第120話 審議!飛び立つ鳳!
「お招きいただき恐悦至極。
改めて挨拶させていただきます。
姓は鳳城、名は統。
人呼んでホウトウと申します」
伸びた前髪で左目が隠れ、口に楊枝を咥え、着物を着た、風来坊のような身なりの小柄な少女・ホウトウが再び俺の前に現れた。
巷では鳳雛と呼ばれ、臥龍と呼ばれたコウメイと並び称された賢者とのことだが、全く働かないので解雇しようとしたところ、コウメイに止められて、改めて彼女の話を聞くこととなった。
しかし、つい先程までサボっていたくせに、随分、堂々とした態度でやってくるんだな。
俺は内心呆れる気持ちを隠しつつ、改めてホウトウに呼びかけた。
「よく来てくれたホウトウ。
君の話はコウメイから聞いた。
どうやら俺の与えた仕事では君の能力を十二分に発揮できないようだ。
そこで、君の能力を発揮させる場を知りたい。
今後の我が陣営の動向について君の意見を聞かせてくれないか?」
俺の言葉にホウトウは、ヒャハっと笑い飛ばして話し始めた。
「今後の動向についてですかな?
動向というと、西校舎の攻略についてでよろしいですかな?」
そのホウトウの一言に、俺はドキリとした。
「!?
西校舎の件はコウメイから聞いたのか?」
俺は慌ててホウトウに聞き返す。
確かにコウメイが提唱した天下三分の計は我が軍の基本方針であり、その実現のために西校舎への進攻は決定事項ではあるが、それはあくまで内々での話。
我らが西校舎を狙っているのは最大級の極秘事項だ。
それをまさか一言目に出されるとは思わなかった。
コウメイがべらべらと喋るとも思えないが、ホウトウが知っているとは…
「ヒャッハッハ!
んなもん、聞かんでも見りゃわかることでござんすよ」
ホウトウはさも当然という表情だが、当てずっぽうの可能性もある。もう少し問い詰めてみるか。
「そうかな?
この南校舎で力を蓄え、そのままソウソウに戦いを挑む可能性だってあるだろう」
「そりゃ力の差がありすぎまさぁ。
コウメイをわざわざ軍師に招いた御仁が、そんな性急なことはしないでしょうや」
「なるほど。
だが、勢力を拡大するということなら、西校舎でなくても、第二南校舎でも良いのではないか?」
この南校舎は四方が別の校舎に繋がる交通の要衝。北には大敵・ソウソウ、東に同盟者・ソンケンで、問題の西にリュウショウがいるが、この三方以外に、南へ行けば第二南校舎がある。
今、そこには元リュウヒョウ配下で、今は独立勢力のゴキョや在地勢力のシショウといった連中が割拠していた。
勢力を拡大するだけなら、西校舎だけでなく、第二南校舎も候補に挙げられるはずだ。
「そうですな。
確かに第二南校舎に勢力を拡げる可能性もございやす。
でも、悪手でしょう。
例えばリュービさんが南校舎、第二南校舎、西校舎をお一人で押さえれば、一大勢力。ソウソウと戦うのも充分な戦力となるでございやしょうよ。
なれど、それは取れない選択でしょう」
「何故、そう思う?」
「ヒャッハッハ、そいつぁ、欲張りってもんでさぁ。
それじゃあ、東の盟主殿の行き先がございやせん。
西も南もリュービさんに取られたんじゃ、北のソウソウ領しか拡大する先がございやせん。
しかし、北のソウソウ領が簡単に切り取れないことは既に証明済み。
そうなると最悪、東の盟主殿が会長殿と手を組むという可能性もございやす。
そうさせないためにも、東の盟主(孫権)殿の取り分は用意してやらなきゃなりやせん。
第二南校舎は東の盟主殿に譲られるのが得策でございやしょう」
なるほど、確かにホウトウの言うことには一理ある。だが…
「それなら、俺が第二南校舎、ソンケンに西校舎という線もあるんじゃないか?」
俺の問いかけに、ホウトウは一笑に付して答える。
「ヒャッハッハ。
それじゃあ、リュービさんが南の奥地に追いやられちまうでしょう。
地方に割拠して独立を保ちたいというのでありゃ、それもありでしょうがね。
しかし、リュービさんの目的は、一貫して打倒ソウソウであったと、記憶しておりやす。
ならば、西校舎を選ぶのが道理というものでしょう。
それに、東の盟主殿と南校舎の教室を交換したのも、表向きは北のソウソウ軍を抑えるためでございやしょうが、実のところ、西校舎への進路の確保という狙いもあるのでございやしょう?」
ここまで理路整然と説明されれば納得するしかないだろう。
俺はコウメイの方へと目線をやると、彼女は静かに頷いた。
「うん、なるほど、君はコウメイが推薦するだけの人物であったようだ。
どうやら無駄な回り道をしてしまったようだ、申し訳ない。
それで改めて聞きたい。西校舎を目指すという路線をどう思う?
あなたの意見を聞きたい」
俺は態度を改めてホウトウに対面すると、ホウトウの方も笑い顔を止め、態度を改めて向き直った。
「良策でしょう。
現状、更に力を蓄えねば、あの生徒会長には対抗できんでしょう。
しかし、南校舎は先の戦乱で荒廃し、人物も多く散り散りとなりやした。
その状況の中、北の会長を倒すのを目的とするなら、東の盟主殿と組み、西の盟主を攻めるのが理に適った策であると判断します。
今、西校舎は長く戦乱から離れ、人も豊富で、領地も広大ですが、西の盟主はその全てを活用できちゃあおりやせん。
ここはこの地を拝借し、会長に対抗するべきでございやしょう。
しかし、リュービさん、どうやら西校舎を攻めることにまだ迷いをお持ちだ」
そのホウトウの鋭い指摘に、俺は思わず目を見開いた。
確かに天下三分は俺たちの基本方針で、西校舎進攻は決定事項だ。
しかし、西校舎のリュウショウはソウソウとは同盟相手であるから、表向きは敵対関係にあるが、実際に直接対決したことはなく、ましてや西校舎の生徒の多くは無関係だ。
そこへ進攻することに、俺はまだ後ろめたさを感じていたが、まさか会って間もないこの娘に見抜かれてしまうとは…
「そうだな。
俺とソウソウは火と水の関係だと思っている。
ソウソウが厳格を第一とするなら、俺は寛大を第一とし、ソウソウが武力に頼るなら、俺は仁徳に頼り、ソウソウが策謀を行えば、俺は誠実を行う。
俺はソウソウを手本としながらも、その真反対になるよう意識して行動した。それが事が成就するための道だと思ってきた。
今、ソウソウに対抗するために、関係無い西校舎のリュウショウを攻めるのは、ソウソウと同じになってしまうんじゃないだろうか」
俺の心からの問いかけに、ホウトウはわずかのたじろぎも見せず、受け止めた。
「臨機応変にやらねばならぬ時代に、全ての方向に義を貫くのは難しいことでございやす。
小義のために大義を失うのは、それこそ寛大でも仁徳でも誠実でもなんでもない道でしょう。
そして、弱者をその身に取り込み、暗愚な者からその地位を譲り受けるのは君子の道でございやす。
その得る手段は確かに武力であるかもしれやせんが、寛大でもって彼らを受け入れ、仁徳でもってこれをこれを治め、誠実でもってかの地の者に報いれば、大義に背く行為ではございやせん。
それに今、あなたが取らねば、結局はソウソウの得るところとなるでしょう」
そのホウトウの言葉を俺は重く受け止めた。
それは俺を決心させるのに充分な言葉であった。
「なるほど、ホウトウ。
君の言葉はよくわかった。
そして、君の智謀もよくわかった。
君を副軍師として我が陣営に迎えたい。
コウメイと共に俺を支えてほしい」
俺の申し出に、ホウトウは君臣の礼でもって答えた。
「不肖・ホウトウ、この力で良ろしければ、お貸しいたしやしょう
以後、よろしくお願いいたしやす」
そのやりとりを傍らで聞いていたコウメイは、喜んで俺に感謝の言葉を伝え、ホウトウを出迎えた。
「ホウトウさんを軍師に加えていただきありがとうございます。
これでホウトウさんもリュービ陣営の一員ですね」
「いやぁ、あっしのような孺子に副軍師なんて過分な待遇に恐縮してしまいやすな。
そうそう、聞かれなかったので渡しそびれたのですが、これ東の新司令官殿から預かった推薦状です」
「え、ロシュクの推薦状だって?」
ホウトウは懐からぞんざいに手紙を出すと、俺に渡してきた。
俺はその差し出された推薦状を急いで目を通した。
そこにはコウメイが俺に推薦した時のように、ホウトウは一教室の事務官に収まるような才ではなく、相談役に用いて初めて才を活かすことができる、といった内容が書かれていた。
「ふむふむ…はじめからこれ渡してくれればこんなまどろっこしいことしなくて済んだんじゃないのか?」
「そもそも、ホウトウさんには私から送ったメールもありますから、それ見せる手もあったのではないですか?」
俺とコウメイはホウトウに問いかけた。
「ヒャッハッハ。
いやぁ、忘れておりやした、すいやせんなぁ」
ホウトウは悪びれた様子は一切なく、ケラケラと笑いながら謝ってきた。
「うーん、なかなか癖の強い娘を招いちゃったなぁ。
それと、この推薦状に書いてあるけど、君はシュウユのところにいたんだね」
「ええ、と言っても極々短期間ではありやすが。
元ソンケン陣営所属だと、問題ありやすでしょうか?」
「いやいや、それは全く問題ないよ。
ただ、確認として聞きたいことがある。
俺はこの前東校舎に赴き、ソンケンと会談したのだが、その時、シュウユが俺を捕らえて飼い殺しにしようと提案したと噂で聞いたのだが、本当なのか?
もし、知っていたなら教えてほしい」
あの会談の裏で、シュウユが密かに俺を虜とする計画を立てていたという噂を後になって聞いた。
真偽不明の噂ではあるが、シュウユの元にいたというのならホウトウは何か知っているかもしれない。
「ええ、そりゃ本当でございやす」
「やはり、そうなのか。
あの時、コウメイに危険だからと止められたが、賢い人の考えることは一緒なんだな」
「だから言ったじゃないですか。
本当にリュービさんは変なところで度胸を発揮するんだから」
噂の真相を知り、俺は改めてコウメイに怒られてしまった。
「いやぁ、面目ない。
しかし、ホウトウもよく知ってたね」
「そりゃ、元々はシュウユにあっしが提案した策ですからな。
全て知っておりやす」
あっけらかんとホウトウはそう答えた。
「君なのか!」
「ホウトウさん、なんでそんな策を…
私がリュービさんの軍師になったことはお伝えしていたはずですが…」
「ええ、ええ。
コウメイがリュービの軍師となったことも聞いてはおりやした。そして、勧誘も受けておりやした。
しかし、コウメイは根が良いから、押し切られてやむなく仕えてるかもしれやせん。
それにあっしが仕える主君はあっし自身の目で見とうございやした。
だもんで、悪いと思いつつ、試させてもらいやした」
「試す?
何を試そうと言うんだ?」
俺を捕虜にして果たして何を試そうというのか。俺は彼女に聞き返した。
「それは“運”でございやす」
「“運”?」
その答えに俺は再び聞き返した。
「ええ、智慧が足りないのなら、あっしやコウメイが支えりゃよろしい。
力が足りないなら、カンウやチョーヒがおりやしょう。
智慧や力が足りないのは何も困りやしません。
ですが、“運”ばかりは他人がお貸しすることができやせん。
ですから、絶体絶命の状況において、“運”を見せてもらったのでございやす」
なるほど、わかったようなわからないようなそんな回答だ。
「それで、俺は合格かな。
結局、君の策は不発に終わったようだけど」
「ええ、不発に終わるのも“運”の内でございやすれば。
ですから、あっしは今ここに来たのでございやす。
試すような真似をして申し訳ありやせん」
「どうやら、お互いがお互いを試していたようだな。
結果は丸く収まったのだから良かったのだろう。
では、お互いの眼鏡に適ったのだから、これからもよろしく頼むよ。
副軍師・ホウトウ!」
「へい、お任せを!」
俺の言葉に、ホウトウは一番の笑顔で返してくれた。
俺の元にかつてシバキ先生に教えられた臥龍・鳳雛の両雄が揃った。
そして、俺は天下三分のために決意を新たにするのであった。
中央校舎・ソウソウ陣営〜
南の地でリュービが新軍師・ホウトウを得た頃、ここ中央にて、生徒会長・ソウソウはさらなる人材獲得のため、ある宣言を行っていた。
「私、ソウソウは今ここに宣言する。
ただ、才のみこれを挙げよ!」
それは新たなる時代の幕開けを告げる宣言であった。
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