第119話 真偽!幼き鳳!
ソンケン陣営の総司令官・シュウユは体調を崩したことにより、引退を表明した。
その決断は陣営の内外に衝撃を与えた。
とりわけ、赤紫髪の少年、この陣営の若き盟主・ソンケンにとっては大きなショックであった。
「姉さんに続き、シュウユまで去ってしまうのか…
シュウユの体が弱いことは知っていた。無理をさせている自覚もあった。だが、甘えてしまった…
だから、引き止めることはできない。
あの人も僕のもう一人の姉であった。
今までありがとう、シュウユ姉さん」
そして、ソンケンは自身のスマホに目を移した。そこに映し出されたメールには、引退を決める前のシュウユからきた今後の計画が書かれていた。
「シュウユとソンユの二人の指揮で西校舎を攻略、その後、シュウユは南校舎に戻り、僕の東校舎と合わせて、東・南・西の三路でもってソウソウを討つ…か。
この計画の実現はもう幻となってしまった」
ソンケンは目元の涙を拭うと、表情を盟主のそれへと変貌させた。
「シュウユがいなくなった今、計画を改めねばならない!
そのためには…やはり、リュービか」
南校舎・ロシュク本陣〜
シュウユから受け取った総司令官の証・朱塗りの木刀を腰に帯び、灰色の髪に、黒いローブを羽織った女生徒・ロシュクは、新総司令官としてその仕事に着手していた。
だが、彼女の前に、メガネをかけた細身の男子生徒、この軍の副司令官・テイフが立ちはだかる。
「ロシュク、君が新たな総司令官になるのは認めよう。
しかし、君が今しているその仕事が、総司令官の最初の仕事だと言うのか?」
「はい、立派な総司令官の仕事だと自負しております」
「教室の片付けがか?」
そのテイフからの問いに力強く頷くロシュクの手には、書類やファイルの山がうず高く積まれ、今まで本陣として使っていた教室の片付けに忙しく追われていた。
「この教室はリュービさんに明け渡さねばなりません。
だから、私が率先して片付けているのです」
「なぜ、我らが汗を流して、ソウジンを蹴散らし、手に入れたこの教室をむざむざとリュービに渡さねばならん!」
怒鳴るテイフを押し留め、ロシュクはあくまで冷静に対応する。
「その気持ちはよくわかります。
しかし、これはソンケン様とよくよく話し合って決めたことなのでございます」
「どうせ、お前がまた…んん」
テイフは、お前がまたソンケン様を誑かしたんだろうという言葉を飲み込んだ。
思えば赤壁の戦いもロシュクがソンケンを引きずりこんだものだ。「また誑かした」と、言えばその赤壁の勝利まで否定してしまいかねない。そう思うとテイフも言葉を決めかねて、口籠ってしまった。
「なにも一方的にリュービさんにこの教室を献上しようというわけではございません。
現在、この教室と東校舎に続く渡り廊下の間にある教室はリュービ陣営傘下のリュウキが所有しています。
このままでは我らは東校舎と南校舎の移動がスムーズに行えません。
そこで、その間の教室と、この本陣の教室を交換することになったのです」
赤壁戦前、リュービはリュウキの拠点・南校舎の北東端の教室に籠もっていた。
赤壁の勝利後、シュウユは南校舎の中央辺りを、リュービは南校舎の南部を切り取り、それぞれ領土とした。その結果、最初にリュウキが拠点としていた北東端の教室が、シュウユの拠点と東校舎の間に飛び地のように取り残され、移動の妨げとなっていた。
それをこの度、シュウユが拠点としていた南校舎中央にある教室と交換することが、両者合意の元取り決められ、その引き渡しがロシュク総司令官就任後の初任務となった。
「しかし、この教室はソウソウとの最前線にあたるのだぞ」
だが、そのリュービに明け渡す教室が、対ソウソウ戦の最前線ともあって、まだ南校舎北部への進攻を諦めていない武闘派たちから反感を買うこととなった。
だが、ロシュクはあくまでも冷静な態度を崩さず、対応していく。
「はい、だからこそでございます。
このまま我らだけでソウソウとの最前線を維持するのは難しい。なので、リュービさんにこの教室を譲り、彼にも最前線の仕事を負担してもらうのです」
ロシュクの言葉にテイフは、シュウユがいればという気持ちと、自身がシュウユの代わりになれない不甲斐なさで、黙ってそのまま教室の片付けを手伝いだした。
その後ろ姿を見て、ロシュクはしばし、胸の内で思案した。
(テイフさんの気持ちもわかりますぞ。
この教室の価値は何もソウソウ領進攻の入口というだけではありません。
この教室はソウソウとの最前線でもありますが、西校舎との渡り廊下に接する教室でもありまする。
ここをリュービに譲るということは、西校舎へ進攻する権利を譲ると同義…
しかし、ソウソウとの前線を維持しつつ、西校舎へ進攻するなんて芸当は、シュウユさんが健在で初めて実行し得るもの。
ならば、例え縮小であろうとも、南校舎への基盤を着実に維持する方が賢明です)
「ロシュクさん、こちらの片付け終わりましたよ」
ロシュクが物思いに耽っていると、片付けの指示を仰ぎに、ポニーテールの少女・リョモウはついでに今し方のテイフとのやり取りの話題を振る。
「でも、テイフさんも仕方がないことなんだから、怒らなくてもいいのに。
結局、ご自分も片付けてますし」
そう不満を漏らすリョモウを、ロシュクは窘めた。
「テイフさんはよく解っていますよ。
ああして他の武将の不満を代弁して怒りを発散させ、その後に自らが率先して片付けを行うことで、周りの人たちを片付けに誘導しているのです」
「ふーん、そこまで考えてるんですかね?」
「リョモウ、あなたも武将の端くれならもう少し考えて動きなさい」
「こちらにおられたか、総司令官殿」
そこへロシュクを訪ねて現れたのは、シュウユの上客、着物姿の少女・ホウトウであった。
「これはこれはホウトウさん、何用でありますかな」
「いやね、シュウユさんも引退され、南校舎での領地も縮小されると言うじゃありやせんか。
なもんで、あっしもどこかに行こうかと思い立ち、お暇乞いをと思いましてね」
(うーん、コウメイさんに並ぶと称される賢才・ホウトウ…
聞けば、シュウユさんのリュービ飼い殺しの策も元はこのホウトウの策であったとか…
頭は良いかもしれませんが、強引であまり好きにはなりませんな。
うちに居られても扱いきれませんし、ソウソウのところに行かれても困りますな。
ならばやはり…)
「それならば、リュービさんのところはどうでしょうかな?」
「おお、南校舎の新盟主殿の陣営ですかな。
そいつはいい、あそこには友人のコウメイもおりますしな」
「ならば私が推薦状を書きましょうぞ」
「何から何まですみませんなぁ」
南校舎・リュービ陣営〜
南校舎のシュウユが本拠地としていた教室と、リュウキが本拠地としていた教室を交換することとなり、俺たちの陣営は慌ただしく準備を始めていた。
その忙しい最中、彼女はふらっとやってきた。
「それで君があのホウトウだと言うのかい?」
俺の目の前に現れたのは、だらし無く伸びた前髪で左目が隠れ、ヨレヨレの着物を着た、フーテンのような身なりの小柄な少女であった。
この口に楊枝を咥えたままで話す本人の言を借りるなら、彼女はかつて臥龍・コウメイと並び称されたもう一人の俊英、鳳雛・ホウトウだという。
「へいへい、あっしがホウトウでございやす。
お初にお目にかかります、盟主殿」
お前は三下かと思うような話し方、ますます俊英とは程遠い印象を受ける。
「へへへ、盟主殿は…噂で聞くよりも随分、男前な顔をしとりますな、何かありましたかな?」
そう言いながら彼女は、タンコブを押さえ、青あざをつくった俺の顔を見てケラケラと笑いだした。
「これはショウコウを連れ帰った件でカンウ・チョーヒに…いや、そんなことはいい!」
「おや、犬も食わぬ話でございやしたか、これは失敬」
ソンショウコウ(ソンサク)を連れて帰ると、案の定、カンウ・チョーヒ…さらにリョフにコウソンサンにリューヘキを怒らせ、おまけにコウメイの機嫌まで悪くなってしまったが、なんとかまあ、半殺しで収まってくれた。
しかし、なおも無遠慮にケラケラと笑うホウトウを見て、さすがにしつこいんじゃないかと腹が立ってきた。
本当に彼女が臥龍・コウメイと並び称される鳳雛・ホウトウなのか?
言動は失礼だし、格好も奇天烈で、そもそも本当にホウトウ本人なんだろうか?
うーん、コウメイに確認を取りたいところだが、怒らせたばかりだし、何より今は、南校舎の統治のために忙しく飛び回っているから、確認くらいで一々呼ぶのは躊躇われるなぁ。
とりあえず、本人かどうか、まずはその実力を試してみるか。
「ホウトウ、よく来てくれた。
さっそく、一働きしてほしい。
今、チョーウンに南のエリアを一つ任せているのだが、あいにく彼女は警備の任務もあるから、そこの運営まで手が回っていない。
君はそこに行って、チョーウンの事務仕事を手伝ってくれないか?」
「へいへい、わかりやした。
お任せください」
ニヤニヤと笑いながら退出する彼女の姿に一抹の不安を感じていたが、俺はとりあえず彼女を送り出した。
だが、しばらくしてその時の不安が的中していたことを知ることとなった。
「それでチョーウン、ホウトウは全く働いていないというんだね!」
定時報告に来たチョーウンの話では、ホウトウという娘は、椅子に座って思案するそぶりは見せるものの、全く働かず、仕事を山と溜め込んでいるという有様だそうだ。
周囲も扱いに困っているが、俺が直々に任命したせいで、文句も言えぬ状態だという。
「ああ、あの奇抜な格好のお嬢さんは事務員だったのか。全く働く姿は見たことないね。
ボクが知っていれば注意したんだけど、何しろ南校舎を得てから一気に人が増えたからね。
誰が誰で何の仕事してるのか全然把握できてないもんでね。申し訳ない」
俺たちは南校舎を得て、急速に人員を増やし、組織を拡張していった。
この人員増強と組織編成を同時平行でやっているので、どうしても組織編成の方が遅れてしまい、未だ組織は未熟で、構成員や仕事の領分がまだはっきりと決まっていないところがある。
その弊害がこのような形で出てしまうとは…。
今、この状況を改善するためにコウメイが忙しく飛び回ってくれているので、もうしばらくの辛抱なのだが、どうもホウトウはそこまで保たなかったようだ。
「チョーウンが謝ることじゃないよ」
チョーウンの手が回っていないからホウトウを送り込んだのに、チョーウンに彼女の監視役までさせては本末転倒だ。
「しかし、鳳雛と名高いホウトウだということだったが、偽物だったのか?
それとも虚名なのか?
何れにせよ働かない者をいつまでも置いておくわけにはいかない、クビにするか」
結局、鳳雛だったのかよくわからないが、何にせよ、働かない者を特別扱いすることはできない。
その決断を下すと同時に、教室の扉が開けられ、向こうから小さな少女が現れた。
「リュービさん、コウメイただ今戻りました…
どうかされましたか?」
その少女、目にかかるぐらいの長さの薄水色の髪、まだ幼さの残る愛らしい顔つきの、とても華奢な娘は、我が軍の軍師・コウメイ。
今問題のホウトウが鳳雛と呼ばれているように、彼女も臥龍と呼ばれ、かつて二人は南校舎の隠れた賢者として密かに知られていた。
今やコウメイは我が軍に欠かすことのできない軍師となったが、その対となるホウトウがあれでは…いや、まだ本人と決まったわけではないが。
「コウメイ良いところに。
実はかくかくしかじかでホウトウが放蕩して困っているんだ。
騙りじゃないかと思うんだが、どうだろうか?」
その話を聞いて、わずかだが、コウメイの表情が引きつったようであった。
「そのホウトウさんはどのような格好されていますか」
「えーと、前髪を左目が隠れるくらい伸ばし、ヨレヨレの着物を着た、フーテンのような身なりの小さな女の子だったよ」
その話を聞いて、コウメイはため息を漏らした。
「それは…ホウトウさんで間違いないかと…」
眉間にわずかに皺を寄せ、言いにくそうな口ぶりだが、確かにコウメイは彼女がホウトウ本人だと証言した。
「本当に本人なの?
しかし、チョーウンの事務処理の手伝いを任せたが、一向に働く気配がない。
その娘がホウトウだとしても、働いてくれないなら、このまま置いておけないよ」
俺の不満気な様子を感じ取り、コウメイは深々と頭を下げた。
「すみません、リュービさん。
ですが、ホウトウさんの才能は一つの教室に留めておくようなものではありません。
リュービさんの顧問に迎えて初めてその才能を発揮することができます。
彼女を呼び戻し、相応の礼で軍師として迎え入れるのがよろしいかと思います」
「しかし、うーん…
いくらコウメイの言葉でも、働かない者をこのまま雇うどころか、重用するとなると…」
「確かに彼女の態度に問題がないわけではありません。
しかし、この先、リュービさんが勢力を拡大していくということは、こういった方の才能が活かせられる場を与えるということでもあるのです。
どうか、ホウトウさんを重く用いてください」
「うーん、わかった。
他ならぬ軍師である君の意見だ、従おう。
変わり者を従えるのは今更だしね」
「ありがとうございます、リュービさん」
「でも、ホウトウと話はさせてもらうよ。
何の仕事を任せるにせよ、どんな人物か知らないとできないからね」
それからしばらくして、渦中の娘・ホウトウが再び俺の前へとやってきた。
「お招きいただき恐悦至極。
改めて挨拶させていただきやす。
姓は鳳城、名は統。
人呼んでホウトウと申しやす」
これまでのコウメイとのやり取りを知ってか知らずか、何食わぬ顔で彼女は俺の前に現れた。
「さて、彼女がどんな人物なのか話を聞いてみるか」
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