第70話 電光!リュービ侵攻!
リュービがソウソウ領へ侵攻した戦況は、すぐに南校舎のリュウヒョウにももたらされた。
「カイエツ、それは本当なの!」
「はい、リュウヒョウ部長。
リュービは瞬く間に中央校舎の4教室を占拠。
今や生徒会室に迫る勢いです」
それは予想外のリュービ快進撃の報告であった。
中央校舎・ソウソウ陣営~
ソウソウ不在時の防衛を任せられていた隻眼の男子生徒・カコウトンは、副将・ウキンらを率いてリュービ本隊に向けて急行していた。
「何という失態だ!
まさかカンウ・チョーヒ二人ともを囮に使うとは!」
「このままではソウソウ会長に会わす顔がありません。
カコウトンさん、早くリテンの部隊と合流し、リュービ本隊を叩きましょう!」
リュービは自軍の二枚看板であるカンウ・チョーヒの二人ともを囮して北上させた。
カコウトンたちもこの二人が囮とは思わず、そちらを迎え撃っている間に、リュービ本隊は生徒会室までの最短ルートを突き進んでいった。
南校舎・リュウヒョウ陣営~
「まさかリュービが本当に生徒会室を狙う気でいたなんて…」
三つ編みのおさげの女生徒・リュウヒョウはこの報告に驚きあきれた。
リュービは敵本拠地である生徒会室を狙うと言っていたが、固く守られた生徒会室を直接狙えるものではない。
生徒会室はあくまで最終目標として、現実には少しずつ自分の陣地を広げていくような戦いになるだろうと踏んでいたが、まさか、最短ルートを、それも快進撃で進むようなことがあるなんて、予想だにしていなかった。
「これはもしかしたらいけるかもしれませんね」
無邪気に喜ぶスーツ姿の女生徒・カイエツの様子に、リュウヒョウは我に返った。
「いえ…これはまずいわ…」
「は?」
リュウヒョウの言葉に思わずカイエツは聞き返す。
「このままではリュービの勇名が上がりすぎてしまうわ。
ここまでやるとは…彼を単独で行かせたのは失敗でした。
でも、今から私たちの援軍を送っても、世間はリュウヒョウの手柄とは認めないでしょう。
それにもしリュービが奪い取った4教室を拠点に独立されれば私たちの最大の脅威となるわ」
リュウヒョウからはいつものおっとりとした雰囲気は消え失せ、リュービに対する妬みと疑いの感情をむき出しにし始めた。
ソウソウの独裁による反発。それをリュウヒョウは自身の支持票に変えようと考えていた。
そして、そのために南校舎を文化的な拠点にして発展させてきた。
しかし、それは正面からソウソウに戦いを挑んでも勝てないからこそ選んだ戦略。
だが、もしソウソウに痛手を与える者がいたのならば…ソウソウへの反発はその者への支持票へと変わるだろう。
今、リュービがその者になる可能性が高い。
そう頭を巡らすリュウヒョウにスーツ姿の男子生徒・サイボウが語りかける。
「その通りです、リュウヒョウ部長。
このままリュービを野放しにしていては大変危険です」
「そうね。
すぐにリュービに撤退命令を出しなさい」
しかし、リュウヒョウの指示にカイエツが疑問を挟む。
「しかし、今、戦況はリュービに有利です。
この状況で撤退命令に従うでしょうか?」
「そうですね…
ソウソウがもうそこまで帰ってきていると伝えなさい。
ソウソウに備えての撤退ならリュービも従うでしょう」
リュウヒョウは今、ソウソウが帰ってきてるのかは知らない。
リュービを撤退させるための嘘だ。
「実際のソウソウの情報は掴めていません。
そんな偽情報で撤退させれば後でもめることになりませんか?」
カイエツはなおも疑問をリュウヒョウにぶつける。
「どちらにしろソウソウは数日中には戻るという話でした。
1日2日ずれたぐらいならよくあることですわ」
「…わかりました。
では、その様にリュービに伝えます」
せっかくの勝利にもったいなく感じながらも、カイエツはリュウヒョウの指示に従った。
中央校舎・リュービ本陣~
「リュービさん、リュウヒョウさんから火急の伝令です」
青髪に細身の男子生徒・ソンカンがリュウヒョウからの知らせを俺に伝えてきた。
「ソウソウが間もなく戻ってくるのか?」
「という話なのですが、少し早いような気もしますね…」
横で話を聞いていた金髪ロングに、ピンクの特攻服、胸にサラシを巻いた女生徒・リューヘキが声をあらげる。
「偽情報だって言うのかい?」
「はい、今回はリュービさんは戦果を上げすぎました。
足を引っ張られている可能性も考慮すべきではないでしょうか?」
ソンカンの言うことにも一理ある。
しかし、リュウヒョウにお世話になっている状況で、無理に逆らうのは得策ではないだろう。
「いや、撤退命令に従おう。
ソウソウ帰還が事実なら俺たちは孤立しかねないし、もし誤報でも敵の迎撃体勢が整いつつある。
今の戦力でこれ以上の深入りは危険だろう」
カコウトンたちがこちらに向けて進軍しているという情報もある。ここらが退き時だろう。
「ソンカン、北進しているカンウ・チョーヒに南校舎に撤退するように伝えてくれ。
俺たちも撤退準備だ」
「カコウトン軍がそこまで来ております。
我らはカンウ・チョーヒと合流してこれを迎え撃った方がよろしいのではないですか?」
ソンカンが俺に確認する。
「いや、今の戦力で充分さ」
確かにソンカンの言う通り、カンウ・チョーヒと合流した方が有利だ。
だが、撤退するだけなら今の戦力で問題はない。
俺はソンカンへの指示をさらに付け足した。
「それとチンラン・バイセイ・ライショらに生徒会室攻撃の中止と蜂起の延期を伝えてくれ。
今はまだその時ではない」
「わかりました」
チンランたちはカントの決戦の折、ソウソウと対立した中央校舎東南部を拠点にする反抗勢力だ。
カントの決着がつくと、ソウソウに降伏してしまったが、その後も彼らは密かに俺と連絡を取り合い、今も反抗の機会を窺っている。
「しかし、惜しいな。
リュウヒョウ軍とともに全力で攻め込めば生徒会室占拠も夢ではなかったというのに」
今の俺では兵の数が足りない…いや、足りないのは兵の数だけではない…
「今の俺では小さな局所的な勝利は得れても、大きく情勢までは変えられないのもまた事実か…」
中央校舎・カコウトン本陣~
リュービ撃退のために集結したカコウトンたちのもとに、リュービ軍が撤退を開始したという情報がもたらされた。
この報告に隻眼の猛将・カコウトンは驚愕した。
「リュービが撤退を開始しただと?
…ウキン、リテン、これはどう考える?」
現在、優勢のはずのリュービが撤退を開始した。その意味するところを大将のカコウトンは、副将のウキン・リテンの二人に訊ねた。
それに対し、長い黒髪に眼鏡、切れ長の目の真面目そうな雰囲気の女生徒・ウキンが答えた。
「やはり、今回のリュービ単独での生徒会室襲撃は無謀だったのではないでしょうか?
そう考えると、彼の本来の目的は生徒会室襲撃に見せかけた自陣営の領土拡張。
もしくはリュービの名の宣伝行為。
だから私たちと戦って自分たちの戦力を消耗する前に撤退を選択したのではないでしょうか?」
ウキンの分析に、なるほどと、カコウトンは頷いた。
「ならば我らは、みすみすリュービを逃がすわけにはいかんな。
急ぎリュービを追撃するぞ!」
しかし、その意見に、その青い髪を矢を模した簪でまとめた小柄な女生徒・リテンが待ったをかけた。
「二人とも待って下さい。
リュービが何の策もなく撤退するとは思えません。
ここは慎重に様子を窺うべきではないですか」
しかし、リテンの慎重な意見にカコウトン、ウキンは反論する。
「リュービの侵攻を許したばかりか、我ら三人も集まって指を咥えて撤退を見守れというのか!
それでは我らは物笑いの種になるだけだ!」
「それに今なら敵軍にカンウもチョーヒもいません。
たとえ策があっても恐れるほどの脅威ではないでしょう」
「しかし…」
なおも食い下がろうとするリテンの言葉を遮り、カコウトンは命令を下した。
「わかった。
ならばリテン、お前は後方部隊としてここに残り、危機に備えろ。
ウキンは俺とともにリュービ撃退に行くぞ」
「はい」
リテンを置いて、カコウトン、ウキンの二将はリュービを撃退すべく出陣した。
「俺たちはソウソウから留守を預かった身だ。
このまま奴を無傷で逃がすわけにはいかん!」
中央校舎・リュービ本陣~
廊下に潜むリュービ本隊のもとに偵察に出ていた男子生徒が急ぎ戻ってきた。
「どうだった、エンチン?」
「はい、リュービさん。
カコウトン・ウキンの軍がこちらに向かって出陣してきました」
「よし、来たか」
リュービ本隊はすぐに防衛態勢を整えると、猛将・カコウトンたちを迎え撃った。
「リュービ!
風紀を乱した落とし前つけてもらうぞ!」
先陣を駆けるカコウトンがリュービ目掛けて突撃する。
その突撃を、リュービの護衛・リュウホウが食い止める。
「そうはさせない!」
「雑魚は引っ込んでろ!」
「うわっ!」
しかし、武芸に秀でたリュウホウも、歴戦の猛将・カコウトンには敵わず、一蹴されてしまった。
「リュウホウ、ここは俺たちに任せな!」
そこへすかさず、黄色いバンダナを頭に巻いた黄巾党の面々が間に入り、敵の猛攻を食い止めた。
「みんな退け!合図だ!」
リュービはリュウホウたちを後退させると、すかさず合図の笛を吹かせた。
「合図です、進軍開始!」
「行っくよ~みんな~!」
「行くぜ!ヤロー共!」
「オー!」
「カコウトンさん、左右両翼より伏兵です!」
「なんだと!」
リュービの合図に合わせて、左の教室より青髪の男子生徒・ソンカンと赤毛に日焼けした肌の女生徒・ビホウ軍。
右の教室よりは金髪にピンクの特攻服の女生徒リューヘキと彼女が率いる黄巾党の部隊が同時にカコウトンたちに攻めかかった。
「これだけの兵を隠していたのか!
仕方ない、ここは退くか」
「カコウトンさん、後方よりさらに伏兵!」
三方向からの急襲に、カコウトンたちの部隊を混乱を起こすと、さらにそこにチョーウン率いる一軍が颯爽と現れた。
「ようやくボクの出番かな。
さあ、カコウトン、観念しな!」
野球帽をかぶった、長い眉に、大きな瞳、ジャージの上着にスパッツ姿のその少女は、撤退しようとするカコウトンたちの後ろに立ちはだかった。
「囲まれては我らが不利だ。
全軍、後方の部隊に集中攻撃!
強行突破で脱出するぞ!」
「このチョーウンの部隊を突破しようなんて100年早いよ!」
「きゃっ!」
チョーウン軍の攻撃に思わずウキンからか弱い声が漏れる。
「ウキン、退がれ!そいつは俺がやる!」
「やれるものならやってみな!」
荒事が不得手なウキンに代わり、カコウトンがチョーウンの前に進み出る。
しかし、チョーウンは戦場を縦横無尽に素早く駆け回り、時に突き、時に蹴りを繰り出してカコウトンを翻弄する。
「カンウ・チョーヒ以外にもまだこれほどの将がいたか!」
しかし、その様子を後ろで見つめる一人の女生徒がいた。
後方に残されたリテンである。
「やはり敵の罠でしたか。
全軍、これよりカコウトンさんたちの救援に向かいます!」
リテン急行の動きは、常に周囲を警戒していたリュービはすぐに掴んだ。
「リュービさん、後方より敵の増援です」
「やはり来たか。
このままではチョーウンが反対に挟み撃ちにあってしまうな。
よし、戦果は充分だ。全軍撤退!」
リュービの軍から撤退の合図が鳴り響いた。
「おっと、ここまでみたいだ。
じゃーね、また会おう!」
チョーウン隊はするりとカコウトン隊を脇を通り抜けて退却していった。
「待てお前!」
「お待ち下さい、カコウトンさん。
今、我らは追撃できる状態ではありません」
部隊の混乱と消耗を抑えるため、カコウトンはやむなく追撃を取り止めた。
そこへリテンの部隊が合流した。
「大丈夫ですか、カコウトンさん」
「 すまぬ、リテン。
お前の忠告を聞かなかったばかりに」
「いえ、カコウトンさんの立場ならやむを得ない決断でした。
しかし、どんな時でも冷静になるべきです。
先ほどの戦い、リュービ軍の兵士は前方と後方に集中しており、教室に身を隠していた左右の部隊はごく少数の様子でした」
「そうか、左右の兵は偽兵であったか。
お前のように冷静さ、慎重さが俺にもあれば対処のしようもあったな。
しかし、リュービ軍はほぼ無傷で撤退してしまったか。
…リュービめ、知恵をつけてきおったな。
やはり潰さねばならん相手だ」
次回は5月8日20時頃の更新予定です




