第164話 烈女!オウイの発破!
「チョウコウ、あなたは本当にそれでいいのですか!」
長い黒髪に花の簪をつけた目鼻立ちのはっきりした女生徒・オウイの張り上げた声が辺りに響く。その声に凛々しい眉にふくよかな体型の男子生徒、彼女の恋人・チョウコウは仰天した。
彼女の言葉にチョウコウは内心しまったと思った。
恋人のオウイは、同僚のヨウフに負けず劣らずの気丈な女性だ。先ほど語って聞かせたヨウフのバチョウに対する叛心が、彼女の義心に火をつけたことを感じ取り、チョウコウは後悔した。
「あなたもヨウフと同様、イコウ様にはお世話になったのでしょう。
その恩あるお方が、目の前でやられて何故、許せるのですか?」
オウイの言葉が、チョウコウにちくちくと刺さる。
チョウコウやヨウフの上司・イコウは、生徒の身の安全を条件に群雄・バチョウに降伏した。
だが、バチョウはその約束を反故にし、衆人の前でイコウを処刑した。その様子を間近で見ていたヨウフは怒りに身を震わせたが、チョウコウは彼の凶行を止めて事無きを得た。
「しかし、相手は何百という兵を擁する勇将・バチョウだ。とても勝てる見込みはない。
その上、我らが反乱を起こせば、せっかくイコウ様が守った生徒たちを危険に曝すことになる。
それはオウイ、君だって例外じゃない」
チョウコウから見れば、ヨウフの態度は周囲を危険に巻き込むだけの、暴挙にしか見えなかった。
だが、恋人・オウイはまったく納得する様子ではなかった。
「人間、生きたところで百年くらいなものです。危険を恐れるべきではありません」
オウイは毅然とした態度でそう答えた。あまりにも堂々と答えるので、チョウコウも面食らって二の句が継げないでいると、さらに彼女は話を続けた。
「さて、あなたにこれまでの話をしてもらいましたので、今度は私の話を聞かせましょう。
私はこの間にバチョウに会ってきました」
オウイが密かにバチョウと面会したという話にチョウコウは肝を潰した。
「なんだって!
女性の身でなんと危険なことをする。何もされなかったか?」
チョウコウはおろおろと取り乱して、彼女を気に掛ける。その様子にオウイは微笑んで返す。
「心配してくれてありがとうございます。
しかし、バチョウも同じ女性です。それに彼女は西涼生が自分に従ってくれることを望んでいます。
だから、コソコソ隠れるより、堂々とバチョウに会った方が案外無事なものです」
オウイはそう簡単に言ってのけるが、そうは言っても勇将・バチョウのもとにたった一人で行くのは並大抵の勇気ではない。
チョウコウは彼女の豪胆さはよく知っているつもりであったが、改めて思い知らされることとなった。
「それにしても大胆なことをする」
チョウコウが半ば呆れたような口調でそう言うと、オウイはその場での話をし始めた。
「その席で私がチョウコウの恋人だとバチョウに告げたら、彼女はあなたの事を認知されておりましたよ。
その場でいくつかあなたの事を尋ねてこられました」
「バチョウが私を? 何故?」
チョウコウは思わず尋ねた。バチョウとはあの集会以降、人を介してしか話してはおらず、そもそも自分の名前を覚えているのかも怪しいと思っていた。
それがどうやら自分のことを気にかけていたらしいと聞かされれば、尋ねぬわけにはいかなかった。
「バチョウの配下は無頼の徒ばかり。戦争には強いかも知れませんが、事務仕事は不得手です。
しかし、バチョウからこれから領土を拡げていくのに必要なのは、非戦闘員を管理し、事務仕事が出来る人材です。なので、あなたのような文官を欲しております。
加えて、先日の集会においてあなたはバチョウに敵意を向けるヨウフを押し留めました。以来、バチョウはあなたを自分に従う人物と見ているようです」
チョウコウは恋人・オウイの話を聞いて深く頷いた。
「なるほど、確かにヨウフよりは私の方を信用できると考えるだろうな」
バチョウはイコウ配下の文官たちを取り込みたいのだろう。
だが、ヨウフは思いきり敵対心を露わにした。そんな人物を信用するのは難しい。対してチョウコウはそんなヨウフを止めようとした。それならばチョウコウの方を信用しようとするのは自然なことだ。
納得する様子のチョウコウに、オウイはさらに話を続けた。
「ですが、あなたに全幅の信頼を寄せるには今一つ足りません。
なので私はその席で、あなたを売り込んでおきました。
“チョウコウは以前よりバチョウ様の威徳を慕っておりました。バチョウ様を西涼の星と常々呼んでおりました”と」
「な、何故そんな嘘を……?」
チョウコウからすれば寝耳に水の話だ。今までバチョウの反乱を苦々しく思っても、褒めたことは一度もなかった。
だが、オウイには彼女なりの考えあってのことであった。
「今やこの地域は全てバチョウの監視下にあります。何をするにしてもまずはバチョウに信じてもらわねばなりません。
これで少しはバチョウがあなたを信じたことでしょう。
後はあなたの心一つです。
この信頼に応え、バチョウの忠実な家臣になるも良し。
この信頼を利用し、ヨウフとともにバチョウを討つも良し。
全てはあなた次第です」
オウイはこう言ってチョウコウに詰め寄った。
オウイは口ではバチョウの忠実な家臣の道もあるとは言うが、先ほどの話から彼女の本心では無いことは明白だ。
確かにオウイの言う通り、今や何をするにしてもバチョウ一派の目を掻い潜らなければならない。同僚・ヨウフは血気盛んに息巻いているが、バチョウに見つかればあっという間に頓挫してしまう。
彼女の勝ち得てくれたバチョウの信頼は大きな武器になるだろう。
だが、チョウコウはそれでもなお躊躇した。
「う、うむ……お前や生徒の事を第一に考えるならば、バチョウの忠実な家臣になるのが良いのではないだろうか……」
そんなチョウコウにオウイはダメ押しとばかりにさらに詰め寄る。
「確かに今すぐの安全を考えるならそうでしょう。
ですが、長い目で見て果たしてそう言えるでしょうか?
バチョウは身の安全を保証すると言いながら、イコウ様を討ちました。このような無法者を主に据えて果たして長期的に安全だと言えるでしょうか?」
オウイの言葉にチョウコウは押し黙る。そんな彼をしり目に彼女は話し続けた。
「元の西涼は無法地帯でした。
それをイコウ様が秩序を作られました。その恩は私たち元西涼生は皆知っているものです。
チョウコウ、あなたはイコウ様の部下に抜擢されました。今、イコウ様に恩を感じ、その意志を継ぎたいと望むのであれば、無法者を討ち滅ぼし、秩序を取り戻すことこそやるべきことではありませんか?」
オウイの言葉についにチョウコウは覚悟を決めた。
「わかった。私はこの地の秩序を守るために立とう。
臆病なことばかり言ってすまなかった」
そう言って頭を下げるチョウコウに、オウイはクスリと笑って返す。
「立ち上がったあなたを臆病だとは思いませんよ。
あなたが立ち上がるのなら、私もお供いたします」
「君が……! しかし……いや、君の度胸と才覚は私の贔屓目を無しにしても抜きん出ている。
ぜひ、私を助けて欲しい」
チョウコウは恋人・オウイとともに強敵・バチョウと戦うと戦う決断を下した。
〜〜〜
チョウコウがオウイとのやり取りをしていたその頃、打倒バチョウの執念に燃える同僚・ヨウフは密かに行動を起こそうとしていた。
「……よし、準備は整ったな。後はここを抜け出し、キョージョ将軍と合流するだけだ。
チョウコウ、すまん。私は理解を得られなくても行動させてもらう」
烈士・ヨウフはその痩せ細った小さな体に似合わぬ闘志を滾らせて、チョウコウらに黙って行動を起こそうと画策していた。
「やはり、動くのか、ヨウフ!」
名を呼ばれ、ヨウフはドキリとして後ろを振り返ると、そこにはよく見知った三人の男女が立っていた。
彼の同僚のチョウコウ、インホウ。それにチョウコウの恋人・オウイである。
「チョウコウ、それにお前たちも!
何故、わかった?」
細身のヨウフの問いに対して、ふくよかな体型のチョウコウは少々呆れ顔で答えた。
「長い付き合いだ。
お前がすんなりと頭を冷やしたりしないことくらいわかるよ」
チョウコウも、それにインホウもまた、同僚であり友人であるヨウフに一度着いた炎が、そうそう消えることはないのを知っていた。
そう言われるとヨウフも納得するしかないが、だからといって彼は行動を今さら止めるつもりは毛頭なかった。
ヨウフは頭を下げて懇願する。
「すまない、見逃してくれ。
私はキョージョ将軍のもとに行かなければならない」
熱く語るヨウフに対して、至って冷静な態度でチョウコウは彼に尋ねた。
「この辺一帯はバチョウ一派の監視下にある。それはキョージョ将軍の周辺も変わらない。
どうやって行くつもりなんだ?」
「それは……なんとか監視の目を掻い潜って……」
ヨウフは口籠りながら答えた。その様にチョウコウは唖然とした様子で溜め息をつく。
「まったく、考え無しに行くものじゃない」
そう言うとチョウコウは一枚の用紙を取り出してヨウフに見せた。
「バチョウからキョージョ将軍説得の名目で外出許可を取ってきた。
この用紙がその許可証代わりだ」
用紙を差し出され、ヨウフは驚愕した様子で尋ねた。
「なんだと! どうやってそれを?」
驚くヨウフに対して、チョウコウは少しばかり得意気に語り出した。
「お前よりは私の方がバチョウから信頼されているということだ。
この許可証の名義は私だが、同行者を二名まで許可するとある。お前を同行者ということにしよう」
この許可証が下りたのも、恋人・オウイの一計のおかげであった。彼女の計略によりバチョウの信頼を獲得し、彼らは外出の自由を得ることができた。
「ありがたい。
では、後一名はどうする? インホウか?」
ヨウフは喜びながらもう一人の同僚・インホウの方へと向く。だが、インホウは首を横に振って拒む。
「俺は辞めておくよ。この学習室に残る者も必要だろう」
確かに同僚のインホウの言う通り、この教室を空にするのは得策ではないかもしれない。インホウはここに残ることを決めると、チョウコウが続けて答えた。
「もう一人にはオウイを連れて行く。彼女なら十分な働きをしてくれるだろう」
彼の恋人・オウイの名にヨウフも納得する。彼女の豪胆さと知略はヨウフも良く知るところであった。
「それは良い。彼女の度胸は私も買うところだ。
しかし、良いのか、私の計画に加担して?
後戻りはできんぞ?」
ヨウフは真剣な顔で尋ねる。彼の計画が困難であることは彼自身も良く知っている。
だが、オウイの言葉で既に決意を固めていたチョウコウには無用な質問であった。
「ああ、私も覚悟を決めた。
私たちがイコウ様より授かったのは秩序であった。イコウ様のためにも秩序を取り戻さねばならない」
チョウコウの言葉に、同僚・インホウ、そして恋人・オウイも同意する。
それを受け、ヨウフは笑みをこぼした。
「ああ、そうだ。秩序だ。
イコウ様からいただき、バチョウが奪ったもの、それが秩序であった」
チョウコウの言葉に、今まで彼の言語化出来なかった上司・イコウへの恩が形となった。それは彼の決意をより固くした。
「すまないな。臆病なことばかり言って」
チョウコウは謝るが、ヨウフは彼を責めることはしなかった。
「怖い物を怖がるのは普通のことだ。
怖がるのは恥ではない」
「そうだな、怖い物を怖がることは恥ではない。
だが、怖いままにしておくことは恥だ」
チョウコウもまた一層、決意を固めた。
「ならば行こう。
我らの秩序を取り戻しに!」
今、強敵・バチョウを倒すため、イコウの仇を討ち、秩序を取り戻すために、西北の烈士・ヨウフらは立ち上がった。
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