第161話 援兵!カコウエン対バチョウ!
バシャッという音とともに冷水がかけられ、気絶していた男は目を覚ました。
「気がついたか」
女性の声が聞こえ、男はそちらへと目をやる。金髪碧眼の女性が恐ろしげな形相でこちらを睨みつけている。その射るような視線に、男は本能的に恐怖を感じて、直ぐ様その場で正座になった。
男は周囲を見回す。暗く狭い一室。跳び箱やマットがあるので、恐らく体育倉庫の中なのだろう。眼の前の金髪碧眼の女性の他、数人の見知らぬ男が周囲を取り囲んでいる。その内の一人、学帽にバンカラマントをつけた男はバケツを持っていた。
「お前は自分が何をしたのかわかっているのか?」
金髪碧眼の女性はそう尋ねる。言葉に怒気が含まれるが、抑揚や速さは落ち着いており、それが返って恐怖を増幅させていた。
「俺が……何をしたか……?」
男はこれまでのことを思い返した。
男の名はエンオン。自分たちの教室がバチョウ軍の包囲を受けた。そこで彼はその包囲を抜け出し、遠征軍の司令官・カコウエンの元へ赴いて援軍を求めた。男はカコウエンを動かすことに成功した。だが、帰り道でバチョウ軍に囚われてしまった。
その場でバチョウから取引を提案されたが、それは包囲された教室に援軍は来ないと告げ、降伏を促すものであった。一度は承諾した彼であったが、土壇場で勇気を振り絞り、援軍は来ると告げて教室の活気を取り戻した。
だが、それと引き換えにエンオンはバチョウの一撃を喰らい、気を失ってしまった。
(そうか……それで気絶した俺はここに連れて来られたのか)
「どうやら思い出したようだな。
お前は自身の安全を考えぬのか?」
金髪碧眼の女性・バチョウはその凍てつくような瞳をエンオンに向ける。その眼に気圧され、エンオンは一語も発することが出来なかった。
エンオンが黙りこくってしまったので、バチョウが再び口を開いた。
「もう一度チャンスをやろう。
あの教室内でアタシに寝返りそうな者はいるか?」
エンオンはまだ黙して語らず。バチョウ、ついに苛立ちを隠しきれなくなり、彼をキツい口調で責め立てた。
「お前はアタシをナメているのか!
お前程度は一撃で倒せるのだぞ!」
エンオンは内心、納得するしかなかった。相手はこの学園でも有数の強さを誇るバチョウ。勝てる相手ではないのは百も承知だ。だが、自分の身より仲間を選んでしまった。その判断に後悔はないし、今更逃れられるとも思ってはいない。
エンオンは再び覚悟を決めてバチョウに向けて叫んだ。
「俺は仲間を裏切りはしない!」
そう叫んだ次の瞬間、彼の顔面に向けてバチョウの拳が飛んできた。エンオンは避ける余裕もなく、その一撃をまともに受け、そのまま沈黙してしまった。
「ここまでアタシが譲歩したというのに……
これだから愚か者は嫌いだ!」
バチョウはそう吐き捨て、ハンカチで自身の拳についた血を拭った。
「おい、この男をアタシの眼の届かぬところに捨てておけ」
バチョウは部下に命じ、エンオンを何処かへと運ばせた。
それと入れ替わるように、長い髪に鷲の羽飾りをつけ、ネイティブアメリカンのような民族衣装をきた長身の男が、急いだ様子でこの体育倉庫へと入って来た。
この男の名はホートク。バチョウ軍の筆頭の部下であった。
「若大将、カコウエン軍がこちらに向かってきています!」
「もう来たか!
他のヶ所を包囲しているコーセン、テーギンの部隊に合流するよう伝えろ。
こうなっては仕方がない。教室の包囲は一旦止め、敵を迎え撃つぞ!」
エンオンからの知らせを受けたソウソウ軍の西北遠征軍司令官・カコウエンは一直線にバチョウを目指して進軍した。
これに対してバチョウは、一時的に教室の包囲を解き、カコウエン軍への迎撃態勢をとった。
「おお、包囲が解けていく。カコウエン将軍が来てくれたんだ!
今のうちに負傷者の治療、それに他の教室と連携を取ろう!」
これまで包囲され、疲労困憊であった西北担当官・イコウらの陣営はカコウエン軍の到着に一気に色めき立った。
だが、既に教室内の生徒たちはいずれも満身創痍で、とてもカコウエン軍に協力できる状態ではなかった。教室内のイコウらはただ、カコウエン軍の勝利を祈るしか無かった。
〜〜〜
カコウエン軍はバチョウ軍と対峙する形となった。
その司令官・カコウエンは部下に向けて声を張り上げる。
「敵はこの西北校舎を戦乱の渦に巻き込んだ張本人・バチョウ!
奴さえ倒せば西北校舎に再び平和が訪れる!
さあ、お前たち、バチョウを倒しなさい!」
彼女の音声に合わせて、軍勢は一斉に鬨の声を上げた。
対するバチョウも部下に声高に呼びかけた。
「我ら西涼の自由を奪った憎き敵・ソウソウ!
今、眼前に見える軍勢はその走狗・カコウエン!
今こそ奴を討ち取り、ソウソウへの手向けとせよ!」
こちらも同じように歓声を上げ、両軍真正面からぶつかりあった。
「若大将!」
そうバチョウを呼び、後方より民族衣装をきた長身の男、バチョウ軍の重臣・ホートクが彼女に近づいてきた。
「敵大将はカコウエン、副将にジョコー・チョーコー、それにシュレイ・ロショウ。いずれも歴戦の猛者です。ご用心を!」
彼の忠告に、バチョウは振り向きもせず答える。
「戦争というものは大将を討ち取れば片が付く。
アタシがあのカコウエンを討つ。お前たちはその援護をしろ!」
バチョウはそれだけ告げると急加速した。
彼女が狙うのは部隊正面で指揮を執る茶色いショートヘアーに、黒いジャケット、ジーパン姿の女生徒、ソウソウ十傑衆の一人・“疾風のカコウエン”。
そのカコウエンの元に長い金髪に、碧い瞳、着崩した制服に長いスカートの女生徒・バチョウが急接近したかと思うと、突如、一閃が彼女を狙う。
常人では突きか蹴りかも判断できぬその一撃を、カコウエンは的確に判断して避ける。
「バチョウ……まさか、あなたが直接来るとはね……」
「一騎打ちは戦場の華……
司令官・カコウエン、相手をしてもらおう」
カコウエンはこの遠征軍の総司令官。気軽に一騎打ちをすべき人物ではない。だが、それを言うならバチョウはこの勢力のトップだ。より一騎打ちをすべき人物ではない。そのバチョウが自ら一騎打ちを望むことに、カコウエンは戸惑いを覚えた。
しかし、バチョウにそんな事は関係ない。
彼女はカコウエンの返事を待つこともなく、瞬時に間合いを詰め、空を裂く鋭い蹴りを繰り出した。
カコウエンはすぐに後退して間合いをとる。それと同時にポケットより銀色の小玉を複数取り出すと、銃弾を詰めるかのように指にセットした。
これは彼女の得意とする指でパチンコ玉を弾いて飛ばす“指弾”の準備だ。ただの玉飛ばしと侮るなかれ。彼女の鍛え抜かれた指から放たれた一発は、直撃すれば失神も免れない。加えて高い命中精度と連射性。武装しづらい学園内において、貴重な遠距離武器でもある。
彼女は両手の親指に銀玉を装填すると、迫りくるバチョウに狙いを定める。
「喰らいなさい! “指弾”!」
カコウエンの指より放たれた銀弾は、唸りを上げてバチョウへ向かう!
だが、バチョウはそれをしっかと両目で捉えると、宙返りのように体をねじって、それを躱した。
さらに続けて放たれる二撃、三撃も難なく躱し、四撃、五撃は左腕に装着したブレスレットで弾き返した。
「そんな、一発も当たらないなんて!」
この結果にカコウエンは驚嘆する。
「なるほど、当たれば気絶も免れん高速の弾丸か。厄介な武器ではあるな。
だが、所詮人の指から放たれた玉! 威力・速度は銃弾に劣る! アタシなら十分避けられる!」
言うは易いが、並の動体視力と反射神経で躱せるものではない。だが、バチョウの天性の才がそれを可能にした。
「アタシが身を隠している間、何もしていないとでも思っていたのか?
もはや、お前たちの攻撃は何も効かん!」
自慢の指弾が散々たる結果に終わり、バチョウに煽られたが、カコウエンは一呼吸置くと、すぐに落ち着きを取り戻した。
「ふふ、その程度で私がビビるとでも思ったの?
指弾ならかつてチョーヒにも防がれた。このぐらいで私は狼狽えたりしないよ!」
予想より冷静なカコウエンに、バチョウは微かな苛立ちを覚え、高く跳び上がると攻撃に移った。
対するカコウエンは、空中より放たれるバチョウのキックを両腕で防ぐ。空間を自在に駆け巡るバチョウの攻撃も、カコウエンは冷静に対応してみせた。
しかし、カコウエンの弱点は指弾以上の攻撃力を持つ技がないことだ。そのために彼女はバチョウが接近した隙をつき、至近距離から指弾を当てようと計る。だが、対するバチョウもすぐにそれを見切り、間合いを取る。
両者、相手の攻撃を無力化は出来ても、決定打を与えられぬまま戦いが続いていった。
「まずいな、カコウエンが押されている。
今、助けるぞ!」
自軍の司令官・カコウエンと敵大将・バチョウの一進一退の攻防を見て、助けに入ろうと、燃えるような赤い逆立った髪の長身の男子生徒・ジョコーが進み出る。
だが、彼の前に別の男が立ちふさがった。
「行かせはせんぞ!」
立ちはだかるのは、ネイティブ・アメリカンのような民族衣装を着たジョコーと同じくらい背の高い男、バチョウ軍の副将・ホートク。
「邪魔をするな!」
ここに第二の一騎打ちが開始された。
ホートクは両腕にトンファーを装備し、薙ぎ払うようにジョコーを攻撃する。対するジョコーは腕につけたリストバンドの部分でそれを受け止める。ガキッという音ともにホートクのトンファーは受け止められた。明らかにバンドの中に何か仕込んでいる音だ。
だが、ホートク、それにすぐに対応し、バンドで受け止め辛い正拳突きを放つ。連続で突きを放ちつつ蹴りを織り交ぜ、巧みにジョコーを追い詰めていく。
ジョコーは尽くホートクの攻撃を防いだ。だが、防戦一方になっていた。
「驚いた。技量ならリョウコウよりも上か。
これほどの男がバチョウの下にいたのか!」
ジョコーはホートクの力量に内心舌を巻いた。彼には弱肉強食の西涼校で、これだけの実力を持ちながらバチョウの一武将に留まっているのが不思議に思えた。ジョコーはたまらずにホートクに問いかけた。
「おい、何故、お前ほどの男がバチョウに仕えている?」
「先代・バトウ様にお世話になった。そのためだ!」
彼の話に出たバトウは今戦っているバチョウの兄だ。バチョウの軍勢はその兄から引き継いだものだ。その中にこのホートクもいたのだろう。
ジョコーはなるほどと思う反面、より不可解にも思えて、さらに問いかけた。
「ならばこそ余計に何故、バチョウに忠義を尽くす!
お前が恩義を感じるバトウは、バチョウの反乱の責任を取って追放となった!
バチョウはむしろお前の仇ではないのか!」
バトウは生徒会にいたが、妹・バチョウが起こした反乱の責任を取る形で追放処分となっていた。
ジョコーがそのことを責めると、ホートクは激昂して答えた。
「うるさい!
それは私が判断することだ!」
ホートクは渾身の一撃で、ジョコーを殴り飛ばした。
「ウグッ、なんと強い力だ。
バチョウも規格外の強さだが、このホートクもそれに並ぶ。これではカコウエンを助けにいけない。
その上、敵兵は多く、チョーコーやシュレイらも動けんか。どうするか……」
カコウエンがバチョウの、ジョコーがホートクの相手に手を焼いていると、彼方よりさらに軍勢の声が轟いた。
「不死身のコーセン参上!
バチョウ、助けに来たぜ〜!」
「戦華・テーギン参上!
さあ、アタイの三節棍の餌食になりたい奴はどいつだい!」
バチョウ軍の左右より現れたのは、コーセン、さらにテーギンの軍勢であった。二人はともにバチョウの反乱に加わった軍閥。この度の再乱でもバチョウに連動して他の教室を包囲していたが、カコウエン来襲を受けて、今、合流した。
「この防戦一方の状況で、さらに敵に増援が来るなんてね……。
救援を急ぐあまり策を疎かにし過ぎたようね」
司令官・カコウエンの表情に焦りが見えた。
その表情を遠目で汲み取ったジョコーは彼女に向けて叫んだ。
「カコウエン、これ以上は我らが不利だ。
ここは撤退しよう!」
「しかし、それではイコウたちの救援が!」
「我らが完全に敗北すれば、被害は南部だけに留まらない!
西北校舎全てがバチョウの手に落ちるぞ!
今は退いて態勢を立て直そう!」
カコウエンは苦渋の決断を迫られた。
「うう……全軍、撤退!」
バチョウ連合軍の前に、カコウエン軍は敗北。態勢を立て直すために撤退した。
そして、それを間近で見ていた、バチョウの包囲を受けていたイコウもまた、苦渋の決断を余儀なくされた。
「カコウエン将軍が負けた……
我らの助かる道はこれで潰えた……
バチョウに……降伏しよう……!」
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