第115話 周旋!ロシュクの導き!
リュービへの対応を議論するソンケン陣営、列席する参謀の一人・ロシュクが自らの意見を述べ出した。
「この度のリュービの提案は、彼を南校舎盟主・弁論部部長に就任することを認める代わりに、ソンケン様を文芸部部長に就けるという話でしたな」
リュービを南校舎盟主兼弁論部部長、つまりリュウヒョウの後継者と認め、南校舎の任せる代わりに、ソンケンを文芸部部長に、つまり北へ侵攻するための大義を与えるという話であった。
「そうだったな。
まったく、南校舎の領土分配の話し合いかと思えば、まさか自分を南校舎の盟主として認めよと言うとは…」
ソンケンは半ば呆れながらも、その言葉に怒りを滲ませていた。
「そして、それに対して僕を文芸部部長にするという話だったか…
文芸部部長なんて肩書にどんな価値があるのか!」
文芸部でもない自分が勝手に部長を名乗ったところで、誰も納得しないだろうと考えるソンケンには、リュービの提案は、自分が南校舎の盟主になりたいあまりの詭弁にしか感じられなかった。
だが、ロシュクの考えは違うようで、落ち着いた様子で持論を述べ出した。
「恐れながら申し上げますぞ。
実のない肩書ということであれば、南校舎盟主の肩書もまた同じと愚考いたします」
「ロシュク、お主、リュービへ肩入れするのか!」
「肩入れではございませぬ」
チョウショウの一喝にも怯まず、ロシュクは毅然とした態度で返す。
その態度を見たソンケンは一度、怒りを解いて冷静となり、再度、ロシュクへ意見を述べるよう促した。
「ロシュク、君の考えを聞かせてほしい」
「はい、ソンケン様、私見、述べさせていただきまするぞ。
我らはあまりにも東校舎に留まりすぎました。
他の校舎へ拡大するに当たって、今の我らではあまりにも接点が無さすぎまする。
確かに文芸部部長の肩書に絶大な効果があるとは申せませぬが、それでも大義の一助とはなりましょうぞ」
だが、ロシュクの言葉にまだソンケンは納得しない様子であった。
「しかし、その代わりにリュービを南校舎の盟主と認めると言うことは、南校舎における主導権をリュービに譲るに等しい。
せっかく得た南校舎をこれ以上リュービに与える気はない」
ソンケンに与えるという文芸部部長のある中央校舎東部はこれから奪う必要のある土地。対して南校舎の大部分は既にソンケン・リュービが手に入れ、その分割を巡って揉めている土地。とても二つの地位が等価値とは思えなかった。
そのソンケンの思いに対し、ロシュクは訊ねる。
「リュービが引き連れている者たちを見ましたでしょうか?」
「リュウキのことか
他に四人ほど男女が付き従っているのは見たが」
ソンケンは少し思案しながら答える。リュービの隣がリュウキであったことはわかるが、その他四人の男女の記憶は既に朧気であった。
「リュービが引き連れていた者は何もリュウキばかりではありませんぞ。
その隣に座っていた男子生徒はインカン、その次の肩まで届く黒髪の男子生徒はハンシュン、かつてリュウヒョウ陣営に所属していた文官たちでございます。
さらに隣に座る白い眉の女生徒はバリョウ、最後の一人がその妹のバショク、彼女たちはいずれも南校舎で賢才を讃えられた生徒でございます。
彼ら彼女らはみな、我らが南校舎で欲した人材たちであります。
我らが喉から手が出るほど欲した南校舎の生徒たちはそのほとんどがリュービについてしまいました。
これが大義の有無の差でございます。
我らがいかに南校舎に進出しようとも、空の教室ばかりでは選挙戦には勝てませぬ。
残念ながら南校舎の生徒は我らではなく、リュービを主に選びました。
ソンケン様がリュービを南校舎の盟主と認めようとも認めまいとも、既に南校舎の生徒たちはリュービを盟主として認めているのです。
ならば、ここは南校舎をリュービに譲り、我らは北への進出を計るのが得策であると、このロシュクは愚考いたしまする!」
「赤壁の…勝利の戦果をむざむざリュービに譲れというのか!」
「全てとは申しませぬ。
南校舎のいくらかの領土は残し、我らが南の生徒に受け入れられるよう長期的な視座で考えるべきかと」
ソンケンのリュービに向ける怒りは赤壁を戦い抜いた東校舎全体の怒りを代弁したもの。それを理解しつつも、怒りだけで領土は手に入らぬことをロシュクは必死に説得した。
その言葉を受けたソンケンはまだ表情に怒気を残しながらも、目を瞑りしばし押し黙ってしまった。
その静寂を受けて、チョウショウが口を開こうとしたが、ソンケンがそれを押し留め、再び沈黙が流れた。
その場にいた者には永劫にも感じられた一時の静寂の後、ソンケンは再度口を開いた。
「……わかった、ロシュクの意見を採用しよう。
リュービを南校舎盟主及び弁論部部長を名乗ることを認め、僕は文芸部部長となろう」
「ソンケン様、よろしいのですか?」
皆を代表するようにチョウショウがソンケンの意志を再確認する。
「現状、これが最良だろう」
「おお、ソンケン様!
さすがでございますぞ!」
「一応、全権を任されてはいるが、姉さんには先に報告しておこう」
ソンケンは部屋を退出し、姉・ソンサクのいる部屋へと向かった。
ソンケンが別の部屋で議論を重ねている頃、俺、リュービはソンサクの見舞いのために教室を出た。
「ソンサクの部屋を誰かに聞かないとな。
ああ、君、少し訊ねたいんだが、ソンサクのいる場所を知らないかい?」
俺は側にいる少女に話しかけた。
「リュービさんですね。
どうぞ、こちらです」
その少女は俺を見知っていたようで、軽く会釈をして案内をしてくれた。
「ありがとう、おや…」
その案内をしていくれる女生徒は小柄で、ポニーテールを赤いリボンで結んでいた。
どこかソンサクにも似たその顔には俺は見覚えがあった。
「君は確か…そうだ、ソンカだ!
覚えてないかな、ソンサクが東校舎へ侵攻したばかりの頃、少しだけ会ったことがあるんだけれど…」
ソンカはソンサクの親戚で、ソンサクの挙兵に従った古参の武将だ。俺がソンサクの陣営に一時的に加わっていた頃に挨拶をしたことがあった。
俺の言葉を聞いて、少女は合点がいったような表情になった。
「ああ、姉をご存知でしたか。
ソンカは私の姉です」
「これは失礼、妹さんだったか」
言われれば確かにソンカはポニーテールではなくて、ツインテールだったな。しかし、それ以外は本当によく似ている。
「私は妹のソンカンと申します。
まだ中学三年生なので、今は学校見学を兼ねてお邪魔させていただいています。
もし、来年入学しましたら、また改めてよろしくお願い致します」
「これはご丁寧に…
俺たちリュービ陣営は、ソンサク・ソンケン陣営とは末永く仲良くやっていきたいと思っている。
君が入学するその時にも、友好関係が続くよう頑張るよ」
来年か、一体、どうなっているのか。
今回の会談で、俺の立場を確立した上で、ソンケンとの同盟を強固なものにできればいいのだが。そうなれば、来年も引き続きソンケンとの同盟を維持して、またこの娘と会う機会もあるかもしれないな。
「よろしいお願いします。
では、こちらがソンサク姉さんのいる教室です」
そんなことを俺が考えている間にどうやら到着したようだ。俺はソンカンに礼を言い、ソンサクの元に通してもらった。
「ソンサク、見舞いに来たよ」
「リュービ、会いに来てくれたんじゃね」
ツインテールの結び目に大きめのリボンを2つつけ、三日月の髪飾りに、ミニスカートの女生徒・ソンサクは少し安堵の表情を見せ、俺を出迎えてくれた。
だが、その表情にかつてほどの元気さを感じられない様子であった。
「少し調子が戻ってない様子だったけど、まだ痛むのかい?」
「うーん、それもあるんじゃけど…」
少しソンサクは口ごもりながらも、こちらをチラリと見て、少し逡巡した後に、ウンと小さく頷いて話し出した。
「あのね、リュービじゃから言うね。
実はうちこのまま盟主の立場を引退しようと思っとんよね」
突然のソンサクからの引退という話に、俺は驚いて聞き返した。
「引退?
君ほどの指揮官はそういないのに」
ソンサクといえば、兄・ソンケンの部隊を引き継ぐと、瞬く間に東校舎を攻略し、その武功から“小覇王”の二つ名で呼ばれ、半ば伝説化した武将だ。
おそらく、戦場での指揮官としての能力なら、この学園でもトップクラスの実力だろうに、そんな彼女が引退を考えていたとは。
だが、ソンサクには別に思うところがあったようだ。
「うん、でもうちが頑張っても結局、指揮官止まりなんよ。
今回、入院している間にチュー坊…ソンケンの活躍を見聞きしたけど、君主として充分な結果を弟は出しとった。
陣営のトップに立つ人物は、指揮官止まりのうちより、君主になれる弟のソンケンの方が向いとる。
じゃから、もうこのまま弟に任せようと思うんよ」
「ならば、ソンサクとソンケンで役割分担をして、二人で治めるというのはどうだろうか?」
「ううん、それも考えたんじゃけど、やっぱり、姉のうちがいるとソンケンにも周りにも気を使わせると思うんよ。
だからこのまま引退しようと思う」
確かに役割分担と言ったが、姉が武将で、弟が君主…逆ならいいが、この分担では上手くいかないかもしれないな。ましてや、ソンサクが元々君主を務めていたのだから、周りも困ってしまうかもしれない。
だが、それでも一応、確認しようと俺は再びソンサクに問いかけた。
「それはもう心に決めているのかい?」
「うん」
そう頷く彼女表情には、まだいくらか暗さは残るものの、決意を秘めたものであった。
今の彼女にとっては、それだけ君主の役目は重荷になってしまっているんだろう。
「…わかった。
ソンサクの決心が既に固まっているなら、俺が引き止めるような話ではないね。
それはソンケンにはもう伝えているのかい?」
「ううん、まだなんよ。
多分、ソンケンは引き止めるじゃろうから、どうしようか思ってるんよ」
ソンサクの表情にまだ暗さが残るのはこれか。ソンケンは元々選挙戦には興味ない素振りであったが、成り行きで今の立場にいる。本人はだいぶ板についてきているが、まだ心に嫌がる気持ちが残っているのなら、姉の引退に良い顔はしないかもしれない。
「ソンサクには前にお世話になったからね。
俺にできることなら協力するよ」
「ホント!
じゃ、リュービに手伝って欲しいことがあるんよ!」
その時、外から声が聞こえた。
「姉さん、いる?
報告したいことがあるんだけど」
「まずい、ソンケンじゃ!
リュ、リュービ、とにかくうちに話を合わせて欲しいんよ」
「う、うん、わかった」
「姉さん…
ん?リュービさん、あなたもいたのか」
「ソンケン、実はうちらからも報告したいことがあるんよ」
ソンサクは俺に目配せをする。
「う、うん。そんなんだよ、ソンケン君」
「二人でですか?
なんですか?」
「実はうちら結婚を前提に付き合うことになったんよ!」
「え、えーーー!」
「え、えーーー!」
突然の報告に、俺とソンケンは同時に絶叫し、その声は教室中に轟くこととなった。
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