第13話 決裂!トータクとリョフ!
校内トータク陣営玄関口~
「はい、お兄ちゃん、着替えと歯ブラシ」
「おー、ありがとう。お前も暗くなる前に帰れ」
小さな女の子から日用品を受け取っているのは、後漢生徒会からトータク陣営に寝返った男子生徒・オーインだ。
普段は目付きの鋭い彼だが、少女の前では少し穏やかな表情に変わっている。
「オーイン、その子は…!」
オーインと少女の前に現れたのは長身ポニーテールの少女・リョフ。
「あ、こ、この子は…」
返答に困るオーインをよそに、リョフは身をかがめながら少女に近づいた。
「小さい…かわいい…尊い…!」
いつもは表情の乏しいリョフが、目を爛々と輝かせて少女を見つめている。その変化はオーインの決意を促すのに充分すぎる程であった。
「これは…この子は私の妹の澄泉、チョーセンと呼んでおります。
私はこれから用があるので、リョフ殿、お暇でしたら少し話し相手になっていただけないでしょうか?」
「わかった…やる…!」
リョフは鼻息荒く大きく頷いた。
「ちょっと、お兄ちゃん」
もう帰るところだったのに、兄・オーインの突然の申し出に驚く妹・チョーセン。
「すまない、少し遊んできてくれないか、埋め合わせはするから」
「しょーがないなー」
物わかりのいい妹に、オーインはほっと胸を撫で下ろした。
「いこ…セキト…見せて…あげる…!」
「うん!」
リョフはチョーセンを連れて校舎の奥へと歩いて行った。
「シソンズイ、いるか?」
「はい、ここに」
リョフとチョーセンが去ったのを見計らいオーインが暗闇に声をかけると、どこからともなく一人の男が現れた。
彼はシソンズイ、トータクの知らないオーインの協力者である。
「シソンズイ、リョフが崩せる光明が見えた。これまで集めた情報と共にソウソウ殿に伝えてくれ」
再び鋭い目付きに戻るオーイン。
「わかりました。しかし、オーイン殿、良かったのですか…もし妹さんがトータクに見つかったら?」
「リョフが一緒なら大丈夫だ。
それに、やっと見つけた光明なのだ。
信頼を得るためチョーオンを売り、裏切り者の汚名をかぶってやっと見つけた光明なのだ。
何としても手に入れねばならない」
校内トータク陣営廊下~
「ぎぃぃ…リジュめ、もうへばりおって…こんな時は女とやるのが一番だと言うのに
ジョエイもカユウも敵に囚われたのが痛かったな。
いつまでこんなところに我輩が潜まねばならんのだ。迂闊に校外にも出れんではないか」
鼻息荒くトータクが廊下を歩いている。彼の怒りの衝動をリジュ一人では受け止めきれなかったようで、露骨に不満な顔つきであった。
「いっそ、リョフを襲って無理矢理手籠にするか…物理的に死ぬな…」
本能のままに生きる男・トータクもさすがに鬼神に手を出す勇気はなかった。だが、リジュが潰れた今、放課後となり、反トータク連合から隠れる彼に他の女性のあてはいなかった。
「どっかに女がおらんかのー。女女女!」
校内トータク陣営階段前~
「待って…て…セキト…連れて…くる…から…!」
「リョフお姉ちゃん、私も一緒に行きたい」
「ダメ!…トータク…鬼畜…会っちゃ…ダメ…」
リョフはチョーセンをロッカールームに案内する予定であったが、その途中に気づいた。そこへ案内する最中にトータクのいる部屋の側を通ることに。
トータクがリョフに手を出さないのは自分より強いから。このいたいけな少女をトータクに会わせると何をするかわかったものじゃない。
彼女のトータクへの負の信頼は絶大であった。
「動かないで…ここで…待って…て…」
「うん、わかった」
素直なチョーセンに笑顔を向けると、リョフは小走りでロッカールームに向かった。
だが、それは彼女の判断ミスであった。
「あれは…女!」
発散先を探して廊下を徘徊していたトータクの目に移ったのは女…もとい小柄な少女であった。
「君、ここの生徒じゃないね。名前は?」
「え…大印澄泉です…」
いきなり話しかけてきた男子生徒にチョーセンは戸惑いながら名前を答える。
この男子生徒が先ほどリョフが鬼畜と呼んだトータクだと知っていたら彼女ももっと警戒しただろう。
だが、彼女はトータクの顔を知らなかったし、トータクも優等生モードに切り替えていた。
「大印…?オーインの妹か。あいつに妹がいたのか。
君中学生かな?」
一瞬、トータクの優等生面が崩れる。
「は、はい。中学二年です」
「そうか、中学生か。この幼さの残る顔…未発達の体…今まで抱いた女とはまた違う良さが…たまらん…」
チョーセンは中学生にしては顔も体も幼い様子であった。しかし、それはトータクにとってはまだ食べたことの無いご馳走でしかなかった。
「オーイン相手なら揉み消せるか…」
もはや、トータクの優等生面は完全に崩れた。
「中学生がこんなところにいちゃいけないなぁ。ちょっと向こうでお兄ちゃんとお話しようか」
「いや、やめて、イヤーッ!!!」
トータクは魔王のような顔に変貌し、鼻息荒くチョーセンの腕を掴んだ。身の危険を感じたチョーセンは必死に振りほどこうとするが、高校生男子に小柄な少女が力で勝てるわけもなく、虚しく暴れるだけであった。
「おい…そこで…何を…している…!」
トータク・チョーセンの前に鬼神の形相で立つリョフ。
「リョ、リョフ!いや、中学生がいたのでな、個人指導をちょっとな…」
今まで見たどの表情よりも恐ろしいリョフの形相に、さすがのトータクも取り乱した。
「リョフお姉ちゃん!助けて!」
トータクに腕を掴まれ、涙ぐんで叫ぶチョーセンを見て、リョフは全てを悟った。
「許さない…トータク!」
「待て、リョフ!話し合おう!待て!待て!待て!」
校内反トータク連合陣営男子部屋~
「さあ、少し早いが、我等も寝るか」
隻眼の男子生徒・カコウトンが照明を消そうと立ち上がる。
「明日いつ起こされるかわからないしね」
トータク戦が今後どう動くかわからない以上、備えておくに越したことはない。
俺はさっさと布団の中に潜り込んだ。
…ん?何か温かく柔らかい感触が…
「ダーメ
今夜は寝かせないぞ!」
「わ、ソウソウ!いつの間に!」
俺は自分の布団の中にいた予期せぬ先客に飛び起きた。え、じゃあ、さっきの感触ってソウソウの…
「悪いが、事態が動いた。すぐ準備してくれ」
ソウソウはソウソウで急に真面目顔に切り替えて布団から立ち上がった。
「わ、わかった。すぐに行くよ」
緊急事態とはいえ、布団の中に入るなんて心臓に悪い…ん?連絡先交換したはずでは?
聞きたいことはあるが、ソウソウやカコウトン達はさっさと生徒会室に向かって行ってしまったので、俺も慌てて後を追った。
生徒会室~
ソウソウを中心に居残り組の代表者達が生徒会室の長机を囲んでいた。
「皆、真夜中にすまない。先程オーインから連絡があった」
「オーイン?」
俺は初めて聞く名だったのでソウソウに聞いた。
「生徒会書記オーイン、本名を大印師郎。わざとトータク側につき、内偵してくれていた我等の第二の矢だ。
トータクにばれないために、我等が連絡を取るのは最後の時と決めていたのだが、そのオーインから連絡があった」
「つまり、最後の時が来た、と」
俺の問いにソウソウは静かに頷き、話を続ける。
「そうだ。どうも奴らは開戦後、すぐ生徒会室を放棄し、保健室に移っていたらしい。我等の目的地は保健室となる。そしてリョフを味方につけれるかもしれない、と」
「あのリョフをか?どうやって?」
カコウトンが食い気味で質問をする。最大の障壁であったリョフが寝返るのならこれほど心強い味方はいない。
「それは…」
ソウソウが話を続けようとしたその時、黒髪ロングの風紀委員・ウキンが生徒会室に駆け込んできた。
「た、大変です!リョフが我が軍に投降してきました!」
「なんだと!」
ソウソウでさえ驚きを隠せていない。どうやら俺達が思った以上に事態は早く進んでいたようだ。
校内保健室~
「リョフの奴め…この我輩を殴るとは…」
「大変ですぜ!トータク様!リョフの奴がどこにもいやせん。赤兎も消えてます!」
「それにオーインのヤローもどこにもいやしねー」
トータクが殴られた顔面を冷やしながら、休んでいると、二人のチンピラ・リカクとカクシが保健室に飛び込んできた。
金髪にジャージ姿の男がリカク、リーゼントで着崩した制服の男がカクシ。共にトータク配下だが、ただのヤンキーのため、ジョエイやカユウより地位は低い。
「リョフめ…オーインめ…我輩の恩を忘れおってからに…犬にも劣る連中だ…」
トータクの顔が再び魔王となる。
「リカク・カクシ、こうなれば最終手段だ。アレを用意しろ!」
「アレっすか?アレはさすがにまずいんじゃないっすかね?」
「リカクの言う通りっすよ」
「黙れ!お前らだけで連中を押さえられるのか!リョフまでいるんだぞ!早く準備してこい!」
「「は、はい!」」
トータクの久々の本気の激昂に、リカク・カクシの二人は駆け足で保健室を出ていった。
「許さんぞリョフ…許さんぞソウソウ…お前らを徹底的に犯して、孕まして、我輩の犬にしてやる!」
生徒会室~
「チョーセンちゃんはこっちでお姉ちゃんとお話しようか?」
「えっぐ…えっぐ…うん」
泣きじゃくる小柄な少女・チョーセンを慰めながら、先輩・コウソンサンが別室に連れていく。あちらは先輩に任せよう。
「それで投降したというわけか」
「うん…」
俺達はトータクとリョフとチョーセンに起きた一連の事件の話を聞いた。
「で、これは…何?」
リョフの足下にじゃれつく赤茶けた毛並みの丸々とした生き物が気になって、俺はリョフに聞いてみた。
「セキト…犬…かわいい…!」
この球体、犬だったのか。かわいい…かなぁ?
いや、なんで学校に犬がいるんだよ。
「どうもリョフがトータクに従っていたのはこの犬が理由らしいです」
リョフと共に反トータク連合陣営に投降した目付きの鋭い眼鏡の男子生徒。彼が生徒会書記・オーインだそうだ。
「ある日…お店で…セキトと…出会った…一目…惚れ…だった…
でも…家ペット…飼えない…お金も…ない…
その…お店…トータクの…家…だった…
トータク…セキト…売らずに…私に…会わせて…くれた…」
「つまりその犬と遊ばしてもらう代わりに用心棒やってたわけか?」
ソウソウがリョフに聞き返す。
「そう…強い…奴と…戦うだけ…で…いいって…
それなら…私にも…できる…私…強いから…」
「ならばその犬、私が代わりに買い取ろう。なんなら我が校の生徒にならんか?うちにはペット可の学生寮もあるぞ」
「え…いいの…?」
ソウソウの提案にリョフの表情が少しにこやかになる。
「おい、ペット可の学生寮なんてうちには…」
カコウトンが驚いてソウソウに訊ねる。確かにそんな学生寮は聞いたことがない。
「大丈夫だ。いざとなったら円財閥がついてる。そのための盟主だ。はっはっは」
ソウソウはそう言ってるが、いいのかそれは。本人もいないのに…
「ありがとう…ソウソウ…」
リョフが少し涙ぐみながら感謝している。
…よかったよかったなのかな?