第160話 号叫!エンオンの勇気!
西北校舎。かつてバチョウとソウソウの一大決戦が行われたこの場所で、今またバチョウの乱が勃発していた。
西北校舎の東部でバチョウ残党のリョウコウが反乱を起こした。これに対して生徒会長・ソウソウより西北遠征軍の司令官を任されたカコウエンは討伐に向かった。
しかし、その間に西北校舎の南部を中心に、各所でバチョウを名乗る反乱が勃発。複数ヶ所で同時多発的に起きたために、カコウエンはどこに主犯のバチョウがいるのかわからず、身動きが取れずにいた。
「バチョウの寄せられてきた情報を整理すると、特に大きな動きがあるのは三ヶ所ね」
司令官・カコウエンは西北校舎の見取り図を広げ、件の三ヶ所に駒を置いて考え込んでいた。
「恐らくバチョウはこの三ヶ所のどれかにいるでしょう。
上手くバチョウの居所を見抜き、奴を撃退できれば、自然と残り二ヶ所の包囲も解けるはず。
しかし、もし間違えれば残り二ヶ所の救援は絶望的。でも、迷って時間をかけ過ぎれば三ヶ所ともに陥落してしまう。
すでに包囲されている地域は限界にきている。どうすればいいの……」
茶色いショートヘアーに、すらりとした長い足、黒いジャケットに、ジーパン姿のこの女生徒の名は、ソウソウ十傑衆の一人・“疾風のカコウエン”。この遠征軍の総司令官を任せられている女将軍である。
普段の戦いであれば、彼女は即断即決、疾風の二つ名に恥じぬ武将であった。
だが、今、総司令官となり、その重圧から判断を決めかねていた。彼女の判断に西北校舎の命運が掛かっていた。
迷う彼女の元に、一人の男子生徒が駆け足でやってきた。
「カコウエン将軍!」
そう叫ぶのはパーカーを着た、小柄で童顔な男子生徒。この遠征軍の参謀・チョウゲンであった。
「将軍、今しがた包囲を抜けて来たという使者がこの陣営にやって来ました。
彼は確かにバチョウを見たそうです」
“バチョウ”の語にカコウエンはすぐに反応する。だが、信じてよいものか? バチョウの目撃情報ならすでにいくつも報告を受けている。バチョウの兵士が撹乱目的で来た可能性だってある。
しかし、迷っていても進展はしない。カコウエンはその使者に会うことに決めた。
「わかったわ。すぐにその使者をここに連れてきて」
参謀・チョウゲンに誘われ、現れた使者の姿にカコウエンは言葉を失った。背は小柄なチョウゲンと比べると同じくらいの小さな男子生徒。だが、その全身は泥で汚れ、首に巻いたスカーフやズボンの裾から水を滴らせていた。
「あ、あなたが使者なの?」
カコウエンは声を振り絞るように彼に尋ねた。
「ハァ……ハァ……は、はい。
俺は西北担当官・イコウの配下・エンオンです! イコウ様の命でここまでやって来ました!」
西北担当官・イコウの名はカコウエンも知っていた。先ほど挙げたバチョウに攻められている三ヶ所の内の一つを守っている人物だ。だが、それだけで信用することは出来ない。
するとボロボロの使者・エンオンは服を捲り、背中よりビニール袋を取り出して見せた。袋の中には手紙とスマホが入っていた。
「水で濡れぬようこの袋に入れて守っておりました。
これがイコウ様の手紙です。そしてこちらのスマホにはバチョウの写真が入っております!」
スマホに映し出されたのは大きくブレた金髪碧眼の女生徒。バチョウと言われればバチョウに見えるが、誰かの変装にも見える。
続けてエンオンは叫ぶ。
「俺は確かにこの目で見ました。今、イコウ様たちを包囲している中にバチョウがおります!
すぐに救援に来てください!」
エンオンは涙ながらにそう訴えた。
だが、そう言われてもカコウエンもすぐには判断できなかった。
(どうする?
イコウの手紙も本物のようだけど、写真の真贋はわからない。
イコウの陣営は南部の中でも最奥。もし、イコウの陣営をまっすぐ目指すなら、それは途中にある包囲されている教室を見捨てて素通りするということ。
ジョコーやチョーコーの部隊を分離する? いえ、数の多い敵を相手に分散は下策……)
カコウエンの頭の中でいくつもの考えが現れては消えていた。
悩むカコウエンの元に、ジョコー、チョーコーの二武将が戻ってきた。
「謀反人・リョウコウの討伐完了。ジョコー・チョーコー、ただ今帰還しました!」
その報告にカコウエンは飛びついた。
リョウコウはバチョウの残党。反乱を起こした時期といい、間違いなくバチョウのこの度の反乱に関わっている。バチョウの居所を知る上で、リョウコウの持つ情報は貴重であった。
「二人とも、御苦労様。
それで、リョウコウは何か話したの?」
食い気味に聞くカコウエンに対して、ジョコーは首を横に降った。
「いえ、リョウコウからは何も。あの様子ではちょっとやそっと痛めつけたところで吐きはしないでしょう。あいつはそういう男です。
ですが、リョウコウの様子から、今起きている反乱の中にバチョウがいるのは確実でしょう」
ジョコーの言葉に、カコウエンは思わずため息を漏らす。重要参考人のリョウコウから情報をすぐに得られないなら、結局、話は振り出しに戻る。
「今、ここにある情報だけで判断するしかないということね……」
カコウエンは押し潰されるような気持ちであった。同じ決断でも、一武将と全軍の総司令官でここまで重みが違うのかと、彼女は痛感していた。
苦悩するカコウエンの横で、バチョウの写るスマホの画面を見て、武将・チョーコーがふと呟いた。
「この隣にいるポンチョのような服にバンカラマントの二人……これはホートクとバタイではないか?」
「え……」
その言葉に周囲の者たちもスマホの画面に目をやった。確かに金髪碧眼の女性の背後にチョーコーの言うような格好の二人が見える。ホートクとバタイ、二人はバチョウの側近くに仕える武将であることは周囲の者たちも認識していた。
「私は先の戦いでこのホートクとバタイの二人と戦い、格好に見覚えがあります。
バチョウがいると見せかけるために変装する者はいるでしょう。しかし、この二人にまで変装するとは思えません。
そして、この二人が両方ともバチョウから遠く離れるとも思えません」
チョーコーの語りに、カコウエンも頷く。
「つまり、その二人とともに写るこの金髪碧眼の女性は、バチョウである可能性が高い、ということね!」
「はい、私はそう考えます」
そのチョーコーの言に、ついにカコウエンは決断を下した。
「わかったわ。それでもいる確率は100%ではないかもしれない。でも、これ以上の引き延ばしは難しい。今、決断を下します!
バチョウのいる場所はイコウの包囲軍の中!
我が軍はこれより最優先でイコウ救出を行います!」
カコウエンの決断は下った。その指示に従い、全軍が動き出す。
「しかし、ここにはリョウコウの残党がまだ残っている可能性があるわね。誰か残すべきかしら」
「その役は私が引き受けます」
そう答えるのはリョウコウ相手にこの地を守り続けた人物・テイコンであった。
「この地はこれまで通り我らで守ります。リョウコウのさらに残党なら我らだけで対処はできます。
しかし、相手はあのバチョウ。カコウエン将軍は全軍で挑んでください」
カコウエンはテイコンにこの地の守備を任せ、全軍の出撃を決めた。
その顛末を見届け、ボロボロの使者・エンオンはカコウエンの前に進み出た。
「援軍を出していただきありがとうございます。
俺は一足先にイコウ様の元に戻り、この事を伝えたいと思います」
エンオンはそうカコウエンに申し出た。援軍に向かうことは電話でも知らせられる。しかし、散々信じてもらえなかったイコウらがその知らせを鵜呑みにして信じてくれるとも思えなかった。エンオンは自身で伝えるのが最良だと考えた。
だが、その申し出をカコウエンは引き止める。
「待ちなさい。敵は包囲しているのでしょう。戻るのは危険よ」
「いえ、来た道を戻るだけのことです。それにここに残っても俺には出来ることはありませんから」
自信満々に話すエンオンに、カコウエンは納得するしかなかった。
「わかったわ。気をつけてね」
「はい!」
使者・エンオンは元気よく返事をすると、来た方向へ向けて駆け出して行った。
「カコウエン将軍が来てくれる。これで皆が助かる。良かった!」
エンオンは彼が這い出てきた排水溝の出口まで戻ってきた。
「誰もいないようだな……
よし、あそこに潜ればイコウ様の、皆の元に戻れる!」
エンオンが意気揚々と排水溝の蓋を持ち上げようとしたその時、彼の周囲を数人の男たちが取り囲んだ。
「そこまでだ! 我らはバチョウ軍、大人しくしな!」
エンオンが周囲を見回せば、取り囲む男たちはいずれも屈強な者ばかり。とても勝てる戦いではない。エンオンは両手を上げて降参した。
「な、何故わかった」
エンオンが尋ねると、男の一人が答えた。
「排水溝の抜け出るアイデアはよかったな。だが、周囲に濡れた足跡が残っていたぞ」
その言葉に思わずエンオンは自身の足元を見た。すでにいくらか乾き、もう雫は垂れてはいないものの、彼のズボンの裾はまだ湿り気を残していた。彼もその足跡までは注意がいっていなかった。
「さあ、大人しく来てもらおうか」
せっかく、カコウエンの元までたどり着いたエンオンであったが、あと一歩のところで敵に見つかってしまった。多勢に無勢。エンオンは両手を後ろに回されて縛られると、兵士たちに連行され、敵の首魁・バチョウの前へと突き出された。
「お前が包囲を抜け出た男か。
あの包囲を抜けたのなら、どれほど厳つい男なのかと見てみれば、随分、小柄な男が出てきたな。まあ、そうでなければあの排水溝は潜れんか」
金色の髪に、碧い瞳、そして、傷一つない白い肌の女生徒がエンオンの眼の前に座っている。この女が、この反乱の首謀者・バチョウなのかと、エンオンはまじまじと見た。
(確かに噂通りの美しい髪に瞳、肌だ。
しかし、だからと言ってこの度の暴挙を許すわけにはいかない)
エンオンは意を決して叫んだ。
「カコウエン将軍がこちらに向かっている!
バチョウ、お前は間もなく討伐される! 諦めろ!」
その声にバチョウは眉をピクリと動かすが、その他はまったく表情を変えなかった。
「だが、すでにイコウの教室は陥落寸前だ」
そう言うとバチョウは立ち上がり、エンオンの拘束を解いた。
「今、お前は囚われの身となり、もはや勝敗は決した。
だが、あえてお前に選択肢を与える。
イコウの教室に向かい援軍は来ないと叫ぶなら、君の身の安全は保証しよう。
もし、それを拒むなら安全は保証しない」
凍てつくような冷たい声でバチョウはエンオンのすぐ側でそう伝える。側に来てわかる、バチョウの怖さを。とても勝てる相手ではないと、エンオンの本能が告げていた。
いずれにせよ捕虜となった以上、もう自分がイコウらに情報を伝える術はない。エンオンは項垂れるようにバチョウの提案に同意した。
「君が利口で良かった」
バチョウはエンオンを引き連れ、イコウらの籠もる教室の前にやって来た。取り囲んでいた兵士は左右に分かれ、教室の真正面へと続く道を作る。その道をエンオンはバチョウに連れられて歩いていった。
教室内でも異変を感じ、イコウらは教室から様子を見に出る。彼らの視線の先にバチョウが現れた。そして続けて使者として旅立ったエンオンが登場したことで、教室内は恐々とした。
既にカコウエンから連絡は貰っていたが、いつ来るかの保証もなく、教室内の疲弊は極限に達していた。極限の生徒たちの眼の前に虜囚姿のエンオンが現れ、いよいよ教室内は絶望感に包まれていった。
「エンオン、捕らえれたのか……」
絶望に暮れる教室内を見て、バチョウはほくそ笑む。そして、隣のエンオンに叫ぶよう促す。
「さあ、援軍は来ないとお前の言葉で伝えよ」
エンオンは教室内に目をやる。イコウら教室の生徒たちは絶望に満ちた目でこちらを見ている。自分の言葉一つで彼らの心は折れるだろう。
そう、自分の言葉一つで教室の命運がかかっている。そう思うと、エンオンはいよいよ覚悟を決めて叫んだ。
「間もなくカコウエン将軍が援軍に来る!
俺はこの目で確認したぞ!
だからそれまで耐えろっ!」
エンオンは勇気を振り絞って援軍は来ると叫んだ。この言葉で教室内がまた奮い立つと信じて。
そのエンオンの大絶叫に教室内は一瞬にして活気に満ち、所々で万歳が唱えられた。
それと同時にエンオンの傍らに立つバチョウは、鬼の形相で彼に迫り、その鳩尾に拳をめり込ませて一撃で気を失わせた。
「この愚か者め!」
バチョウの目論見はエンオンの勇気によって崩れ去った。
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