第127話 顕示!西涼の意地!
西側・西涼陣営〜
北の陣地奪還のため、リョウコウ・チョーオーの二人を派遣した西涼陣営であったが成果は無く、その上、帰ってきたのはリョウコウただ一人であった。
この結果に乱の首謀者・カンスイは頭を痛めることとなった。
「早速、最初の犠牲者が出てしまったか……
その上、リョウコウらでもソウソウの武将に敵わんとは……」
彼は自身の暗澹たる表情を見せまいと、頭のカウボーイハットを目深にかぶり、しばし、考え込むこととなった。
カンスイはソウソウ軍が強いことはよく知っている。よく知っていたつもりだった。
だから、最強の切り札であるバチョウを来たるソウソウ本隊との決戦まで温存していた。
その判断自体は今でも間違いではなかったと思っている。
だが、ソウソウ軍はソウソウ本隊だけでなく、その手足を務める武将もまた強かった。それもリョウコウやテーギンら、喧嘩で成り上がった西涼の番長らの武力でさえ届かないほどに……。
これほどまでの力の差が開いているとは、さすがのカンスイも予想していなかった。
「これほどの力量差なら、切り札のバチョウといえども、どこまで通用するかわからぬな……
戦略を練り直すか……しかし……」
カンスイが必死に頭を回している頃、陣営内で一際、荒れている男がいた。ただ一人帰還することとなってしまった西涼の群雄・リョウコウであった。
「チクショーが!チクショーが!チクショーが!
情けねー!情けねー!情けねーぞ!」
彼は怒号を上げながら、新たなバットで辺り構わず並べていた机椅子を叩き潰し、憂さ晴らしをしていた。
だが、彼の憂さはそんなことで到底晴れることはなかった。
とりあえず、目につく机椅子を一通り叩き潰したそのリーゼントの男は、まだ怒り冷めやらぬといった面持ちで、悩めるカンスイの前へとやってきた。
「カンスイ、俺はもう一度出るぞ!
あのヤローを倒して、チョーオーの仇を討たんと収まりがつかねー!」
やはり、リョウコウとしてはそこに落ち着くしかない。敵将・ジョコーにボロ負けし、仲間を見捨てて帰ることとなった彼からすれば、ジョコーと再戦することでしか気持ちが収まりはしなかった。
だが、そんなリョウコウを前にして、カンスイは決して首を縦には振らなかった。
「ダメだ」
彼は一言、そう言って反対した。
もちろん、リョウコウはそんな一言で思い止まるような男ではなかった。
「いや、俺は出るぞ!」
カンスイはため息をつき、目深にかぶっていたカウボーイハットを上げて、改めてリョウコウに告げた。
「まあ、聞け。
今は再戦の時ではないということだ。
今回の一件でソウソウ軍が北ルートを確保した以上、敵の次の行動は我らとの決戦に向けたものとなるだろう。
ソウソウが正面から来るか、それとも北へ回るかはまだわからんが、どちらにせよ、ソウソウ自身が動く可能性が大だ。
我らが動くのはこの時、ソウソウ自身が動いたその時に、全力でもってソウソウへ集中砲火を行う。
そして、その時は決して遠い未来ではない」
それはカンスイが当初から考えていたプランであった。戦力で劣る西涼軍が勝つには、ソウソウ本人への集中攻撃。それでソウソウを捕虜とできれば、この戦いには勝てる。
敵との力量差を改めて見せられ、カンスイ本人もこのプランには多少危惧もないではないが、それでもこれが現状最良の策だろうと思っていた。
「それが待てねーつってんだよ!
それに俺が戦いてーのはあのジョコーってヤローだ!」
しかし、既に怒り心頭のリョウコウは、あくまで自身を倒したジョコーとの再戦を望んだ。
だが、それこそカンスイは認められぬことであった。
「敵を見誤るなよ。
我らの敵はあくまでソウソウ。
それにチョーオーはおそらく、ソウソウの捕虜となったのであろう。ソウソウさえ捕らえれば帰ってくる。
今はまだその時を待て」
ジョコーに北の陣地確保を許してしまった以上、今更ソウソウ本隊より優先してジョコー軍を叩く意味は薄い。それがカンスイの判断であった。
「違う!
俺はチョーオーを取り戻したいんじゃねー! 仇を討ちたいんだ!」
「それを認めんと言ってるんだ。
もうしばらくで良いから待て」
何を訳のわからんことをと、内心思いながら、カンスイはあくまで突っぱねた。
「チクショーが!
俺は仇討ちすらできねーのかよ!」
リョウコウは渾身の力でバットを振り下ろし、カンスイの目の前の机を粉砕した。
見るからに不満タラタラな態度ではあったが、もうしばらくの辛抱というカンスイの言葉に応じ、リョウコウもそれ以上の行為は止め、この場は引っ込んだ。
「しかし、リョウコウすら届かぬとなると……
やはり、バチョウしかおらぬか。
バチョウで届いてくれると良いのだが」
カンスイにとって、もはやバチョウだけが切り札であった。
西涼陣地の片隅に、暴れ回ったリョウコウ以上に出撃を待ち望んでいた人物がいた。
カンスイに切り札だからと出撃を固く止められていた、この連合軍の盟主・バチョウであった。金髪碧眼のその少女は、出撃のその時を今か今かと待ち望んでいた。
そんな彼女のもとに待望の情報がもたらされた。
「若大将。カンスイ殿から、まもなくソウソウが動く、準備を整えろとの指示がありました」
バチョウのことを若大将と呼び、そう報告するのは、長い髪に鷲の羽飾りをつけ、ネイティブアメリカンのような民族衣装をきた長身の男であった。
彼は先代バトウの頃よりいる部下のホートク。
まだ入学したてのバチョウを経験で支える先輩の部下であった。
「ようやくか。随分待たされたな」
彼の報告を受けたバチョウは、表情の変化こそ乏しかったが、高揚していることが伝わる口調で早口に返した。
しかし、そのバチョウの受動的な態度をたしなめるようホートクは切り返した。
「若、これは一々言うことではありませんが、この連合軍の大将は若なのでしょう。
ここまでカンスイの言いなりでは、どちらが大将かわからなくなりますぞ」
バチョウの部下であるホートクからすれば、連合の盟主であるはずのバチョウが、完全にカンスイの指示に従う形なのが納得いっていなかった。
それに対してバチョウは、何の感情の起伏も感じられない口調で淡々と返した。
「あいつがこの軍の作戦担当だ。
軍師と思えば良い。軍師ならソウソウだっているだろう」
そのバチョウの回答に、それまで冷静な口調だったホートクは、徐々に熱を帯びたような口調へと変化していった。
「カンスイの行為は軍師の態度を逸脱しています。
カンスイという男を私は前より知っておりますが、果たして信用なる男でしょうか?」
その部下のホートクの話に、バチョウはムッとした様子で返した。
「アタシとカンスイは兄妹の契りを交わした仲だ。
そんな相手を信用せずに、どうやって戦うのか」
「実の兄と決裂したのがあなたでしょう」
このホートクの発言に一転、バチョウは明らかな怒りの感情を示した。
「ホートク、もう一度言ってみろ!
再びバトウの話をするのは許さんと言っておいたはずだぞ!」
自身の逆鱗に触れられたバチョウは、手を出しかねない様子である。だが、武勇に秀でたホートクも全く引く様子を見せない。
その一触即発の間に、一人の男がさっと現れて、両者を止めに入った。
「まあまあ、お二人さん、これから決戦が始まろうというのに喧嘩することもないでしょう」
「バタイ、お前はどっちの味方だ!」
バチョウは間に無遠慮に入ってきた男に対して叱責する。
だが、その間に入ってきた男は、学帽に片眼鏡、バンカラマントを羽織ったスタイルながら、マントの下は西涼生には珍しく、一切着崩していない制服姿であった。
バタイと呼ばれた学帽に片眼鏡のその男は、バチョウとは従兄弟であり、竹馬の友の間柄であった。
彼は少々陽気な口調で、怒るバチョウへ返答した。
「僕はいつでもバチョウの味方さ。
でも、この喧嘩は君のためにならない。
確かにうちではバト…あの人の名は禁句だ。君がそう定めた。
しかし、だからといって諫言してくれる部下に怒鳴るのはよろしくない。
どうだろう、ここは互いに謝り、この場は矛を収めるということでは」
「しかし…」
従兄弟のバタイの提案であったが、なおもバチョウは渋る。
だが、そんな彼女に念を押すようにバタイは言った。
「バチョウ、これから決戦なのに、君の背中は誰が守るんだい?」
「うう…わかった。
ホートク、先ほどは声を荒らげてすまなかった」
バタイのダメ押しに観念して、バチョウは部下のホートクに頭を下げた。
「いえ、私の方こそすみませんでした」
主君であるバチョウに頭を下げられては、ホートクもこれ以上意地を張るわけにはいかない。彼も続けて頭を下げた。
「ささ、両人仲直りしたことですし、決戦に備えましょう!」
陽気なバタイの声に促され、バチョウらは準備に移った。準備に移る間際、ホートクは諍いを止めてくれたバタイに礼を言った。
「すまんな、バタイ殿」
「いえいえ、バチョウを支えるのが僕の役目ですから」
先輩の部下・ホートク、従兄弟のバタイ。この二人がバチョウを支える特に有力な家臣であった。
バチョウらが準備を行っている頃、ついにソウソウが動き出した。
ソウソウ自ら率いる千の兵が、ジョコーが確保した北側拠点へ向けて行動を開始した。
そして、それはカンスイら西涼諸侯が待ち望んでいる状況であった。
「ついにソウソウ自らが動き出したぞ!
奴自ら北側に移るか。これはチャンスであり、ピンチだ。
ソウソウ軍が北側に移ろうとすれば、渡り廊下を経由しなければならない。
だが、ソウソウの大軍が一度に全員渡ることはできない。あの人数では、一度渡り始めれば下手に逆流も出来ぬ。渡り始めたその瞬間、戦力は分散され、無防備となる。我らにとってこれほどのチャンスはない。
だが、北側の陣地に入ってしまわれたら今度は我らがピンチとなる。こちらからは容易に攻められん上に、東側正面と北側、二方面から我らは同時に攻撃を受けることとなる。
つまり、ソウソウは賭けに出た。ならば、我らも賭けに出よう。
逃げきればソウソウの勝ち。その前にソウソウを捕えれば我らの勝ちだ。
セーギ、お主は俺とともに正面に残ったソウソウ軍の抑えに加われ。
後の者は……バチョウ含めて後の者全員でソウソウを捕えよ!」
首謀者・カンスイの命令一下、ついに決戦の火蓋は切って落とされた。
ソウソウは西涼軍に正面から力押しすれば、被害が増えるばかりと判断し、自ら本隊を率い、側面から攻撃するために北側へ移動を開始した。
カンスイの指摘した通り、その移動中、無防備になることはソウソウも百も承知である。
だが、敵の西涼連合軍は公称千人。ソウソウの部下の率いる兵は多くても二、三百。敵の千人に対抗しようと思えば、同じく千人を率いるソウソウ本隊を動かすしかない。
賭けではあったが、ジョコーが北の陣地を難なく確保したことも手伝って、ソウソウは自ら北へ赴く選択をした。
「さあ、者どもかかれ! 出陣だ!
目指すはソウソウ! それ以外には目もくれるな!」
そして、それは西涼のカンスイが開戦当初より待ち望んでいたチャンスであった。
このチャンスをものにせんと、またこれまでの復讐を果たさんと、リョウコウら西涼の群雄たちはソウソウ軍へと勇んで攻めかかった。
だが、事はそう簡単には行かなかった。
「お前たち、決して西北軍をソウソウ会長に近づけさせるな!
敵は数が多いはいえども一人一人は大したことはない。
ましてやここは左右を壁に囲まれた廊下の上、一度に攻めてくる敵の数は限られている!
冷静に対処せよ!」
勇む西涼軍に立ちはだかるのは、白い学生服を着、緑色の髪を後ろに一つ結びにし、手には細長い木の棒を持った細身の男子生徒、ソウソウ十傑衆の一人・“白騎士・チョーコー”
ソウソウ本隊の防衛を担当する彼の前に、西涼軍は攻めあぐねていた。
「チッ、何が大したことがないだ!
ナメやがって!」
激昂し、敵将・チョーコーに攻めかかる西涼のリョウコウであったが、彼の攻撃は難なくいなされてしまった。
「クソヤローが!
喧嘩に明け暮れ、血反吐を吐き、泥水すすって番張ってきた俺たちじゃねかったのか!
それでも力が及ばねーってのか!」
リョウコウの絶叫が虚しく響く。
チョーコーと戦い改めて知るソウソウ軍との力の差。
前回のジョコーが別格に強かったわけではない。チョーコーもまた同じくらい強い。その上、彼はリョウコウらの攻撃を軽くいなしながら、同時に兵の指揮も滞りなく行っている。
「俺たちの相手は片手間で充分ってか!
俺たちじゃ……西涼じゃコイツらに届きもしねーのかよ!」
リョウコウの怒りが諦めに変わりかけた、まさにその時、一つの人影が彼の前へと躍り出た。
その人影は敵将・チョーコーが反応するよりも速く、彼の胸を蹴り飛ばした。
その人影は金髪碧眼の美女・バチョウ。
彼女は、取り囲もうとする敵兵の肩を踏み台にして、頭上高く舞い上がると、そのまま天井近くの壁を蹴り飛ばし、フワリと回転して敵兵の包囲の先へと抜け出した。
それは一瞬の出来事であった。
その一瞬で、天を舞うバチョウの勇姿に、リョウコウは目を奪われ、得も言われぬ高揚感に襲われるのであった。
「お前は届くってのかよ……
この高く険しいソウソウ軍に……お前は……届くってのかよ……バチョウ!」
バチョウは後ろで佇むリョウコウの方に振り返った。
「リョウコウ、先は任せろ。
アタシがソウソウを倒す!」
その言葉は、諦めかけていたリョウコウに希望の火を灯すのに充分なものであった。
「ああ……ああ、行け、バチョウ!
西涼の意地を見せてやれ!!」
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