第98話 偽降!奸雄との対座!
渡り廊下南校舎側・ソウソウ本陣~
東校舎へと続く渡り廊下の前、リュービの籠る北東部の教室、東校舎側のシュウユ陣営を見据えるように、赤黒い髪と瞳の女生徒、学園最大勢力の長・ソウソウが胡床に腰掛けていた。
彼女は待っていた。
敵将・コウガイの投降を今か今かと待っていた。
ソンケン陣営の将・コウガイは軍の総司令を任されたシュウユと対立し、ソウソウへの投降を願い出ていた。
当初はコウガイの投降を罠と疑う意見もあったが、内通者より裏取りも行え、歓迎する運びとなった。
「まだコウガイは罰を受けているのか、状況がわからんな。
だが、宿将・コウガイが私につき重用されていると知れば、それに続く投降者も出てくることだろう。
シュウユは独りで全てを取り決め、他の武将とも軋轢が大きいと聞くしな」
ソウソウは得意の絶頂であった。
ソウソウは、コウガイ以外にも多くのソンケンの将に寝返り工作を仕掛けてきた。
コウガイが降伏すれば、それに続けと投降者が他にも多く現れる可能性が高い。
そうなれば戦わずしてシュウユ軍は崩壊、主力軍を失ったソンケン陣営も降伏するしかなくなる。
ソンケン陣営が降伏すれば、リュービも孤立し、ついにはソウソウに従うしかなくなるだろう。
シュウユもリュービもソウソウにとって強力な敵ではあったが、このままいけば戦わずとも倒すことが出来そうだ。
「ふふ、リュービ、シュウユよ、計略をこう使うんだよ。
ん、暗くなってきたな。
まだ、そんな時間ではないはずだが、陰ってきたのか?」
ソウソウがふと周囲に目をやると、まだ早い時間だというのにだんだんと暗くなり始めていた。
「ソウソウ会長!
大変です!
日が欠けています!」
兵士が息を切らせて駆け込んできたので、ソウソウは空に目をやると、太陽が徐々に欠け出し、それに伴い辺りが暗くなり始めていた。
「なんだ、日食じゃないか。
そう言えばニュースでそんなことを言っていたな。
最近、忙しくてあまり真剣に観てはいなかったが。
しかし、お前も古代の人間じゃあるまいし、日食ごときで狼狽えるな!
早く廊下の照明をつけろ!」
ソウソウに怒られ、駆け込んできた兵士は急ぎ廊下の照明をつけに行った。
「まったく、廊下を走りおって。
日食ぐらいなら黙って照明をつけるぐらい気を利かせればよいものを」
ソウソウが一息つこうとすると、また先ほどの兵士が駆け込んできた。
「ソウソウ会長!
廊下の照明がつきません!」
「照明がつかないだと…?
蛍光灯でも切れてるんだろう、代わりを貰ってこい!」
ソウソウに言われ、再び兵士は蛍光灯を求めて走り出した。
「まったく、気の効かん奴だ…
ん、蛍光灯が切れた?
この長い渡り廊下全ての蛍光灯が一度に?
そんなことがあるのか?」
ソウソウが少し考え込み、ふと目を下に落とすと、自分のスマホに連絡が届いていることに気付いた。
「お、コウガイから連絡か。
何々…おお、この日食の暗闇に紛れてコウガイが我が陣に投降してくるぞ。
日食も悪いことばかりではないな。
それなら廊下の照明はつけない方が都合が良いか…」
しかし、ソウソウが一度抱いたその疑心が完全に晴れることはなかった。
「キョチョ、念のためだ。
私の側から離れるなよ」
「は、お任せください」
ソウソウは彼女のすぐ側に侍る小柄な空手着姿の少女、親衛隊長・キョチョに声をかけた。
渡り廊下東校舎側・シュウユ本陣~
日食が始まり、徐々に辺りが暗くなり始めた頃、無精髭を生やした、大柄な男子生徒・コウガイは自身の部隊の兵士たちとともに、他の兵士の目が空に向けられている隙に、静かに本陣を抜け出した。
「では、これよりワシらはかねてよりの打ち合わせ通り、ソウソウに降伏する。
お主ら、準備はいいのう?」
普段は大声なコウガイだが、この時ばかりは小声で話し、部隊の兵士たちは小声でも話せるのかと内心驚きつつも黙って頷いた。
「おっと、ワシはこれを外しとかんといけんかったな。
今回ばかりはソンケンの大将も許してくれるじゃろう」
そう言いながらコウガイは、いつもつけている太ももに巻き付けた赤いバンダナを外して、懐へとしまった。
「これでいいじゃろ。
では、行くぞ」
シュウユ本陣を抜け出たコウガイたちは、最初こそ見つからぬようにと密かに動いていたが、渡り廊下を半ば過ぎる時には堂々とした行進に変わっていた。
「ふっ、先ほどまで暗室におったから、暗くてもよく見えるわい。
そろそろいいじゃろう。
お前たち、あれを出せ」
コウガイに言われ、兵士たちの間から白旗が現れ、前につき出すように掲げられた。
その白旗は、太陽の大部分が蝕まれ、闇がより深まった中でもよく目立った。
「ソウソウ会長、白旗を掲げた一団がこちらに向かって来ます」
その白旗は即座にソウソウ軍の兵士に補足され、ソウソウへと告げられた。
「コウガイか。
その者たちをここに通せ。
だが、警戒は怠るな」
ソウソウを取り囲む兵士たちは左右に割れ、その中をコウガイの一団は抜け、生徒会長・ソウソウの前へと通された。
コウガイたちはソウソウまで残り数メートルというところで止められた。
そのコウガイたちの目の前に、赤みがかった長い黒髪、それと同じ色の眼に白い肌、背は低めだが、スラリとしたモデルの様な体型、胸元を大きく開いた服に、ヘソ出し、ミニスカートの女生徒の姿が写し出された。
暗闇といえど間違うことはない。
あれこそ、今回の目的・ソウソウであった。
(久しぶりに会うのう。
あれがソウソウか)
ソウソウは入学当初より有名であったから、コウガイは名前くらいは聞いていたが、直接見たのは交換生徒・トータクがこの学園を牛耳り、反トータク連合を結成した時の決起集会を開いた時であっただろうか。
(まだ一年ほど前じゃというのにえらく懐かしいのう。
あの時、ソウソウは連合軍の発起人として壇上に立ち、トータクに攻めかかる先鋒を募り、それにうちの大将が応じたんじゃったのう。
あの戦いで大将とソモが倒れ、その後はソンサクの嬢ちゃんがワシらをまとめて東校舎で勢力を築いたが、あの子も倒れ、今はソンケンの坊っちゃんがワシらの新たな旗頭となった。
その間にソウソウはリョフを倒し、エンジュツめを倒し、エンショウを倒し、今じゃ生徒会長様じゃ。
この色白で不健康そうな娘っ子一人に、この学園の誰も逆らえんような状況になっとるとはのう)
しばし物思いに耽っていると、コウガイは自身の部下たちが少々震えているのに気付いた。
「お前たち、堂々とせんか。
ソウソウは神でも魔でもないんじゃぞ」
コウガイは小声で部下たちをたしなめると、堂々とした様子で一歩踏み出し、頭を下げた。
「ワシは元ソンケン軍武将・黄林覆、通称、コウガイじゃ。
ワシら一同、ソウソウ様を頼り、その末席に加えていただきたく、馳せ参じもうした」
その言葉に応じ、奥に座るソウソウと思わしき色白の女生徒が立ち上がった。
「よく来られたコウガイ将軍。
君たちの帰順を心から歓迎しよう」
(おお、コウメイの嬢ちゃんの言う通り、本当にソウソウ自らワシを出迎えおったわ)
……(回想)……
「コウガイさん。
あなたが投降すれば必ずソウソウ自ら出迎えます」
そのリュービの軍師・コウメイの発言に、コウガイは返す。
「ほお、言い切るか、コウメイの嬢ちゃん」
「はい、ソウソウはかつてカントの戦いで投降してきた敵将・キョユウを歓迎し、勝利に繋げました。
また敵将であったカンウさんを自ら説得し、投降したチョーコー、コウランを直接面談して迎えました。
ソウソウは自陣営に迎える者に対しては、自ら出迎え、自らで判断を下します。
それが今のソウソウの強さを作ったのなら、彼女はそれを自ら裏切ることはできません。
だから、コウガイさん。
あなたが投降すれば、必ずソウソウが自ら出迎えます」
……(回想終わり)……
(ここまではあの時のコウメイの嬢ちゃんの筋書き通りじゃな)
「懐かしいな、コウガイ将軍。
確か私との出会いは反トータク連合の時だったな。
しかし、あの時は顔を合わせるぐらいで、直接話すのはこれが初めてかもしれんな。
だが、君の噂はよく聞いていた。
一年で生徒会に招かれるもそれを拒み、ソンケン(兄)とともに学園の治安維持に努め、トータク戦ではコシンを捕らえ、その後もソンサクとともにコウソを攻め、ソンケン(弟)の元で反乱鎮圧に多大な功績を上げた。
今では君の威厳ある顔を見ただけで賊は逃げ散るそうだな」
(一武将に過ぎんワシのことまでわざわざ覚えておるのか、ソウソウは。
いや、投降に及んでワシのことを調べたんじゃろうな)
コウガイが内心納得していると、ソウソウはつかつかと歩き出し、ただ一人でコウガイの手前、二三メートルのところまでやってきた。
(このワシに自ら近付いてきたじゃと…
投降したばかりのワシを警戒もせんというのか…
ワシをすでに信頼しとるということなのか…)
「コウガイ将軍、君ほどの歴戦の勇士が私の元に来てくれてとても嬉しく思う」
大柄なコウガイと細身のソウソウでは体格差は一目瞭然、純粋な力勝負ならコウガイがソウソウを一瞬で一捻りにできるだろう。
それなのにソウソウ自らが近付いてくることに、コウガイは動揺した。
(ソウソウ…
ワシを信頼しとるのか?
それとも試しておるのか?
そうじゃ、奴は自分の護衛の手の届くギリギリの守備範囲でワシを試しておるんじゃろう。
じゃがそれでも、とてつもない胆力じゃな…)
「どうした、コウガイ将軍?
震えているぞ」
(ワシが震えとるじゃと…
このワシが細腕の娘っ子相手に度胸で負けるというんか。
ええい、しっかりせんかコウガイ!
ここが男の見せ所じゃ!)
コウガイは心中で自らを叱咤しながら、頭を深々と下げて取り繕った。
「これはソウソウ様、失礼致しました。
ソウソウ様のご尊顔を直に拝し、ついついガラにもなく緊張してしもうたようです」
この暗闇ではろくに見えるはずもなかろうと思いながらも、コウガイはソウソウに向けて笑みを浮かべながら答えた。
「心までは取れずか…」
ソウソウは誰にも聞き取れないような小声でボソリと呟いた。
「ふふ、私の顔はいたって普通だぞ。
目が4つ、口が2つあるわけでもない。
ましてやこの暗闇ではまともな見れるはずもない…」
ソウソウは回れ右して前進すると、再び元の位置に戻り、振り返った。
「しかし、コウガイ。
君たちはすごいな。
至近距離の顔さえ朧気なこの暗闇の中、誰ともぶつかることなくここまでたどり着いた。
まるで監禁というのは方便で、暗闇に目を慣らしていたかのようだ」
「それは…」
突然のソウソウの核心を突くかのような言葉にコウガイは二の句が繋げなかった。
「沈黙は肯定だぞコウガイ。
この者たちを捕らえよ!」
ソウソウの掛け声に、周囲を取り囲む兵士たちが一斉に襲いかかる。
「しもうた!
さっき近付いた時に決断しとくべきじゃったか!
ソウソウ!」
コウガイは素早く懐に手を伸ばし、ソウソウ目掛けて駆け出した。
だが、そのコウガイより先に動き出す者がいた。
「ソウソウ様!」
ソウソウの親衛隊長・キョチョだ。
その小柄な空手着姿の少女は、ソウソウを守らんと、コウガイの前に走り出した。
しかし、コウガイより放たれた一筋の影が唸りを上げながら彼女に巻き付き、その動きを止めた。
「この暗闇では見えんかったようじゃのう。
ワシは物持ちがいい方なんじゃ」
コウガイの手には一本の鞭が握られ、そこより伸びた先はキョチョの腕を捕らえていた。
「ソウソウ覚悟!」
キョチョの動きが止まったその一瞬に、コウガイの手より一つの玉が放たれた。
その玉は綺麗な放物線を描き、ソウソウへと命中、と同時に破裂し、大量の赤い液体を撒き散らした。
「ブッ!
なんだこれは? 塗料?」
「ただの塗料じゃない。
蛍光塗料じゃ!」
赤い液体を頭から被ったソウソウの全身は、まるで炎のようにこの暗闇の中、赤く発光を始めた。
「女に液体をぶっかけるなんていい趣味じゃないか、コウガイ…
だが、貴様の一手がこれ以上私に届くことはない!
やれキョチョ!」
キョチョは自身の腕に巻き付いた鞭をむんずと掴み、自分の元へと引き寄せた。
そのあまりの力の強さに、コウガイはどんどん前へ引っ張られていった。
「このちっこい娘の方がワシより力持ちじゃというんか!」
コウガイはたまらず鞭を手離し、再び懐に手を入れると、先ほどとは別の玉を取り出し、地面へと叩きつけた。
玉が地面に接するその瞬間、強烈な眩い光が辺りを包み、その場にいる全ての者の視力を奪った。
「閃光弾か?
バカめ、私たちの目を潰したつもりかもしれんが、お前たちも動けんぞ!」
「それでいいんじゃ!
ワシらの役目はここまでじゃ!」
「何だと!
まさかシュウユか!」
視界を奪われたソウソウの耳には、無数の足音がこちらに迫ってきているのが聞こえていた。
「どうやら私の作ったカラーボールと閃光弾は無事に機能したみたいね」
対岸・東校舎にてコウガイとソウソウの対決を見守る二人の影。
一人は茶髪をおさげに結い、浅黒い肌に、メガネをかけた女生徒、発明家・ゲツエイ。
そして、もう一人は目にかかるぐらいの長さの薄水色の髪、まだ幼さの残る愛らしい顔つきの、華奢な女生徒、今回の影の立役者、軍師・コウメイ。
「ご苦労様でしたゲツエイちゃん。
私の立てた“ヒ”攻めの策はここまでです。
後はお任せしますよシュウユさん。
そして、リュービさん、これがあなたの飛躍の第一歩にならんことを…」
次回、11月20日20時頃更新予定




