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第180話 苦渋!バチョウの迷い!

 話はリュービが北部に到着した頃に(さかのぼ)る。ここはチョーヒ・カクシュン軍と対峙するバチョウの陣営。


 防壁で部屋のように区切られた空間に、二人の男女がいた。金髪碧眼(へきがん)の女性の方は空間の奥で椅子に腰掛け、もう一人の男は向かい合うように立って彼女に話しかけていた。


「バチョウ、どうしたと言うんだ?


 君はここに来てから陣に籠もって守りに徹してばかりだ。


 体調が悪いのか? それなら無理をせず休んだほうがいい」


 そう心配そうに話しかけるのは、学帽に片眼鏡、バンカラマントを羽織った男子生徒・バタイであった。


「別に悪いわけではない……」


 彼に声をかけられた金髪碧眼(へきがん)従姉(いとこ)・バチョウはぶっきらぼうにそう答えた。


 だが、そう答えるバチョウの目はどこか(うつ)ろで、声にも張りがなく、返答も要領を得ない。


「しかし……」


 バタイが心配するのも無理のないことであった。


 かつて西北にその人ありと名を知らしめたバチョウであったが、リュービ討伐のために西校舎にやってきてからというもの陣に()もりっきりでまったく戦おうとはしなかった。


 今も彼女の目の前の机の上には敵に関する書類が(うずたか)く積まれている。その書類にはこれから戦うであろうチョーヒらの軍の情報を集められる限り載せているのだが、バチョウがちゃんと目を通したのかさえ定かではない。


 最初、バチョウの兵士たちは敵の挑発に苛立(いらだ)ちを見せた。だが、バチョウは敵との交戦を禁止した。不服であった兵士たちもバチョウの一(にら)みで震え上がり、誰も挑発に応じなくなってしまった。


 従弟(いとこ)であるバタイは彼女のことを幼い頃から知っている。しかし、かつてここまで戦いに消極的であったことは見たことがなかった。


 その理由をホートクがいたならばもっと強く聞くことが出来たであろう。だが、そのホートクはもういなくなってしまった。


 バタイは自身ではホートクの代わりになれないと諦めて、自分なりのやり方で話を進めることにした。


「……バチョウ、君が体調は万全だというのならそれ以上は聞かない。


 しかし、戦わなければ勝つことはできない」


 そのバタイの言葉に、バチョウの金毛の(まゆ)がピクリと反応を示した。


「……セキトクリンめ、やはり敵とぶつからなければ勝てぬではないか……」


 バチョウは小声でそう(こぼ)した。


 彼女の頭には先日遭遇した寒貧(かんぴん)・セキトクリンの言葉が残っていた。彼の言葉は難解で、バチョウにはよく理解が出来なかった。それでも彼女は彼女なりに彼の言葉について考えていた。


 だが、セキトクリンとバチョウとのやり取りを知らぬバタイは、「何の話だ?」と彼女に尋ねた。だが、バチョウに「なんでもない」と返されてしまい、結局、わからず仕舞いになってしまった。


 バチョウがそれ以上語ろうとはしないので、バタイはやむなく戦況報告を行った。


「今し方、敵の援軍にリュービ本軍が到着したという情報が入った。このまま待てば敵の戦力はますます強くなるばかりだ。


 リュービ軍の情報はわかる限りをこの書類にまとめておいた。せめてこれだけでも見ておいてくれないか」


 そう言って彼は書類の(たば)をバチョウに差し出した。思えば西北で長らく戦ってきたバチョウは、リュービとはこれまで接点がなかった。名前くらいは聞き知っているが、それ以上はほとんど知らなかった。


 さすがにもう少し知っておくかと、バチョウはバタイの差し出した書類を目を落とした。


 その最初の1(ページ)目に、いきなり彼女の頭の中を大きく(しめ)めていた文字が記されていた。


 その文字を見つけ、バチョウは思わず声を上げた。


「“玄徳(げんとく)”? 奴は玄徳(げんとく)というのか?」


「“げんとく”? ああ、それは“はるのり”と読むんだ。


 流尾玄徳(ながれお・はるのり)、それがリュービの本名だ」


 そのバタイの回答に、バチョウは「なんだ名前か」と答えたが、それと同時にセキトクリンとの邂逅(かいこう)が一気に思い起こされた。


『世のことは道より生まれ、徳によって育まれます。


 大きく育てるものが『徳』なのです。


 そして、育てていながら、自分のものともせず、(ほこ)らず、支配しない。これを『玄徳(げんとく)』というのです』


(セキトクリンはアタシに『玄徳(げんとく)』を説いたが、その意味はよくわからなかった。その『玄徳(げんとく)』が今、眼の前にいるのか……。


 いや、ただそういう名前だというだけのことだ。人は誰しも名前通りに生きるわけではない)


 そう思って玄徳(げんとく)・リュービの名を振り払おうとするが、どうにも彼女の頭の中にこびりついて離れない。


 未だにバチョウが1(ページ)目から進めずにいると、突如、外の兵士たちがザワザワと騒ぎ始めた。 


「騒がしいぞ。何事だ?」


 バタイが総大将のバチョウに代わり、外に身を乗り出して兵士たちに尋ねた。


 それに応じて一人の兵士が進み出て、二人に報告を始めた。


「報告します。


 ただいま、敵軍がこちらに向けて進軍してきています。どうも、リュービ本人がいるようです」


「何っ、リュービ本人が来たというのか!」


 リュービの名にバチョウの白い耳がピクリと反応する。


 そして、その報告を裏付けるように外から男の声が響いてきた。


「俺は南部の群雄、流尾玄徳(ながれお・はるのり)、リュービだ!


 君たちの大将・バチョウと話がしたい!」


 外から聞こえるその声の主ははっきりと、自分はリュービだと名乗った。


 リュービの思いがけない呼びかけに、バタイは指示を(あお)ごうとバチョウの方へと振り返る。


 しかし、バチョウはバタイが振り向くより早く立ち上がると、それまでの籠城(ろうじょう)策をやめるかのように外に向けて進み出した。


「バチョウ、出るのか?」


 バタイの問いに、彼女はただ「ああ」とだけ答えた。しかし、チラリと見えた彼女の(あお)い瞳に輝きが戻っているのを、バタイは見逃さなかった。


 どういう心境の変化かバタイにはさっぱりわからぬが、ともかくバチョウが戦う気になってくれたのは僥幸(ぎょうこう)であった。彼はすぐさま指示を飛ばして部隊を集めると、バチョウの後に続かせた。


 バチョウが外に出ると、そこにはリュービの一軍が待ち構えていた。騒がず、乱れず、よく統制のとれた軍隊であることはバチョウの目にもわかった。


 その軍の先頭に立っている男がリュービなのだろう。(かたわ)らの小娘が闘志を()き出しにして彼を守ろうとしていることからもそれを察せられた。


 男の背は少し高め、顔は整っているような地味なような、そんなどっちつかずの印象を与える。


(あれがリュービなのか? 地味な顔だな。


 だが、セキトクリンは『玄徳(げんとく)』を有るようで無いものだと言っていた。あの顔が案外『玄徳(げんとく)』のような顔なのかもしれない)


 バチョウは腹を決め、リュービに向けて呼びかけた。


「お前が『玄徳(げんとく)』・リュービか!


 アタシは西涼(せいりょう)のバチョウ!


 どちらが強いか、アタシとお前とで一騎討ちをして雌雄(しゆう)を決せん!」


 その彼女の一声を受け、両軍はどよめいた。


 ここにきて、まさか大将による一騎討ちで勝敗を決めようなんて、バチョウを除く敵味方の誰一人として予想していなかった。


 副将・バタイもあまりのことに理由がわからず、彼女を問い詰めた。


「おい、バチョウ。


 いきなり一騎討ちを申し込むなんてどういうつもりだ?」


「奴が『玄徳(げんとく)』なのかリュービなのかわからん。


 だから、戦ってどっちが強いかで決めるんだ」


 バチョウの理由を聞いたが、結局、バタイには意味がわからなかった。


 バチョウの提案に、案の定リュービ軍は戸惑っているようであった。


「リュービは応じそうにないか」


「当たり前だろう!


 相手を見ろ。明らかにリュービ軍の方が兵力は多い。その数の有利を捨ててまで、なぜこちらに有利な一騎討ちに応じる必要がある!」


 バチョウの(つぶや)きに、バタイは半ばツッコミのような返答を発した。


 思えば西北で乱を起こしている頃には、バチョウ軍も数百人の兵を(よう)していた。だが、乱の失敗とホートク・テーギン・コーセンらの離脱で百人強にまで数を減らしていた。


 対してリュービ軍は、今目の前にいる兵士だけでバチョウ軍の倍はいる。教室に残した守備兵を合わせれば数百人はいるだろう。


 確かに、大将の武力だけで勝敗のつく一騎討ちは、この数の不利を(くつがえ)せるかもしれない。だが、それは相手が応じればの話だ。


「リュービが一騎討ちに応じるメリットがない!


 そもそも、リュービは一騎討ちをするような豪傑タイプの人物じゃないぞ!」


「そうなのか?」


「だから資料をちゃんと渡したのに、さては1(ページ)目もろくに読んでないな!」


 バタイは(あき)れと怒りの混ざった感情で、声を張り上げる。


 実際のところ、バチョウの頭の中には『玄徳(げんとく)』の一語しか残っていなかった。


 バタイがいい加減ツッコミ疲れた頃、対するリュービ軍から一人の少女が進み出て、こちらに向かって声を(とどろ)かせた。


「オレはリュービの義妹・チョーヒ!


 バチョウ、オレと勝負だぜ!」


 そう呼びかける頭に二つのお団子をつけた小柄な少女を見て、バタイは戦慄(せんりつ)した。


 リュービの(かたわ)らに立っている時から察してはいたが、名乗ったことで確信に変わった。


 彼女こそチョーヒだ!


 たった一人でソウソウの武将六人を蹴散らし、一騎討ちではほぼ負け知らずという生きる伝説。


 この学園きっての豪傑・チョーヒ相手では、さすがのバチョウでも分が悪いのではないかと、バタイは身震いしながら隣のバチョウへ視線を移す。


 だが、バチョウは狼狽(うろた)えるでもなく、(おび)えるでもなく、泰然自若(たいぜんじじゃく)、顔色一つ変えなかった。


 この態度にバタイは安心を覚え、体の震えは止まってしまった。


 これまでバチョウは全く戦おうとせず、体調不良を心配していた。だが、さすがは我らの大将である。今さらチョーヒごときで取り乱す御仁ではなかった。バタイは一瞬でもチョーヒの方がバチョウより強いのではないかと心配した己を恥じた。


「おい、バタイ」


「なんだ、バチョウ」


 バチョウに対するバタイの返答にもどこか余裕が感じられる。彼はバチョウこそやはり大将になるべき器だと、改めて感じ入っていた。


「あのチビっ娘は誰だ?」


「ん? んんんーーー?


 ま、まさかバチョウ、チョーヒを知らないんじゃないだろうな?」


「ああ、確かにチョーヒと名乗っていたな。


 有名なのか?」


「お、お前ーっ!」


 今まで自分たちが対峙(たいじ)していた相手を誰だと思っていたのかだとか、事前に渡した書類を全く読んでいなかったのかだとか、バタイには言いたいことがいくらもあり過ぎて、かえってそれ以上の言葉が出てこなかった。


「そうカッカするな。


 あの小娘の闘気を見れば、並の武人ではないことはわかる。(あなど)りはしない」


「はぁ……はぁ……


 君に言いたいことは山ほどあるが、ともかく、あのチョーヒは君の見立て通り、カンウと並ぶリュービ軍随一(ずいいち)の猛将だ。あと、体は小さいが僕らの先輩だ」


「なるほど。


 ()にも(かく)にもあの小娘を倒せば、アタシとリュービの優劣がはっきりするというわけか」


 そう言うとバチョウは一歩前に踏み出し、チョーヒに向けて呼びかけた。


「良かろう!


 チョーヒ、このアタシと一騎討ちで勝負だ!」


 その呼びかけにバタイはギョッと驚き、バチョウの肩を(つか)んで振り向かせた。


「おいおい、本気なのか?


 奴は半ば生きる伝説となったチョーヒだぞ!


 本気で奴と一騎討ちをするつもりなのか?」


 バタイはてっきり、チョーヒを知った上でバチョウが堂々としているものと思っていた。だが、チョーヒを知らないのであれば話は別だ。


 しかし、バチョウの顔にはまだ余裕が見えた。


「バタイ、お前は今まで何を見てきた。


 お前の見てきたアタシは伝説には遠く及ばないというのか?」


「そ、そういうわけではないが……」


「ならば見ておけ。


 バチョウの伝説がまた一つ増える様を」


 そう語るバチョウの(あお)い瞳は今まで以上に爛々(らんらん)と輝いていた。それまでの鬱屈(うっくつ)とした表情は消え去っている。バタイとしては止めねばという気持ちもあったが、やはり、バチョウはこうでなければと気持ちが勝って送り出した。


 獅子(しし)(たてがみ)のように金色(こんじき)の髪を(なび)かせて、(あお)き眼光を放つ女性が両軍の中央へと進み出る。


 彼女こそがかつてソウソウの大軍を縦横無尽に駆け抜け、後一歩までソウソウを追い詰めた西涼(せいりょう)金獅子(きんじし)(にしき)のバチョウ!


挿絵(By みてみん)


 対するは追撃するソウソウの大軍を撃退し、並み居る武将を薙ぎ倒してきた戦の申し子、闘神(とうしん)・チョーヒ!


挿絵(By みてみん)


 ともに学園の上部に君臨する勇士の決戦が今、幕を開けた。

 最新話まで読んでいただきありがとうございました。


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 作品の話や三国志のことを話してます。よければどうぞ。


 次回は4月20日20時頃更新予定です。


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