第157話 落鳳!軍師の不運!
リュービの西校舎侵攻は連戦連勝、第一、第二の砦は陥落し、ついに第三の砦に迫った。
この第三の砦が落ちれば、次は西校舎の盟主・リュウショウの籠もる美術室となる。リュウショウ陣営にとっては死守したい砦であった。
しかし、砦の将・リュウジュンらはリュービ軍の強さに恐れをなし、既に弱気となっていた。
同じく砦の将・チョウジンは彼らに勇気を与えるため、勝てぬ戦いへと身を投じていった。
「裏切り者のリゲンは気に入らん女だった。
だが、あいつは良い事を言った。
偽の策ではあったが、敵の勇将・コーチューを倒すためにまず、その同僚のタクヨーを討つことの利点を示した。
一見、コーチューは一騎当千の猛将で、とても勝てぬように見える。
だが、奴が先陣切って戦うために後方への警戒が疎かになる。それを同僚のタクヨーの働きで補っている。
そのタクヨーを討つということは、一見遠回りなようでコーチューの戦力を削ぐことが出来る……」
チョウジンは部隊を率いて、校舎の奥地へと身を隠した。
「勝てぬように見えても必ず弱点はある。
正面から勝てぬのなら、敵の弱点をじわりじわりと攻め、少しずつ戦力を削っていく。
徹底した奇襲戦だ!
我らはゲリラさながらに身を隠し、奇襲や撹乱に専念する!」
そう言いながら、チョウジンは迷彩服をはためかせ、奥へと消えていった。彼の着ている迷彩服は、校舎に隠れるという点においては適当とは言い難かったが、ゲリラ戦法を選択した彼の心情にはよく合っていた。
〜〜〜
俺たちリュービ軍は軍師・ホウトウの策に則り、第三の砦攻略作戦を実施した。
まずは南校舎に残るコウメイらに援軍を要請。
それと同時に新軍師・ホーセーによる情報戦が展開された。ホーセーの撒いた情報は、砦の中の兵士たちにも伝わっていく。
曰く、リュービ軍は二つの砦を攻略し、西校舎北部は完全に制圧した。北部に散開していた部隊を第三砦の前に集結させ、さらにここに南校舎のコウメイらの援軍を加え、未曾有の大軍勢でもって、砦を包囲殲滅する、と。
実際、北部制圧はまだ中途だし、コウメイらの援軍が来るのもまだ先だろう。だが、砦の中に籠もり、固く守る敵軍を脅すには充分な効果がある事だろう。
その間に、軍師・ホウトウを加えた先鋒軍を砦の背後に派遣する。
先の情報に怯えた敵軍は、俺とホウトウ、二軍による挟撃を、まるで複数の軍による包囲作戦と錯覚するだろう。
それによって敵の戦意を失わせ、降伏させるのがホウトウの策であった。
「では、リュービさん、行ってきますぞ」
「ホウトウ、気をつけてくれよ。もし、敵が打って出たらすぐに対応するようにしといてくれよ」
「ヒャハハ、わかり申した」
伸びた前髪で左目が隠れ、口に楊枝を咥え、着物を着た、風来坊のような身なりの小柄な少女・ホウトウは、コーチュー・タクヨーらの先鋒軍を引き連れて、意気揚々と砦の背後へと移動した。
「軍師殿、ここから先の道は敵の側面を通過する危険な道。
まずはわしが先行して様子を見るので、軍師殿はタクヨーとともに後から参られよ」
カンフー衣装の女生徒・コーチューが軍師・ホウトウにそう提案した。
この廊下は敵の砦に最も接近する道。道幅も狭く、一度に大勢は通れない。襲撃にはうってつけの場所。用心に越したことはない。
コーチューは砦からいつ敵兵が飛び出してきてもいいように警戒しながら、廊下を進む。
数名ずつ、緊張しつつ細い廊下を抜けていく。
静々と通り抜け、何事もなくコーチュー軍は廊下を通過した。
それに続けてタクヨー・ホウトウ軍が進軍していく。特に砦の扉の方へ警戒を厳にして進む。戦闘力の乏しいホウトウが通る時は細心の注意を払って進む。
息の止まるような時間が幾ばくか経過する。だが、結局、事件一つ起きぬまま廊下を通り抜けた。
「ふぅー……息ばかりつまる時間でござんしたな。
しかし、やはり敵は砦の中に籠もり、出撃しようとは考えてはおらぬようですな」
「そのようじゃの」
軍師・ホウトウの意見に、将軍・コーチューも同意する。
「では、将軍殿、お主はそのまま先行し、我らの駐屯地を探してくだされ。
兵のわずかなのを知られるのはよろしくない。できれば、ある程度隠れる場所が良ござんす」
「はっ、わかりました」
コーチューの部隊は急ぎ行動に移す。
既に斥候(偵察)を出して、いくつかの候補地は決まっている。コーチューが一足先にその地を抑え、ホウトウが実際に確認して駐屯地を決める手筈となっていた。
「では、我らはコーチューさんに続いて進軍開始!」
最後尾にいるタクヨーも後軍に指示を出し、進軍を始める。
無事に移動は完了するだろう。誰もがそう思いつつあった。
だが、先に進もうとしたその時、ドンッという鈍い音とともに男の低い呻き声と転倒音がした。
その音に驚き、急いでホウトウは後ろに振り返る。
そこに先ほどまで立っていたタクヨーの姿は無く、後続部隊が床に向かって「タクヨー将軍!」、と口々に叫んでいる。
まさか、奇襲か?
ホウトウは一瞬で手に汗が吹き出すのを感じた。だが、タクヨーが倒れた今、自分が冷静さを失うわけにはいかない。彼女は瞬時に状況を確認した。
襲撃にしてはあまりにも静かであった。恐らく狙いは部隊の壊滅よりもっと小規模、大将格の暗殺。ならば次に狙うのは自分。
その目で部隊を見回すと、一人、兵の間をすり抜けて進む迷彩服の人影がある。
ホウトウはすぐにその人影を指さした。
「あの迷彩服の男が犯人だ!奴を潰せ!」
タクヨーが倒れてから、ホウトウが指示を出すまではほんの一瞬の出来事であった。その指示によりあっという間に迷彩服の男は兵士たちの袋叩きにあった。
(迷彩服の男……話に聞くチョウジンか。たった一人で暗殺とはなんと無謀な……)
ホウトウがそう思った次の瞬間、彼女は背後に悪寒を感じ直ぐ様後ろに振り返った。
そこには白髪を帽子で隠し、制服を着た三白眼の男が立っていた。
「お前がこの軍の指揮官だな!」
その血走る目を見て、彼が真のチョウジンであると察した。先ほどの迷彩服の男は服だけ変えた影武者であったのだろう。
しかし、それがわかったところでこの至近距離ではホウトウに逃げる術は無かった。
(破れかぶれの暗殺とは読めなかった……
あっしに“智”が足らんか“武”が足らんか……
でも、やはり“運”だけはどうにもならんでありやすなぁ……)
〜〜〜
俺、リュービのいる本陣から先ほどホウトウらの軍が出撃した。今頃は敵の背後に回っているだろう。そのはずであった。
しかし、彼女らの軍はすぐに引き返してきた。
将軍・コーチューのただならぬ雰囲気から、非常事態が起こったことはすぐに察しがついた。
「な、なんだって……ホウトウが……それにタクヨーもやられたのか……!」
予期せぬ凶報に、俺は愕然とした。
軍師・ホウトウ、将軍・タクヨーがともに敵の襲撃に遭い、倒されたという。
コーチューは詳しく状況を説明してくれる。
「はい、わしらの軍が離れた時に刺客に襲われました。刺客により二人は重症を負い、指揮官を失ったところへ伏せていたチョウジン軍が一斉に襲い掛かりました。
わしらが助けに戻った時にはタクヨー軍は壊滅的な打撃を受けておりました。
わしがついていながら、軍師殿、さらにタクヨー将軍を失い、申し訳ない。
このコーチュー、いかなる責任も取らせていただきます」
そう言い終わると、コーチューは頭を下げ、そのまま動こうともしない。
ホウトウ・タクヨーの二人は深手を負い、戦線復帰は難しい状態だそうだ。
「コーチュー、頭を上げてくれ。今、君を罰したからといって、二人が元気になるわけじゃない。
それにホウトウはかつてこう言った。運だけは他人に貸すことはできぬ、と。
この度二人を失ったのはどうにもならない不運によるものだ。
コーチュー、君はどうにもできぬ不運を悔やむより、眼の前の敵に全力で当たって欲しい」
俺の言葉を聞いて、コーチューは静かに、深く頷いて答えた。
「……わかり申した。
このコーチュー、今以上に全身全霊で以てリュービ様にお仕えいたします」
俺は真剣な眼差しで答えるコーチューのその言葉を受け止めた。少々重い言葉であるが、二人の喪失をいつまでも悔やむよりはいいだろう。
「それで、リュービ様、これからいかがいたしましょうか?」
そう尋ねるのは、俺の後ろに控えていた新軍師・ホーセーであった。
「俺は敵を甘く見ていたのかもしれない……」
これまで順調に進み、主な将も引き抜いてきた。それで気を大きくしていたのか?
コーチューには悔やむなと言ったが、この責任も不運も俺のものだろう。真に責めを負うべきは俺だ……。
「ホウトウは、運は貸せぬと言った。
だが、智慧や力ならば補えるとも言っていた。
ならば、ここはコウメイらの援軍を待ち、智慧と力を得て、本格的に挑むとしよう。
それまではこちらの被害が出ぬように、敵が増長しないように、適度に相手をしよう」
軍師・ホウトウを失い、俺たちはこれまでの方針の大きな変更を余儀なくされた。
今までとは打って変わっての消極策。
だが、我が軍のホウトウ・タクヨーを失った衝撃は大きく、異を唱える者はいなかった。
これにより、西校舎攻略戦は長期戦となった。
〜〜〜
一方その頃、西校舎の北側・西北校舎では新たな乱が起ころうとしていた。
小型の鉄球が数発、空気を裂いて弾け飛ぶ。
その弾丸は敵兵スレスレをかすめるが、いずれも当たりはしなかった。だが、敵兵を怯ませるには充分な効果があった。
「さあ、あなたたち、大人しく投降しなさい!
でないと次は当てるわよ!」
威勢の良い女性の声が辺りに響き渡る。
茶色いショートヘアー、すらりとした長い足、黒いジャケットにジーパン姿の彼女は、ソウソウ十傑衆の一人・“疾風のカコウエン”。
西北校舎で起きたバチョウの乱。それが一度鎮静化すると、ソウソウは片腕のカコウエンを討伐軍の指揮官に任命。バチョウ残党や反抗勢力を平定して回っていた。
今も彼女たちによって、反抗勢力の一つ・リュウユウメイの勢力が平定されようとしていた。
逃走を計った勢力の兵士たちも、カコウエンの攻撃にあえなく白旗を上げた。
「どう、ジョコー、そっちの様子は?」
カコウエンはともに討伐軍に加えられた武将・ジョコーに訪ねた。
「ダメだ、降伏兵の中をくまなく探したが、リュウユウメイの姿はない。こりゃあ、まんまと逃げられたな。
通りで敵にまとまりがないわけだ」
その回答にカコウエンはため息混じりに答えた。
「どうやら、そのようね。
まったく愚かな男ね。素直に降伏してれば取りなしもあったでしょうに」
「どうしますか? 探し出しますか?」
ジョコーの問いかけに対して、カコウエンは手を左右に振って返す。
「いえ、リュウユウメイが恥を忍んででも再起を計るような人物ならその必要もありますが、あれはただソウソウ会長が怖かっただけでしょう。
単身で逃げたのなら捜索は急ぐ必要はありません。
次はそうね、ソウケンの軍閥を倒しましょうか」
ソウケンもまた反抗勢力の一つであった。リュウユウメイ同様、バチョウの乱にこそ加わらなかったが、長らく生徒会の支配を拒んできた。
ソウケン討伐に赴こうとしたその時、急報がカコウエン軍にもたらされた。
「伝令ー! 伝令ー!
カコウエン将軍、伝令です!」
「私はここだ。何があった」
その急使の尋常ならざる様子に、異変を感じ取ったカコウエンは、素早く要点を尋ねた。
「バチョウ残党・リョウコウ、再び挙兵!」
それは西北が再度戦乱に巻き込まれる知らせであった。
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