第118話 賢雄!シュウユの進退!
ソンケンとの会談が終わり、俺・リュービは仲間とともに帰路についていた。
「いやぁ、なんとか無事に終わって良かったよ。
ソンケン君も俺を南校舎の盟主と認めてくれたし、これで俺たちの立場はなんとかなったね。
これもリュウキ君のおかげだ、ありがとう」
俺はそう言いながら、隣のリュウキに話しかけた。
思えば、元南校舎の盟主・リュウヒョウの弟であるリュウキが、俺たちの陣営に加わってくれなければ、俺が盟主を継承するのはより困難な道になっていただろう。
「いえいえ、姉さんあってのことです。
姉さんが一筆書いてくれたおかげでより話をスムーズに進められましたし」
「リュウヒョウさん様々だけど、今回の件説明したら多分怒られるんだろうなぁ…」
俺は今は体調不良で休学しているリュウヒョウを思い出し、頭を抱えた。
「そうですね…
サイボウの暴走で頭に血が上っていたからでしょうが…それでも認めたのは、あくまで僕が南校舎の盟主になることですからね。
その地位をリュービさんに譲ると言ったら、多分認めてくれなかったでしょうね」
「その辺は言わずに伝えたから、俺が継承したと知ったら怒るだろうな。
それでも、リュウキ君が盟主を譲ってくれたのには感謝しているよ」
そうなんだ。リュウヒョウが認めたのは弟のリュウキを後継者にすることまで。もし、リュウキから俺に盟主の地位を譲るつもりだと伝えていたら、また反応は違うものになっていただろう。
「僕がなっても重荷なだけですからね。
それに姉さんは計算高い人ですからね。案外、復帰したらソウソウの陣営にしれっと加わっているかもしれません。
そんなに気にしなくても大丈夫ですよ」
「うーん、どちらにしろ、もう会えそうに無いなぁ。
怒るといえば、文芸部の部長を勝手にソンケンに譲っちゃったし、チントウに会ったら怒られるんだろうなぁ」
俺が再び頭を抱えていると、今回の会談で新たに俺たちの仲間に加わってくれた…本人は恋人と言っているけども…ソンサク改めソンショウコウが俺の肩を叩いた。
「リュービ、悪いんじゃけど、帰る前にユーちゃん…シュウユに会ってきていいかな。
退院後もまだろくに話せてないんよ」
「ああ、ソンサク…じゃなくて、ショウコウ、君とシュウユは幼馴染だったね。
君ならソンケン軍と争うこともないし、良いよ、行っておいで」
ショウコウと名を改めたソンサクと、南校舎でのソンケン軍総司令官を務めるシュウユとは元々、幼馴染の関係だ。ショウコウであれば、ソンケン陣営を横断しても咎められることもないだろうし、俺は快く了承した。
「ありがとう、リュービ。
じゃあ、行ってくるね」
元気さを取り戻したのか、ショウコウはあっという間に駆け抜けて行った。
「一応、廊下なんだけどなぁ、まあいいか。
しかし、ショウコウを連れて帰ったら、カンウ・チョーヒたちにも怒られそうだなぁ」
「リュービさん、怒られてばかりですね」
四方からのお怒りを想像して頭を三度抱える俺を見て、リュウキはクスリと笑った。
リュービ・ソンケンの会談が平和裡に終わり、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、今回の同盟の立役者・ロシュクは一目散に南校舎のシュウユ陣営へ向かっていた。
(うーん、今回、シュウユさんの提案したリュービを色仕掛けで飼い殺しにして、その陣営を奪うという策…
シュウユさんが立てたにしては、あまりにも強引で性急…
悪い予感がしますな。すぐに戻らないと…)
急ごうとするロシュクであったが、後ろから呼び止めれた。
「あれ?あなたはロシュクじゃったね?
奇遇じゃね、あなたもシュウユのところに行くの?」
ロシュクを呼び止めたのはリュービから離れ、シュウユのもとを目指すショウコウであった。
ショウコウは元東校舎の盟主であったが、ソンケンに代替りしてから陣営に加わったロシュクとは、それほど面識はなかった。
「これはソンサク…いえ、ショウコウ様。
はい、今シュウユさんのところに戻るところでございます」
「うちもシュウユのところに行くとこなんよ。
一緒に行こう!」
「それは…ありがたい申し出なのでございますが、訳あって少々急いでおりまして…」
「わかった!
急いでんじゃね!じゃあ、急いで行こう!」
「え、ちょっと、うわー!」
ショウコウはロシュクを担ぎ上げると、そのままロシュクの足の倍はあろうかという速度でシュウユの陣営へ駆けていった。
「こ、これがソンサク様…いかん…生き物としてのスピードが何から何まで違いすぎる…
ろ、廊下は走ってはいけませんぞー!」
「そうじゃね!
早歩きにとどめとくよ!」
「あーーー、これは話が通じないタイプの方ですなー!」
……
「さあ、着いたよ!」
「ヒー、自分で歩いた方が幾分楽ではありましたな。
まあ、何はともあれ早く着けたのでヨシとしましょう。
さあ、シュウユさんにお会いしましょうぞ」
未だ元気溌剌なソンショウコウと既に疲労困憊のロシュクの二人は、総司令官の待つ教室へと進んでいった。
「おや、ロシュク、戻りましたか。
それに…サクちゃん!」
金髪の長い髪に、西洋人形のような整った目鼻立ちで、フリルのついた黒いロングスカートに黒いハイヒールをはいた美女、この軍の総司令官・シュウユは、ロシュクを出迎えると、その隣に立つ、久しぶりの竹馬の友へと、すぐさま目をやった。
「ユーちゃん!久しぶり!」
しばらくぶりの再会に、ソンサク改めショウコウとシュウユの両者は旧交を温め合った。
(やれやれ、幼馴染との久方ぶりの再会のおかげもありましょうが、随分ご健勝のようでございますな)
再会に沸くシュウユの様子に、ロシュクは取り越し苦労だったかと胸の内に思い、ほっと胸を撫で下ろした。
「サクちゃんはもうすっかり元気になったようね。
メールをもらいましたが、引退するそうですね。
それがあなたの決断なら良いと思いますよ。リュービを選ぶのはどうかと思いますが」
やはり、シュウユもショウコウの相手がリュービなのには一家言あるようで、それについては不満気な様子であった。
「もう、ユーちゃんまでそういうこと言うんじゃから!
ユーちゃんも元気そうじゃ…ん?ユーちゃん大丈夫?」
ロシュクの目には健勝に見えたその姿、しかし、幼馴染のショウコウの目には別の姿が写っていた。
「何がですか?
私は何も問題はありませんよ」
キョトンとした様子で、首を傾げるシュウユ。
だが、ショウコウは、なおもシュウユに問いかける。
「でも、いつもと顔色が違うんじゃよ」
ロシュクから見ればいつものシュウユのようだ。
だが、ショウコウに指摘され、その顔をよくよく見ると、まるでアンティークの人形を思わせるように透き通った白い肌は、かつて以上に白く輝き、金色の瞳は、ガラス細工のようだ。より美しさを増したようで、まるで精気を感じられない姿に一転した。
そのロシュクの表情の変化を感じ取り、シュウユは立ち上がった。
「何を言うのですか…」
シュウユが二の句をつなぐより先に、立ち上がった彼女の体は大きく揺れて、そのままほとんど物音も立てず、床に倒れ込んだ。
「ユーちゃん!」
「シュウユさん!」
シュウユを呼ぶ二人の声が教室中に木霊したが、シュウユからの返答はなかった…。
保健室のベッドの上。そこには輝く金髪を広げ、純白の肌の女生徒が横たわっていた。
「ん、んん…」
シュウユが倒れてどれだけの時間が流れたであろうか、どれほどの状態であったのだろうか。彼女は自身の状態も分からぬ様子で目を覚ました。
「シュウユさん、大丈夫ですかな?」
どこかまだ虚ろなシュウユの顔を、ロシュクが覗き込む。
「大げさですよ、少し目眩がしただけです…」
何事もなかったかのように起き上がろうとするシュウユの肩を抑え、ショウコウは彼女を睨みつける。
「ユーちゃん、嘘じゃろ?
うちの目は誤魔化せんよ」
「…やっぱりサクちゃん相手では誤魔化せませんね」
その剣幕に、さすがのシュウユも観念した様子を見せた。
「度々シュウユさんのご様子がおかしい様子はありましたが…
やはり、ご無理をなされておられたのですな」
ロシュクは、シュウユの体調の不良には感づきながらもそれを流してきた。本人の否定と慣れ、なにより、シュウユが軍から抜ける恐怖で、ついつい見て見ぬふりをしてきた。そのことを大いに反省した。
「ええ…この地を守ろうと騙し騙しやってきましたが、随分、無理が溜まっていたようです」
「うちのためかな…
うちのためにユーちゃんは無理をして…」
シュウユの不調に責任を感じるショウコウを、慰めるようにシュウユは彼女の肩に手を置いた。
「そんなことはありませんよ。
サクちゃんの居場所を守ることは、私たちの居場所を守ることでもあるのですから」
「でも、ユーちゃんはそこまでしてくれたのに、うちは勝手に引退まで決めちゃって…」
「あなたが悩んでいることは薄々感じてはいました。
その決断があなたにとって最良なら、私にとっても最良です」
シュウユの言葉にショウコウは安堵の表情を浮かべた。その表情を見て、シュウユも一つの決断を下した。
「…ですが、良い機会です。
私もこれを機に引退することといたしましょう。
私のわがままになりますが、しかし、今回サクちゃんに指摘され、自分の体を改めて振り返ってみた時、限界が来ていることを痛感しました。
これをもって休養させていただこうと思います」
その言葉にロシュクも頷いた。
「それがよろしいかと思います。
シュウユさんほどの司令官を失うのは痛手です。
ですが、シュウユさんの健康には変えられません。
それに、これまでの貢献を思えば、誰が咎められましょうか」
シュウユはソンケン陣営の柱石である。しかし、そのために彼女にこれ以上の負担をかけるわけにはいかない。ロシュクも彼女の決断に賛同した。だが、ロシュクはどうしてもシュウユにもう一働きしてもらわねばならなかった。
「ただ、願わくば、あなたにはもう一つだけお仕事をしていただきたい。
シュウユ総司令官殿!
この軍を率いる総司令官の後任をお決めください」
総司令官であるシュウユが抜けるなら、当然、代わりの新総司令官が必要になる。そして、その新総司令官を周囲に納得させるには、現総司令官のシュウユの推薦は不可欠であった。
ロシュクのいつになく真剣な眼差しに、シュウユは笑みをもって返す。
「私の心はもう決まっていますよ。
ロシュク、あなたを後継者に指名します
あなたが次の総司令官です」
ロシュクは思いがけずも自身の名を告げられ、狼狽えてみせた。
「わ、私でございますか?
前にも申したではありませんか。
私の力量ではとても総司令官は務まりませんぞ」
確かに、かつてロシュクは自身を分析して、総司令官たる器ではないと言った。その言葉に偽りはないであろうが、だからこそシュウユは彼女を指名した。
「確かにあなたが言う通り、軍を率いて敵を撃ち破り、領土を拡大するということなら、あなたは総司令官には向いていないかもしれません」
「よくよく私を理解なされております。
そこまでご理解いただけているのなら、お考え直しくださいませ」
「しかし、あなたには冷静に人を見、分析する能力があります。
あなたが自身で総司令官は務まらないというのであれば、あなた自身で総司令官が務まる人物を探し出しなさい。
それまではあなたに総司令官の地位を預けておきます」
「なんと…私に探せと…」
「あなたなら、私以上の総司令官を見つけることができるでしょう。
いえ、あなたしかできないでしょう。
頼みますよ」
「うう…そこまで言われては断ることは叶いませんな…
わかりました。
このロシュク、総司令官の地位、謹んでお預かりいたしますぞ」
シュウユの言葉についにロシュクも折れ、厳かに頭を下げた。
「あなたにそう言ってもらえれば、私は安心して休むことができます。
これはソンケン様よりお預かりした総司令官の証・カンシン先輩の木刀です。
受け取りなさい」
シュウユは、かつてソンケンから総司令官の証として渡され、以来、常に腰に帯びていた朱塗りの木刀をロシュクへと差し出した。
「あなたに引き受けていただけて私も一安心です」
「ユーちゃん、帰るなら、うちがこのまま付き合うよ」
「ありがとうございます。
ではサクちゃん、よろしくお願いします」
シュウユはショウコウの肩を借り、帰宅していった。
こうして、その才略でもってソウソウを赤壁にて撃ち破り、その雄心でもって南校舎を切り開いた一世の英傑・シュウユは総司令官の座を去り、後をロシュクが引き継いだのであった。
その報せは学園中に衝撃を与えた。
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