第114話 苦慮!悩めるソンケン!
東校舎で開催されたリュービ・ソンケン両陣営の首脳会談。
赤壁以降、両者の間で燻る南校舎の領有問題に、一切妥協する気がないソンケンに対し、俺・リュービは元南校舎盟主・リュウヒョウの弟・リュウキを切り札に投入した。
「南校舎盟主兼弁論部部長の正統後継者であるこの僕、リュウキは、南校舎盟主及び弁論部部長の地位をここにいるリュービさんに譲ることを宣言します!」
突然のリュウキの登場に、ソンケン陣営は動揺を隠せない様子であった。
ざわめく一同を代表して、背が低く、長い髪に、黒い漢服(中国風の着物)を着た女生徒、ソンケン陣営の重臣・チョウショウが口火を切る。
「待て、待つのじゃ!
君があのリュウヒョウの弟のリュウキ君じゃと言うんじゃな?」
チョウショウの問いかけに、リュウキは頷いて答える。
「はい、僕は立牧綺一。通称、リュウキです。
これが証拠の生徒証です」
提出された生徒証は紛れもなく彼がリュウキ本人であることを証明しており、ここにきてのリュウキの登場に、さすがのチョウショウも言葉を詰まらせた。
「た、確かに…
しかし、リュウヒョウの後継者はリュウソウであったはず。
君が後継者とは聞いておらんぞ!」
生徒証には納得しても、盟主継承の話には納得できないチョウショウはなおも食い下がる。
チョウショウの話にあるように、南校舎の盟主であるリュウヒョウはソウソウ侵攻の直前に病に倒れ、その後継者はリュウキの双子の弟・リュウソウであると発表された。
そして、彼は南校舎をあげてソウソウに降伏してしまった。
チョウショウの疑問は当然と言える。
リュウキは慌てることなく丁寧に答えた。
「あれはサイボウらが勝手に弟を祭り上げて行った人事で、姉の意思ではございません。
後に病室で事の顛末を聞いた姉は憤慨し、改めて僕を後継者として指名しました。
これが証明書です」
リュウキの提出した書類には、確かに南校舎盟主及び弁論部部長の座をリュウキに譲るという文言と、リュウヒョウの署名が記載されていた。
「確かにそう書いておるのぉ…」
リュウキの存在とこの証明書で、チョウショウは再び言葉を失ってしまった。
チョウショウの疑いは予想できる範囲だ。当然、俺たちも準備万端で事に臨んでいる。
机に出されたその文書をソンケンはジロリと睨むと、俺の方へと向き直って問い質した。
「では、リュービさん。
あなたはこの文書を根拠に南校舎の盟主となり、南校舎の利権全てを手に入れようというつもりですか?
我らとの親交を謳いながら、それはあまりにも図々しいのではないですか?」
ソンケンの俺に対する口調はかなり強い。赤壁の戦果を全てこちらに譲れと言われれば、当然の態度だろう。だが、俺はそちらへの対策も用意してきた。
「何も領土を全て割譲しろと言うつもりはないよ。
領土の分割は細かい話もあるだろうから今後、交渉を続けて詰めていこう。
ただ、今はまずソンケン君にも俺が盟主となることを認めてほしいんだ。
それと引き換えというつもりはないが、君たちは中央校舎の東部への侵攻を企てているね」
俺の言葉にソンケンは一瞬考えてから頷き返した。
「赤壁の戦いと同時進行で一度、中央校舎東部へは侵攻しました。
その時は上手く行きませんでしたが、再び攻める計画はあります。
それが何か?」
中央校舎の東部はソンケンのいる東校舎の真北に位置する。
ソンケンが領土を広げようとすれば、西隣の南校舎か南の第二南校舎、もしくは北の中央校舎東部の三択となる。
俺が南校舎にいる以上、ソンケンの目をできるだけ北へ向けておきたい。
「君たちがそのまま東部を進めば図書室があり、そこには文芸部がある。
俺はこの文芸部の部長の肩書を持っている。
この肩書があれば東部侵攻への大義になるはずだ。
これをソンケン君に譲りたいと思う」
またも突然の申し出にソンケン陣営が騒がしくなる。
文芸部部長の肩書は、かつて俺たちが文芸部を救援した時に当時の部長・トウケンから譲られた。
その後はリョフに攻められたり、ソウソウに降伏したりと色々あって文芸部から離れてしまったが、俺は一時期文芸部部長だった頃があった。(第三章〜第四章参照)
「リュービさんが文芸部の部長を務めていたという話は聞いたことがあります。
しかし、それは昔の話、今となっては何の価値もないでしょう」
ソンケンの入学以前の話であったが、どうやら聞いてはいたようで話が早い。
確かに元文芸部部長というだけで、今は何の接点もないし、既に他の人物が部長に就任している。しかし、ここで諦めては交渉が終わってしまう。
「今の文芸部部長は、ソウソウが任命した本来部員でない者が部長に就いていると聞く。
文芸部はその位置関係からソウソウに戦略的価値を見出されてしまい、人事権はほぼ彼女に牛耳られていて、それを不満に感じている部員も多い。
そこにつけいる隙がある」
だが、俺の言葉にソンケンは待ったをかける。
「余所者というのであれば僕も同じだ。
余所者が部長になったところで支持は得られないでしょう」
「確かに今は余所者だ。
だが、現役の文芸部員からの推薦が加われば重みも変わってくるだろう。
うちのビジク・ビホウ・ソンカンは文芸部員だ」
「それも“元”部員でしょう?」
ソンケンから鋭いツッコミが入る。確かに三人は俺の陣営に加わって以降、文芸部員としての活動を行っていない。
「確かに今、三人は文芸部員として活動はしていない。
だが、籍自体はまだ残っているし、現文芸部員に知己も多い。
彼女たちの推薦を得れば説得力はより増すだろう。
それともう一人、この場に文芸部員がいる。
その人の推薦も得ればより盤石となるだろう」
俺はそう言うと、ソンケンの隣を指を向けた。
その指の先、先ほど言葉を失っていたソンケン陣営の重臣はドキリと心臓を騒がせて、ソンケンと顔を見合わせた。
「チョウショウさん。
あなたもまた現役の文芸部員だ。
この推薦人に加わってほしい」
「チョウショウ公、あなたもだったのか」
どうやらソンケンも知らなかったようで、驚いた様子でチョウショウを見る。
「うぐ…確かに私は昔、文芸部に所属しておったが…
だが、それも昔の話じゃ…」
「しかし、ビジクに確認したところ、まだ籍自体は残っているそうですね。
既にビジクたちからは推薦の署名をもらっている。
これにチョウショウさんを加えて文芸部員四人とこの文芸部部長・リュービの署名をもって、君を文芸部部長として擁立しよう」
一気呵成に話したためか、俺の言葉を受けてソンケンは押し黙ってしまった。
しばらくの間をおいてソンケンは重たく口を開いた。
「当初、想定していたのとは違う話が次々出て、我らとしてもすぐに回答することができない。
重臣たちと話し合いたいので、ここでしばらく休憩にしたい。
リュービさんたちには別室を用意しているので、そこでしばし休んでおいてほしい」
そう言うと、ソンケンは一礼して席を立った。
「わかった。
色よい返事が聞けることを期待している。
それと休憩の間にソンサクの見舞いに行きたいのだが、いいだろうか?」
「許可します。姉さんの居場所については…どなたかに聞いてほしい。
では、僕たちはこれで失礼させてもらう」
そう言うと、ソンケンらは揃って教室を退出していった。
ソンケンら一同は他の教室へ移動して、さっそく、リュービの提案に対する会議が開かれた。
参加するのは盟主・ソンケン、重臣・チョウショウ他、文官のチョウコウ・シンショウ・チンタンら、外交担当のロシュク、南校舎軍代表・シュウユ…は出席できないので、その代理のリョハンらであった。
「リュービめ!
奴は無から価値を生み出す天才か!」
ソンケンは会議が開かれるなり、リュービへの怒りを露わにした。
背が低く、髪を簪でまとめた、赤い漢服の女生徒、文官のチョウコウが全体をなだめるように話し出した。
「リュービを南校舎盟主と弁論部部長に認める代わりにソンケン様を文芸部部長に推薦するという話ですか…
しかも、その推薦人の枠にチョウショウさんを指名するとはのぉ」
「うう…トウケンが卒業すれば戻ろうかと思って籍を残したのが、まさか今になって仇となるとは…」
チョウショウが呻くようにつぶやく横から、一人の女生徒がソンケンの前に歩み出てきた。
「よろしいですか、ソンケン様」
茶髪を縦ロールにした、小柄で、キラキラしたネックレスやブローチを多数着用した派手好きな女生徒、シュウユの代理・リョハンであった。
「なんだ、リョハン。
シュウユが何か言っていたのか?」
「ええ、シュウユもまた、リュービに梟雄の素質を見い出し、カンウ・チョーヒら無双の武将、コウメイら聡明な参謀を配下にし、必ず後の脅威になると感じて、危険視していましたわ。
ですが、あの娘はリュービを倒すのではなく、取り込むべきとも申していましたわ」
リョハンの予想外の発言にソンケンが聞き返す。
「取り込む?」
「はい、シュウユが申すには、リュービをこのまま南校舎に留めおき、盛大に宴会を開き、美女を侍らせ骨抜きにして、カンウ・チョーヒらと引き離しましょう。
そうしておいて、引き離したカンウ・チョーヒら残りのリュービ陣営の部下たちをそっくり我らでいただき、シュウユ自らが率いて戦いに活用すれば学園統一も夢ではありません、と。
反対にリュービに土地を与えて基盤を作ってやれば、いずれ蛟や龍となり我らの災いになるとも申しておりましたわ」
「なるほど」
リョハンの代言するシュウユの策に、ソンケンは感心するように深く頷くと、その反応を受けて、続けるようにリョハンが自身の意見を述べた。
「私もシュウユと同じ考えですわ。
リュービは後々の災いになるでしょうから、ここに閉じ込めてしまい、飼い殺しにするべきですわ」
シュウユ・リョハンの策に、先ほどまで沈んでいたチョウショウも息を吹き返したように同意しつつ発言した。
「うーむ、シュウユのは良い案かもしれませんぞ。
リュービといえば、カンウ・チョーヒ・チョーウン・コウメイ…と挙げればきりがないほどの数の女に手を出す好色家として知られておりますしのぉ。
美人に迫られたらあっという間に骨抜きにできるのではありませんかな」
一転、意気揚々と語るチョウショウ。そして、重臣・チョウショウが同意したことによって、場の空気が一気にシュウユのリュービ飼い殺しの策に傾いたのを感じ取ったロシュクは、早口気味に会話に割り込んだ。
「お待ち下さいお待ち下さいよ、チョウショウさん。
私は反対ですぞ!
その策はあまりにも性急すぎます。
第一、誰にやらせると言うのですか。
カンウさんらで目が肥えているリュービさんを誰が籠絡するというのですか?」
ロシュクの浴びせた冷水で一度は盛り上がった場は一気に沈静化された。確かに世が世なら、場が場ならどこかの女性に命じてやらせることも出来たかもしれないが、時は現代、場所は高校、とても適任の女生徒が見つかるとも思えなかった。
「うーむ、適役となると…」
「わ、私は無理ですぞ!」
チョウショウの思案しながら周囲を見回す視線を感じて、ロシュクはバッと自らの胸を抑える。
「誰がお前に色気なぞ期待しとるか!」
「む!
私もそれなりに出るとこ出ておりますぞ。
チョウショウさんより勝算があるのではないですかな」
ロシュクの反論に今度はチョウショウがムッとして返す。
「腹の贅肉を削ってから言えい!
そもそもリュービはコウメイのような少女も侍らせておるのじゃから、私のような体型の方が好みかもしれんぞ」
「ならばチョウショウさんがリュービさんのお相手をされますかな?」
「なんじゃと…!
むむむ…えーい、やってやろうではないか!
私がこの体でリュービを籠絡し、骨抜きにしてやろうではないか!」
過熱する両者の議論の末、チョウショウがリュービに色仕掛を行ないかねない状況に、隣に座る文官・チョウコウが落ち着いた口調で止めに入る。
「落ち着きなさいチョウショウさん。
ロシュクもあまり煽るようなことを言われるな」
チョウコウの言葉に二人は冷静になり、チョウショウは赤面して顔を下げた。
場が静まり返ったのを見て、ソンケンがまとめるように話し出した。
「確かにシュウユの策は良案に見えるが、女生徒に色仕掛を命じるというのは現実的には難しい話ではあるな」
「ソンケン様、恐れながら私の意見を述べさせてはいただけないでしょうか」
ソンケンの前に歩み出たのは、一転、冷静な顔つきに変わったロシュクであった。
「良いだろう、ロシュク。
君の考えを聞こう」
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次回は1月14日20時頃更新予定です。




