第131話 不和!二人の盟友!
ソウソウ軍の襲撃をカンスイに却下された西涼軍のバチョウであったが、盟友・バガンの誘いを受けて、彼女らだけで奇襲攻撃を決行した。
「バチョウ……やはり、この人数での襲撃は危険なのではないか?
せめて、ホートクは連れて来た方が良かったんじゃ……」
ソウソウの大軍を眼前に見据え、学帽に片眼鏡をつけた男子生徒・バタイは、気弱な声で横にいる自身の従姉妹・バチョウへそう問いかけた。
眼の前にいるソウソウ軍はただでさえ大軍なのに、奇襲とはいえ少数の部隊で攻撃するのは、彼でなくとも躊躇われることであった。
だが、隣に立つ金髪碧眼の女生徒・バチョウは一向に気にする素振りを見せず、平然と答えた。
「この人数だからこそここまで見つからずに近づけたのではないか。
それにこの奇襲はカンスイにも内密だ。全員出払ってしまってはバレてしまう。
ホートクに留守を任せておけば上手いこと誤魔化してくれるだろう」
バチョウはカンスイへのアリバイ工作として部隊を二つに分け、ホートクを残して偽装工作を行った。
ホートクなら上手く誤魔化せるだろうというのも彼女の本心だが、実のところホートクがあまりに煩く忠告してくるので、面倒になって置いてきたのであった。
「さて、ご両人、そろそろ口を慎まれよ。
そろそろソウソウ軍への奇襲を開始するでござる」
武士のような言葉遣いでバチョウ・バタイの二人に話しかけてきたのは、今回の奇襲を持ちかけてきた男・バガン。このチョンマゲヘアーの男子生徒・バガンは、“荒武者”の異名を持つ、西涼連合の同盟者の一人であった。
「良いでござるな、バチョウ。
見ての通り敵は机で防壁を作りつつ、少しずつ我らの陣営に近づいてござる。
このまま見過ごせば、敵は我らが陣営の目と鼻の先まで迫ろう。
しかし、敵が防壁作りに注意を向けている今ならばむしろ好機でござる。
ここを我らが攻めるでござる!」
小声で話すバガンの言葉に、バチョウは頷いた。
「わかった」
同じく横で聞いていたバタイは忠告を付け加える。
「深入りは禁物だよ。
くれぐれもソウソウを捕まえようなんて思わないように」
「そうでござるな。
今回はあくまで奇襲でござる。敵将の一人でも討ち取れれば御の字でござろう」
いつも注意に入るホートクがいない分、自分がしっかりせねばとバタイは口を酸っぱくして忠告する。その意見に同行者のバガンも同意する。
「言われもなくてもわかっている」
心配そうに自分の顔を伺う二人に、少々不服そうな様子でバチョウは再び頷いた。
「では、行くでござる!」
三将は後ろの部隊に合図を出し、静かに素早く移動すると、敵陣寸前で一斉に鬨の声を上げ、防壁を組む生徒へ襲いかかった。
「何事だ!」「敵襲だ!」「あれはバチョウだ!」「逃げろ!」
ソウソウ軍は敵襲の警戒をしていなかったのか、それともバチョウを恐れてか、ろくに戦おうとせずに方方へと逃散った。
「なんだ? 呆気ないな」
あまりの手応えのなさに、バチョウは拍子抜けにした様子で呟いた。
「まさか、これだけの少数で攻めてくるとは予想してなかったのかもしれない」
バチョウの呟きに従兄弟のバタイが応じる。敵も西涼軍の動きは監視しているだろうが、今回の襲撃ではその大部分は陣営に残っている。そちらの大部分の方へ注意がいって、少数の動きまで見てなかったのかもしれないとバタイは答えた。
さらにチョンマゲヘアーの男・バガンが付け加えるように答える。
「それにバチョウの存在が大きいのではないでござろうか。
前回の戦いで敵はバチョウに散々にやられた。その上、バチョウの金髪は遠くからでも目立つ。
すぐにバチョウを見つけ、前回の悪夢が蘇ったのでござろう」
バガンの指摘する通り、翻す金色の髪に、輝く碧い瞳、透き通る白い肌のバチョウは遠くからでも目立つ存在だ。その強さも前回の戦いで知れ渡った今、その存在は敵からしたら恐怖の対象であった。
「とにかく今が好機だ」
「このまま敵将の一人でも討ち取るでござる」
「ま、待ってくれ、二人とも」
バチョウ・バガンの二人は勢いづき、さらに敵に追撃を加える。それにバタイもなんとかついていった。
「はっはっは、脆いでござる!
先日まであれほどの脅威であったソウソウ軍がこれほど劣化するとは!
これもバチョウ様々でごさる!」
「バガン殿、それにバチョウも。
あまり調子に乗るのは良くありません。
そろそろ撤退しましょう」
いくら敵がろうに反撃しないとはいえ、少し深入りし過ぎではないかと、従兄弟のバタイは二人に忠告した。
「わかっている。
だが、まだ末端の兵士をいくらか叩いただけだ。
せめて指揮官クラスを潰さねば、敵の戦力を削ったことにはならない」
バタイの忠告を受けても一向に手を緩める気配を見せないバチョウ。一見、勝ち戦のように見えるが、下級兵士を何人か逃げ散らせただけでは戦果とは言えない。彼女は目に見える戦果を欲していた。
「しかし…」
忠告しようとするバタイの言葉を遮り、別の女性の声が介入してきた。
「勇ましいことね、バチョウ。
でもね、それが身の破滅を招くこともあるわ!」
バチョウらの前に現れたのは、茶色いショートヘアー、黒いジャケットを羽織り、すらりとした長い足にジーパンを履いたスタイルのよい女生徒であった。
明らかに下級兵士ではない身なりにバチョウらは身構える。
「お前がここの指揮官だな」
「ええ、私の名はカコウエン。
ソウソウ十傑衆が一人、“疾風のカコウエン”よ!」
カコウエン、最初期からソウソウの片腕を務める女武将で、その操る兵士の速さから疾風の異名を持つ。
「ソウソウ十傑衆!
まずいでござる! 指揮官は指揮官でもボスクラスが出てきたでごさるよ!」
ソウソウ軍最高幹部の十傑衆の突然の登場に、バガンも思わず取り乱した。
だが、その最高幹部の登場にも、バチョウは全く慌てる様子を見せずなかった。
「慌てるな。
あいつ一人くらいアタシが相手する!」
「あら、誰が私一人と言ったかしら」
そのカコウエンに声に呼応し、バチョウらの背後より新たに二部隊が参上し、取り囲んだ。
「俺はソウソウ十傑衆が一人、“|勇壮《ゆうそう》のジョコー”!」
「同じく、“白騎士・チョーコー”!」
最高幹部である十傑衆のうちの三将が、すでにバチョウらを包囲していた。
「しまった、罠だ!」
「まずいでござるな……
一人ならバチョウで相手できるでござろうが、三人もとなると、とても拙者らでは助けにならんでござる」
自分たちが罠に誘い込まれていたことに気付き、慌てるバタイにバガン。それもただの罠ではない。一人でも持て余すソウソウ十傑衆を三人も揃えている。敵はバチョウ相手に完全な布陣で臨んできていた。
「構わない。
アタシ一人で三人ともやる!」
それでもなお、一人、立ち向かう気満々のバチョウ。その姿は頼もしくもあるが、無謀である。従兄弟のバタイが止めに入る。
「無茶だ、バチョウ!」
バチョウ、バタイのやり取りを見て、二人の前にバガンが自ら進み出る。
「何の真似だ、バガン」
「元はと言えばこの奇襲は拙者が言い出したことでござる。
ここは拙者が殿に残るからバチョウらは血路を開いて逃げられよ」
「お前一人では無理だ」
「ナメられるな。時間稼ぎぐらいできるでござるよ」
「しかし……」
「バチョウ、お主は我ら西涼の錦の御旗なのでござろう。
ここでお主が倒されれば、皆の旗が失われてしまうでござる。
西涼のために逃げよ、“錦バチョウ”」
「……わかった。
行くぞ、バタイ」
バチョウはバガンに背を向けると、そのまま歩き出した。
「わかりました。
バガン殿、あなたの部隊はできる限り回収します」
「恩に着るでござる」
二人を見送ると、バガンは木刀を構え、敵の女武将・カコウエンと対峙した。
「あら、逃げる算段はついたかしら?」
余裕を見せるカコウエンに対し、バガンは一度、深呼吸をすると、カッと目を見開き、大音声で叫びだした。
「やあやあ、遠からん者は音に聞け、近からん者は目にも見よ。
我こそは西涼が生んだ荒武者・バガン。我が名は番長連合に連ねたる者としてソウソウまで轟かせたるぞ!
さあさあ、このバガンを討って、ソウソウの称賛を受けられよ!」
時代劇さながらの見得きりを見せられて、周囲はしばし呆気にとられた。
「呆れたわね。
今どきそんな名乗りをする奴がいるなんてね」
「格好良いでござろう?」
「そんな武士のようなあなたが卑怯にも奇襲なんてして良かったの?」
「兵は詭道でござろう?
勝つことが拙者の武士道でござる!」
「あら、私たち相手に勝てるかしら?」
「最後に勝てればそれで良うござる!」
木刀を掲げ、果敢にカコウエンに挑むバガンであったが、その刃が彼女まで届くことはなかった……。
敵に奇襲を仕掛けたバチョウらであったが、ソウソウ軍の罠にはまり、結果は敗北で終わった。
バチョウ敗北の一報はすぐにカンスイら西涼軍へ伝えられた。
「騒がしいぞ。何事だ」
外の喧騒に苛立つこの乱の首謀者、カウボーイハットをかぶった男子生徒・カンスイの元に、彼の部下・セイコウエイが、彼女には珍しく慌てた様子で駆け込んできた。
「カンスイ様、大変です!
バチョウらが勝手にソウソウ軍に奇襲をかけ、敵の罠に嵌り敗北したとのことです!」
その一報に、思わずカンスイは立ち上がった。
「なんと、愚かな!
ソウソウ相手に何度も同じ手が通用すると思ったか!
それでバチョウは無事なのか?」
「わかりません。やられたという情報もあります」
「なんだと……
バチョウがここでやられれば、西涼軍の敗北は決定だ。
全てが水の泡……御破算だ!」
バチョウの存在は西涼軍の柱石。今後、ソウソウ相手に戦うにしろ交渉するにしろ、彼女の存在があるからこそ対等に立ち向かえる。その存在が失われたとなれば、西涼軍の崩壊さえ危惧せねばならない。
崩壊の一語が頭を過り、カンスイが落胆していると、再び外が騒がしくなった。カンスイは部下のセイコウエイを走らせ、その様子を見に行かせた。
「なんだ、今度は?」
「カンスイ様、お喜びください!
バチョウが戻ってきました。彼女は無事です!」
「良かった。バチョウが倒されたわけではなかったのか」
カンスイはホッと胸を撫で下ろしつつも、居ても立っても居られず、バチョウを迎えに駆け出した。
彼らしくない駆け足で廊下に飛び出し、その金髪碧眼の少女・バチョウの姿を直に目にして、ようやく心の底から安堵することができた。
「おお、バチョウ、無事であったか。
お前がやられたと聞いて俺は色を失ったぞ」
満面の笑みで出迎えるカンスイに対し、バチョウの表情は暗いものであった。
「無事ではない。
バガンがやられてしまった」
敵の包囲を抜け出せたバチョウであったが、それはバガンの身と引き換えで得られたものであった。
その責任を感じて気を落とすバチョウであったが、カンスイにとってはバガンを失ったことより、バチョウが無事であったことの方が嬉しかった。
その嬉しさが勝り、つい何気なくカンスイは呟いた。
「そうか、やられたのはバガンの方であったか。
しかし、やられたのがバガンで良かった……」
それはカンスイからすれば何気ない言葉であった。だが、その言葉にバチョウの表情は一瞬にして強張り、カンスイに対して詰め寄った。
「カンスイ!
“バガンで良かった”とはいかなる意味か!
我らの同志を失って、良かったなんてあろうはずがない!」
そのバチョウの怒声に、カンスイは初めて自分の発言が失言であったのに気付いた。
「す、すまん。そういうつもりではない。
俺はあくまでもお前のことを第一に心配してだな……」
「それにしてもあまりに過ぎる暴言であろう!
今、我らがここに帰還できたのも、バガンの活躍あってこそだぞ!」
あまりにもバチョウが問い詰めるので、カンスイも腹を立て、ついつい言葉を荒らげて言い返す。
「俺がお前を心配しているのがわからんのか!
だいたい、何がバガンの活躍だ!
俺は出撃は固く禁じたはずだぞ! 勝手に攻めて、勝手に負けて、何が活躍だ!」
「同志を軽んじたばかりか、その活躍まで無碍にするのか!」
いよいよ取っ組み合いのケンカにまで発展しそうな事態に、バタイ、セイコウエイら両者の副官が止めに入り、なんとかその場は収まった。
だが、この一件は両者の間にしこりが残ることとなった。
ソウソウ本陣〜
本陣の最奥、兵士が周囲を固め、親衛隊長のキョチョを横に置き、赤黒い髪と瞳、胸元を大きく開いた服に、ヘソ出し、ミニスカートの格好をした女生徒、この軍の総司令官にして生徒会長のソウソウが椅子に腰掛けていた。
「せっかくのバチョウを逃したのは残念だが、敵の番長を一人潰すことが出来たのは上々だな」
そうつぶやき、ニヤリと笑うソウソウの元に、肩まで届く茶髪に、Tシャツに黄色のパーカー、ショートパンツ姿の、首にヘッドフォンをかけた女生徒がやってきた。
この背の低い細身の少女はソウソウ軍参謀・カク。彼女はソウソウに進言した。
「ソウソウ会長、さらに吉報です。
どうやら敵の首魁・バチョウ、カンスイの両者の間に亀裂が入ったようです」
「ほう、カク、詳しいな」
ソウソウからの問い掛けに、カクもニヤリと笑って答える。
「ええ、先ほどバチョウらを撃退した折に、何人か間者を潜り込ませました」
「ハッハッハ。
さすが、カク。抜け目ないな」
「この乱の首謀者はバチョウとカンスイの二人。この二人の仲を裂けば、乱を平定したも同然です。
ここは両者の亀裂をより広げましょう」
「ふふ、その顔は何か策があるな。
良いだろう。カク、お前に一任する。お前の頭脳でもってバチョウ、カンスイを決裂させよ!」
「はっ、仰せのままに……」
ソウソウとカクの両者は、ニヤリと笑いあった。
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