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第181話 激闘!チョーヒ対バチョウ!

 俺・リュービ軍の西校舎攻略が佳境に差し掛かっていた頃、北部のチョーヒたちの前に西北校舎で名を(とどろ)かせたバチョウ軍が姿を現した。


 俺は一軍を率いてチョーヒらの救援に赴いたが、そこでバチョウがまったく戦おうとしないことを聞く。


 俺は交渉の余地があると判断し、バチョウ陣営前に行き、呼びかけを行った。


「お前が玄徳・リュービか!


 アタシは西涼(せいりょう)のバチョウ!


 どちらが強いか、アタシとお前とで一騎討ちをして雌雄(しゆう)を決せん!」


 何も答えず軍を率いて出て来たバチョウに、交渉か戦闘か、どちらを選ぶのかと固唾(かたず)()んで待ち構えていた俺たちであった。


 だが、彼女の提案はそのどちらでもない、俺を名指しして一騎討ちを挑んできた。


「一騎討ち? いきなりあいつ何言ってんだぜ?」


 俺・リュービの側で護衛にあたっていた義妹・チョーヒも、この突然の事態に思わず疑問の声を上げた。


 チョーヒの意見に俺も同じ気持ちだった。


「わからない。


 バチョウは腕に覚えのある人物とは聞いていたが、それでもそこまで思慮の浅い猪武者とは聞かない。何か考えがあるのか……。


 俺が一騎討ちを断ったら批難するつもりか?


 それでも俺にそんなダメージないしなぁ」


 バチョウの挑戦はあまりにも唐突だ。まるで意図がわからない。


 しかし、ジッと考え込む俺を見て、先にチョーヒが(しび)れを切らした。


「ああ、もう、アニキ!


 あいつが一騎討ちしたいってゆーなら、オレが相手してやるんだぜ!」


「ま、待て、チョーヒ!


 相手は自分から一騎討ちを望むような奴なんだぞ!


 お前にもしものことがあったら……」


「アニキ!


 オレがあんなヤツに負けるってゆーんだぜ?」


「そ、そう言うわけではないが……」


 俺は悩んだ。元々ここにはバチョウを説得して味方につけようと思って来た。


 それを考えれば、ドロドロの乱戦に発展して互いに被害を出すよりは、一騎討ちで白黒つけた方が被害も少ないし、交渉の場に移行しやすい。


 だが、チョーヒは我が軍の武力の(かなめ)、そして俺のかけがえのない義妹だ。


 もしものことがあれば取り返しはつかない。


「オレはリュービの義妹・チョーヒ!


 バチョウ、オレと勝負だぜ!」


「おい、チョーヒ、何を勝手に!」


 俺が悩んでいる内にチョーヒがさっさと名乗りを上げてしまった。


 これで一騎討ちが始まってしまうかと思ったが、どうやら向こうも何やら揉めているようで、返答がない。


 俺は一先(ひとま)ず安心し、チョーヒの下がらせようと近づいた。


「待て、チョーヒ!


 勝手に話を進めるな!」


「オレはあんなヤツに負けたりしないんだぜ!


 それにアニキ、あんまりバチョウと正面切って戦いたくないんだぜ?」


「う、それは……」


 バチョウの説得の件はまだチョーヒには伝えていないはずだが、どうやらすっかり見破られていたようだ。武勇一辺倒の妹だと思っていたが、俺と離れて戦っている間に彼女も随分成長したようだ。


「そこまでわかった上で応じるなら、俺も止めない。


 頼んだぞ、チョーヒ!」


「任せとけだぜ!」


「でも、もし危ないと思ったらすぐ戻ってこいよ。それでお前を責めたりしないからな」


「まったく、心配性なアニキだぜ!」


 そう言うと彼女は、軽く苦笑いをして返した。


 団子状にまとめた(つや)やかな髪に光を反射させ、その小さな身体に闘志を(みなぎ)らせた少女は笑みを浮かべながら悠然と前へ進み出た。


 彼女がリュービ軍をここまで支えてきた戦の申し子、闘神(とうしん)・チョーヒ!


挿絵(By みてみん)


 対するは西北でその人ありと謳われた西涼(せいりょう)金獅子(きんじし)(にしき)のバチョウ!


挿絵(By みてみん)


「行くぞ、チョーヒ!」


「いつでも来いだぜ!」


 ともに学園の上部に君臨する勇士の決戦が今、幕を開けた。


 開始と共に動いたのはバチョウであった。


 彼女は戦いが始まると同時にその姿を視界より消した。


 並の武将であれば次の瞬間に勝敗は決していたであろう。だが、相手はチョーヒだ。


 彼女は振り向くことなく右(ひじ)を出し、後ろから飛んでくるバチョウの蹴りを受け止めた。


「やはり、並の武人ではないな」


「当ったり前だぜ!


 オレはチョーヒだぜ!」


 チョーヒはそのまま蹴り出した彼女の足を(つか)むと、自身より長身のバチョウを片腕で軽々と投げ飛ばした。


 だが、バチョウは空中で態勢を立て直し、何事もないかのように着地してみせた。


「あの小さな(なり)でなんという馬鹿力か……。


 腕力ならかつて対峙(たいじ)したキョチョをも(しの)ぐか」


 自身の経験からチョーヒの技量を推し量ろうとするバチョウ。


 だが、チョーヒは彼女の言葉に不服そうであった。


「あぁん、キョチョだぜ?


 そんなのと比べるんじゃねーんだぜ!


 オレはチョーヒ! 天下に一人のチョーヒ様だぜ!」


「ふん、デカい口を叩く。


 ならば、アタシも天下に一人のバチョウだ!」


 バチョウは足を一歩踏み出すと、瞬く間にチョーヒのすぐ側へと接近する。まるで馬で駆けるかのような高速移動。続けて放たれる彼女の拳は残像を残し、無数に放ったかのような錯覚を覚える。


 しかし、対するチョーヒはその場から一歩たりとも動かず、繰り出させる拳を(たく)みに(さば)いて見せる。


 一息の間の後、バチョウは再び距離を取った。一体、今の間に何発の拳をバチョウが放ったのか。傍目(はため)からでは皆目検討もつかない。だが、チョーヒはその全ての攻撃を防いでみせた。


「へ……。


 速いばかりでまったく大したことのない攻撃だぜ!」


「ふ……。


 大口を叩いているが、呼吸に乱れが見えるぞ」


「それは、テメーも、同じだろう、がっ!」


 チョーヒは一身の怒りを込めた拳を振り上げる。


 彼女はそれまで一歩たりとも離れなかったその場より駆け出すと、一瞬にしてバチョウの眼下に迫る。


 今まで幾多(いくた)の敵を粉砕してきたチョーヒの拳が、バチョウめがけて放たれる。拳は異様な(うな)りを上げて、空を引き裂く。


 さすがのバチョウもこれを喰らえばただでは済まぬと反射的にかわすが、チョーヒの気魄(きはく)に押されてわずかに出遅れた。


 チョーヒの拳はバチョウの右肩をかすめると、彼女の(そで)は破け、白い肌は裂けて、赤い血を(にじ)ませた。


 初めて通った一撃にチョーヒはニヤリと笑う。


 対するバチョウも負けじと飛び退いた態勢から体を反転させ、チョーヒの背後を取った。


 バチョウは背後に回ると、自身の右足を真横へ大きく振りかぶった。バチョウは鬼気迫る迫力を漂わせている。チョーヒに攻撃が大したことないと言われた返答の如く、渾身(こんしん)の一撃を食らわせるつもりだ。


 対するチョーヒは瞬時に体を反転されると、逃げるのではなく、()えて拳を振りかぶり、バチョウへと向かっていった。


 チョーヒは拳に、バチョウは足に、自身の全力を込めて繰り出した。


 両者の一撃は空中でぶつかり合う。その衝撃波は空気を振動させ、周囲で見守る者たちにまでビリビリと伝わってくる。


 だが、誰よりもその衝撃を受けているのはチョーヒ・バチョウの二人に他ならない。


「うぐっ……!」


 どちらともわからぬ(うめ)き声が(かす)かに響く。


 互いの全力全開の一撃を受け、両者は後ろに数歩下がった。


 二人とも肩を上下させ、随分と消耗していることを(うかが)わせる。特に先ほどぶつかり合ったチョーヒの右腕、バチョウの右足への負荷が強いのか、ともに(かば)うような動作を見せる。


「これ以上やれば二人とも潰れてしまう……!」


 負傷してもなお戦おうとする二人を見かねた俺は、居ても立っても居られずにチョーヒ・バチョウの間へ割り込んだ。


「そこまでだ! 二人とも!」


「アニキ、邪魔しないでくれだぜ!」


「リュービ、次はあなたが相手になるのか?」


 俺が割り込んだことでチョーヒは嫌悪感を表し、バチョウは本命が現れたとばかりに色めき立った。


「待つんだ、チョーヒ! それにバチョウ!


 見たところ君たち二人の疲労は極限にまで達している。


 このまま戦って例え勝ったとしても、残りの学園生活に支障を来たすほどの怪我を負う可能性が高い。


 今の激闘を経て、君たち二人の実力はここにいる誰もが認めるところとなった。ここで退いても不名誉ではないだろう。


 ここは両者ともに退くということで仕切り直しをしないか?」


 そう休戦を提案した俺は、まずチョーヒの方を見た。


 ここでの中断をチョーヒは不服そうであった。


 しかし、自身の状態がわからぬ彼女ではない。


「うう……オレはアニキがそうしろって言うなら従うんだぜ……」


 チョーヒは不承不承ながらも、俺の提案を受け入れてくれた。


 次はバチョウだ。俺はバチョウの方へと振り返り、彼女の様子を(うかが)った。


「なるほど、リュービ、あなたの意見も(もっと)もだ。それに戦う相手の意志が既に失せたのに、アタシだけいきり立っても仕方がない……」


 バチョウはそう語ると、それまで(うつむ)き気味であった顔を上へと持ち上げ、声を張り上げて呼びかけた。


「だが、退く前に、チョーヒ!


 君に一つ聞きたい!」


「なんだぜ、バチョウ!」


 バチョウの問いかけに、チョーヒも負けじと音量を上げて聞き返した。


 多少、喧嘩口調な返しなのが気になるところだ。しかし、対するバチョウは意に返さず、一拍置いて声を整えると、極めて落ち着いた口調で尋ねた。


「君にとってリュービとは何だ?


 戦ってわかった。君はリュービより強い!


 なのに何故、君はリュービに従う?」


 バチョウの問いに、チョーヒは少しばかり唖然(あぜん)とした様子だ。あまりにも思いがけない問いかけだったからなのか、先ほどまでの喧嘩口調は鳴りを(ひそ)めて、声のトーンを落としながら返答した。


「変なこと聞く奴だぜ!


 アニキはオレのアニキだからだぜ!」


 チョーヒならその答えで納得するだろうが、バチョウは憮然(ぶぜん)とした態度で聞き返した。


「それでは答えになってない!」


 チョーヒの回答を、バチョウはピシャリと一喝した。


 そう言われたチョーヒは困った様子で、頭を()き出した。何だったらバチョウと一騎討ちをする時より、今の方がよほどの窮状(きゅうじょう)のような面持ちだ。


 しかし、チョーヒは弱りながらも、自分の言葉でポツリポツリと返し始めた。


「め、面倒なこと聞く奴なんだぜ……そう言うことはカン姉とかに聞いて欲しいんだぜ……。


 うーん、上手く言葉にできないけど、アニキがいたからオレはここまで来れたのは確かなんだぜ。


 よくわからないけど、とにかくアニキは凄い奴なんだぜ!」


「いや、チョーヒ、さすがにそれは答えになってないだろ」


 傍で見ていた俺もさすがにツッコミを入れた。さっきの返答とあまりにも違いが無さ過ぎる。


「でもよ、アニキィ……」


 先ほどまでの鬼気迫る形相(ぎょうそう)はどこへやら、(すが)るような顔でチョーヒは俺を見る。


 チョーヒを助けてやりたいが、しかし、あの返答でバチョウは納得しないだろう。俺は恐る恐るバチョウの方へと向き直った。


「ふふふ、ははははは!」


 俺が振り向くのとほぼ同時に、バチョウは突然、大声で笑い出した。


 チョーヒの回答がツボにでも入ったのか、さっぱりわからないが、その笑い声に侮蔑(ぶべつ)の感情は()もって無さそうだ。


「ははは、“よくわからないか”、なるほど。


 リュービ、あなたが“よくわからない”ということがよくわかった。


 今はそれで十分だ。ここは退こう」


 ひとしきり笑ったバチョウは、何を納得したのかバチョウはそのまま陣営に引き戻っていった。バチョウが退くと、残されたバチョウ軍もそれに従い、両軍は一時休戦となった。


 〜〜〜


 バチョウ軍との初戦は引き分けという形で終わった。


 俺たちリュービ軍は一度自陣に戻り、情報収集にあたっていた新参謀・リカイからの報告を受けた。


「西北を追い出され、チョウロ陣営にいたバチョウは、腹心のホートクと決裂。さらに西北の乱から行動をともにしていた同志のテーギン・コーセンとも訣別(けつべつ)しています。


 今、バチョウ軍は質・量ともに弱体化しております。

 

 それにこの度の西校舎への遠征もチョウロの命によるもので、バチョウの立場は陣営内でも極めて弱いと思われます。


 ここでバチョウへの寝返り工作を仕掛けるのは十分有効だと思います。


 もし、お命じくださればこのリカイが交渉にあたりますがいかがでしょうか?」


「わかった。頼めるかな」


「はい!」


 確かにリカイが調べた通り、今のバチョウの立場は弱いのかもしれない。交渉次第ではこちら側につけることも可能かもしれない。


 だが、何か引っかかる。


 先ほどの一騎討ちや俺への言葉……()たしてバチョウは立場が弱くなり、苦しんでいるだけなのだろうか?


 引っかかりが(ぬぐ)えぬ俺は、教室から出ようとするリカイを呼び止めた。


「待ってくれ、リカイ。


 一つ、頼みがある」

 最新話まで読んでいただきありがとうございました。


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 次回は4月27日20時頃更新予定です。

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