第182話 玄徳!バチョウの道標!
ここはバチョウ陣営。
大将・バチョウのチョーヒとの一騎討ちは引き分けに終わったものの、彼女との問答に満足し、戦いは一時休戦となった。
戦いから戻ったバチョウは、以前の鬱屈とした様子から少し明るさを取り出したようであった。
だが、まだ何か悩みを抱えているらしいことは、従兄弟のバタイにはわかった。
「バチョウはあの戦いを経て目に精気が戻ってきた。
だが、まだ完全ではない。
戦いの後何やら話していたが、そこにバチョウを復活させるヒントがあるのだろうか?
うーん……」
金髪碧眼のバチョウは机に向かって一人、腕を組んで難しい顔をして何やら考え事をしている。彼女は多くを語ろうとしない。
バチョウは胸の内では先のチョーヒとの問答を思い返していた。
(調べたところ、チョーヒは挙兵以前からリュービと親交のある最古参の将の一人だという。
その彼女ですら“よくわからない”と答えるリュービという男。
一体、リュービとは何者なのか。
セキトクリンの話した有るようでない、よくわからぬ徳・“玄徳”。
リュービ、流尾玄徳−“玄徳”の名を持つ男。
アタシの知りたい“玄徳”とは奴のことなのか?
一度、リュービと会って話がしてみたい……)
だが、彼女はその内心を誰かに語りはしなかった。胸中を知らぬバタイは気を揉むばかりで、何も出来ずにいた。
とは言え、バタイも何もしていないわけではない。バチョウが全軍の指揮に意欲を見せない今、彼が代わりにその業務を代行していた。
「すいやせん、バタイさん。急報です」
なので、何かあると兵士もバチョウではなく、バタイへとまず報告をした。
「なんだ……?
……何っ、リュービから使者が来たのか!」
リュービとは今、休戦中だ。だが、それはあの場では互いに退いて仕切り直そうという程度の意味でしかない。これほどすぐの使者の派遣は、次への宣戦布告か、降伏勧告か。いずれにせよ、バチョウの指示を仰がざるを得ない重要案件だ。
バタイはすぐさまバチョウの方へ振り返ったが、彼が言葉を発するより先に、バチョウは指示を出した。
「リュービの使者をここに通せ」
どうやらバチョウは上の空のようでちゃんと聞いていたようだ。バタイは急いで使者をこの場へと連れてこさせた。
しばらくして、リュービの使者と名乗る二人の人物が部屋へとやって来た。
前を進む一人は、円柱型の帽子に、白いローブを羽織った細身の男子生徒。恐らくこちらが正使であろう。
後ろを歩く一人は、フードで顔を隠した長身の男子生徒。恐らくこちらが副使か護衛といったところであろう。
椅子に腰掛けるバチョウ・バタイ両名の前に進み出ると、正使と思わしき白いローブの男がまず話し始めた。
「お初にお目にかかります。
僕はリュービ陣営の特使・リカイと申します。
この度は交渉のために参りました」
特使・リカイの挨拶を受けると、それにバタイが先んじて返答を述べた。
「リカイ殿、はるばるご苦労であった。
僕はバチョウの従兄弟で副将を務めているバタイと申す。
それで交渉とはいかなる……」
そう話を続けようとしたところ、隣に座るバチョウが手を伸ばしてバタイの話を制止した。
「バチョウ、なんのつもりだ!」
バチョウはバタイに構わず、二人の使者に向けて話し出した。
「リカイ、君の交渉というのは本題ではないだろう。
そろそろ、フードをとって顔を見せてくれないか。
“リュービ”!」
バチョウの口から飛び出した“リュービ”の名に、バタイは一瞬固まり、すぐに護衛と思っていた男へと目を向けた。
「やれやれ、すぐにバレてしまったか……」
そう指摘された俺・リュービはかぶっていたフードを取り払った。
フードを取り払うと、二人の人物がこちらを凝視してくる。
総大将・リュービの突然の来訪は十分な衝撃を与えたようだ。
驚愕の表情でこちらを見ている学帽に片眼鏡の男はバチョウの従兄弟・バタイ。
「バカな。陣営の総大将がロクな護衛もつけずに敵陣に乗り込んでくるなんて……」
彼の驚きに満ちた独り言が漏れ聞こえてくる。
対して金髪碧眼の総大将・バチョウはすぐに見抜いたこともあってか特に驚いた様子を見せない。
「大将である俺自らが護衛のフリをして乗り込む。虚を突いた良い策だと思ったが、まさかこんなにすぐに見破られてしまうとはね。
しかし、バチョウ。君は驚かないのだな?」
俺はそうバチョウに尋ねた。
「驚いてはいるさ。
だが、かつて戦場でのアタシを前にして身動ぎ一つしなかった女を知っている。
あの女のライバルと称される男なら、そのぐらいやってのけるだろうとも思う」
感情の起伏を感じさせない話し方でバチョウはそう語った。
「ソウソウか。彼女ならそのぐらい理由もなくやれるだろうな」
「ソウソウ」の語にバチョウがピクリと反応するのを感じた。彼女もまたソウソウに抗い続けた一人だ。思えば俺とバチョウは共通の敵を抱えている。話せば分かり合える間柄ではないかと思う。
「バチョウ、俺が今日ここに来たのは、君とゆっくり話がしたかったからだ。
今は互いに戦争中の身の上だが、今だけはそれを抜きにして話をしないか?」
俺の言葉に、従兄弟・バタイは立ち上がって責め立てた。
「嘘を付くな!
話がしたいというだけで、このような状況下で総大将が敵陣に乗り込んでくるものか!
何を企んでいるんだ!」
彼の言い分は尤もで、怒るのも当然のことだろう。俺はバタイを宥めようとしたが、先にバチョウが動いた。
「やめよ、バタイ。
そんなことは考えても仕方がないことだ」
そう言ってバタイを座らせると、バチョウは再びこちらに向き直った。
「言いだろう、リュービ。話をしようじゃないか。
アタシも一度君と話がしたいと思っていたところだ」
バチョウが一体俺に何の話をしたいというのか。俺は何を聞かれるのかと内心ビクビクしながら、それを態度に出さぬようにして答えた。
「君の方にも話があるとは奇遇だ。
何かな? 答えられる範囲でなら答えよう」
とは言え、前回のチョーヒとの問答から、バチョウが俺たちに興味を持っていることは察せられる。今は少しでも情報を得ようと、俺は彼女が先に喋るように仕向けた。
「そうだな……。
例えば先ほど名が出たソウソウのことだ。
あなたは最も長くソウソウと戦い続けた男だろう。一体、如何なる策でもってソウソウと戦い続けられたのかお聞かせ願いたい」
「仲間に恵まれたからだよ。
皆の頑張りがなければ、とてもソウソウ相手に戦い続けることなんてできなかった」
俺は本心からそう答えた。
武臣ではカンウ・チョーヒ、謀臣ではコウメイ、その他多くの部下がいなければ到底ここまでやってこられなかっただろう。
だが、この回答にバチョウは不満気な様子であった。
「そのような謙遜は、今、アタシが欲しいものじゃない!」
「いや、何も謙遜しての言葉じゃない。
君も対峙したならソウソウの強さをよく知っているだろう。
彼女は強い。
俺はかつてソウソウに負けて、兵も領土も失ったことがある。それでもついてきてくれる仲間たちがいた。そんな皆がいるからこそ今の俺がある。
ソウソウほどの強敵を相手にして俺のような非力な男がたった一人では、とても勝負にはならなかっただろう」
そこまで説明すると、バチョウもいくらか納得してくれたような顔つきになった。
しかし、まだ完全に納得したわけではないことは察せられた。
「なるほど、有能な部下のおかげというわけか。
確かに有能な部下をもって、あなたは一度はソウソウに赤壁で大勝している。
だが、その後はソウソウとの決戦を避け、無関係な西校舎へ侵攻した。
これは何故か?」
バチョウからすれば、そのままソウソウと戦わなかったのを不思議に思ったのだろう。
だが、俺にはコウメイの天下三分の計という策がある。それを踏まえて俺は話し出した。
「優秀な仲間に恵まれていても、それでもなおソウソウは強大な敵だ。それは赤壁の一勝では覆らないほどにね。
だから、すぐに決戦を行うのを避け、まずは対抗できるだけの力を蓄える道を選んだ。そのための西校舎への進出であった」
そのリュービの発言に、バチョウはかつて遭った隠士・セキトクリンの言葉を思い返した。
(『本当に立派な人は猛々しくなく、本当の戦上手は怒らず、よく敵に勝つ者はまともにぶつからず、よく人を使う者は下手に出る』と。
これを『争わざるの徳』と申します)
その言葉を思い返しながら、改めてこれまでのリュービの言動を振り返った。
(リュービという男と直に面会したが、これだけの勢力を束ねていながらも、彼からは猛々しさや怒りを感じない。
部下を立て、自身はあくまでも下手に出ている。
そして今、彼の戦略を聞けば、ソウソウと直接ぶつからず、力を蓄える道を選んでいる……。
これが『争わざるの徳』ということなのか。彼こそ『玄徳』だと言うのか!)
何か考え事をしているのか、バチョウがすっかり押し黙ってしまったので、俺はさらに言葉を続けた。
「西校舎を手に入れて以降の戦略だが、南校舎と西校舎の力を合わせ、さらには東のソンケンと手を組んでソウソウと戦おうと考えている。
そして、バチョウ。君は西涼に影響力を残している。君とも協力し、ともにソウソウを打ち破れればと思っている」
俺はそう締めくくり、バチョウとバタイの二人に投げかけた。
西校舎を得て、そこから北上してソウソウのいる西校舎を狙うならば、彼女らのいた西北校舎の前を通過する。西北校舎を味方につければソウソウ攻略の難易度は段違いに変わる。その西北校舎に未だ強い影響力を持つバチョウは是可否でも味方につけたい人物だ。
俺からの協力の提案に、先に反応を示したのは従兄弟のバタイの方であった。
「協力などと良い風に言ってはいるが、それはつまりあなたの軍門に下れということではないのか!」
バタイの怒りもよくわかる。彼の言葉の通りだ。だが、ここで引くわけにはいかない。俺は怯まずにすぐに言葉を返した。
「確かに今の領土を持たぬ君たちが俺の許に来るのであれば、そう取られるだろう。
俺も領土を失い、配下同然の身になったことがあるのでよく分かる。
周囲の評価までは覆すことはできない。
だが、せめてバチョウを西北校舎の盟主として待遇することを約束しよう」
「そんな名ばかりの盟主に何の意味がっ!」
バタイは激昂して立ち上がろうとしたが、横のバチョウがそれを制した。
「やめろ、バタイ」
彼女はバタイを宥めると、俺の方に改めて向き直った。
「リュービ、君は“玄徳”か?」
バチョウはそう俺に問いかけた。
だが、俺にはその質問の意図がわからなかった。
「えーと、確かに俺の名は『玄徳』と書くが、そう書いて『はるのり』と読むんだけど……」
「いや、すまぬ。理由のわからぬ質問をしたな。
アタシはお前が“玄徳”に至っているのかわからん。
だが、アタシが接した中で最も“玄徳”の芽を感じる。
チョウロの下に留まっていても、もっと遠ざかるばかりであろう。お前の側にいればあの時の言葉の意味がアタシにもわかるかもしれん……。
良いだろう。
アタシが“玄徳”の答えを見つけるまでの間で良いのなら、お前の仲間となろう!」
「ありがとう、バチョウ!
それで構わない。
ともにソウソウを討ち倒そう!」
バチョウは俺のところに来てくれることを了承してくれた。
彼女が何を考え、何を欲しているのか俺にはいまいちわからなかった。しかし、良い結果にまとまってくれた。
俺はバチョウと固く握手を交わした。
バチョウより軍をまとめてから来ると約束を取り付けると、俺はリカイとともに一足先に自陣へと戻った。そろそろチョーヒが俺のいないことに気づく頃だろう。暴れる前に戻らなければ。
〜〜〜
戻っていくリュービを見送り、バタイはバチョウへと尋ねた。
「良かったのか?
リュービの配下となって?」
「ああ。
何処にいようとアタシはバチョウだ。
天下に一人のバチョウだ!」
そうバチョウは何か吹っ切れたような満面の笑みで返した。
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次回は5月4日20時頃更新予定です。




