第1話 運命!三人の出会い!
長い廊下を抜け、扉を開け、一人の生徒が静かに教室の中へとやってきた。そして、その生徒は、教室の奥にて窓の外に目をやる一人の生徒へと、厳かな雰囲気で話しかけた。
「リュービ会長、ソウソウとの戦いのための作戦会議の準備が整いました」
名を呼ばれた俺は、声を発した主の方へと振り返った。
「ああ、わかった、今行くよ。
それとコウメイ、そんな畏まって会長と呼ぶのやめてくれないか?」
俺は苦笑しながら声の主へと返した。
「そういうわけには参りません。
リュービ会長は今やこの学園の生徒会長なんですから」
声の主は至って真面目な様子でそう、俺に伝える。俺からすれば、昔のままの呼び方で良いのだが、声の主・コウメイにはそういうわけにはいかないようだ。
「生徒会長か」
そう、俺は思わず呟いた。
思えば遠くまで来たものだ。
かつて、この学園は大きく乱れ、そんな中で多くの生徒が明日の英雄にならんと立ち上がり、学園の天下を巡って争った。
争いの中、多くの豪傑が倒れ、今、学園の天下取りレースは終盤に差し掛かろうとしていた。
そして、今や、この俺が人から生徒会長と呼ばれる立場になり、あの“乱世の奸雄”・ソウソウを相手に、雌雄を決しようとしている。
高校に入学したての頃からは想像もつかないような状況だ。
俺はそんなことを考えながら、部下・コウメイの案内で、みんなの待つ作戦会議室へと通された。
会議室として利用する教室だけあって、とにかく広い一室だ。百人以上の生徒が机椅子を中央に四角を作るように並べ、まだ教室に充分な余裕があるほどの広さである。
そして、そこで机を対峙させ、議論を戦わせているのは、武において、あるいは文において、その名を知られた我が陣営の精鋭たちだ。
彼ら彼女らは俺が到着すると、合図を出したわけでもないのに、一斉に起立し、頭を下げて挨拶する。
俺は内心、堅苦しいなと思ったが、立場もあるので、それを受け入れ、すぐに座るよう指示を出した。
俺は中央最奥の席に、コウメイをすぐ隣の席に座らせ、居並ぶ文武百官に意見を訊ねた。
今の議題は当然、宿敵・ソウソウとの決戦である。
ある武将は言う。
「今ソウソウはすぐに動ける状態ではありません。
自分に精鋭をお預けください。
自分が電光石火の速さで、ソウソウが反応するより早く、西側奥深くの陣地を奪取してみせます。その後、リュービ会長が大軍で来ていただければ、ソウソウ領の西側は我らの領土です!」
その策を俺は、多少リスクは高いが、面白い意見だなと思った。敵を攻撃することにおいて、速さはそれだけで武器になる。
それに対し、ある参謀は言う。
「それでは危険が大きすぎます。
ここは慎重に、徐々に敵の領土を切り取っていくべきです。
そして、今外にいるカンウ将軍と連携を取り、ソウソウ軍を東西で翻弄させるべきです」
なるほど、今、別軍を率いているカンウの強みを活かしている。一気に成果を上げるのは難しいが、堅実に結果を出せる策だ。
しかし、改めて考えれば、ただの高校生に対して、武将だの参謀だの大げさな表現だなとも思う。だが、ここに列席している生徒たちをこれ以上に言い表す言葉はないだろう。
武将と呼ばれる生徒たちは、生徒を率い、敵と戦い、領土拡大に協力してくれた者たちだ。
参謀と呼ばれる生徒たちは、知恵を出し、敵を欺き、陣地の拡張に協力してくれた者たちだ。
ここにいる武将・参謀らがいなければ、今の俺はいない。
「リュービ会長、このような意見が出ておりますが、如何致しますか?」
隣に座るコウメイが、居並ぶ武将・参謀らを代表するように俺に訊ねる。
「そうだ、コウメイ、君の意見は?」
「私は戦術においてリュービ様には及びません。
ですが、策略でなら貢献できるかと思います。
既にソウソウの陣営内には争いの種を蒔いております。
内からソウソウを崩し、外からリュービ様が攻め、内と外からソウソウを突き崩しましょう」
コウメイは謙虚と自信が同居した口調でそう答えた。
さすが、俺の参謀総長。なんと頼もしい部下だろうか。
俺の軍師にはコウメイがいる。そして、武将にはカンウ・チョーヒがいる。
軍神・カンウと共同戦線を張り、東西からソウソウを攻める。そして、俺の軍の先鋒は、戦神・チョーヒに任せよう。いや、二人だけではない。どうせなら、我が陣営が誇る“五虎大将軍”を全員、戦場に揃えてみせようか……。
戦略を練り、戦術を立て、軍を率い、敵を撃ち破り、領土を拡げる。
全く、これが高校生の学園生活かと、たまにふと考えてしまうが、しかし、今となってはこちらの生活のほうが、俺にとっては馴染み深い。
学園外の人間からすれば不思議な学園生活だろうが、俺だってこんな高校生になるとは思いもしなかった。
入学当初、俺は何処にでもいる平凡な生徒に過ぎなかった。
なんの因果か学園の天下を巡る争いに巻き込まれ、多くの出会いと別れを経て、今や周囲から英雄の一人と呼ばれるまでになっていた。
そして、この長かった争いを制し、分断された学園の天下を、再び統一する真の英雄がまもなく決まることだろう。
それは俺か、ソウソウか、それとも――。
全く、入学前には思いもしなかったことだなと、俺は胸の内で密かに笑う。
俺だけではない。おそらく、誰も思わなかったことであろう。
そう、全ての始まりは俺、リュービがこの学園に入学した時に遡る……
ここは1800年前の中国でもなく、黄河の畔でもない、私立後漢学園。
この高校は来る者は拒まずの精神で、どんな生徒でも受け入れることから、その生徒数は一万人にも達し、全国でも有数のマンモス校として知られている。
ピンからキリまで多士済々の生徒が一万人も集うこの学園だが、先生の介入は必要最低限に止められ、生徒自身による自治で運営されている。そして、その生徒をまとめる生徒会、さらにその頂点に立つ生徒会長には、絶大的な権力が与えられている。
そのため、生徒会長にはそれに相応しいだけの実力が求められる。ただ、学業が優れていても認められない。統率力・智力・運動能力・人望・品行……どれも突出した能力が求められるが、どれも決め手ではない。ただただ、選挙戦に勝つ。あらゆる手段を用いてでも勝った者が生徒会長である。それを実力と呼んだ。
だが、その生徒会長の影響力は凄まじく、一万人の生徒の上に君臨するだけに留まらず、近隣の学園さえ従え、さらには一般社会にまで及ぶ。
この学園の生徒会長経験者には、後に政界・官界・財界・法曹界・学界……と上げ出せばきりがないほどの各界を代表するような著名人を輩出してきた。そのOBの協力を得ることで、生徒会長の権力は学園の外にまで及ぶ。
なにもOBも母校だから力を貸すのではない。この学園の生徒会長になれば、卒業後、あらゆる業界から引く手数多、そして、どの業界に進んでも将来が約束された存在となる。将来の投資先としてはこれほど最優良の相手もいない。
OBは将来の投資として生徒会長に協力し、生徒会長はそのOBの協力を得ることで、より権力を増し、さらには将来のコネも獲得できる。持ちつ持たれつという奴だ。
その絶大な権力と、約束された将来を目指し、生徒会長にならんとする野心家も多い。例え生徒会長は無理でも、生徒会の一員というだけで、充分な箔がつく。
まあ、平凡な俺には生徒会なんて雲の上の存在、無縁の話だ。
生徒会には無縁でも、この学園には全国から多くの有望な若者が集まる。中には既に大人顔負けの功績を上げたような生徒も少なくない。そんな学園に入学して、多くの人と交流出来るというだけでも、心が踊る。
今日から俺もここの一年生。期待に胸を膨らませて、今まさに校門をくぐった。
「ここがあの後漢学園か……でっかいなぁー」
俺は思わず感嘆の声を洩らした。
目に入った光景はまさに圧巻であった。校門から校舎まで、ざっと千人の生徒が行き来している。そして、それだけの生徒が往来しながらも、まだ広さに余裕のある巨大な校門と道。こんな規模の校門と道がまだ、学園の四方にいくつかあるというのだから、この学園の巨大さは桁外れだ。全校生徒数一万人は決して誇張ではないと実感できる。
片田舎から出てきた俺からすれば、まずこの人の多さが信じられなかった。祭の日でもここまでの人は出歩かない。そして彼方に見える校舎の大きさも、田舎なら郊外の大型商業施設まで行かねば見れないデカさだ。このサイズの校舎がまだいくつかあるというのだから、全く、異世界にでも来たような気分になる。この異質な世界を目にして、俺は改めて後漢学園に入学したのだと実感した。
この一歩から俺の青春の三年間が始まるんだ!
勉学に励むのもいい、部活に精を出すのもいい、友情を育むのもいい、恋人を作って恋愛に勤しむのもいいかもしれない。
田舎の中学からわざわざ出てきたんだ。せっかくだから、充実した高校生活を送りたい!
そう思い、一歩を踏み出した俺の横を、二人の女生徒が通り過ぎる。
「なんて美しいんだ……」
俺は思わず目を奪われてしまった。
一人は、美しく長い黒髪を翻し、ほのかな良い香りを漂わせ、大きな瞳、整った顔立ち、モデルのようなスラリとした長身で、まるでどこぞのお嬢様のような雰囲気の女性。そして、何より目を引くのはその胸の大きさ…いや、じっくり見てるとかではなくて、男なら仕方がないというか、誰に言い訳してんだ、俺は。
そして、もう一人は隣の長身の女生徒と比べると子供のように背が低いが、こちらも随分整った顔立ちで、頭の左右に中華風のお団子カバーをつけ、口から八重歯を覗かせる、いかにも天真爛漫そうな女の子だ。ちなみに胸は控えめ…
一人が美しい感じなら、もう一人は可愛い感じだろうか。あまりの美少女の登場に、俺は思わず立ち止まって目で追ってしまった。俺だけではない。その二人のあまりの美しさ、可愛らしさはこの千人が行き交う中にあって際だっており、多くの生徒が彼女らに目を取られ、あるいは足を止めていた。
さすが、天下の後漢学園、あんな美少女も在籍しているのか。一年生だろうか、なんとか親しくなりたいものだが、俺みたいな平凡な男ではあまりにも高嶺の花過ぎるなぁ。
何しろ、俺は背は少し平均より高いかなといった程度で、中肉中背に収まる範囲。顔もまあ、酷くは無いと思うが、普通だし、取り立てて特技もなし。
「うーむ、とても話しかける勇気がわかない。
せめて同じクラスになれるよう願うかな」
そんな神頼みをしつつ、俺は校舎へと向かおうと一歩踏み出した。だが、次の足を思わず止める場面に出くわしてしまう。
「おい、ネーちゃん、えらく別嬪じゃねーか、俺たちの黄巾党に入らねーか?」
「黄巾党ってのは俺たちのようなイケてる生徒の集まりだぜ!
この“黄”色い頭“巾”をつけるから黄巾党だ。
さあ、ネーちゃんもこの頭巾をつけて、俺たちの仲間になろうぜ!」
俺の目の前に立っていたのは、一人は色黒、もう一人は青白い顔の、ともに大柄な男子生徒。自分たちで言っていた通り、頭に黄色い頭巾を巻いている。二人とも見るからに不良という人相で、とても近づきたくない雰囲気だ。
黄巾党……部活か何かだろうか? いずれにせよ関わっちゃいけない集団なのは直感でわかる。
可哀想に二人の女生徒が絡まれている。しかし、出来れば関わりたくない。先生でも呼びに行くべきか…いや、あの二人は…
「黄巾党の悪名は聞いています。たちの悪い不良グループでしょう。
そんなものに勧誘しないでください!」
「そうだぜ、早く立ち去れ、シッシッ!」
間違いない。絡まれているは先ほど、俺が見惚れていた二人の女生徒だ。
確かにあんな美少女なら目立つもんな。しかし、あんな態度では火に油だ。あの二人、大変な目に合わされるぞ!早く先生を呼ばないと…!
「この女、人が下手に出てれば調子に乗りやがって!力づくで連れて行くぞ!」
「やれるものならやってみなさい!」
黒髪の美少女の啖呵が響く。
「やってやるぜ!」
お団子ヘアーの美少女も勝ち気なのか、こちらも一歩も退かない様子だ。
明らかに先生を呼びに行っていては間に合わない……
相手は見るからに強そうな不良二人組。対して俺には生活最低限の筋肉しかない。格闘技の経験もなければ、ろくに喧嘩したこともない平々凡々の男……とても勝てる相手ではない。
そんなことはわかっている。
怖い。できれば関わりたくない。
でも、あの娘たちを見捨てて、このまま立ち去るのは嫌だ!
「ま、待て、その娘たち嫌がってるじゃないか!」
ありったけの勇気で俺は叫んだ。
叫んだって言ったって、声が裏返り、ビビっているのは一目瞭然。
足が震える。
心臓が高鳴る。
これは俺の正義感なのか。はたまた、ただ目の前の女の子にカッコつけたいだけの下心なのか、俺にはわからない。でも、彼女たちを見捨てて、この場から逃げるのだけは嫌だ!
「なんだ、オメーは?」
色黒の方の男が、俺を睨みつける。一瞥してビビっていることが伝わる俺の様子に、男は鼻で笑う。
「そ、その黄巾党ってのなら俺が入るよ!」
俺に勝算なんか無い。せめてあの娘たちが逃げる時間稼ぎが出来ればそれでいい。
目を上げる勇気もない俺は、頼む今のうちに逃げてくれと必死に念じた。
「オメーみたいなザコはいらねーんだよ!
邪魔すんならぶっ飛ばすぞ!」
色黒の方の男がやってきて、俺の胸ぐらを掴む。
背の高さも違えば、腕の太さも全然違う。おそらく、戦えば全く相手にならないであろうことは、誰が見てもわかるだろう。
絶体絶命の状況に俺は覚悟を決め、せめて逃げていてくれと念じつつ、うっすらと開けた目で彼女たちのいた方を見た。
だが、彼女たちはまだそこにいた。
逃げれなかったか。まあ、あんな可憐な女の子たちじゃビビって動けないのも仕方がないか。
ならば、せめて騒ぎが大きくなって先生たちが来てくれることを祈るしかない。
俺は男の振り上げる拳に対して、半ば諦めた気持ちで目をギュッと瞑った。
「その手を離しなさい!」
その良く澄んだ声に、周りの時間が一瞬止まり、俺は恐る恐る声の先へと目を開いた。
この声の先にはあの黒髪の美少女が、震えることも、怯むことも、ビビることもなく、立っていた。
その姿は、通り過ぎたあの一瞬より、遥かに美しく見えた。
「テメー、立場がまだわかってねーのか!」
近くにいた青白い方の男が、黒髪の彼女に掴みかかろうとした。
しかし、その手が彼女に届くことはなかった。
「立場がわかってないのはお前の方だぜ!」
一瞬、何が起こっているのか、俺には分からなかった。
気付いた時には、黒髪の彼女の隣にいたお団子ヘアーの女の子の細腕が、男の腹にめり込み、次の瞬間には男は静かにその場に倒れていた。
そのあまりの事態をさも当然といった様子で、黒髪の美少女の方はそちらに振り向きもせず、俺たちの方へと一歩、また一歩とゆっくり歩み寄ってきた。
「お、おいトウモ…
オ、オメー、何者だ!」
先程まで威勢の良かった色黒の男が震えた声でそう黒髪の美少女に訊ねた。
「覚えておきなさい。
あの娘はチョーヒ。
私はカンウ。
あなたたちを倒す者です」
「ふ、ふざけんな!
このテイエンシ様をナメんなー!」
色黒の男は黒髪の美少女へ襲いかかる。
しかし、彼女はまるで歩く動作の一つのような自然な動きで、男の伸ばした腕に手を添えると、羽毛でも払うかの如く軽々と男を投げ飛ばした。
そのあまりに早く華麗な動きに、男は受け身も満足に取れず、その巨体は地面へと叩きつけられ、そのまま意識を失ってしまった。
振り返ればあまりに一瞬の出来事であった。
見るからに強そうな二人の不良は、二人の可憐な美少女相手に一撃で倒されてしまった。
その突然の光景に、俺は脳の処理が追いつかず、その場にへたり込んでしまった。
そんな俺に、長く美しい黒髪の美少女は近づいて、優しく手を差し伸べてくれた。
「先ほどは助けていただきありがとうございます。
大丈夫ですか?」
俺はその美少女の手を取り、立ち上がった。
「い、いや、むしろ俺の方こそ助けてもらったよ。
君たちは一体何者なんだい?」
その俺の疑問に、黒髪の美少女は可愛く微笑んで答える。
「何者…というほど大層な者ではありませんよ。
ただ、ああいう乱暴な方が許せないだけです。
申し遅れました。私は一年生の関羽美と申します。
皆さんからはカンウの愛称で呼ばれています。
そして、こちらが…」
カンウと名乗る黒髪の美少女に促され、もう一方のお団子ヘアーの美少女も挨拶してくれた。
「オレも新入生の張飛翼だぜ!
周りからはチョーヒって呼ばれているんだぜ!」
チョーヒと名乗るオレっ娘は、どうやら見た目以上に元気な娘のようだ。
思いがけず、二人の美少女に名乗られ、俺も自己紹介を行った。
「俺も一年生の流尾玄徳。
みんなからは苗字を音読みしてリュービと呼ばれているよ」
「まあ、同じ一年生なのですね。
これからよろしくお願いします」
「よろしくだぜ!」
二人の美少女の笑顔が俺に向けられる。
間近で見るとやはり可愛い。そんな二人の笑みを向けられて、俺は思わず赤面して、目を反らした。
「いやー、しかし、彼らが名乗っていた黄巾党って何物なんだろうね?」
赤面する顔を見られまいと、俺は話題を変えた。
「私も噂程度でしか知りませんが、なんでも最近、この学園に現れた不良グループだそうです。
強引な勧誘をすると、聞いておりました」
「だから、オレとカンウで組んで、一年生が被害に会わないよう自警団やろうって話てたんだぜ!」
なるほど、見た目だけならこんな可憐な美少女が自警団? と思うが、彼女たちの実力を見てしまった今なら納得するしかない。
彼女たちならきっと学園を守れるだろう。
だけど、こんな女の子二人に危険な仕事を押し付けていいのだろうか?
俺は胸の内で密かに葛藤した。
そして、決めた。
「良ければ、俺もその自警団に加えてくれないか?
戦力にはなれないかもしれないけど、何か助けられることはあると思う。
君たちに協力させてほしい」
俺は二人に協力を申し出た。
少し早まったかなとも思った。二人に比べれば俺は全く戦力にはならない。
しかし、戦力にはならなくても、何かしらで貢献できることはあるはずだ。
もちろん、この二人の美少女とお近づきになりたいという下心が無いとは言わない。でも今は、強くて正義感に溢れた彼女たちへの憧れの気持ちが強い。
そんな憧憬の彼女たちに全て押し付けて、せっかく入った高校で、漫然と学園生活を送りたくはない。
最初に思い描いていたのとは違うかもしれないが、これだって充分、充実した学園生活のはずだ。
「協力していただけるのならありがたいです。
一緒に学園の平和を目指しましょう」
そう言うと長く美しい黒髪の美少女・カンウは嬉しそうに俺の手を取り、歓迎してくれた。
彼女の差し出したその手は柔らかく繊細で、とても大男を投げ飛ばすようには思えなかった。
「えー、カンウ、こいつ加えんの?
弱っちそうだぜ?」
対して、お団子ヘアーの美少女・チョーヒは不満な様子で反対する。
「チョーヒ、何も戦いは力だけでするものではありませんよ。
それに彼には声を上げるだけの勇気があります」
「んー、カンウがそういうならしょうがないんだぜ!
よろしく頼むんだぜ、リュービ!」
カンウの言葉にチョーヒも折れ、彼女のその可愛らしい手を差し出し、俺と握手をかわした。
やはり、こちらも男を殴り飛ばすような手には思えなかった。
「これからよろしく。
カンウ・チョーヒ!」
俺、リュービが入学早々に出会った二人の友-
このカンウとチョーヒとの出会いが、俺の学園生活を大きく変えていくことになるとは、この時はまだ知る由もなかった。
学園内のとある一室。長机がいくつも並べられ、二百人ばかりの生徒が黙って席についていた。
その最奥に、この教室の主と言わんばかりの態度で、彼女は椅子に腰掛け、足を組み、鋭い目つきで手に持つ書類を眺めていた。
「最近、黄巾党の横暴が目に余るな。
そろそろ我ら風紀委員が本腰を入れて駆除せねばならんか」
彼女の向けられた鋭い視線が、周囲を威圧し、二百人の生徒がその威圧に耐えかね目を逸らす。だが、一人、その視線に怯えながらも、近くにいた部下と思わしき男が彼女に報告する。
「あの……先ほど、報告がありました。
黄巾党のテイエンシ・トウモの二人が校門付近で一年生に勧誘を行っていたそうです」
彼女は、そこで挙げられた名に聞き覚えがあった。
「強引な勧誘で知られた二人組だな。早速、一年生に手を出したか。
それで、どうした?
誰か黄巾党に入ってしまった一年生はいるか?」
「それが……勧誘された一年生が彼らを撃退してしまったそうです」
その報告に興味を持ったのか、彼女は嬉しそうな反応を示す。
「ほう、新入生の中にもなかなか骨のある奴がいるな。
名前はなんというんだ?」
彼女の鋭い目が赤く光り、彼に問いかける。
「は、はい、カンウ・チョーヒ、そして、リュービという者だそうです」
「なかなか面白い話だ。一度会ってみたいものだな」
彼女はニヤリと笑って返す。このニヤリ顔は彼女が心底楽しんでいる表情だが、それを知らぬ周囲はただただ威圧されるばかりであった。
「しかし、たった三人では、あの黄巾党を倒しきれん。
今の奴らはそれほどまでに大規模な集団になってしまった。
やはり、学園の安寧は私が守らねばならんな。
この風紀委員・ソウソウがな」
そう語る赤黒い髪に、赤黒い瞳の女性・ソウソウは、不敵に笑った。