第142話 到着!西の大地!
「よく来られましたリュービ殿。
私はこの西校舎の盟主を努めております、益隆璋、通称をリュウショウと申します」
西校舎に援軍としてやってきた俺たちリュービ軍がまず最初に味わったのは、援軍を依頼してきた温和そうな男子生徒、西校舎の盟主・リュウショウの手厚い歓迎会であった。
手厚いといっても学内でのことだから、菓子やジュースが並べられたちょっとしたパーティーであったが、それでもこれから戦いが始まると身構えていた生徒たちにはよい休憩となった。
俺は立場もあるので、最初こそ向こうの盟主・リュウショウの隣に座り談笑していたが、宴の盛り上がりとともに席を移り、他の西校舎の生徒たちと話をした。この先のことを考えれば、より多くの生徒と親密になっておくことに越したことはない。
「ふぅー、やれやれ。随分話して回ったな。話すばかりでほとんど食べれてないや」
俺が一段落ついて隅の席で一息ついていると、側に控える小柄な女生徒、軍師・ホウトウが飲み物を手渡してくれた。
「どうぞ、リュービさん。戦場に行く前に随分な活躍をされましたな」
「ありがとう。
いやぁ、あいつほどじゃないよ。
リュウショウ殿の相手ができなかったので心苦しく感じていたが、まさか、あいつに助けられるとはね」
俺は盟主・リュウショウの席に目をやった。
最初こそ隣に俺が座って話していたが、すぐに離席して他の生徒の話し相手になっていた。俺の代わりにその席に座って今、リュウショウの相手をしているのは、金髪のへらへら顔の男、今回の出陣前に散々行くのを渋った悪友・カンヨーであった。
「眼の前に一組のカップルがいてよー。俺が『あいつらイヤらしいことするから取り締まろうぜー』って言ったら、リュービのやつがよー『なんでわかるんだ』って聞いてくんだよー。
だから、俺はよ言ってやったのさ『あいつらイヤらしい道具持ってるから』ってさー!」
「ははは、カンヨー、あなたの話は面白いな」
カンヨーの話を聞いて、盟主・リュウショウは大笑いしながら相槌を打つ。
カンヨーのする話はいずれも馬鹿話の類なのだが、よほど気に入ったのか俺が各席を回っている間、ずっとリュウショウはカンヨーの話を聞いていたようだ。
その様子を遠目で見つめ、俺は隣のホウトウ相手に小声で話しかける。
「なんか知らんけどウケてるな。
カンヨー連れてきたのはいいが、特にやらせることないと思っていたが、まさかこんなに早く役に立つとはな。
あれでもうあいつの出番はいいかな」
「まあ、あれを功績と言われたら、ほとんど者は納得せんでしょうがね」
ホウトウの言う通りだが、カンヨーを一番知っているであろう俺からすれば、あれでも予想以上の働きに思える。
俺と軍師・ホウトウが雑談をしていると、頃合いを見計らっていたのか、一人の小さな女生徒が挨拶にやってきた。
「この度はリュービ殿、西校舎までよくお越しくださいました。
私はリュウショウの元で補佐官筆頭を務めさせていただいております。張松喬子、通称をチョーショーと申します」
話しかけてきた彼女がチョーショーか。
彼女は、ホーセーらの同志で、今回の西校舎攻略で密かに俺たちの味方をしてくれている人物。やたらと背が低く、長い髪に瓶底のようなメガネをかけた地味な印象の女生徒だ。事前にホーセーから写真を見せられていたが、まさにその写真通りの姿であった。
「これはわざわざ出向いていただきありがとうございます。チョーショーさんは俺を高く買っていただいていると伺っております。今後とも宜しくお願いいたします」
ホーセーの同志なら、彼女も俺の側の人物だ。本来ならもっと話をしておきたい相手だが、ここには西校舎の生徒も多い。内密の計画を察知されるわけにはいかない以上、彼女との接触は最低限にしなければならない。
だからこそチョーショーも、こんな最終盤に話しかけてきたのだろう。
「リュービ殿もチョウロ討伐は大変でしょうが、我らでやれる援助は最大限行いますので、どうか宜しくお願いします」
そうチョーショーは俺に挨拶して席を移った。堂々と味方であると言えない彼女の立場からしたら、援助を最大限行うというのがせめてもの言葉であったのだろう。
今、西校舎にいる俺の味方は、既に配下に加わったホーセー・モウタツ、そして盟主・リュウショウの側近・チョーショー、この三人だけだ。
俺がまずやらねばならないのは、この味方の数を増やすことだ。
俺が決意を新たにした辺りで、長い宴会はお開きとなった。
「リュービ殿、この度は歓迎会にご参加いただきありがとうございました。出陣前にリュービ殿と直接お話する機会を設けられて良かったです」
ふくよかな体型の盟主・リュウショウは落ち着いた態度で俺へ挨拶をしてくれた。
「こちらこそ、このような歓迎会を催していただき感謝の言葉もありません。
せっかくの機会でしたのに、あまりお話できなくて申し訳ない。その上、うちのカンヨーがしょうもない話ばかり聞かせていたようで……」
「いえいえ、カンヨー殿の話は楽しかった。久しぶりに立場を忘れ、高校生らしい会話ができました」
リュウショウはそうにこやかに答える。社交辞令だろうが、こちらとしては内心ヒヤヒヤしていただけに、ホッと胸を撫で下ろした。
そこへ当の問題児・カンヨーがひょっこり顔を出してきた。
「リュウショウ、また話そうなー」
西校舎の盟主相手にあまりに軽々しい言葉遣いに、俺は目眩を覚えながらも、カンヨーの頭を軽く叩き、注意した。
「カンヨー、相手は西校舎の盟主殿だぞ。敬意を払って接しろ」
「でもよー、リュウショウがこれでいいって言うからよー」
悪びれずにカンヨーは返す。まったく、俺たちが今回、裏で何をしなければいけないのか忘れているのか……いや、多分聞いてないんだろうなと俺は密かに頭を痛めた。
「ははは、リュービ殿、気にしないでください。
思えば私の高校生活には、彼のような友人がいなかった。このように君臣の垣根を越えた繋がりが持てて、リュービ殿が羨ましい」
こう返すリュウショウも褒めているつもりなのだろうが、俺からしたら恥ずかしいやら心苦しいやらで、早くこの場から離れたくなった。
「そ、それではリュウショウ殿、俺たちはこれからチョウロ討伐に向かいます」
「わかりました。お願い致します。
手狭でしょうが、北にある家庭科室を活動拠点としてお使いください。そこの守備隊のヨウカイ・コウハイらの部隊もリュービ殿の指示に従うよう伝えてありますので、これもお使いください」
「何から何まですみません」
「では、道案内を誰かつけましょう。おい、誰か……」
リュウショウは案内役を探して周囲を見回すので、俺はそれを止めた。
「いえいえ、ここにいるのはリュウショウ殿の側近ばかりでしょう。そんな方に道案内を頼むのは心苦しいです。おーいリカイ君」
俺の言葉を聞いて、歓迎会を共にした白いローブを羽織った一年男子・リカイを呼んだ。彼はここに来る途中、警備隊のゲンガンから道案内用に預けられた生徒であった。
「はい、リュービさん、なんでしょうか?」
「君は家庭科室の場所はわかるかい?」
「はい、西校舎の配置は一通り頭に入っています」
「では、君に引き続き案内を頼みたい。
そういうことなので、このリカイ君をお借りします。ゲンガン将軍にもそうお伝えください」
「わかりました。では、お気をつけて」
こうして俺たちは見送るリュウショウたちを背に、新たな拠点・家庭科室を目指した。
その道中、片眼鏡の新軍師・ホーセーが俺に尋ねてきた。
「リュービ様、先ほどは案内を断っておりましたが、よろしかったのですか?
リュウショウ配下に接近する良い機会でしたのに」
それに俺が答えて、
「誰が選ばれるかわからないが、いずれもリュウショウの側近だ。あまり近づき過ぎて勘ぐられても困る。
上手くチョーショーに当たればその心配はないが、彼女にはまだリュウショウ内部でやってほしい仕事もあるし、今はまだ接近しないほうがいいだろう。
それに、あのリカイという生徒はまだ一年生だが、よくなかなか見所がある」
と、返すと、ホーセーは眉を顰めて答えた。
「リュービ様の人徳であれば不要な心配と思いますが……
今、側近にはコウケンやリュウハもいないようですし」
「リュウハ? 南校舎のリュウハか?」
俺はその名に聞き覚えがあったので、即座に彼女に尋ねた。
「はい、そのリュウハです。南校舎での一件の後、西校舎に逃れてやってきました」
「リュウハはコウメイも認めるほどの賢者であった。用心すべき相手だな」
リュウハはコウメイが仲間に加えたいと言っていた人物だ。それが今やリュウショウの配下にいるようだ。
さらにホーセーは続けて答える。
「確かに側近から離れたとは言え気をつけるべき相手でしょう。リュウショウ配下の中で言えば、コウケン・リュウハの二人が最も厄介な相手となるでしょう」
「なるほど。
ホーセー、君にはまだまだ教えてもらわねばならないことが多そうだな。西校舎の人物、情勢、それにチョウロのことも」
「はい、何なりとお尋ねください」
「まずはチョウロだ。俺たちがこれから相手しなければならない敵のことを教えてくれ。
何やら因縁のある相手だそうだが、そもそもリュウショウとはどういう関係だ?」
チョウロは一先ず相手にしなければならない人物だ。どのような人物かはおおよそは調べているが、よそ者の情報だ。より身近で見ていたであろうホーセーの意見は重要だ。
「はい……。
事の起こりは去年、まだリュービ様がリョフだエンジュツだを相手にしている頃です…………」
ホーセーはリュウショウとチョウロのこれまでを語ってくれた。
「この頃、美術部部長として先代・リュウエンが西校舎に割拠しておりました。今の盟主・リュウショウの兄にあたる人です。
このリュウエンが次第に勢力を伸ばし、西校舎一の勢力となりました。
その頃、リュウエンの配下に突如現れた人物が件のチョウロ、本名を長井魯祺という男でございます。
この頃のリュウエン陣営は、まだ西校舎の盟主よりも、元の美術部としての色が濃い時代でした。その時にリュウエンは、新しく入ったこのチョウロを美術の天才と呼び、美術界に革命をもたらす存在として信奉しておりました。
しかし、その作品はあまりにも前衛的で、彼を評価するものはリュウエンを除いて誰もおりませんでした。
そんな状況でもリュウエンはとりわけこのチョウロを目にかけておりました。その寵愛の様は実弟のリュウショウ以上であったといいます。
この有り様にリュウエンの配下は困惑しました。チョウロは実績もなく、成績も良いわけでもなく、リュウエンのいう芸術の才能も理解出来ない代物。なのに、リュウエンは彼を幹部として待遇しました。
当然、リュウエンの配下、特に実弟のリュウショウはこの待遇に反発しました。
それを知ってか知らずかリュウエンは、この頃、西校舎の北部に割拠していた中小勢力・ソコの討伐の指揮官にまったく軍事経験のないチョウロを抜擢します。
チョウロはこの討伐に成功しますが、そのまま帰って来ず、事実上の北部の独立勢力になってしまいました。
リュウエンの配下はこの独立に激怒しますが、リュウエンはまったく意に返さず、チョウロは中央からの防衛に役に立つと言って反対に彼の独立を助けました。
時は流れてリュウエンが卒業すると、その後継に弟のリュウショウが選ばれました。
リュウショウが後を継ぐと真っ先に行ったのがチョウロへの制裁です。チョウロに対して武装解除と美術室への帰還を命じますが、チョウロはまったく応じません。
そこでリュウショウは、チョウロの美術部員としての籍を抹消し、反乱勢力として討伐を開始しました。対するチョウロも新たにアート部を設立して正式に独立し、以来、泥沼の対立が今に至るまで続いたのであります」
ホーセーの話を聞いて、俺はため息をつきつつ答えた。
「聞くとどうにもしんどい状況だな。リュウショウとチョウロ自体は元々仲良くもないから、前のようによりを戻してとも言えないわけか。
しかし、リュウエンはなんだってそんなにチョウロに肩入れしてしまったのか……」
「噂だとリュウエンとチョウロは恋人だったなんて話もありますね」
「なるほど、だから特別扱いを……ん? 二人とも男だったのでは……いや、今はそういうことを言う時代でもないのか、うーん?」
「他にはチョウロの母と恋人だったという噂も」
「ならいいかとはならないが、まあ、本人の自由だしな」
「もっとも、私が西校舎に来た時には既にリュウショウに代替りした後でしたので、真相はわかりませんが」
「なんであれ厄介な関係ということか」
〜〜〜
リュービが西校舎に招かれている頃、彼のライバル・ソウソウの陣営でも大きな事件が起こっていた。
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次回は7月29日20時頃更新予定です。




