第177話 憤懣!バチョウの憂鬱!
リュービは第三の砦を攻略し、チョーヒは北方、チョーウンが南方を平定している頃、同じ西校舎の最北部にある女生徒が寄宿していた。
美しく輝く長い金髪に、爛爛と光を放つ碧い瞳の彼女の名はバチョウ。
かつて自身の西涼高校が後漢学園に吸収合併され、三国学園となった。それに激怒したバチョウは西北校舎で番長連合軍を率いて生徒会長・ソウソウ相手に反乱を起こした。
彼女はソウソウを一度は追い詰め、西北を震撼させた。だが、二度の敗北を経て、ここ西校舎最北部の群雄・チョウロの下に落ち延びていた。
バチョウは元々多弁な人物ではなかったが、チョウロの下に来てからというもの、めっきり押し黙り、鬱屈とした時間を過ごしていた。
「まあまあ、バチョウ様。
自分の身は無事だったんですし、チョウロさんも我らを受け入れてくれたんだから、まずはそれを祝いましょうよ」
ここはチョウロより宛行われたバチョウと主だった部下が数人入るばかりの狭い教室。
バチョウがこの部屋に押し込められると部下の一人・トウチュウはバチョウを心配してそう声をかけた。
これにバチョウは烈火の如く怒った。
「祝うだと!
あれだけの犠牲を出し、西北を追われて何を祝うことがあるか!」
バチョウは怒りに任せ、拳を振り下ろした。あわや、というところでその拳は別の男によって受け止められた。
「バチョウ、心配してくれた部下にまで当たってどうする」
拳を受け止めた男はそう語った。
鷲の羽飾りを頭につけ、ポンチョのような民族衣装に身を包んだ長身の彼の名はホートク。バチョウ第一の家臣であった。
ホートクは怒らせたトウチュウを下がらせて、バチョウに向き直った。
「離せ、ホートク!」
バチョウはホートクの手を振り払うと、重ねて彼に尋ねた。
「アタシは西涼の自由のために戦った。
それなのに何故、アタシは西涼から追い出されなければならんのだ!」
彼女はかつての母校・西涼高校が一方的に吸収されたのを許せないでいた。そして、同じ思いであろう元西涼生のために戦ってきた。彼女自身はそう信じていた。
だが、先の戦いでは同じ元西涼生の手で、西北校舎から追い出されてしまった。チョウロの下に来てからというもの、彼女はその件ばかりを考えていた。
この問いかけに対して、ホートクは主君ではなく、弟妹を教え導くような口調で語りかけた。
「若大将、あなたは強い。だが、ただ強いだけだ。
ただ強いだけでは人の上に立てん。あなたには強さ以外が欠けていた。
かつてバトウ様は……」
ホートクがバトウの名を出した途端、バチョウは再び怒り狂った。
「ホートク、その名を口に出すなと言ったはずだぞ!」
バトウはバチョウの兄であり、ホートクの先代の主君であった。そのバトウは西涼高校の生徒会長となり、後漢学園との吸収合併に同意した。自身の兄が吸収合併を承諾したとあって、彼女は兄を深く怨んだ。そのために兄・バトウの名はバチョウ軍の中でタブーとされ、口に出すことさえ許されなかった。
だが、ホートクはそれでも敢えてかつての主君・バトウの話を始めた。
「いや、今のお前には話さねばならん。
バトウ様は両校が合併する前にこう言われた。
『バチョウは私より強く、才能に溢れた妹だ。
だからこそ、西涼高のみの狭い世界だけで満足してしまうのは大変惜しい。今回の合併でより広い世界に触れ、豊富な経験を積むことを私は願う』と……」
ホートクから告げられた兄・バトウの言葉に、バチョウはますます怒りを募らせた。
「なんだそれは!
それでは兄はアタシのために合併に同意したというのか!」
今にも掴みかからんとするバチョウを宥めつつ、ホートクは語った。
「違う、そうではない。合併はよい機会になったのではないかという話だ。
バチョウ、そもそもお前は勘違いをしている。
学校の合併という大事がただの生徒会長の一存だけで決まるわけがないだろう。
合併自体は前々から話が出ていた。バトウ様はたまたま決定した時の生徒会長だったというだけだ!」
ホートクは反対にバチョウを一喝した。
「ふざけるな!
アタシはそのことで兄を憎み、今まで来たのだぞ……今さらそんな言葉は聞きたくない!」
バチョウは声を張り上げてホートクに返した。
実際、バチョウ自身も薄々はわかっていることであった。学校の合併という一大事を生徒会長一人を責めたところでどうにもならないことを。
だが、彼女は自身の若き憤怒を誰かにぶつけねば収める術を知らなかった。ソウソウとバトウは絶好の相手であった。
だが、彼女はその憤怒だけでここまで来た。そして、一定の支持を得てしまった。今更収まりのつくものではなかった。
しかし、ホートクはそれでもなお、バチョウへの言葉を続けた。
「ならん!
お前が君主として西北に君臨したいと望むならば、向き合わねばならぬ」
ホートクにはわかっていた。彼女の憤怒が一定の支持を得ても、それだけでは西北の盟主にはなれないことを。だからこその言葉であった。
「うるさい!
お前は何様だ!」
だが、それがバチョウの怒りの火にさらに油を注ぐ結果となった。彼女はホートクに対して怒鳴り返した。
「私は若を矯正しようと思っているだけだ」
続けて放ったホートクの言葉に、バチョウはさらに怒りを募らせた。
「それだ!
お前はアタシを主君とは思っていない。今も私を『若』と呼び、兄を様付けする。それに『矯正』なんて言葉は主君に対して使う言葉ではない!
お前の心はアタシにない!
今もお前は兄の部下だ!
お前のような奴はいらない! 何処へでも行け!」
怒りに任せたバチョウがついにホートクにクビを言い渡した。
辺りが静まり返る中、すかさず一人の男が間に入って仲裁を始めた。
学帽に片眼鏡、バンカラマントを羽織ったこの男子生徒はバタイ。バチョウの従弟であった。
彼は血相を変えてバチョウを諌めた。
「バチョウ、なんてことを口にするんだ。
今、我らは苦境に立っているのに、仲を決裂させるような言葉を言うべきではない」
その言葉を聞き、バチョウは考えを改めたのか、怒りの形相から神妙な面持ちに変えてバタイらに向き直った。
「そうだな、今や苦境に立っているのだ。
その責任はアタシにある。
辞めるべきはアタシだ。
今日この限りをもってバチョウ軍は解散する!
お前たちは何処にでも行け!」
突然のバチョウの解散宣言に面食らい、バタイの動きは一瞬止まった。彼はバチョウの発言を改めてさせようと思ったが、バチョウはスタスタと教室から出ていってしまい、そのまま何処かへと消えてしまった。
「そんな、バチョウ……」
バタイはあまりの急な事態にただただ呆然とするばかりであった。
対してホートクはバチョウを追う様子もなく、教室を出ようとし始めた。その様子を見て、バタイは慌てて彼を止めようとした。
「ホートク、まさか、あなたも出ていこうと言うんじゃないだろうね?」
「奴が解散すると言ったのだ。ならばそうするのが筋だろう」
「し、しかし……」
当然だと言わんばかりのホートクに、バタイは上手く言葉が続けられなかった。
そのバタイの様子にも構わず、ホートクは独り言のように呟いた。
「バチョウ……奴は何もかもが間違っている女であったが、一つ正しいことを言った。
確かに奴の言う通り、私はバチョウを主君とは思っていなかった。
遅かれ早かれこうなる運命であったのだろう」
既に見切りをつけたかのように語るホートクに、バタイは悲しげな声色で、彼を引き留めようと声をかけた。
「……そんな事を言うなよ。
あなたは確かにバチョウを主とは思っていなかったかもしれないが、それでも主となるようにとこれまで言葉を尽くしてきたじゃないか」
「その結果がこれだ。
奴が奴であり続けるなら、私も私であり続ける」
「そんな……」
ホートクの回答にバタイは愕然とした。だが、それ以上に彼は言葉を続けられなかった。胸の内ではホートクの言葉に納得もしていた。今の彼を説得するような言葉はバタイには思いつかなかった。
「私の部隊は私が引き取ろう。
バチョウの部隊は、バタイ、君が決めろ。解散するも良し、君が主になるも良しだ」
愕然としたまま停止するバタイを余所に、ホートクは淡々と話を進めていき、そのまま教室から出ようと扉を開けた。
その出る間際、ホートクはバタイに言った。
「ここまで付いて来たテーギン、コーセンの両将には私から伝えておく。
元々、あの二人もこれ以上バチョウに付いて行くことに迷いがあった。よい機会だろう」
そう言うと、ホートクはそのまま教室から出ていってしまった。
後には茫然自失のバタイ、そして急展開の自体にただオロオロするばかりのバチョウの部下たちが残された。
「バチョウ、ホートク……
君たちは僕にどうしろと言うんだ……」
〜〜〜
教室を一人飛び出したバチョウは、ただ目的もなく虚ろな表情で教室を徘徊した。
ただでさえ金髪碧眼の人目を引く容姿をしている上、彼女の活躍はチョウロ陣営内に響き渡っていた。道行く誰もがバチョウと気付きながらも、そのただならぬ雰囲気を察して、腫れ物のように誰も彼もが歩く彼女から距離を取った。
バチョウは何するでもなく彷徨うと、購買部へとたどり着いた。彼女は隅にある自販機で飲み物を買うと、影に隠れてそれを啜った。
今の虚無な彼女には殺気も漂ってはいない。影に隠れると多くの者は彼女に気付かぬまま、購買部を利用した。バチョウはその客の姿をぼーっとしながら眺めていた。
「代わり映えのない風景だ。
アタシがいようがいまいが、昨日も明日も同じ風景が続いているのだろうな」
そんな事を誰に言うでもなくボヤいていると、突如、彼女の目に“異質な物”が映った。
いや、異質ではないかもしれない。だが、彼女の目を引くには十分なものであった。
それは購買部にやってきた一人の男子生徒であった。
髪は伸び放題、乱れ放題。風呂に入っていないのか辺りに異臭を漂わせている。
男は何やらボソボソと購買員に呟くと、購買員は面倒な様子で消しゴムを渡した。それを受け取ると、ボロボロのその男はまるで足を怪我したような奇妙な足取りで、転びそうになりながら購買部を去っていった。
「なんだ、あの男は?」
一部始終を目撃したバチョウは、その男に強烈な興味を抱いた。だが、あまりにも怪しい。バチョウは先に面識のありそうな購買員に話を聞いた。
「おい」
購買員は話しかけてきたのがバチョウと瞬時に気付いて驚愕した。
「あ、あんたはバチョウ……!」
「今、アタシは誰でもいい。それよりもあの奇妙な男は何者だ?」
購買員も最初こそ驚いたが、特に問題もなさそうなのでバチョウに質問に答えた。
「ああ、あの男ですか。
あれはカンピンですよ」
「カンピン?
それが名か?」
「いえ、本名は知りません。あの男はいつも小銭ばかりで最低限の文具を買っていくんです。
それで皆はカンピンと呼んでます。素寒貧のカンピンです。
度々、見かけますが、奇声ばかり発してやり取りもままならんので、それ以上の事はよく知りません」
どうやら購買員も詳しい素性は知らないようであった。
「むむむ、聞けば聞くほどただの貧乏人にしか見えん。
だが、何故か興味を覚える……
このままあの男を見逃すことはできん」
それでもどうしても気になったバチョウは、そのカンピンなる男の後を追うことにした。
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次回は3月30日20時頃更新予定です。




