番外!後漢学園文化祭!その1[料理]
これは選挙戦が終わり、ソウソウが新生徒会長に就任してすぐのお話…
「さぁ、今年もやって来ました!後漢学園文化祭!司会はお馴染み、好きなタイプは女性全般・サジです!
クラス別、部活別、所属グループ別、好きな組み合わせで出し物を行う文化祭!皆さん楽しんで行って下さいね!」
サジの元気な声が校内を駆け巡るのと時を同じくして俺たちは文化祭の最後の準備を行っていた。
「さて俺たちリュービ組は中華喫茶か」
俺はカンウやチョーヒたち仲間と共に北校舎の一室で中華風の喫茶店を開くことになった。
「しかし、チョーヒがここまでやるとは…」
「それの肉はまだ焼けてないぜ。
おっと、そっちは焼きすぎてるぜ」
小柄な少女は厨房を所狭しと走り回り、ビホウやソンカンに的確に指示を飛ばしている。
彼女は俺の義妹・チョーヒだ。
普段は粗暴な印象の彼女だが、実家は肉屋らしく、仕入れから調理から大活躍だ。
「よーし、メインの料理が完成したぜ。
豚から内臓を取り出し、棗を詰めて葦の袋で包み、その上から粘土で固めて、それが乾くまで火で炮る。
粘土が乾いたらそれを落として豚の薄皮を剥ぎ、別に用意した粥を豚に塗り、浸かるほどの油を注いだ鍋に入れて三日三晩煮込めば…
伝統的な炮豚の完成だぜ!」
「チョーヒ、なかなか手間のかかる料理を作ったね」
「おう、アニキ。肉料理なら任せろだぜ!
後はこれを用意して…」
チョーヒはカバンから黒い液体の入った瓶を取り出した。
「チョーヒ、それは何?醤油?」
「ちょっと違うんだぜ。これは肉醤。大豆の代わりに細かく切った肉を米麹と塩に混ぜて、酒に浸けて密封して、百日ほど発酵させた肉の醤油だぜ」
一口舐めてみたが、確かに醤油なんだが、肉の味もするという複雑なものだ。だが、これはこれでなかなか旨い。どうも先ほどの炮豚はこれにつけて食べるらしい。
提供するメニューは、料理が得意なチョーヒが中心になって考えられた。おかげで喫茶店とは名ばかりの肉料理中心の飲食店になってしまった。
「ところでチョーヒ、このメニューの“炙”って何?」
「それは炙だぜ。
そこの串に刺して焼いてる肉がそれだぜ」
コンロの方に目をやると、何故か三股の釵のような串に刺されて、焼き鳥のように肉が焼かれていた。
「この三股の武器みたいな串は何?」
「いっぺんにたくさん焼けて便利だぜ?」
「そういうものなのか」
「そーいうもんだぜ♪」
チョーヒはニッと八重歯を見せながら、屈託のない笑顔で返してくる。
とりあえずメニューには串焼きとカッコに書いておくか
「ちなみにこの串焼きの味付けは?」
「それも肉醤だぜ」
「これも同じ味なのか?」
「ダメだぜ?」
「いや、ダメというわけではないが、ちょっと変えた方が…」
「では、兄さん、塩をかけるのはどうでしょうか」
話に加わったのは、長身に黒く長い髪の少女、俺の義妹で、チョーヒの義姉にあたるカンウだ。
そう言うとカンウは次々と塩の入った容器を取り出してきた。
「塩と一口に言っても色々あるんです。
これは池から採って精製しない苦味のある苦塩、こっちは海水から採って粉末にした散塩、他にも古代に王に出された飴塩というものがあって…」
塩を並べながら語るカンウの表情はどこか楽しそうだ。
なんでこんなにカンウは塩を熱く語っているんだろうか?塩と縁でもあるんだろうか?
まあ、肉の味付けは肉醤と塩でいいだろう。
「しかし、提供する料理があまり中華っぽくないな」
「仕方ないんだぜ。今回の文化祭のテーマは『三国志の文化』だからな」
「具体的には三世紀頃の中国ですね。時代区分的には後漢時代~魏晋南北朝時代あたり…」
「待ってカンウ、この『学園戦記三国志』で実際の三国志の話をするのはややこしくなるからタブーじゃなかったっけ?」
「大丈夫だぜ、アニキ!
今回はメタネタ解禁だから三国志の話ガンガンできるんだぜ!」
「え、そうなのか?」
「はい、今回は説明も多いので、三国志の話題を避けるとややこしくなってしまうからって作者が言ってました」
「それはいきなりメタな話を…」
「ですが話がややこしくなるので、この先、三国志の歴史上の人物か何名か出てきますが、この『学園戦記三国志』の登場人物とは同じ名前の別人としてお楽しみくださいね」
「ややこしな。
俺たちは同名の人物の話聞いてどういう反応すればいいんだ?」
「兄さん、他人のふりでお願いします。
この時代を簡単に説明しておくと、中国では後漢(漢は一度滅び、再興した。滅ぶ前を前漢(前三世紀~一世紀頃)、再興後を後漢(一世紀~三世紀頃)という)が滅ぶと魏、呉、蜀漢の三国に別れました。この時代が三国時代ですね。
三国時代から隋(六世紀頃)の統一までの間、晋(四世紀頃)が一度統一しましたが、複数の国に別れたり、南北に分断されたり(五世紀~六世紀頃)と分裂・統合を繰り返すことになります。
この戦乱の時代をまとめて魏晋南北朝時代と呼んだりします」
「ちなみに、この三国時代をまとめた歴史書を『正史三国志』(通称、『正史』)、その正史をもとに書かれた小説が『三国志演義』(通称、『演義』)だぜ!」
「現在、三国志といえば、一般にこの二つのどちらかを指しますね」
「つまり、今回のお話は約1800年前の中国ではだいたいこんな感じだったんじゃないかという話を資料などから推測して紹介するわけだね」
「というわけで、今回の文化祭のテーマは『三国志の文化』だぜ!」
「そして私たちのところは『三国志の料理』を扱っていきます。
では、料理の話の続きを…
この三国志の時代にはまだ植物油の生産が少なく、料理には使われていませんでした。なので現代の中華料理で一般的な炒め物や揚げ物はまだありません。
また、唐辛子もまだありませんので、私たちが中華料理でイメージする赤く辛い料理もありません。
麺料理も後漢時代(一~三世紀頃)にその原型があったとも言われていますが、普及するのは北宋時代後期(十二世紀頃)からだそうです」
「三国時代の調理法は主に煮る、焼く、蒸すなどになるんだぜ。
それと食べられていた肉は馬、牛、羊、鶏、犬、豚が主だったようだぜ。
ちなみにさっきオレが作った炮豚の作り方は、少し古くて周の時代(前十一~前三世紀頃)からある料理法だぜ。
使っていた油も動物性の脂肪と考えられているんだぜ」
「それと先ほど、植物性の油は生産が少ないと言いましたが、漢代(前三世紀~三世紀頃)に入ると植物性の油も徐々にですが生産されるようになり、胡麻や荏などが栽培され、採油されていたそうです。
ただ、料理法に影響を与えるほど、普及はしてなかったようですね。
それと味付けには動物性の肉醤を使いましたが、こちらも漢代(前三世紀~三世紀頃)あたりから穀物を発酵させた植物性の穀醤が使われ出します。これが後の時代には醤油に発展していきます。
三国時代にはこの肉醤と穀醤の両方が使われていたようですね」
さすがに1800年も昔となると焼く、煮るといった調理法がメインとなり、使える食材にも制限がかかってくる。だが、醤油の原型のようなものがすでにあったり、手間のかかる料理があったりとかなり多様であったようだ。
「しかし、この時代の記録が詳細に残っているわけではないので、あくまでもこの時代前後の暮らしはこんな感じだったんじゃないかなという推測であることをご了承していただきたい。
また、食べ物の作り方はおおよそを紹介しているだけですので、もし再現しようという方がおられるのであれば、ご自身でよく調べた上で挑戦していただきたい」
「アニキ、突然誰に喋ってんだぜ?」
おっと、声に出していたか。だが、こういう注意はしておくに越したことはない。
「ところで兄さん、この格好なんとかなりませんか…」
カンウが恥ずかしそうに自分の服装に目を向ける。彼女の長い黒髪や美しく整った容姿はいつも通りであったが、その服装はいつもの制服ではなく、赤いチャイナドレスであった。
ピタリと張り付いたその服は、カンウの大きな胸をより強調させ、深く入ったスリットからはスラリとした白く美しい脚を覗かせていた。
「兄さん、どこ見てるのですか!」
「い、いや、そんなつもりは…」
「だいたいチャイナドレスなんて最近の服装でしょう!時代考証めちゃくちゃですよ!
やはり着替えましょう」
「まあまあ、カンウ、綺麗なんだしそのままでいいんじゃないかな」
「うー、兄さん、その言葉はズルいですよ。
まあ、仕方ないので今回はこの格好でいいです」
良かった、カンウの機嫌が治ってくれたようだ。
ドカッ!
俺がカンウに見とれていると、背中に一発蹴りが飛んできた。
「アニキ、オレの格好にも言うことないのかぜ!」
振り返る先に立つチョーヒの格好も緑色のチャイナドレスであった。こちらの衣装はミニスカートになって小柄なチョーヒの細い脚を覗かせている。
それにチョーヒのいつもの左右に二つお団子を作ってカバーをかけるその髪型が加わって、これぞ中華娘といった姿になっている。
「ああ、チョーヒの格好も似合ってて可愛いよ」
「へへ、そーだろそーだろ」
チョーヒは少し照れながらも得意気な笑みを浮かべた。
ちなみにこのチャイナドレスは、中華喫茶をやると言ったらコウソンサンが持ってきてくれた。先輩に感謝しなくちゃ!
「仕込みもだいたい終わりましたし、喫茶店が忙しくなるのは昼からですから、リュービさんとカンウさんとチョーヒさんは今のうちに文化祭を回られてはどうですか?」
そう提案してくれたのは、くせっ毛気味の髪に眼鏡をかけ、オレンジ色のチャイナドレスに身を包んだ女生徒・ビジクであった。
「繁忙期に料理が得意なチョーヒがいないと困るしね。ここはボクたちに任せて今のうちに行ってくるといいよ」
隣に立つショートカットの女生徒・チョーウンがそう口添えした。彼女は青いチャイナドレスに、頭にはいつもの野球瑁ではなく、花飾りがつけてある。
ちなみに彼女たちのチャイナドレスもコウソンサンの用意したものだ。ありがたいが、一体何着持ってるんだあの人は?
「よし、アニキ、カン姉、一緒に文化祭回ろうぜ!」
「そうですね、お言葉に甘えましょうか。
でも、それならやはり着替えた方が…」
「何、言ってんだよカンウ、文化祭での校内の散策には店の宣伝を兼ねるものだよ。ほら、看板持って」
チョーウンが段ボール製の看板をカンウに持たせるとそのまま俺たちを送り出した。
「アニキ、どこに行くんだぜ?」
「そうだな、せっかくだし、みんなのところを順番に見て回ろうか。
ここから一番近いところだとチョウカクたちのところになるかな」
「よし、時間も限られてるし、ちゃっちゃと回ろうぜ」
「あ、チョーヒ、走ると危ないですよ」
「はは、カン姉、へーきへーき」
チョーヒが校舎の角を曲がったところで、案の定ドシンと大きな音が響いて、しりもちをつく姿が目に入った。
「いてて…」
「チョーヒ大丈夫か、言わんこっちゃない」
向かいに目をやるとチョーヒにぶつかったのか、小さな子供が倒れていた。
「君、大丈夫?」
「どこかケガしていませんか?」
「大丈夫なのだ。
さっきはぶつかってごめんなのだ」
倒れていた少女は何事もなかったように起き上がった。どうやらケガもないようだ。
「いや、オレの方こそ悪かったぜ」
「君、文化祭に遊びにきた子かな?」
「キャハハハハ!
あちしはヒミコ、倭部ヒミコなのだ」
歳は小学生の低学年くらいだろうか、緑髪をひとつ結びにしたピンクの服の小柄な少女は元気よくそう答えた。
まるで、オモシロカッコイイSDロボに乗る忍者少女のような出で立ちで、声は水をかぶって女になったり、無表情で包帯姿が似合いそうな感じの女の子だ。
「俺はリュービ、こっちはカンウとチョーヒ。
ヒミコちゃんは文化祭に一人で来たの?」
「弟と来たのだけど、はぐれちったのだ」
「迷子か、どうしよう、放送室に連れていった方がいいかな」
「大丈夫なのだ!
テキトーに回ってればそのうち会えるのだ!」
「じゃあ、これも何かの縁だぜ。
お前、オレたちと文化祭回るかぜ?」
「おい、チョーヒ、そんな勝手に」
「キャハハハハ!
行くのだ!行くのだ!」
「うーん、いいのかな?」
「ここで一人にするのも不安ですし、連れて行きましょうか」
「よっし!行くぜヒミコ!」
俺たちは迷子の少女・ヒミコを加えて文化祭を回ることになった。




