カコウサンなんてどう?」
「お前、兄にそんな名前つけるな」
「じゃ、カコウランのままでいる?
ソウソウちゃんにバレるかも知れないけど」
「それは…カコウサンで頼む」
「えーと、カコウサン、俺は来る者は拒まない。
どうだろう、俺の陣営に加わらないか」
「いいだろう、どうせ戻ったところで扱いが更に悪くなるだけだ」
こうしてカコウラン改めカコウサンが俺たちの陣営に加わった。
聞けばカコウサンは軍の目付け役だったということなので、とりあえず俺も同じ役に任命した。
それから俺たちは報告を兼ねて、三つ編みの女生徒、南校舎の盟主・リュウヒョウのもとに向かった。
しかし、俺たちを出迎えた彼女の表情は、温かくとは言いがたいものであった。
「リュービ、この度の勝利、見事でした。
あなたが占拠した4教室の防衛には私の部隊を派遣します」
リュウヒョウの言葉に冷たさを感じたが、そんなことよりも俺には確認しなければならないことがある。
「それよりもソウソウが帰還したと聞きましたが?」
「え、ええ、間もなく戻るという情報でしたが、おかしいわね、遅れてるのかしら」
「ソウソウがまだ戻っていないのなら、全軍で生徒会室を占拠するという手もあります。
俺に指揮を任せていただければ、中央校舎南部を丸々手に入れてみせます」
ソウソウがいないのならまだチャンスはある。俺はリュウヒョウに詰め寄った。
「リュービ、控えなさい!
今回はたまたま上手くいったにすぎません。
しかし、あなたの考える策は博打に過ぎません。
そんなあなたに我が全軍を預けるわけにはいきません」
「すみません」
やはり叶わぬ願いか。
俺たちの兵数は少ない。生徒会室だって、奪った4教室だって俺たち戦力だけで維持するのは難しい。
リュウヒョウの命令で撤退したが、あれ以上の戦いの継続は難しく、生徒会室を奪えたとしても、そこを放棄し、撤退する可能性が高かった。
「しかしリュービ、あなたのこの度の功績を私は高く評価します。
あなたを副部長補佐に昇進させ、あなたたちを近衛部隊の一つに編入します。
さらにあなたたちの拠点として、ここの隣の空き教室を新たに与えます。
すぐにそちらに移りなさい」
「それでは俺たちが今まで担っていた北部の警備ができなくなります」
「北部の警備には別の者にやらせます。
いいですか。
今からあなたはリュウヒョウ軍幹部です。
一方面のことだけでなく全体を考えて動いてください」
「はい、わかりました」
昇進と言えば聞こえはいいが、俺たちは対ソウソウの最前線から外されたことになる。
さらに拠点をリュウヒョウ陣営の本拠地の隣の教室に移すということは、事実上の監視下に置かれるということだ。
俺は無念に思いながらも、指示に従い、隣の教室に移った。
リュービたちが移動した後、長身スーツ姿の男子生徒、リュウヒョウの片腕・サイボウが口を開いた。
「リュービの奴は素直に従うと思うか?」
「名目は出世です。無理に逆らう理由はないはずですわ。
それにリュービが戦おうとしているのは、学園最大勢力のソウソウ。
さらに私たちまで敵に回せば勝ち目がないことくらい、あの子にもわかるでしょうし」
三つ編みの女生徒・リュウヒョウは、話ながら少しずつ、普段のおっとりとした雰囲気に戻っていった。
「しかし、リュービの実力を過小評価していましたわ。
確かにあの子はソウソウにも対抗し得る力を持っていますわ。
その力は我々の切り札にもなりますが、それは私にも対抗できるということ。
あの子を使うのはソウソウとの決戦の時です。
その時が来るまで私の地盤固めを優先しましょう」
今後の方針を決めるリュウヒョウに、サイボウが提案をする。
「リュウヒョウ、我らの弱点は南校舎の南部だろう。
あそこは前回の選挙戦終盤でギリギリ領土に組み込めたが、まだ支配が磐石ではない。
そこに加えて更に第二南校舎にもうちの武将を派遣するべきだ。
南校舎南部、第二南校舎を支配すれば、我らはソウソウに次ぐ大勢力になるだろう」
サイボウの提案にリュウヒョウは了承する。
「わかったわ。
それには誰を向かわせましょうかしら」
「南校舎南部は敵対勢力のソンサクとも領土を接する場所、また、第二南校舎はソンサクやリュウショウも狙っている場所だ。
ここは我が軍でも勇猛と名高いリュウバン・ゴキョを派遣するのはどうだろうか」
「それならばリュービの抜けた北部の防衛には誰を行かせましょうか」
「そこはブンペーがいいだろう。
あれは忠実で優秀な女だから、リュービが強引にソウソウに侵攻しようとしたり、ソウソウが攻めてきても防ぐことができるだろう」
「そうね。
では、南校舎南部にはリュウバン、第二南校舎にはゴキョ、北部警備にはブンペーを派遣しましょう」
そのリュウヒョウの決定にサイボウはほくそ笑んだ。
要注意人物であったリュービは飼い殺し状態。
そのリュービと親しくしていたリュウバンやゴキョを遠方に追いやり、北部には自身の腹心であるブンペーを配置できた。
サイボウにとって最良の状態となった。
「それと後は…
ウッ…ゴホッゴホッ…」
リュウヒョウが言葉を続けようとすると、突然、咳き込み、その場に崩れ落ちた。
「おい、どうしたリュウヒョウ!
しっかりしろ!」
「ケホッケホッ…
なんでもありません。
少し咳き込んだだけです」
「今のが咳き込んだだけか?
最近、調子が良くないようだが、病院に行った方がいいんじゃないか?」
「大きなお世話ですわ。
少し休めば平気です。細かいことは後で改めて決定します」
そう言ってリュウヒョウは退室した。
「ふむ、これはリュウヒョウの後継者を早めに決めておく必要があるかもしれんな。
…そうなると、リュービと親しいリュウキではなく、リュウソウが望ましい…」
南校舎・新リュービ拠点
俺たちが新教室に移ってしばらくの時間が流れた。
「おう、リュービ!」
そこへ訪ねて来たのは、無精髭を生やした強面の男子生徒・リュウバンであった。
「リュウバンさん、突然、どうしたんですか?」
「おう、この度、俺は南校舎南部の治安維持のために派遣されることになった。
お前らとはあまり会えなくなるだろうから挨拶にと思ってな」
「兄さん」
リュウバンの来訪に、彼の弟で、現在は俺たちの軍に加わっているリュウホウがやって来た。
「おう、リュウホウ。
お前はこのままリュービ軍に残れ。
いつかリュービの力が必要とされる時が来るから、その時にはお前が助けとなるんだぞ」
「はい、わかりました」
「では、リュービ、リュウホウを頼む」
「はい、お預かりいたします」
リュウホウを預け、リュウバンは南へと旅立って行った。
「しかし、リュウバンさんも遠征か。
ゴキョさんも第二南校舎に派遣されたし、さらにはライキョウさんも第二南校舎統治のために近々派遣されるという噂だ」
その隣でお団子ヘアーの俺の義妹・チョーヒが反応する。
「なんかアニキと交流のあったのが軒並み遠くに派遣されてないかだぜ?」
「うーん、偶然…とは言いがたいかな」
さらに長く美しい黒髪の俺の義妹・カンウも話に加わる。
「サイボウさんはあまり兄さんを快く思ってない様子です。
一応、用心した方が良いのではないですか」
「用心と言ってもなぁ。
今や俺たちは前線から外されて何もできない状態だからな」
飼い殺しと言って差し支えないこの状況で、今さら何を用心するのか。
まあ、腐っていても仕方がない。俺たちのこれからの考えるべきだ。
やはり、ただ目の前の敵を倒せばいいという簡単な話じゃない。
選挙に勝つにはもっと大きな視点から物事を見なければいけない。
俺にはそれが欠けている…
「少し考え事をしたい。
資料室に行ってくる」
「わかりました、兄さん。
では、私がお供をいたします」
カンウが同行しようとするのを俺が止める。
「いや、大丈夫だよ。
少し一人で考えたいんだ」
「でも、危険ではないですか」
「そうだぜ、アニキの身に何かあったら…」
「はは、資料室はすぐそこだよ。
何かあれば連絡するさ」
「そうですか…」
カンウやチョーヒは心配症だな。
俺は一人で資料室にやってきた。
今、図書室はリュウヒョウ本拠地となって活気があるが、ここ資料室は人がめったに来ないから考え事にはもってこいの穴場であった。
「ふむふむ、「戦略」と「戦術」の違いか…うーん、難しいな…」
俺は持っていた本を棚に戻し、少しため息をついた。
「前回の戦いで俺はカコウトンに勝った。
俺のこれまでの戦績は決して悪くないはずだ。
だが、勢力図はほぼ変わらない。
やはり大局的な戦略を練り、もっと大きく動かねばならないんじゃないか。
そのためにはどうすればいいか…」
去年いろいろあったが、結局、今はリュウヒョウの客将となり、教室を一つあてがわれただけ…
他の候補者に比べ、出遅れている焦りが俺にはあった。
「リュービだな!」
「 悪いが大人しく来てもらおう!」
俺が資料室で思案に耽っていると、背後から突然話しかけられた。
「君たちは何者だ?」
「何者でもいい!
いいから大人しく来い!」
そう言うと、見ず知らずの三人の男が俺を取り囲んだ。
「お前たちに従う気はないな」
「ならば力ずくで連れていくまでだ!」
右端にいた男が襲いかかってきたが、俺はその攻撃をするりとかわし、そのまま残りの二人めがけて男を投げ飛ばした。
俺だって毎日のようにカンウやチョーヒにしごかれてきたんだ。
そんな簡単にはやられはしないさ。
「じゃーな」
しかし、三人同時は分が悪い。
まだ敵が他にも潜んでいる可能性もある。
そう思い、俺はさっさと資料室から抜け出した。
「どけ!リュービを追うぞ!」
追ってきたのは先ほどの三人、入口付近にもいなかった様子から襲撃者はこの三人のみで確定と見ていいだろう。
「カンウたちに連絡するか。
いや、やつらを撒くのが先だな」
「リュービ!待ちやがれ!」
うーん、しつこいな。
このままだといずれ追い付かれる。
俺はふと窓に目をやった。
ここは二階だ。
すぐ下の茂みに飛び降りれば死にはしないだろう。
敵の怒声がすぐそこまで迫ってきている。
決断するならより体力の残っているうちにするべきだな。
「運命よ、今日俺を祟るか、それとも救うか。
情けあれば助けよ」
俺は天に祈りながら、二階の窓より茂みに向かって飛び降りた…
「リュービのやつ、どこに行った?」
「見失ったか?」
「まずいぞ。
取り逃がしたとなればどんな罰が待ってるかわからんぞ!
すぐに探すぞ!」
三人の声は次第に遠のいていった。
次回更新は5月15日20時頃の予定




