第159話 脱出!多勢の包囲軍!
バチョウ残党・リョウコウがまだ西北校舎の東部で暴れ始めたばかりの頃。ここ西北校舎の南部では別の事件が勃発していた。
「ハァ……ハァ……」
息を切らしながら一人の男子生徒が西北校舎を駆ける。彼は学習室を目指していた。
西北校舎の南部にある学習室は、ソウソウ陣営が西北校舎の管理のための拠点を置いている場所。そこには生徒会長・ソウソウから西北校舎を任されていた担当官が滞在していた。
その息を切らして駆ける首に青いスカーフを巻いた小柄な男。彼の視界に学習室の扉が映る。男は突き破る勢いでその扉を開く。この学習室にいた三人の生徒は、突然の闖入者に一斉に目を向けた。三人の生徒はその様子から明らかにただ事ではないと察した。
「エンオン、何事だ!?」
学習室の真中最奥に座る、細い目に眼鏡をかけ、スーツを着た男子生徒は入って来た生徒にそう呼びかけた。こう話しかけた男の名はイコウ。生徒会長・ソウソウより西北校舎の担当官に任命されていた男である。
「ハァ……ハァ……大変です、イコウ様!」
そして、この息を切らしながら学習室に入って来た青いスカーフの男の名はエンオン。彼は西北担当官・イコウの部下で、本来なら別の教室の管理を任されている男であった。
その男が、事前連絡もなしに息を切らしながら、イコウのいる学習室に突然入ってきた。それは紛れもなく異常事態であった。
息を切らすエンオンは、一拍おいて出せる限りの声を張り上げた。
「バチョウです!
あのバチョウが来て、俺が管理していた教室を占領しました!」
エンオンの口から出た名はバチョウ。かつて西北校舎で、生徒会長・ソウソウ相手に反乱を起こした反逆者。だが、ソウソウに敗れて以降、長らく行方不明であった。そのバチョウが、今再び動き出した。
「それで、お前の教室はそんなにあっさり落ちてしまったのか?」
担当官・イコウはエンオンに尋ねた。あのバチョウ相手では負けるのは仕方ないだろう。しかし、それにしてもあまりにも突然だ。バチョウが来て陥落寸前だと一報があってのこの事態ならわかる。だが、それすらもなく、教室の主が一人で逃げ込んで来た。イコウは尋ねずにはいられなかった。
「すみません。バチョウのことを西北生徒の中には英雄視する者も少なからずおります。俺の預かる教室内にもそういった者がおりました。
その者がバチョウの侵攻を手引きし、気付いた時にはもう……俺は逃げるのがやっとでした」
元西涼校生のためを大義に掲げ、最大勢力・ソウソウ相手に善戦したバチョウは、元西涼校生が大半を占める西北生徒には根強い人気があった。
一度、ソウソウに負けたとはいえども、バチョウ人気は未だ衰えてはいない。エンオンの敗走はそれを証明していた。
「やはり、バチョウが現れたか!
ソウソウ会長が戻られるのは早かったんだ。あの時、私がもっと強く諌めていれば……」
そう嘆くのは、担当官・イコウの右隣に座る頬の痩せこけた、背の低い男。彼はイコウの部下・ヨウフ。
かつてソウソウがバチョウを破ったばかりの頃、イコウの代理としてソウソウ陣営に派遣された。その時にバチョウを捕らえずに帰還しようとするソウソウを諌め、バチョウは後々の禍根になると進言した。だが、長らく留守にした中央校舎を心配したソウソウは、その諌言に従わず帰還してしまった。
「しかし、ヨウフよ、今更それを嘆いても仕方がない。
今は一刻も早くソウソウ会長にこの事を伝えねば!」
そう語るのは、イコウの左隣に座る、凛々しい眉にふくよかな体型の男子生徒。彼もまたイコウの部下で、ヨウフの同僚・チョウコウであった。
「そうだ、ヨウフ。
バチョウが再起したとなれば、我らだけではとても歯が立たない。今はすぐにソウソウ会長に伝え、助けを求めよう」
三人の上司・イコウはこう話し、スマホに手を伸ばそうとしたが、その時、学習室のドアが再び勢いよく開けられた。
ドアを開けたのは一人の女生徒であった。
「た、大変です!」
「何用だ、ヨウガク!」
狼狽えた様子で入って来た、髪を一つ結びにした細身の女生徒に、ヨウフは聞き返した。この女生徒はヨウガク。ここにいるヨウフの従妹であった。
「この教室とその周辺をバチョウの軍勢が取り囲んでいます!」
「な、なにっ!」
彼女の言葉を受け、イコウらは急いで廊下に出て、外の様子を見る。
外にはズラリと西北の生徒が並んでいた。この学習室だけではない。いくつかの教室を含むこの辺り一帯をその生徒たちはグルリと取り囲んでいた。明らかに百や二百の人数ではない。数百の軍勢がこちらに敵意を向けていた。
その数百の人の波の奥から、拡声器を使ったらしい一人の女生徒の声が響き渡った。
「アタシは西涼の錦バチョウだ!
この地域一帯はアタシたちが包囲した!
ソウソウの手先・イコウ及びその部下たちよ! 大人しく降伏せよ! そうすれば危害は加えん!」
声はすれどもバチョウの姿は軍勢に隠れていてイコウたちには見えない。だが、バチョウがすぐそこにいるのは間違いないだろう。
イコウは声を張り上げ、バチョウがいるであろう方向へ叫んだ。
「バチョウ、無駄な争いはやめよ!
私の連絡一つで、ソウソウ会長は大軍勢を率いて現れ、お前たちを討伐するぞ!」
先の戦いでバチョウはソウソウに敗れている。今もソウソウの名を出せばバチョウはビビるだろうとイコウは思っていた。だが、バチョウの声からはまったく狼狽えた様子が窺えない。
「ソウソウに連絡を入れようとしても無駄だ!
今、我が同胞たちがアタシの名を使い、この南部一帯を占領して回っている!
例えこのバチョウがここにいるとソウソウに伝えても、どれが真実かわかるはずもない!」
バチョウは高笑いをしながらそう伝えてきた。
この言葉を聞き、包囲されているヨウフは上司・イコウに対して答えた。
「なるほど、だからバチョウは姿を見せぬのか。
奴め、自分がここにいる確かな情報を渡さぬつもりだ!」
このヨウフの言葉に、今度は同僚のチョウコウが返す。
「そうか、写真なんかが撮られればバチョウがここにいるとわかってしまうからか。
奴は姿を見せず、バチョウがどこにいるのかわからなくして、我が軍を撹乱するつもりだ。
もし、仮に情報を全部信じて、虱潰しに倒していけば、南端にある我らの教室が順番的には一番最後というわけか……!」
「しかし、それでも、ソウソウ会長に現状を伝えねばならん。そして、我らは討伐軍の到着まで時間を稼がねばならぬ!
ヨウガク、すぐに兵の準備を!」
担当官・イコウの指示を受け、ヨウガクはすぐに準備にかかった。
だが、バチョウ襲来の情報を生徒会長・ソウソウや西北遠征軍の司令官・カコウエンに送ったが、色よい返事は返っては来なかった。
この時、ソウソウやカコウエンの元には各所よりバチョウ襲来の情報が着ており、どれが真実か判断がつかない状況であった。そのため、カコウエンは先にリョウコウ討伐に動いた。いるかわからぬバチョウより、確実にいるであろうバチョウ残党のリョウコウを優先したのである。
「イコウは降伏に応じないようだな。
やむを得ん。少し脅してやれ。やり過ぎるなよ」
バチョウ軍数百はイコウらの陣営に攻撃を仕掛けた。対するイコウ陣営は戦えそうな者二、三十人をかき集めて、ヨウフの従妹・ヨウガクが陣頭指揮を執りこれに対処した。その一方でイコウらは周辺の教室に連絡を取り、連携してバチョウを討つ策を探った。
「キョージョ将軍の部隊もすぐ側の教室でバチョウ軍と戦っている。なんとか彼と合流して戦力の増強を計るべきだ」
「ヨウフ、それは難しいぞ。
お互い敵に包囲されている状況だ。無理に合流しようとすれば被害が大きくなるばかりだ」
イコウの部下・ヨウフ、チョウコウは周辺の戦力を集めて軍勢を揃えようと画策した。だが、周辺戦力はどこもバチョウ軍の包囲を受け、連携は難しい状況であった。
その間にイコウは中央と連絡を取ろうとしたが、芳しい成果をあげられなかった
「ダメだ。
カコウエン将軍に状況を伝えても、バチョウの目撃情報は各所からあがっているから、ここを優先的に助けることは出来ぬと。
それに今はリョウコウ軍討伐の真っ最中。いずれにせよ、すぐには動けぬと」
「なんということか。バチョウがすぐ側にいるというのに、それが証明出来ぬとは……」
イコウからの報告に、部下のヨウフらは頭を悩ませた。
その時、学習室の扉は再び勢いよく開け放たれ、首に青いスカーフを巻いた男・エンオンが入って来た。
「ハァ……ハァ……イコウ様、これをご覧ください!」
そう言ってエンオンは自身のスマホの画面を三人に見せた。そこに写っていたのは、ブレてはいるが、金髪碧眼の女生徒・バチョウの姿であった。
「なんとかバチョウの姿の撮影に成功しました!
これをバチョウがここにいる証拠としてカコウエン将軍に送信しましょう!」
「でかしたぞ、エンオン!
これは充分な証拠だ! やはりバチョウは今ここにいる!」
エンオンの証拠写真に沸き立つイコウ。だが、ヨウフはそれを諌めた。
「お待ち下さい。この写真はブレてよく写ってはいない。
これだけでカコウエン将軍が信用してくれるとは限りませんぞ」
その言葉にイコウは意気消沈し、せっかく撮ってきたエンオンにもショックを与えた。
「そんな、確かに俺はバチョウを見たのに、これだけでは信じてもらえないのか……
いや、俺は確かにバチョウを見た!
ならば、俺が直接カコウエン将軍の元に行って伝えてきます。例え電話やメールでは信じてもらえなくとも俺が直接行って伝えれば信じてもらえるはずです!」
青いスカーフの男・エンオンは自らが使者になることを提案した。だが、ヨウフはすぐにそれを止めた。
「馬鹿な事を言うな。ここは包囲されているのだぞ。どうやってここを突破するつもりだ」
「俺一人くらいなら隙を見て抜け出してみせます。俺、足には自信あるんですよ」
得意気に語るエンオンの言葉に、ついに上司・イコウは決断を下した。
「わかった。エンオン、君に使者を頼む。
私も一筆書こう。その手紙を持って何としてもカコウエン将軍を説得してくれ」
イコウの言葉に、エンオンは自信満々に胸を叩いて応じる。
「わかりました、このエンオンにお任せください!」
「イコウ様、それはいくらなんでも危険ではないですか?」
そのやり取りに、ヨウフは苦言を呈する。だが、イコウは判断を変えはしなかった。
「今、外のバチョウ軍は我らを本気では攻撃していない。それは我らの殲滅ではなく、降伏を望んでいるからだ。
だが、いつその気が変わるかはわからない。本気で攻撃されれば我らはひとたまりもない。
もはや一刻の猶予もない。例え危険を冒してでもカコウエン将軍を動かす必要がある」
その言葉にヨウフらも納得するしかなかった。
「では、これより、エンオンを逃がすための策を展開する!」
学習室は一階にある。そのため中庭まではすぐに出ることができる。イコウ、ヨウフ、チョウコウは三方に広がるように敵を攻め、一時的に戦線を拡大した。そして、その隙にエンオンは一人、中庭の排水溝の中に潜り込んだ。
エンオンが小柄な男といえどもやっと通れる狭く暗い細道。彼はその細道を息を殺し、音も立てずに、それでも一定の速度を守って這いずり進んだ。汚水を口に含み、体はビチャビチャに濡れたが、それでも構わず彼は進み続けた。
ある程度進んだところで、彼は漏れる光から腕時計の針を確認した。
「一定の速度で進み、時間はこれだけ経ったか。ならば進んだ距離は……よし、この距離ならバチョウ軍の包囲は抜けただろう」
それでも、細心の注意を払い、排水溝の蓋を押し上げ、人のいないのを確認して外に這い出た。
「待っていてくれ、みんな。
俺は必ずカコウエン将軍を連れて来る!」
エンオンはカコウエンの居所を目指して駆け出した。
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