第130話 虎児!キョチョの奮戦!
渡り廊下に満ちるソウソウ軍の中を、ソウソウを肩に担いだキョチョが強引にくぐり抜けていった。これにより廊下の生徒は周章狼狽し、出口に殺到したためにすし詰め状態となり、まったく身動きが取れない惨状となってしまった。
しかし、これにより団子となったソウソウ軍が防壁となり、追撃するバチョウの行く手を遮った。
「ソウソウ会長、一先ずバチョウの脅威は去ったようです」
空手着姿の小柄な少女・キョチョは、自身の肩に担ぐソウソウにそう告げた。
ソウソウの護衛である彼女にとって最大の使命はソウソウの身の安全を守ること。執拗にソウソウを狙うバチョウの存在はまさに脅威であった。
そのバチョウの姿が見えなくなり、ようやく彼女に安堵の表情が戻った。それと同時にソウソウを守るためとはいえ、わざと混乱させ、防壁に利用した仲間の兵士たちに申し訳ない気持ちになった。
詰まらせたために自身も渡り廊下の半ばで立ち往生するはめにあったが、かき分ければ進めないこともない。バチョウの脅威が去った今、そこまで焦る必要もないかに思えた。
だが、担がれるソウソウはまだ安心してはいなかった。
「気をつけろ、キョチョ。
奴の機動力を侮るな」
ソウソウは自身のミニスカートを押さえながら、キョチョにそう忠告した。
「え? まさか!」
「ソウソウ!」
後方より確かにその言葉が聞こえた。まるで積年の恨みでもあるかのような低く、よく透るその声は紛れもなくバチョウの声であった。
獅子の鬣のような金髪を翻し、宝玉のような碧い瞳を輝かせ、バチョウがこちらに迫ってきていた。
「ソウソウ!お前を倒す!」
彼女は身動きの取れないソウソウ軍兵士の肩を、あるいは壁を足場に、左右に大きく跳躍し、生徒の頭上と天井の隙間を突き進んできていた。
「なんとしつこい!」
「しかし、身軽な奴だな。曲芸師にでもなれるんじゃないか」
「ソウソウ会長、今は彼女の将来を按じるより、ご自身の身を按じてください!」
キョチョは担いでいたソウソウをその場に一度下ろすと、隣に立つ男子生徒を掴んだ。
「キョチョ将軍、何を?」
「すまない。後でいくらでも謝るから」
キョチョはその男子生徒を担ぎ上げると、その小さな体からは想像もつかないほどの怪力で振りかぶり、飛び跳ねるバチョウ目掛けて投げつけた!
バチョウは雄叫びを上げながら剛速球で投げ飛ばされる男子生徒を視認すると、壁の蹴る方向を変えてその弾丸をかわした。
「今のは虎の仕業か。
化け物のような怪力だな」
一発目はかわしたバチョウであったが、彼女目掛けて二発目、三発目の生徒が休むことなく発射される。空中を跳ね回る彼女の回避には限度がある。ついに三発目がかすり、バチョウの軌道がずれると、そのまま四発目、五発目を立て続けにくらい、それにより入口付近まで吹き飛ばされてしまった。
「クソッ! 届かないのか!
わずか数cmに迫りながら、アタシの手はソウソウに届かなかったのか!」
よろめいて廊下に倒れ込んだバチョウは、歯噛みした。
一時は手の届く距離に近付きながら、伸ばせなかった自身の右拳を、恨めしげに地面に叩きつけた。
「諦めないぞ……
まだアタシは諦めないぞ……!」
再びソウソウを捕えようと立ち上がったバチョウであったが、そこへ部下のホートク、従兄弟のバタイが駆け寄る。
「若!
ソウソウはもはや無理です。ここは一度撤退しましょう」
「僕らじゃこれ以上、虎豹騎を抑え込めない!
それにこの戦いはまだ終わったわけじゃない。
一旦退こう!」
見れば二人の後ろから、ソウソウ軍精鋭部隊・虎豹騎がこちらへと迫ってきていた。
バチョウ自身も既に疲労困憊。再び渡り廊下を進んでもソウソウへ近づくのは難しい。敵が目前に迫っている今、バチョウの選択肢は一つしかなかった。
「クソッ!
ソウソウ、これが終わりじゃないぞ!」
バチョウらは撤退し、この度の戦闘は一旦、幕引きとなった。
ソウソウを後一歩のところまで迫ったバチョウであったが、彼女の護衛・キョチョ、さらに虎豹騎に阻まれ、取り逃がす結果となった。ソウソウに目と鼻の先ほどに近づいただけに、バチョウとしては無念な結果に終わる一戦となった。
「あー、この度の我らの合戦はソウソウを取り逃がすという結果に終わった。
だが、我らのバチョウは敵中深くに突き進み、敵将・チョーコーを振り払い、キョチョを退け、虎豹騎を蹴散らし、多大な戦果を我らにもたらした。
西涼に錦バチョウあり!
それを証明する充分な戦いであった。
我らにバチョウがいる限り必ず勝機はある!
今はこれを祝おう! 乾杯!」
リーゼントの男、西涼の狂犬・リョウコウの音頭で、兵士たちは盃を頭上に掲げ、乾杯の大合唱を行う。
ソウソウ捕獲の当初の目的こそ達成されなかったが、今回の戦闘はソウソウ本隊にまで大打撃を与えた。その成果は祝杯を上げるのに充分なものであった。そして、この場にいる多くの者たちはあそこでバチョウの活躍を目撃している。
かつて、突如、連合盟主に担がれた謎の女生徒から一転、今や西涼の希望の星となった。
「へへ、ソウソウ相手に祝杯を上げれるなんて、バチョウ様々だぜ」
金髪サングラスの男、河東三人衆の一人・コーセンはニヤケながら、同じく河東三人衆の二人に話を振る。
「オラ、バチョウは実力を示した。
俺たちが担ぐに足る女だぜ、オラ!」
特攻服の男・リカンも同意する。かつてバチョウに懐疑的であった彼らも、バチョウの勇姿を間近で見た今、そのシンパとなっていた。
それは隣に立つスケバンスタイルの女生徒・テーギンも同じ思いであった。
「アタイらが束になっても敵わなかったソウソウ軍の中を、あの娘は一人で突っ切り、ソウソウの目前まで迫ったんだ。そりゃ、認めるしかないさ。
しかし、あの狂犬が進んで乾杯の音頭を取るほど入れ込むとはね。真面目な挨拶も出来るじゃないか」
「その狂犬ってのは俺のことか?」
ハハハと笑うテーギンの横に、いつの間にか先ほど乾杯の挨拶を行っていた狂犬・リョウコウがスッと姿を現す。
「ゲッ、狂…リョウコウ!」
「俺だっていつもキレてるわけじゃねー。
配下をまとめる番長だぞ。あのぐらい出来るわ」
突然の狂犬の登場に、河東三人衆のテーギンらは思わず恐縮してしまう。
そこに恰幅のよい男子生徒・セーギが現れ、三人に助け舟を出す。
「フォッフォッ、そんなに睨んでやるなよ、リョウコウよ。
その子らはまだ、キレてるお前さんの姿しか見ておらんのだ。特異に映るのは仕方なかろう」
狂犬・リョウコウはムッとして、セーギに返答する。
「セーギのジジィ、俺がいつもキレてるように言うんじゃねーよ」
「いつもキレてるじゃろうが。
それとわしとお前さんは同い年じゃ。ジジィ呼びはやめんか」
「中年みたいな見た目で何言ってやがる」
「やかましいわ。
それでせっかくの祝いの席じゃというのに、肝心のバチョウは出てこんのか?」
「ああ、あいつめ、まだソウソウの逃したことを気に病んでやがる」
この宴会の主役はバチョウだ。本来なら彼女が乾杯の音頭も取るべきところだが、その姿はここになかった。ソウソウを捕らえられなかったことを悔い、欠席していた。
リョウコウとセーギが話しているところへスキンヘッドの男・ヨーシューが現れ、嫌味混じりの口調で話しかけてきた。
「ヒャッヒャッヒャ、せっかくの祝いの席に欠席とは、少々、盟主の自覚に欠けておりますなぁ」
その言葉にまぶたをピクリと動かし、狂犬・リョウコウが反応する。
「ヨーシュー、テメー、バチョウの盟主にケチつけんのかよ!」
リョウコウが思わずヨーシューに手を出そうとしたが、それよりも早く、ヨーシューの首元に木刀の刃が当てられていた。
「言葉は慎まれよ、ヨーシュー。
でないと、その喉を潰すでござる」
武士のような口調でヨーシューの背後に立ち、そう脅すのは、チョンマゲヘアの男・バガン。彼もまたこの度の戦いでバチョウ支持者の一人となっていた。
彼に一瞬で後ろを取られたスキンヘッドの男・ヨーシューは、狼狽えながら、バガンに答えた。
「ま、待ちーな、バガン。
わいはバチョウの盟主に反対しとるわけやない。ただ、信者になるほど入れ込むのもどーか思うて言うとるだけや」
「ふん、お主は大方、逃げ隠れてバチョウの活躍を見てなかったのでござろう」
「もうよかろう、バガン。離してやれ」
恰幅のよい男子生徒・セーギの言葉に、チョンマゲヘアの男・バガンが首元より木刀を離すと、ヨーシューは逃げるようにどこかへと消えていった。
その後ろ姿に狂犬・リョウコウが毒づく。
「あのヤロー、まだ水差しやがる」
「フォッフォ、どうせ、ある程度実力を示したところでソウソウに降伏するつもりじゃったんじゃろう。
なんなら調停役でも買って出て、両陣営に恩でも売ろう思ったのが、バチョウの活躍で当てが外れて困っとるんじゃろう」
「なにっ、ロクでもねーこと考えやがるな、ヨーシューのヤロー。
今のうちに潰しておくか?」
セーギの推測に、狂犬・リョウコウは目が鋭くなるが、セーギはそれを押し留めた。
「やめておけ。奴も貴重な戦力じゃ。
監視しておけば良かろう」
「ケッ、まあ、使うだけ使ってやるか。
それでだが、俺は少し抜けるぞ」
「なんじゃ、バチョウでも呼びに行くのか?」
「いや、今呼んでもあいつは来んだろう。
もう一人いるだろう、ここにいるべき奴がよ」
そう言うと、リョウコウは一人、宴席を後にした。
西涼軍本陣の奥。多くの者が戦勝に浮かれるのとは対象的に、通夜のように消沈する男が暗がりの中、頭を悩ましていた。
彼はこの乱の首謀者・カンスイ。このカウボーイハットをかぶり、ウエスタンシャツにブーツを履いた、筋肉質の男性は、とても皆とともに祝い騒ぐ気にはなれず、一人、今後について考えていた。
「暗れー部屋だな。電器ぐらいつけろよ。カンスイよ」
そこに現れたのはリーゼントの男・リョウコウであった。
「なんだ、リョウコウか。何の用だ」
カンスイは機嫌悪そうにそう答えた。だが、リョウコウはそんな彼の感情に気兼ねするような男ではなかった。
「何の用だはないだろう。
せっかくの戦勝会だ。あんたも顔ぐらい出したらどうだ」
ズガズガと部屋に入り、無遠慮に出席を促すリョウコウに、カンスイは少し声を荒らげながら返した。
「何が戦勝だ!
俺は言ったはずだぞ。この戦いの目的はソウソウを捕らえることにあると。
後一歩で逃して、計画はおじゃんだ。これで何を祝うことがあるか!」
ソウソウの捕獲。それこそカンスイの掲げた目的であったのに、後一歩のところで終わってしまった。カンスイからすれば、とても勝利とは言えない状況であった。
「だが、俺たちにはバチョウがいる。
あの娘がいればまたチャンスは巡ってくる」
「フッ、狂犬と言われたお前が、すっかりバチョウに入れ込んだか」
「そうだ。俺は間近で見た。バチョウの実力は学園全体から見てもトップクラスだろう。あいつがいる限り俺たちの希望は失われない。
そう仕向けたのは、あんただろう、カンスイ」
「そうだ、バチョウは俺が売り込んだ」
リョウコウの言葉に、若干、得意気に話すカンスイ。
「ならば売り込んだお前が信じなくてどうする?」
「信じる?
信じてどうする。今目の前にある問題は信仰や盲信で解決できるもんじゃない!」
癇に障ったのか、カンスイは捲し立てるようにリョウコウに迫る。
「あぁん? これはお前が望んだことじゃねーのかよ!
意味わかんねーよ!」
「少しは自分で考えろ!」
困惑と怒りを混ぜた表情で、リョウコウは帰っていった。残されたカンスイは再び考え事を始めた。
「まったく、西涼の連中はどいつもこいつも頭が悪い……
ソウソウに同じ手は通用しない。あの最大のチャンスを逃して、次があると考えるとはおめでたい連中だ。
そろそろ終わり時を考えるか……」
西涼軍の宴会からしばらくして、ソウソウ軍が再び動き出した。
北の陣地に移ったソウソウ軍は、西涼軍に向けて南下を開始。ジワリジワリと陣地を広げ、少しずつ西涼軍の本陣に迫ってきた。
この状況にまず動いたのは金髪碧眼の少女、この乱の盟主・バチョウであった。彼女は早速、カウボーイハットをかぶった男、盟友・カンスイの元を訪ねた。
「カンスイ、ソウソウが動いた。討とう」
「バチョウ、入ってくるなり第一声がそれか」
挨拶もなく話し出すバチョウに、カンスイは少々呆れながら言った。
「今、ソウソウは北の陣地に移っている。
ここでアタシらがソウソウの進軍を阻めば、奴は前に進めず、かと言って中央校舎に撤退も出来ず、北の陣地で孤立させることができる。
今こそ好機だ」
得意満面な様子で語るバチョウに対して、ため息混じりにカンスイは、首を横に振りながら答えた。
「それはあの大軍に真正面から挑んで食い止められればの話だ。
無謀が過ぎる。許可はできん」
その返答に、バチョウは語気を強めながら返す。
「ならばこのまま敵がこちらに迫って来るのを黙って見過ごせというのか!」
「無謀な策は許可できんと言っとるんだ!」
「もういい!」
「おい、バチョウ待て!」
問答に腹を立てたバチョウは、カンスイの制止も構わず、教室を飛び出した。
「何故、カンスイは許可しない!
前回、移動中のソウソウに攻撃を仕掛け、後一歩まで言ったというのに!
あのチャンスをもう一度、この手に……」
「バチョウ、お主の気持ちもわかるでござる」
未だ腹の虫が治まらず、一人愚痴るバチョウに、チョンマゲヘアーの男、盟友・バガンが話しかけてきた。
「バガン、何用だ」
バチョウの問い掛けに、バガンは武士のような言葉遣いで答える。
「お主とカンスイの話、聞かせてもらったでござる。
カンスイ殿は頭は回るが、慎重に過ぎる。
しかし、今こそ前回の勝利を再現する絶好の機会でござろう。
いかがかな? 拙者とお主でソウソウ軍に奇襲をかけるというのは?
我ら二人だけならそう目立つこともなかろう」
バガンからの提案はバチョウの望むことであった。
「なるほど、やろう!」
バチョウは躊躇うことなく彼に賛同した。
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