第165話 辺鄙!若き麒麟児!
西涼の群雄・バチョウの侵攻を受け、西北校舎の南部エリアは彼女に降伏した。
しかし、バチョウから再び秩序を取り戻すため、西北の烈士・ヨウフらは立ち上がった。
ここは彼らが拠点としていた学習室より西側にある技術教室。
先のバチョウ軍の包囲戦では、武将・キョージョがこの教室を中心に抵抗した。上官のイコウの降伏を機にキョージョもバチョウ軍に降伏したが、キョージョは教室より動こうとはしなかった。
「キョージョ将軍は今もなお教室を離れようとしない。
おそらく、キョージョ将軍の気持ちは私と同じなのだろう。バチョウへの不服従の態度を貫いているのだ」
頬の痩せこけた、背の低い男・ヨウフはそう確信し、同僚のチョウコウ、そしてその恋人・オウイとともにキョージョの元を訪ねた。
「キョージョ将軍、ヨウフだ。入るぞ」
ヨウフから教室に入ると、一人の男が待ち受けていた。
「おう、久しぶりだな。三人ともよく来てくれた」
出迎えた男はボサボサの髪に、がっしりとした体格、堀の深い顔立ちはよく見れば美男子。だが、身嗜みには無頓着な様子で、持ち腐れな印象を受ける。
この男がここ技術教室を拠点にバチョウ一派と戦った将軍・キョージョであった。
出迎える彼の姿を見て、凛々《りり》しい眉にふくよかな体型の男・ヨウフとともにやってきたチョウコウが確認するように尋ねた。
「その様子、やはり怪我は大したことはなかったようだな」
キョージョは先の戦いで負傷したことを理由に、この教室から動かなかった。しかし、怪我は大したことはないと聞いており、チョウコウらは怪我は口実で、部屋を動かないためのものだろうと言い合っていた。
「ああ、そのことか。
確かに、大した怪我はしてないのだがな……」
何やら言い淀むキョージョを遮るのように、痩せた男・ヨウフが食い気味で話し出した。
「やはり、キョージョ将軍もバチョウを倒す意志を持っておられるということだな!」
鼻息荒くそう答えるヨウフに、キョージョは少し困り気味な様子で答える。
「うむ、確かにワシはこのままバチョウの言いなりになるのは納得できん。
だが、それとは別に少々困った問題があってな……」
どうも先ほどからキョージョの歯切れが悪い。
その様子にヨウフが尋ねる。
「問題とはなんだ?
まさか、キョージョ将軍もバチョウと戦うのは反対なのか?」
ヨウフは問い詰めるように少々早口で彼に詰めよる。キョージョはその態度に、少々狼狽えた様子で返答をする。
「先ほども言ったようにバチョウの討伐には賛成だし、君たちが戦うというなら、その戦陣に身を置くことも吝かではない。
だが、ワシにも抱えていることがあるのだ」
キョージョはどうやら訳ありの様子だ。
しかし、是が非でも味方を得たいヨウフはとにかく話を進めようとする。
「その抱えているものとはなんだ?
そこまで最優先でやらねばならないというものなのか?
君も見たであろう。バチョウの暴挙を!
我らは教室の守りを任されては全う出来ず、イコウ様のバチョウへの降伏を止めることも出来ず、結果、イコウ様はバチョウにやられることとなった。
君もイコウ様に恩義のある身であろう。
その問題が何かは知らぬが、是非、君にもバチョウ打倒に協力して欲しい!」
涙を流さんばかりに捲し立てるヨウフに、キョージョは押され気味に答える。
「うむ、わかる。お前の気持ちはわかる。
だが、ワシにはまず解決しなければならぬ問題があってな……」
逡巡を見せるキョージョ。
だが、そこへ新たな声が割り込んできた。
「キョージョ兄さん、良いではないですか。
彼らに協力しましょう」
そんな言葉が、隣の準備室から聞こえてきたかと思うと、その扉がおもむろに開け放たれ、中から一人の女性が現れた。
それは肩まで届く亜麻色の髪、大きな瞳に、華奢な体つきの、白いブラウスに黒いロングスカートを履いた少女であった。
その亜麻色の髪の少女は入ってくるなり、よく澄んだ声でキョージョに向かって語りかけた。
「キョージョ兄さん、この方々は義心によって行動を起こそうとされています。
ぜひとも彼らに協力しましょう!」
その入ってきた少女は見た目こそ可憐な美少女といった様子であったが、言動は勇ましい様子の女の子であった。
思わぬ援軍の登場だが、ヨウフらは誰一人としてこの入ってきた少女と面識がなかった。
「キョージョ将軍、この娘はあなたの妹さんですか?
妹さんがこの学園に通われているとは初めて知りました」
ヨウフの問いに、キョージョは頭を掻きながら答える。
「いや、この娘はワシの従妹なんだ。
おい、皆に自己紹介を」
キョージョに促され、その亜麻色の髪の少女はヨウフらに一礼する。
「申し遅れました。
私はキョージョの従妹で、姜本維と申します。
“キョーイ”とお呼びください」
キョーイと名乗る少女は、この挨拶一つとっても優雅な所作で、良いところのお嬢さんといった印象を三人は受けた。
彼女の挨拶が終わると、それに続けるようにキョージョが困り顔で話し出した。
「実は件の問題というのはこの娘のことなんだ。
キョーイはまだ中学生なんだ」
中学生と言われ、驚いた様子でヨウフは彼に尋ねた。
「中学生? 何故、中学生が高校にいるのですか?」
確かに言われれば少女は高校生にしては華奢な体つき。それが中学生と言われれば納得できる。
だが、ここは高校、中学生がいるのは不可解であった。
彼らの当然な疑問にキョージョは答える。
「うむ、たまたま学校見学で遊びにきていたのだ。その時にバチョウらに包囲され、帰るに帰れなくなってしまった。
中学生なら本来ならこの騒動とは無関係だ。ワシとしては一刻も早く帰したいのだが、外にはバチョウの一派が彷徨いている。奴らに見つかって変なことをされてもいかんので、ここから動くに動けんのだ」
その話に周囲はなるほどと納得する。先ほどまでキョージョが迷っていたのは従妹のことだったのだ。彼女の安全を考えて躊躇していたのだ。
しかし、少女・キョーイはそんな彼の心配はどこ吹く風で、朗らかに答える。
「キョージョ兄さんは心配し過ぎですよ。
私には武芸の心得があります。不良ごときに遅れは取りませんよ!」
亜麻色の髪の美少女・キョーイは得意気にそう語る。その様に将軍・キョージョはますます困り顔で話を続けた。
「このようになかなかじゃじゃ馬な娘でな。ワシが目を離すと何をするかわかったもんじゃない。
しかし、預かった以上は無事に送り届ける責任がある。バチョウ一派に見つからずに安全に外に連れ出したいのだ」
心配する様子で従妹・キョーイを見るキョージョ。その会話に何か思いついた様子の同僚・チョウコウが話に加わった。
「そういうことなら私に任せてくれ。
私にはバチョウから貰った外出許可証がある。この許可証を使ってキョーイを外に連れ出そう。
さすがの不良どももバチョウの許可証を持った相手を拐かしたりはせんだろう」
ふくよかな男子生徒・チョウコウはそう言いながら許可証の紙を取り出した。この許可証はバチョウの名で出された物、これに逆らうのはバチョウに逆らうのと同じだ。これを見せればバチョウ一派には手出しが出来ないだろう。
「それはありがたい。では、キョーイを頼む」
喜ぶキョージョに、当の本人・キョーイも嬉しそうに発言する。
「これでキョージョ兄さんもヨウフさんたちの計画に加われますね」
「まったく、誰のために心配していたと思っているのか。
まあ、その礼というわけではないが、ワシも君たちの計画に加わろう」
将軍・キョージョは元々バチョウの行為を快く思ってはいなかった。従妹・キョーイの安全が確保された今、参加を躊躇う理由はなかった。
「ならば、キョージョ将軍を加えて、このまま作戦会議といこう」
ヨウフらはこの場で打倒バチョウの計画を話し合った。
まずは軍人として経験豊富なキョージョが口火を切る。
「この中で一番の戦力は我が部隊だろう。ワシらが先陣を切って戦おう。
だが、敵戦力はワシらの数倍、とても真正面から戦える相手ではない」
その意見に同意しつつ、計画の首謀者・ヨウフも話し出す。
「今、私の従妹・ヨウガクとその部隊がバチョウに拘束されている。これをなんとか助け出して戦力に加えたい」
これに同僚・チョウコウは注意を付け加える。
「しかし、キョージョ軍とヨウガク軍を足しても、とてもバチョウ軍には数で及ばない。さらに戦力を集めなければ」
三人の男どもが頭を突き合わせ、ウンウンと唸って思案を巡らせていると、横から少女・キョーイが喜々として話に割り込んできた。
「なるほど、御三方の話はわかりました。
①、キョージョ兄さんの部隊を主力に使うが、負担は分散させる。
②、ヨウガクさんとその部隊を救出する。
③、①と②だけでは戦力が足りないのでさらに味方を集める、ということですね」
部外者なはずなのに嬉しそうに分析するキョーイに彼女の従兄・キョージョは少しキツい口調で窘めた。
「キョーイ、お前はまだ中学生なんだ。話に加わるんじゃない!」
怒られて不平を漏らすキョーイを、チョウコウの彼女・オウイは慰めつつ、怒ったキョージョに口利きする。
「キョージョさん、そんなに言わなくていいじゃないですか。
キョーイちゃんの言葉はなかなか理に適っています。ここは耳を傾けてみるのはどうですか?」
オウイにそう言われ、さらにヨウフ・チョウコウの二人も彼女に賛同したため、キョージョも折れて、従妹・キョーイの話を聞くことにした。
聞いてもらえるとわかるやキョーイは奮起して自説を饒舌に語り出した。
「こちらの主力はキョージョ兄さんの部隊です。
まずは兄さんがここで反乱を起こし、バチョウをこの教室に引き付けましょう。
バチョウがこちらに来たら、その隙に囚われているヨウガクさんらを助け出して、そちらはそちらでヨウフさんらがいた教室で反乱を起こしてもらいましょう。
これで二方面からバチョウを挟撃できます」
まだ年端もいかぬ少女・キョーイの理路整然とした策に、計画を持ちかけた首謀者・ヨウフは深く頷きながら答えた。
「なるほど、キョーイ君、君の策は良策だ。
よく参考になる。
だが、敵のバチョウ軍の兵数は数百。
我らの兵数では二方面で展開するぐらいではとても相手にはならんぞ」
だが、これには彼の同僚・チョウコウが援軍を出す。
「まあ、待て。
インホウが籠もっていた教室が東にある。そこを拠点にもう一つ反乱を起こすのはどうだ?
これなら三方面からバチョウを攻められる」
インホウもまた彼らの同僚だ。彼は彼でバチョウ一派の包囲戦を受けていた。彼が戦っていた教室も籠城に適した場所であった。
確かに場所はある。だが、ヨウフはそれでも納得しなかった。
「籠城する場所はそこでいいだろう。
しかし、兵の不足はまだ解決していないぞ。
この反乱は秘密裡に行わねばならない。バチョウにバラされては元も子もない。寝返らない信用できる人物で兵を補充しなければならない」
そのヨウフの言葉を聞き、待ってましたとばかりに少女・キョーイが声を発する。
「それなら仲間に引き込めそうな人物に心当たりがあります!」
だが、その発言に間髪入れず彼女の従兄・キョージョがツッコミを入れる。
「待て、なんで中学生のお前が、この高校の生徒に心当たりがあるんだ?」
キョージョからすれば尤もな意見であった。中学生の彼女が高校生の人物を知ってる
はずはない。
しかし、少女・キョーイは自信満々に反論した。
「キョージョ兄さんが作っていた名簿を読ませていただきました」
キョーイの言う名簿とは占領者・バチョウに作成を命じられた降伏者の名前をまとめたものだ。彼女はどうやらそれを盗み見たようである。
あまりに堂々とした態度に、従兄・キョージョは呆れながらも小言を言う。
「おい、あれは個人情報なんだぞ。勝手に見るんじゃない。
……まあ、いい。それで誰が適任と言えるんだ?」
キョージョに言われ、少女・キョーイは改めて語り出した。
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作品の話や三国志のことを話してます。よければどうぞ。 次回は1月6日20時頃更新予定です。
今回が年内最後の更新となります。今年一年ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。




