第151話 魁偉!ホーヨウの罠!
リュウショウ軍の武将・ゴイが一人、個室に入って思案にくれている時に、同僚・トーケンに伴われ、容貌魁偉な男が眼の前に現れた。それは、かつてリュウショウ陣営から追放されたはずのホーヨウであった。
「ホーヨウ、何故、あなたがここにいるの!
あなたは追放されたはずだ!」
長身、筋肉質な体の細目の女生徒・ゴイは、その眼の前に現れた痘痕面に無精髭の男・ホーヨウに対して拳を構え、彼を連れてきた軍服姿の男・トーケンを叱った。
「トーケン、よりにもよってよくもホーヨウなんて問題児をここに連れ込んだわね。あなたも罰せられるわよ!」
「待ってくれ、こいつは勝手に入ってきてたんだ。俺が招き入れたわけじゃない!」
軍服姿の男・トーケンが必死に弁解すると、問題児・ホーヨウはニタリと笑って返した。
「ヒャヒャヒャ、俺はお宅らがリュービ軍に惨敗して逃走した時に紛れて中に入ったのよ。いやぁ、あまりの逃げっぷりに紛れるのは余裕だったね」
ゴイは、そのホーヨウの言葉にカチンときながらも、彼の言葉に引っかかり問い質した。
「待って、あの戦場にあなたもいたの?
もしや、あなたはリュービの手先なの!」
「ヒャヒャヒャ、取り乱しなさんな。そもそも俺はリュウショウ陣営を辞めた身の上、どこに属しようと自由でしょうがよ」
ホーヨウの独特な笑い声がゴイの怒りを増幅させる。それでも彼女は必死に声を抑えながらも、怒りをぶつけた。
「あなたがどこに行こうと自由だが、ここにいるのは問題だ!
もしや、お前は私を寝返らせようと思ってここに来たの?」
「ヒャヒャヒャ、まあ、そんなところですな」
対するホーヨウはまったく悪びれる様子もなければ、狼狽える仕草も見せず、堂々とそう言って返した。
ゴイはその態度に呆れつつ、今度は彼を連れてきた軍服姿の男・トーケンに目線が移った。
「トーケン、あなたはこれを知っていたの?」
トーケンは目を泳がせながらも、必死に否定した。
「いやいや、俺はまったく知らん。
……実は従兄のモウタツに面会だけでもさせてくれと頼まれたのだ。
だが、俺は裏切ってはいない。天に誓ってよい」
既にリュービ軍に寝返ったモウタツは、トーケンの従兄にあたる。いくら相手が従兄でも、寝返ろと言われれば断るつもりのトーケンであった。
だが、ホーヨウをゴイに会わせてやってくれと頼まれ、そのぐらいならとよく確認もせずに応じてしまった。今となっては全力で後悔しているが、既に後の祭りである。
「あなたはモウタツに良いように使われすぎよ!」
ゴイは半ば呆れながらトーケンを叱りつける。トーケンは勇将ではあったが、モウタツほどの狡猾さは持ち合わせていなかった。
「ヒャヒャ、トーケン将軍は裏切っておりませんよ、今はまだ。
俺の役目はこの場でお二方をリュービ陣営に寝返らせることでございます」
また、ホーヨウの憎たらしい笑い声が木霊する。
「ふん、馬鹿馬鹿しい。
私がリュウショウ様を裏切ると思うのか!」
「まあ、ひとまず俺の話しを聴いてくださいな。
一通り聞いて無駄なら、その時に俺を突き出せば良いでしょう」
ゴイはホーヨウなんて相手にするつもりはなかった。だが、リュービ軍に対する対策が思いつかない。その現状を打開するために、彼から少しでも敵軍の情報が得られればと考え、この男の話しを聞くことにした。
「……いいでしょう。聞くだけ聞いてあげますよ」
ゴイの言葉を聞き、ホーヨウはニタリと笑って話し始めた。
「では、僭越ながら……
この西校舎には大きな問題を抱えてございます。それは移住してきた生徒の扱いでございます。
選挙戦が激化して以降、戦乱を嫌い中央、東、南校舎より多くの生徒がこの西校舎に逃げ込んできました。
しかし、西校舎在来の生徒は、その移住者を外様と呼び、差別したために対立が生まれてきました。
ゴイ将軍、トーケン将軍、あなた方も外様組、対してチョウジンらは在来組。今、待機する教室が分けられ、ゴイ将軍が一人で作戦を練っておられたのも外様組と在来組の対立故でございましょうや」
そのホーヨウの言葉に、一瞬ではあったがゴイは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
確かに今、籠城する場所は在来組と外様組で分けられ、ゴイ自身も一人個室に籠もって策を練っていた。もちろん、この後に全体の作戦会議は行われる。だが、その会議の主導権をチョウジンら在来組に奪われるわけにはいかないと、彼らを上回る策を思案している最中であった。
だが、そんなことは元リュウショウ陣営のホーヨウが知っていても何も不思議はない。ゴイは平然とした顔つきに戻り、笑い飛ばした。
「ふふふ、何を言い出すかと思えばそんなことを言いにわざわざ来たの?
確かにお前の言う通り、在来組と外様組の対立はある。それは認めるわ。
だが、私はリュウショウ様より、その外様組を纏める将軍の立場にしていただいた。西校舎の生徒よりも高待遇を受けている側にいる。私に裏切るほどの不満はない。
お前の言う通り、私はチョウジンを出し抜こうと策を練っていた。だが、その程度の手柄争いはどこの武将もやっていることだ。取り立てて言うほどのことではない。
ホーヨウ、当てが外れようね」
ゴイは笑いながらそう答えた。彼女は外様組ではあったが、軍才を買われ、外様組で編成した軍の将軍に抜擢された。既に幹部として遇されている彼女は多少の待遇で寝返ることはない。
ゴイは眼の前にいる容貌魁偉の男・ホーヨウは口は悪いが、頭は回る男だと思っていた。だがそれは、買いかぶりであったかと、内心で軽蔑した。
だが、ホーヨウは取り乱すこともなく、ニタリと不気味な笑みをゴイに向けて語り出した。
「そうでしょうな。ゴイ将軍と言えばリュウショウ陣営でも名の通った武将。そうそう不満もないでしょうな。
ですが、あなたが率いている兵士はどうでしょうか?」
「どういう意味?」
ホーヨウの言葉に、ゴイはピクリと眉間を動かし、聞き返した。
「先立ってリュービ様は防衛軍のヨウカイ・コウハイを捕え、その部隊を吸収しました。吸収したと簡単に言いますが、兵士は皆人間です。指揮官を失ったといえども素直に加わってくれるとは限りません。
それでも素直に従ったのは彼らに不満があったからです。防衛軍の兵士たちは外様組でありました。リュービ様は外様組の待遇改善と引き換えに彼らを従えたのです。
あなたもトーケン将軍も率いている兵士は皆、外様組です。彼らも同じ不満を抱えている……」
この言葉にゴイはついに怒り心頭で声を荒げた。
「だ、だから、何!
あなたがこれから一人一人口説いて回り、味方につけるとでも!
そんなこと私たちが許すと思ってるの!」
その言葉にホーヨウは含み笑いを浮かべながら答えた。
「それは流石に俺がやったのでは手間がかかり過ぎますな。
しかし、あなた方の敗走に乗じて俺がこの軍に紛れ込んだ時、果たして俺が一人だけでやって来たとホントにお思いかな?」
その言葉をゴイ、さらにトーケンも驚きの声を上げた。
「ま、まさか何人か既に紛れているの?」
「お、おい、俺の軍にも紛れているのか?」
それに対してホーヨウは、今まで以上に憎々しげな笑みを浮かべて答えた。
「ヒャヒャヒャ、あなた方にその気はなくとも、兵士たちまではどうですかな?
今ここでゴイ・トーケンの両将軍の配下が謀反を起こせば、大打撃でしょう。
そして、お二方も責任は問われるでしょうな。その時に外様組のお二人を弁護してくれる方はおられますかな?」
「そ、そんなことは……」
その問いかけにゴイは言葉を濁らせた。
「ゴイ将軍、トーケン将軍、取引を致しましょう。兵士たちに謀反を起こされたくなければ、リュービ様に寝返りなさいな」
その取引とも呼べない一方的な要求に、二将軍は
驚きと怒りの混じった声を上げて責め立てる。
「そ、そんな取引があるか!
私たちがそんな脅しに屈するとでも思うのか!」
「紛れ込んだ兵士など調べればすぐわかるぞ!」
だが、ホーヨウはその憎たらしげな笑みを絶やす気配すら見せず、話しを続ける。
「まあまあ、考えてご覧なさいな。あなた方は今の立場に満足していると言うが、それはリュウショウ陣営がこのまま続けばの話。
前回、リュービ様と戦ってみて、あなた方は本当にリュービ様相手に勝算はおありか?」
「い、いや……良い策を練れば充分な勝算だって……」
ホーヨウの問にゴイは言葉を詰まらせながら答える。実際、敵の戦闘を間近で見て、勝算があるとは到底思えなかった。
その心を見抜き、ホーヨウはさらに彼女に詰め寄る。
「本当にそうお思いか?
リュービ陣営と言えば、学園随一の呼び声も高い義妹のカンウ・チョーヒ。そして、神算鬼謀のコウメイがいるのですよ。さらに、そのいずれも未だ温存している。仮に今のリュービ軍を撃退できたとしても、今度はこのカンウ・チョーヒ・コウメイの軍が侵攻してきますよ。
更にそのリュービ軍を倒したとしても、次に控えるのは最強のソウソウ軍。果たしてリュウショウ陣営はいつまでありましょうか?」
「うう……仮に私が寝返ったとしても、ここにはチョウジンがいる。簡単にこの教室は落とせないわよ」
「この教室の管理担当者はあなたの従弟のゴハンでしたね。ゴハンを味方につけれれば、この教室の扉を開け、リュービ軍を招き入れることも容易いでしょう。
外からはリュービ軍、内からはゴイ・トーケンの両将軍が攻撃をすれば、いかにチョウジンが胆勇の持ち主といえど、ひとたまりもないでしょう」
「う、うーむ……」
ホーヨウの言葉にゴイの心が動く。しかし、それ以上にトーケンの心が動いていた。
「ゴイ、どうだろう、ここはリュービ軍に寝返っては?」
「トーケン、お前まで!」
「実際、勝てる相手ではない!」
トーケンもリュービ軍の戦闘を間近で見ていた。あれより強い軍が控えていると言われ、ついに心が折れてしまった。
「トーケン将軍、良い判断です。トーケン将軍だけでも、謀反は成功するかもしれませんな。
さて、ゴイ将軍、あなたはいかに?」
「わ、私は……」
〜〜〜
ゴイたちの元に訪問者が現れていた頃、別の部屋ではチョウジンがリュービ軍への対策を思案していた。
(あれがリュービ軍か……
将の強さ、兵の練度、どれをとっても我が軍を凌駕している。
奇策を用いるしかないな……)
真っ白な髪に、鋭い三白眼、迷彩服を着たこの男がリュウショウ軍の将の一人・チョウジン。彼もまたリュービ軍を攻略せんと知恵を絞っていた。
そんな彼の思索の時間を打ち消すように、突如として大声が教室中に響き渡った!
「反乱だー!!!」
その声に仰天して、慌てて教室内を覗いて見れば、既に同士討ちが展開されていた。
「反逆だ! 外様の反逆だ!」
「外様……しまった!」
その言葉を聞き、チョウジンはおおよそを悟り、すぐにリュウカイのもとに急いだ。
「おお、チョウジン。この騒ぎはなんだ?」
ショートの茶髪にタレ目、パーカーを着た男子生徒、この軍の総指揮官・リュウカイも騒動に驚き、慌てた様子でチョウジンに駆け寄ってきた。
「リュウカイ、反乱がおきました。
すぐに逃げましょう!」
「は、反乱だと!
早く鎮圧せねば! ゴイたちはどこにいる!」
慌てるリュウカイの言葉に、チョウジンは冷静に答える。
「落ち着かれよ!
これは一部の兵による規模の反乱ではない!
首謀者は恐らくゴイ、そしてゴハン! この教室を預かるゴハンがついたのならじきに扉が開放され、リュービ軍がなだれ込んでくる!
時間がない! 早くお逃げを!」
迷彩服の男・チョウジンは、総指揮官・リュウカイを引っ張るようにして教室を脱出した。そして、それとほぼ同時に教室の扉が開かれ、リュービ軍が侵入し、教室はあっという間に占領されてしまった。
〜〜〜
「ホーヨウ、ご苦労だった。君の活躍のおかげでこの教室を手に入れることができた」
俺、リュービは、新参謀・ホーヨウの活躍により、難無くリュウカイ軍が砦としていた大教室を手に入れることができた。
「はは、ありがとうございます!
このホーヨウの活躍をお忘れ無きよう一つよろしくお願い致します」
「ああ、もちろんだ。俺が西校舎を手に入れた暁には然るべき地位につけよう。それまでは暫定だが、この手に入れた教室の担当者に君を任命しよう」
「はは、お任せください!」
「それで、今回の功労者を紹介してくれ」
俺の前に三名の人物がやってくる。
「私が将軍のゴイと申します」
「俺は将軍のトーケンです。モウタツの従弟でもあります」
「俺はゴイの従弟のゴハンです。この教室の担当を務めておりました」
ゴイと名乗る大柄の女生徒を先頭に、二人の男子生徒が俺に頭を下げた。
「三人ともよく来てくれた。
君たちを将軍として迎え入れよう」
リュウショウ軍との初戦は、俺たちの完全勝利で幕を下ろした。
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