第122話 荒涼!乱の萌芽!
ここは三国学園の西端にある西北校舎。
まだ、新築ではあるが、そう思わせないほどの寒さと薄暗さを感じる校舎で、不穏な空気が漂っている。
かつて、不良の吹き溜まりとして知られた西涼高校は、今年度の頭に後漢学園に吸収合併され、新たに名を三国学園へと改められた。
そして、元西涼高校の生徒は、今はこの西北校舎に押し込められていた。
「帰って早々、お前さんの訪問をうけるとはな。
“バチョウ”!」
先程、任務より帰還したこの教室の主・カンスイは目の前にいる客人、金髪碧眼の女生徒・バチョウへと目を移す。
「カンスイ、あなたなら何故、アタシがここに来たかわかるでしょう」
光に反射して美しく輝く長い金髪に、爛爛と光を放つ碧い瞳、傷一つない白い肌、着崩した制服に長いスカート、首にチェーンのついたチョーカー、左腕にブレスレットをつけた女生徒・バチョウ。
彼女はその美しい顔を歪ませて、静かに怒気を含んだ表情で、自身の前に座るカウボーイハットをかぶった男子生徒・カンスイを睨みつけた。
「ふーむ、何のことか検討もつかんが、俺が先程任務で討伐したチョウモウの件は何か関係があるかね?」
カンスイの口からチョウモウの名が出ると、バチョウはますます怒りを露わにして彼に詰め寄った。
「仮にもチョウモウは西涼の生徒ですよ!
それを西涼の雄であるあなたが、ソウソウなんて輩の尖兵となり、率先して討伐に加わるとは何事ですか!」
激しい剣幕でまくし立てるバチョウに対して、カンスイはため息を一つつき、彼女をなだめるように言った。
「バチョウよ、今はもう西涼高校は無くなったのだ。
西涼の生徒か否かは問題ではない。
チョウモウは生徒会のカンタンショウを病院送りにし、この学園に楯突いた。
そんな奴を野放しにはできない。だから、俺は学園の安寧のために討伐に加わったのだ」
「結局はソウソウに都合よく使われているだけではないのですか!」
「善良な一生徒が生徒会長の指示を聞いて何が悪いか」
激昂するバチョウに対し、カンスイも少々語気を荒らげて反論する。だが、バチョウはますます怒りを露わにした。
「奴が、ソウソウが西涼高校を潰した!
勝手に潰して、何故、言いなりにならねばならない!」
「ソウソウが西涼を潰したというがね、それを言うなら君の兄・バトウも同じであろうよ」
兄・バトウの名が出た瞬間、バチョウはカンスイをキッと睨んだ。
「西涼を売ったあいつはもう、アタシの兄じゃない!」
バチョウの兄・バトウは元西涼高校生徒会長であったが、彼の合意により三国学園へ吸収合併されることとなった。
現在はソウソウ率いる生徒会の役員の一人に迎えられているが、その件を含めて、西北の生徒からは裏切者と蔑まれていた。
「かつては西涼高校の黒獅子と謳われた我が兄・バトウは、今や見る影もなく、ソウソウに媚びへつらっている。
そして、そのソウソウはこの西涼の群雄を潰し、我が物にしようとしている。
次にはアタシの元に、あなたを討てと命令が下されるかもしれない!」
バチョウの言葉に、カンスイはただ黙って聞いていた。
「アタシはあの裏切者の兄を捨てる。
今日よりアタシはカンスイ、あなたを兄と思うから、あなたもアタシを妹と思ってほしい!
兄妹ともに力を合わせ、ソウソウを討ち、西涼の自立を勝ち取ろう!」
バチョウの言葉は次第に丁寧さが薄れ、段々と素の言葉遣いへと戻っていった。
「俺とお前の二人で、あの強大なソウソウに戦いを挑もうというのか?」
バチョウの激しい言葉に、カンスイはあくまでも冷静に返す。
「あなたが声をかければ、西涼の群雄たちも協力してくれるだろう。
ソウソウは強大と雖も、赤壁の敗北で勢いを失い、東と南に敵を抱えている状態だ。
今、西涼の生徒が一致団結すれば、ソウソウの支配から独立することも夢じゃないはずだ!」
「ふーむ…わかった。西北の群雄に連絡を取ろう。
だが、もし、ソウソウに対抗するだけの戦力が集
まらなければその時は諦めろよ」
「カンスイ、協力感謝する。
それではアタシは軍の準備があるのでこれで失礼させてもらう」
カンスイの協力を得られると、バチョウは急いで自分の教室へと帰っていった。
その後ろ姿を見て、カンスイはため息を漏らした。
「なんと尊大で自信に満ちた女よ。
あれで入学したての一年生というのだから恐れ入る」
バチョウを見送り、褒めているのか貶しているのかよくわからぬ言葉を吐くカンスイの隣に、彼の部下がいそいそとやってきた。
「ボス、バチョウの反乱の誘いに応じるつもりですか?
俺は反対ですよ。今まで俺たちが進めてきたソウソウとの交渉が無駄になっちまう」
そう言い、隻眼の男・エンコウは、ボスであるカンスイを諌めた。
「落ち着け、エンコウ。
兵が集まれば、という条件付きだ。
しかし、バチョウか…なんと美しくなったことか」
「ボス、まさか、バチョウに惚れて協力するなんて言い出したんじゃないだろうな!」
カンスイの言葉に、部下のエンコウは訝しむような様子で彼を責めた。
「そうじゃない。
だが、旗頭として充分な華やかさを持っていると思わないか」
「華やかさだけで反乱は起こせんぞ!
バチョウなんて、去年俺との決闘で負けたような奴だぞ」
「あの時のあの娘はまだ中学生であった。それでいて高校生に立ち向かう気概は良いではないか。
それに、それから一年経ち、随分力をつけたと聞くぞ。
これで兵が集まれば…運命というものかもしれんな」
カンスイはふふふと笑い、どこか期待する眼差しであった。
中央校舎・生徒会室〜
バチョウ・カンスイが会っていたのと時を同じくして、生徒会長・ソウソウは、チンラン戦より帰還したカコウエンを迎えていた。
「カコウエン、この度の反乱鎮圧見事であった。
ともに戦ったシュガイ・インショの働きはどうであったか?」
シュガイ・インショの二人は、この度の反乱鎮圧のために防衛軍から割かれて派遣された部隊の将だ。
カコウエンは何故、最初に二人の話を振るのかとその真意を測りかねたが、正直な評価を話した。
「シュガイ・インショですか?
ええ、ずば抜けた武力や智謀などはありませんが、真面目によく働く良将かと」
「そうか、カコウエン、お前にはこれからより大きな敵と戦ってもらう。
そのためにまず、部隊の増強を行う。
シュガイ・インショの部隊をそのままお前直属の配下として編入する」
「そういうことでありましたか。
わかりました。二将をお預かりいたします」
「まずは慣れることだ。
今、北校舎にて反乱が起きている。
そこまで大規模な敵ではないが、あそこはエンショウ旧領だから放置すると厄介だ。
副将にジョコーをつけるから、帰ってきて早々で悪いが、すぐに討伐に向かってくれ」
カコウエンは、ハッと返事をすると、一切無駄のない動きで、退室していった。
「さて、次の案件に移るか。
ショーヨーから上がってきた一件だな」
ソウソウは隣に立つジュンイクから書類を受け取った。
ショーヨーは生徒会役員の一員。
これまでソウソウは中央東部のエンジュツ、リョフ、北校舎のエンショウ、南校舎のリュウヒョウ…と戦ってきたが、西側に対しては大きな敵対勢力がないことから疎かになっていた。
その間の西側方面を担当していたのが、ショーヨーであった。
西校舎のリュウショウは一応、ソウソウへ恭順しているが、間にいるチョウロの勢力は未だソウソウに反抗している。
さらにその間に西北校舎も加わり、西側方面が一層不穏となり、ソウソウも本腰を入れて対応する必要が出始めていた。
この度、長らく西側方面を担当していたそのショーヨーより、今後の対応についての提案が上がってきていた。
ソウソウは、その提案書に目を通した。
「ふむ、ショーヨー曰く、大々的にチョウロ討伐を行うべきだと…
そして、そのために西北校舎の群雄たちから兵を出させ、彼らを使ってチョウロを討てば、西北の力も弱まり、一石二鳥だと」
「ソウソウ会長、その策は性急が過ぎるかと思われます」
ソウソウの読み上げたショーヨーの策に待ったをかけたのは、副会長・ジュンイクであった。
「ここにエイキより預かった提言がございます」
ジュンイクはスマホを手に、その文面を読み上げた。
「『今、チョウロに対して大規模な討伐軍を起こせば、間にいる西北校舎の生徒は自分たちへの討伐軍かと疑心暗鬼に陥ります。
西北の群雄は小勢力ばかりで、生徒会長になろうという野心もありません。
彼らを手厚くもてなし、安心させてやれば自然と従うでしょう。
しかし、一度戦いとなれば、小勢力といえども集まれば大勢力にもなります。決して楽な戦いにはならないでしょう』と…」
エイキもまた生徒会役員の一人である。西校舎のリュウショウとの外交官として派遣され、長らく西校舎付近に滞在していた。その仕事内容から、近隣のチョウロや西北校舎の事情にも精通していた。
「これが長らく西校舎に対応してきたエイキの判断です。
また、今回の一件については、コウジュウも『返って西北の反乱を招くことになる』と反対しております」
他者の言葉ばかり伝えるジュンイクに対し、ソウソウはそれを制して、改めて彼女に訊ねた。
「ジュンイク、今日はやけに他人の意見を引用するじゃないか。
お前の意見はなんだ?それを聞かせてくれ」
ソウソウからすればとても真っ当な意見であったが、それに対してどこか戸惑った様子でジュンイクは答えた。
「私の意見ですか…
私も反対です。チョウロの討伐のために西北の生徒に働けといって、反発を招かないわけがありません…」
ジュンイクの意見を改めて聞き、満足した様子で間髪入れずにソウソウは返した。
「エイキらの意見は正しい。
だが、だからこそショーヨーの策は採用する価値がある」
ニヤリと笑うソウソウと対比するように、ジュンイクはため息混じりで返した。
「やはり、ソウソウ会長は最初から西北の生徒を挑発して反乱を起こさせ、これを機に彼らの方を討伐されるおつもりなのですね」
「そうだ。
ジュンイク、それをわかった上で反対か?」
「はい。西北の群雄は、個々では小勢力に過ぎません。チョウロにしてもそうです。
無理に討伐せずとも、先にソンケン・リュービを倒せば、自然と降伏するでしょう」
「だが、そのリュービ・ソンケンは既にすぐ倒せる相手では無くなった。
西北の群雄たちを平定し、赤壁の敗戦で落ちた威信を回復せねば、西校舎のリュウショウもいつまで私に従っているかわからん」
「もはや、会長の決意は固いようですね。
ですが、小勢力とはいえ、集まれば大勢力にも匹敵します。決して侮られないように」
「わかっている。
そんなことは今更だ…」
この後、ソウソウは西のチョウロ討伐を大々的に発表した。そして西北校舎の各群雄に対し、この討伐に参加し、多大な兵力を提供するよう要求した。
西北校舎・カンスイの拠点〜
舞台は再び西北校舎へ。
西北校舎の群雄・カンスイの呼びかけに応じた西北の群雄たちが、彼の教室へと集結していた。
「ふん、結構集まったじゃないの」
見るからにスケバンというなりの女生徒が、教室に入るなり、不敵に笑い、奥へと進んだ。
「へへ、久しぶり、ギンちゃーん!」
そのスケバン女生徒の後ろから入ってきた金髪の男は、スルリとスケバンの尻へと手を伸ばす。
後、数センチというところで、女生徒は振り返り、悪さを働く彼の腕を締め上げた。
「イタタタ、ギンちゃん、ギブギブ!」
「また、あんたかコーセン!
このテーギン様の尻はあんたが触れるほど安くないんだよ!」
「イチチ…スキンシップじゃねーかよ」
「オラ、コーセン!
またテーギンにやられてんのか!」
痛がる金髪の男に、今度は特攻服の男が話しかける。
この三人のやり取りを見て、今度はスキンヘッドの男が近づいてきた。
「テーギン、コーセン、リカン…
なんや、久々の河東三人衆の集結でんな」
スキンヘッドの男はセンスで肩を叩きながら、ニヤニヤと三人にそう話しかける。
「オラ、ヨーシュー、テメーも来たのか!」
「ちょっと!アタイをこの二人と一緒にしないでくれるかい!」
「ひっでーな、ギンちゃん。
同中の仲間じゃんかよ!」
「へへへ、相変わらず仲がお宜しいこって」
「ヨーシュー、あんた目腐ってんじゃないの?」
仲が良いのか悪いのか、よくわからぬ会話をしていると、それを妨げるような轟音が辺りに響いた。
「テメーらウルセーぞ…!」
一同が一斉に後ろに振り返ると、リーゼントの男がバットで机を叩き潰して、こちらを睨んでいる。
「テメーら二年坊主どもだな…!
黙んねーと殺すぞ!」
「ゲッ、狂犬・リョウコウも来てんのかい」
「へへ、リョウコウのダンナ、わてらダンナの邪魔しよーなんてこれっぽっちと思っておりまへん。
ささ、ダンナ、特等席へどーぞどーぞ」
「黙れ、殺すぞ!」
「へ、へい」
不用意に近づいたスキンヘッドの男は、リーゼントの一喝ですごすごと引っ込んでしまった。
「ふぉっふぉっふぉ。
リョウコウそのくらいにせんか。
ここにいるのはともに立ち上がった同志、仲良くしようじゃないか」
キレ散らかすリーゼントの男をなだめるように、最後列に座っていた恰幅のよい男が立ち上がる。
「ウルセー、セーギのジジイ!
俺に指図すんな!」
「なんじゃお主、わしにまでそんな態度とるんか?
ここでやるならわしはもちろん、カンスイのダンナじゃってただじゃおかんぞ」
恰幅のよい男の凄みを利かせた言葉に、リーゼントの男は舌打ちをするとそのまま席についた。
その一連の様子は廊下より一部始終を、今回の呼びかけ人・カンスイは見ていた。
「ソウソウの無茶な要求とタイミングが重なったのもあるが、まさかこんなに集まるとはな。
これは運命だな…」
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次回は3月11日20時頃更新予定です。




