第133話 点竄!カクの謀略!
ソウソウとカンスイによる両陣営の首脳会談が開かれた。だか、ソウソウは呼び出したカンスイに対しては雑談をするのみで実のある話を行わなかった。会談を終えたカンスイをバチョウは問い詰めたが、彼は雑談をしただけと語る。そんなカンスイをバチョウは疑うようになっていた……。
「カンスイめ……ついに口を割らなかった。
一体、首脳会談で何を話してきたのだ!」
長い金髪を振り乱し、碧い瞳を爛々と輝かせるバチョウは、獅子のような形相で机を激しく叩き、怒りを露わにした。
その余りの激昂ぶりに、多くの部下は恐れて遠巻きに見るばかりであったが、頭に鷲の羽飾りをつけ、ネイティブアメリカンのような民族衣装を着た男子生徒、バチョウ第一の部下・ホートクは率先してバチョウをなだめに入った。
「若、落ち着かれよ。
もう一度カンスイと話し合ってはどうか。もしかしたら、本当に雑談しかしてないのかもしれませんぞ」
若と呼びかけられたバチョウは、部下のホートクの方へと振り返り、怒りを含んだ口調で返した。
「わざわざここまで舞台を整えて、雑談だけなんてことがあるか!
だいたい、ホートク。お前はかつてアタシにカンスイの言いなりになるな、信用するなと言ったではないか!」
「確かに言いました。
されど、時間が経てば言う事も変わります。今は士気が低下し、各々の兵士がこの先に不安を抱いている時です。
ここでお二人の仲がより険悪になれば、連合軍を維持することさえままなりません。ここはよく話し合って、関係修復に努めるべきです」
ホートク個人の意見を言えば、カンスイのことはあまり信用していない。しかし、今、バチョウ・カンスイが対立すれば、兵士の不安は倍増し、敵であるソウソウに付け入る隙を与えてしまう。少なくともこの戦いが終わるまでは、両者の対立は避けなければならない。
この意見にバチョウはまだ不服そうではあったが、家臣筆頭であるホートクの意見ということあり、渋々受け入れることとした。
「クッ……わかった。お前の意見に従おう。
もう一度、カンスイと話をしよう」
そう言い、バチョウが立ち上がるのと同じタイミングで学帽に片眼鏡の男子生徒、バチョウの従兄弟・バタイが外より息を切らしながらやってきた。
「バチョウ!
先ほど、ソウソウよりカンスイの元へ書状が来たそうだ。おそらく講和条件についてだろう」
先の首脳会談の終わり際、ソウソウは会談の続きは書状で送ると言っていた。その書状であろうとバチョウらはすぐに思い至った。
「それは良いタイミングだ。
若、その書状を確認すれば、前回の首脳会談についても書かれているかもしれませんぞ?」
渡りに船とホートクはバチョウに勧めた。会談の内容に触れていれば、カンスイの証言と照合ができる。
バチョウもそう思い、頷き返した。
「そうだな、早速、その書状を確認しよう」
場所移ってカンスイ本陣。
先ほどのバタイからの話にあったように、ソウソウより書状が届けられた。
届けに来た使者は数人の兵士を引き連れ、白旗を掲げた一隊で、その仰々しさからこれがソウソウよりの公的な文書であることが誰の目にも明らかであった。
使者の手より届けられた書状は、ご丁寧に封筒に入れられていた。使者はそれをカンスイに直接手渡すと、早々に帰っていった。
使者の帰陣を見届け、カンスイは早速、その封筒を開けて中を見る。三つに折られたその書状を広げると、字はペンによる手書きであった。
今どき手書きとは古風だなと思いながらカンスイが読み進めると、すぐに不審な点を見つけることとなった。
書状の所々が黒く塗り潰されている。それもペンでグチャグチャに塗り潰され、不快感を与えるほどに汚らしい。それも至る箇所で単語が塗り潰されているから、文章がまともに読めぬ状態だ。
「なんだこの手紙は?
下書きと間違えて持ってきたのか?
修正ペンを使えば良いものを……いや、パソコンで打てばよいのをわざわざ手書きで?」
カンスイは疑問に思いつつ書状を透かしてみるが、元が手書きだからか、とても元の文章が読める状態ではない。
「先日は……で……喜ばしく思い……なので……
ダメだ、とても読めん」
バチョウがカンスイの元に乗り込んできたのは、そんなふうにカンスイが黒塗りの手紙と格闘している最中のことであった。
「カンスイ、ソウソウから手紙がきたそうだな。
見せてくれ」
「おう、しかし、よくわからなくてな……」
カンスイは深く考えずに書状をバチョウに手渡した。だが、その書状を読み進めていくうちにバチョウの顔つきはどんどん強張っていった。
「カンスイ……この黒塗りはあんたがやったのか?」
そのバチョウの一言はカンスイの予想だにしない言葉であった。
「そんなわけがないだろう。はじめからこうなっていたのだ」
「ならば、ソウソウが下書きの手紙を寄越したというのか?
この書状は手書きだ。今の時代にわざわざ手書きということは、これは清書用なんじゃないのか?
わざわざ清書用に書き起こしたのに、書き損じを送ってくるなんて、それこそあり得ない話じゃないのか」
今のバチョウには全てが怪しく見えた。そんな彼女に黒く塗り潰された書状ほど怪しいものはない。ここには何が書かれていた。何を隠した。バチョウの目はカンスイにそう問い掛けていた。
「ならば俺が塗り潰したというのか!」
カンスイには何らやましいことはなかった。ただ黒く塗り潰された書状を送り付けられ、意味も分からずバチョウに手渡しただけだ。何もない腹を探られて、不快な感情を募らせていった。
だが、バチョウには彼の不快な表情は、やましさの証明に写った。
「そう考えるのが自然じゃないのか。
塗り潰した箇所には、何か見られて困る不都合なことが、書かれていたのではないのか?」
「何が不都合なことだというのだ!」
「あなたはアタシたちに無断でソウソウとの講和を進めているんじゃないのか!」
「何だと?
何を証拠にそんなことを言うのだ!」
「その証拠をあなたが塗り潰したのではないか!」
二人の声はやがて大声となり、周囲の部屋にまで届くほどになった。
「どうされたのですか?」
カンスイ・バチョウの口論を聞きつけて、何事かと別室に控えていたカンスイの部下のセイコウエイ・エンコウらが入ってきた。
かくかくしかじかとあらましを説明された部下の二人は両者の口論を止めるよう動いた。
「バチョウさん、とにかく落ち着いてください」
「ボスもやっていないと言っている。
こんなことで我らが争っていても利はありませんぞ」
二人に散々になだめられたが、未だ怒りの解けぬバチョウ。しかし、ここでこれ以上の議論も意味がないと思い、腹を立てたまま、部屋を後にした。
「あくまで白を切るならそれで良い!
だが、他の連中への塗り潰しの件の報告はあなたから説明してもらう!」
そうバチョウは捨て台詞を残して去っていった。
また頭を悩めるネタが増えてしまったと、深くため息をつくカンスイは椅子に深く腰掛け、しばし考え込んだ。
「全くバチョウの奴め、何を勘違いして……」
バチョウの勘違い……。
勘違い……?
果たして勘違いなのか?
カンスイの思考は徐々に核心へと近付いていった……。
「違う…全ては仕組まれていたのか」
カンスイはボソリと呟いた。
「ハッハッハ、何が敵はお上品な生徒会だ、何が我らは泥水をすすってきただ!
敵の方がよほど泥水をすすっている。お上品なのは我らであったか……!」
ボソボソと呟いたかと思ったら、突然、大声で独り言を言い出したカンスイを、気でも動転したのかと部下のセイコウエイ・エンコウが心配そうに声をかける。
「カンスイ様、何の話ですか?」
「ボス、何事ですかな?」
「ハッハッハ、セイコウエイ、エンコウ。
……この戦、負けたぞ!」
カンスイは絶望を滲ませた瞳で二人を見据え、そう言い放った。
ソウソウ本陣〜
西涼(西北)陣営の北に布陣したソウソウ軍はジワリジワリと陣地を南下させた。今は停戦協定により動きを止めていたが、それでも西涼軍とは目と鼻の先、数十メートルの距離まで迫っていた。
その陣地の奥深くに謀臣を侍らせ、赤黒い髪と瞳、へそ出しミニスカートの生徒会長・ソウソウが足を組んで椅子に座っていた。
「ふふふ、私も見事な役者であったろう。
今頃、“アレ”も効果を発揮している頃合いであろう」
その横に侍る茶髪にヘッドホンを首にかけた、小柄な女生徒、謀臣・カクもニヤリと笑いながら、ソウソウの意見に同調する。
「はい、完璧でございます。
西北軍は群雄連合。その盟主はバチョウですが、連合軍を事実上運営しているのはカンスイです。
頭が二つあるというのは、何かと付け込む隙があるものです」
「ああ、この二人さえ決裂させれば、後は自然と西北軍は崩壊させられる」
ソウソウとその参謀・カクは、西北軍の頭目、バチョウ・カンスイの二人に標的を絞り、計略を仕掛けていた。
参謀・カクは得意満面な様子で滔々と語り出した。
「盟主・バチョウを差し置き、ソウソウ会長がカンスイを指名して“首脳”会談を開けば、それだけでバチョウは不愉快でしょう。
そして、その首脳会談で話した内容が、世間話だけだったと語れば……」
カクのニヤリ笑いに、ソウソウもまたニヤリと笑って返す。
「バチョウは疑うであろうな。あそこまで準備して世間話だけのはずがない。ならば、何か隠しているのかと考えるであろう。
あの首脳会談はよい一手であった。
ついでにエンコウにも種を蒔けたしな」
ソウソウはカンスイとの会見時に、彼に随行していた部下のエンコウにも声をかけた。それは何も彼女の酔狂や気まぐれでやったことではない。しかし、それが効力を発揮するのはまだ先の話であった。
「あの種もいずれ実ることでしょう。
それに加えて、あの訂正だらけの手紙です。
あの会談の後に送られてきた手紙が、至る所塗り潰された真っ黒な一品。一体、何が消されたのか、それを誰が消したのか、考えれば考えるほど、疑いの心が強くなることでしょう」
「後で読み取られんように、わざわざ手書きすることになったのは手間だったがな。しかし、あの手紙も充分な効果を上げたことだろう。
全く、カクよ。人の心を掻き乱させることが、お前ほど長けた者もそうはおるまいな」
「褒め言葉として頂戴いたします」
首脳会談も塗り潰しの手紙も全ては参謀・カクの発案であった。人の疑心を煽り、掻き乱すことなど“乱世の申し子”と称する彼女にとって容易いことであった。
「さて、そろそろ仕上げだが……」
ソウソウが次の話に移ろうとした時、彼女の元に一報が届けられる。
「なんだと……!」
その一報に接し、ソウソウは思わず眉間に皺を寄せる。
「何がありましたか?」
「北校舎で反乱が起きたそうだ。あそこは元はエンショウ領。厄介だな」
北校舎はかつてソウソウと生徒会長の座を巡って争ったエンショウの領地。ソウソウはこの強敵をカントの決戦で破り(※詳しくは四章参照)、今はエンショウを初め、多くのエンショウ旧臣がソウソウの家臣となっている。
だが、その全てがソウソウに吸収されたわけではない。それらが手を組み、大規模な徒党になるのは、ソウソウにとって避けたい事態であった。
「それは困りましたね。
エンショウ旧臣と結びつかれたら大事になりかねない。それに生徒会室とも近いですし、場合によっては西北校舎より、そちらの反乱の方が優先順位は高いかもしれません。
留守を任せているテイイクらはなんと?」
「今は将軍のカシンを送って対応しているとのことだが、そこまで大規模な討伐軍を編成していないな」
カシン将軍は一線級の武将とは言い難く、反乱が大規模になれば少々物足りない。しかし、それ以上の部隊を動かすには、ソウソウの許可を得なければならない。
反乱の規模さえ不正確であるが、ソウソウは今すぐにでも動かす部隊を決めなければならなかった。
「防衛軍のカコウトンを動かすわけにもいかんし、南の軍を離すわけにもいかん。
距離からいってもここの軍隊を割いて派遣するのが最良であろうな。
……よし、ソウジンを送ろう」
「しかし、今、ソウジン軍はここから生徒会室へ続く廊下を守っています。もし、西北軍が強引に中央を進まれると、止める術がございませんよ」
ソウジンはこの度のバチョウの乱でも先鋒を務めたソウソウ軍の主力である。だが、現在は西北軍から生徒会室に続く廊下を守っており、彼を動かすのは危険な賭けであった。
「構わない。
バチョウらとの決着は次の一戦で決める!」
先ほどまでの不安な表情もどこへやら、ソウソウはまたもいつものようにニヤリと笑いかけた。
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