番外!後漢学園文化祭その3[怪異]
「うう、なんか大量のヒミコちゃんに押し流される夢を見たような…」
「兄さん、奇遇ですね、私もそんな夢をみた気がします」
「オレもだぜ」
「トータクはどこ行ったんだ?」
「キャハハハハ
あのおっさんなら校門の向こうまで押し流したのだ」
「ああ、そう」
ヒミコちゃんって何者なんだ?いや、深く詮索すまい。あれは夢だ。忍者の分身の術じゃあるまいし、あんなに同じ人間が現れるなんてあり得ないよ。
「てか、ここどこだ?」
どうやらいつの間にか旧部室棟から移動していたようだ。本当に俺たち押し流されたのか?いや、もういい。
「あまり時間もないから次のところに行こう。
この辺りだと誰のところが近いかな」
「それはリュービの愛するお姉ちゃん、コウソンサンのところだよ」
「わ、コウソンサン先輩!いつの間に!」
ボブカットの髪に、少し太めの眉とタレ目気味の目、今はブラウスにスカートの格好に戻っている。彼女の名はコウソンサン。
俺の中学時代の先輩で、選挙戦では馬術部部長としてエンショウと対立(※第17~19話)、エンショウに敗れた後、今は俺の仲間に加わっている(※第51話)。
「ここは馬術部の前だよ。
今回は馬術部の方に参加しちゃったから、リュービのとこ手伝えなくてごめんね」
「だから気軽に抱きつかないでくださいよ、先輩!」
「キャハハハハ
リューちゃん、顔真っ赤なのだ!」
「おや、リュービ、この子は誰だい?」
「あちしはリューちゃんの子供なのだ」
「ヒミコちゃん、変なこと言うのやめてよ」
「リュービの子供…まさかあの時私は身籠っていたの…」
「先輩、意味深なこと言うのやめてくださいよ。
この子はヒミコ、ただ一緒に回ってるだけで俺に子供はいません!」
「兄さん…「アニキ…」
あの時ってどういうことですか「だぜ!」」
「カンウ・チョーヒ、落ち着いてくれって!
何にもないよ、何にもないから!」
「ははは、三人は相変わらずだね。
おや、カンウ・チョーヒは可愛らしい格好しているじゃないか」
カンウは今さらながらに顔を赤らめて、深いスリットの入った自身のチャイナドレスのスカートを押さえた。
「このチャイナドレスはコウソンサンさんが持ってきたものでしょう!
なんで私がこんな恥ずかしい格好しなくちゃいけないんですか!ねぇチョーヒ!」
「お、おう…まあ、オレは結構可愛いと思うけど…」
一方のチョーヒは恥ずかしいより可愛いが勝ったようで、ポリポリと自身の頬を掻く。
「ははは、いつかみんなに着てもらおうと用意していたのが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかったよ」
「先輩、最近メイド姿でいること多いし、なんかコスプレ楽しんでません?」
「こらこら、私に勝手に設定を足さないでくれよ」
「ところで先輩のところは何をやってるんですか?」
「ここは『三国志の怪異』をテーマにしたお化け屋敷さ。
ぜひ見ていってくれないか。みんなお化けの扮装して待っているから」
「やっぱり先輩、コスプレ好きなのでは?
いや、お化けの扮装はコスプレに入るのか…うーん?」
とにもかくにも俺たちは、先輩の案内でお化け屋敷の教室前までやってきた。
「リュービ、このお化け屋敷は三国志にゆかりのある妖怪を集めているのさ」
「ふーん、この教室前の鎧着た猫のマスコットみたいなのも妖怪なんです?」
「ああ、それはジ○ニャンだよ」
「え?」
「ジ○ニャン」
「隠して隠してそんな物騒なキャラ」
「ダメだったかな?妖怪×三国志なら触れとかなきゃと思ったんだけど。
ちなみにそいつはジ○ニャン劉備と言って…」
「だからダメだって!」
これ以上ここで話を広げるのも危ないので、俺たちは早速、お化け屋敷の中に入っていった。
「お化け屋敷だけあって中は結構暗いな。
ところで先輩、表のあれは別にして、三国志にそんなに妖怪って出てくるんですか?」
「うーん、そうだね。
三国時代より少し後の時代に『志怪小説』が大流行する。『“怪”異を“志”した』逸話集だよ。
有名なものは晋(四世紀頃)の干宝が書いた『挿神記』だね。
他にも魏の曹丕(曹操の子)は『列異伝』という志怪小説を書いたと言われているよ。
その中には三国志ゆかりの人物が出くわした怪現象や妖怪も多数収録されているのさ。ここはそんな世界を再現したところだよ」
「なるほ…わっ!なんだこれ」
俺たちを出迎えてくれたのは人間の形を象った草花、大きな木偶人形、壁に張り付いた黄色く塗られたマネキンであった。
「確かにこれは薄気味悪いけど、なんなのこの人形?」
「三国時代が始まる直前、多くの怪現象が起こったと言われてるのさ。
後漢末の霊帝の時代(三世紀頃)、いくつかの街の外れに妙な草が生えた。それらは人の姿をして武器を手にしているように見えた。また牛、馬、龍、蛇、鳥の形をしているものもあった。これは「草の妖し」と言われているのさ。
また、樗の木が急に伸びて異人(怪物)のような風貌になったという。
また、寺の壁に黄色い人の姿が現れた。それはまるで生きた人のようだったという。
これらはこの後に起きる黄巾の乱や戦乱の時代を暗示していたと言われているよ」
「なるほど、しかし何の説明もなくただ置いてあると不気味だな」
見れば他にも白い着物のマネキンや一つの胴体に頭が2つついた人形、ぼろぼろの雀の置物なんかが並べてあった。どれもこの頃あった怪現象らしい。
「コウソンサンさん、このトサカの小さな鶏の人形も怪異なんですか?」
「ああ、それは光和元年(178年)に雌鶏が雄鶏に変わりかける事件があってね」
「そんなん見てもわからないんだぜ」
いきなりネタが細かいような。もう少し妖怪らしいのがいた方がいいんじゃないのか?
「キャハハハ
リューちゃん、こっちに白いトラちゃんがいるのだ」
ヒミコちゃんに誘われ、向かった先にいたのは、白い虎のようなライオンのような、目は額に3つ、腹の左右に各3つ、頭に2本、背中に4本角のある怪物だった。
「こういう妖怪らしいのもいるんだ。
で、これは何者?」
「これは『白沢』、人間の言葉を話し、あらゆる知識を持った瑞獣(麒麟や鳳凰のように縁起の良い生き物)さ。
伝説時代、黄帝という人に一万種以上の妖怪とその対処法を教えたと伝えられているのさ。
白沢から得たその情報は『白沢図』という本にまとめられ、人々はそれで妖怪から身を守った。
三国志の呉の将軍の諸葛恪(諸葛孔明の甥)もこの白沢図の知識を使って山の妖怪を退治したと言われているのさ」
「妖怪の王様みたいな感じか。
ん、横にパンフレットが置いてある」
「そのパンフはこのお化け屋敷の解説になってるよ」
「なるほど、これがここの白沢図というわけか」
「リューちゃん、リューちゃん。
あっちにもトラちゃんがいたのだ!」
「わ、待ってヒミコちゃん」
ヒミコちゃんに引っ張られて向かった先にいたのは学帽をかぶり、えび茶色の服を着た男子生徒であった。
「やぁ、リュービ久しぶりだな」
「君は…ゲンコウ、久しぶりだね、無事だったのか」
彼はかつて馬術部にいた時、共にエンシュウと戦った部員のゲンコウだ。その後、会うこともなくてどうしてるのかと思ったが、無事に学園生活を送っているようだ。
「またさっきのトラちゃんやってほしいのだ!」
「よし、見てな。
…うぉー!」
叫んだゲンコウが一瞬姿を消したかと思うと、どこからともなく虎の着ぐるみが現れた。ご丁寧に頭には学帽をかぶったままだ。
「キャハハハ
トラちゃんになったのだ!」
「えーと、そこ声は、我が友、ゲンコウではないか?」
「リュービ、残念だけど、それは違うエピソードだ」
「人が虎に変わるなら言っとかなきゃと思って」
「昔から人が虎に変わる話はいくつかあるようだけど、これは『挿神記』の逸話だよ。
揚子江(別名、長江)と漢水(揚子江の支流の一つ)の流域に貙人という種族がいたそうだ。
貙人は虎が人に変わったもので、えび茶色の着物を着、足には踵がない。また、虎で五本の指を持つものはすべて貙人だそうだ」
「日本だと『山月記』が有名だけど、他にも似たような話があったのか」
「アニキ、こっちには鳥がいるぜ」
「キャハハハ、鳥さんなのだー!」
「兄さん、こちらは亀です」
「亀なのだー!」
「人が別の生き物に変わる、別の生き物が人に変わるという話は結構あるからね、まとめて配置してみたよ」
「うーん、この鳥はカラス?」
「これは冶鳥、鳩くらいの大きさで黒い色をしているそうだ。
普段は鳥の姿をしているが、遊ぶ時だけ人の姿に変わる。身長は三尺ほどというから漢代(前三世紀~三世紀頃)の基準でいうと70cmくらいかな。沢蟹をとって人間に焼いてもらうそうだ」
「こっちは普通の亀か、これは…すっぽんか?」
「後漢の霊帝の時代(三世紀頃)、江夏郡(現湖北省の東部あたり)の黄氏の母が行水中に亀に変わってしまった。驚いた下女が家人に知らせたが、駆け付けた時には既に川に潜ってしまっていた。
その後時々、亀は姿を現したが、頭には母の簪と銀の釵(どちらも髪飾り)を乗せていたという。
また、魏の初め(三世紀頃)、宋士宗という人の母が浴室から出てこなかったので様子を見に行くと、そこに母の姿はなく、一匹の大きなすっぽんがいるだけであった。
家族は嘆き悲しみ、外に出ないように見張っていたが、ある日隙をついて逃げ出してしまった。人々は士宗に母の葬儀をするよう勧めたが、士宗は、姿が変わっただけでまだ生きているからと、葬儀をあげなかった」
「変身もの多いなぁ」
「ちなみに亀に変わった話だと他に呉の孫皓(孫権の孫)の時代(三世紀頃)に、これまた母が亀に変わった人の話があるね」
「じゃあ、次は俺の番かな」
「え…」
俺が声のする方に振り返ると、頭に角を生やした男が襲いかかってきた。
「ちょ、ちょっと、なんだいきなり」
角の生えた男は俺に組みつくと、力強く押してきた。
「久しぶりだな、リュービ」
「君は確か…」
「アニキになにしやがる!」
「げふん!」
チョーヒにおもいっきり太ももを蹴り飛ばされて、男はそのままうずくまってしまった。角も取れてしまったが、ああ、このスポーツ刈りの男は確か…
「大丈夫か、ゼンケイ?」
「あ、ああ…」
「チョーヒ、この人は馬術部のゼンケイだよ。ほら、エンシュウ戦で一緒に戦ったろ?」
「んー、すまんだぜ…アニキに襲いかかるもんだからつい足が出ちゃったぜ…それとお前のこと全然覚えてないんだぜ…」
「チョーヒ、フォローになってないぞ」
「ゼンケイには少し休憩してもらおう。
彼の扮装は雷神。
晋の時代(四世紀頃)に、楊道和という人が畑仕事をしていると、雨が降り、空から雷神が落ちて襲いかかってきた。そこで道和は鋤を手に格闘し、雷神の股を折ると、帰れなくなってしまったという。
その雷神は唇が真っ赤で、目は鏡のように光り、長さ三寸(晋の基準だと約7cm)の毛の生えた角があり、体は牛馬のようで、頭は猿に似ていたそうだ」
「それで襲いかかってきたわけか。いや、それもどうかと思うけど…」
「雷神は大きく分けて、獣型と人型の二種類あってね、古代の神話をまとめた『山海経』によると龍の体に人の頭だったそうだ。
後漢(一世紀~三世紀頃)時代には力士のような風貌で連なった太鼓を鳴らすという今の雷神像の原型みたいな姿が既に語られてるね。
『挿神記』は獣型っぽいけど、今回はゼンケイに人型で演じてもらったよ。よくわからない形の生き物を作るのも大変だからね」
「そしてお次は私の出番ですね」
「うわ、デンカイ、久しぶりだね」
いつの間にか横には髪をアップにし女生徒・デンカイが立っていた。彼女とはエンシュウ戦以外にも文芸部のトウケンの救援にも共に赴いた仲だ。
「デンカイは何の役?服装は特に変わりはないけど…」
「よく見てくださいね」
そういうと次第に彼女の頭は胴体から離れ、頭だけが宙に浮き、ゆらりゆらりとこちらに向かってきた。
「わっ、頭が飛ぶ妖怪?」
「彼女は落頭民、呉の将軍の朱桓の女中は夜中、首を切り離し、耳を翼に飛び回り、明け方に帰ってきたという。
南方には落頭民と言われる部族がいて、別名を飛頭蛮という。
日本の首を伸ばす妖怪・ろくろ首はこの話が元になったと言われているよ」
「へー、ろくろ首の元ネタか。こっちは完全に首が分離してるんだね。
どういう手品なんだろう。本当にデンカイの首から下がないように見える」
確かに頭が宙に浮き、デンカイの体は後ろの離れたところに立っている。
「ご覧の通り首から下は何もないですよ。リュービさん、手を入れてみますか?」
「へー、どれどれ…」
ふにっ
「…デンカイ…さん?何か柔らかなものが手に当たってるんだけど…?」
「もう…本当に体が無いわけないじゃないですか。女の子の体触るなんてリュービさんのエッチ」
「いや、ごめん!てっきり手品みたいに下に何もなにのかと」
「リュービ、学生の手品でそんな高度なことできるわけないよ。暗さでごまかしてるだけさ」
「兄さん…!」
「アニキ…!」
「二人とも、落ち着いて、拳を下ろしてくれ。
触ったといってもお腹だったし…」
「リュービさん、女の子の体触って、お腹だからいいなんてひどいです」
「ごめん、デンカイ、そんなつもりじゃ…」
「兄さん、歯を食いしばってくださいね」
「だぜ!」
「…はい」




