第97話 背信!身中の虫!
東校舎・剣道場~
ここは東校舎の若き盟主・ソンケンとその重臣たちが拠点にしている剣道場。
ここで今、シュウユたちを送り出したソンケンと文官一同によって、前線から届けられる情報を元に報告会が行われていた。
「…以上が前線より届けられた戦況だ。
シュウユはどうやはだいぶ厳しく統制しているようだ」
赤紫の髪に太陽の髪飾り、童顔の男子生徒、盟主・ソンケンが一通り話し終わると、一見幼女のような体型の、黒い漢服(中国風の着物)を着た女生徒、筆頭文官・チョウショウが憤慨するように話し出した。
「意見を具申しただけのコウガイを監禁し、他者の意見に一切耳を傾けない。
これは由々しき事態ですぞ、ソンケン様。
ここまで和を乱すのであれば、シュウユを総司令官より解任するのもやむ無しと私は考えます」
「チョウショウさんの言われることも尤もかと思われます。
聞けばシュウユさんが直接戦ったのは最初の一回のみで、その後は攻めあぐねて陣に止まっておられるとか。
ここは別の者に交代させるのも手かと思われますよ」
続けて、同じように一見幼女のような容姿の、髪を簪でまとめた、赤い漢服の女生徒、文官・チョウコウがゆっくりとした口調でチョウショウに賛同する。
文官の中心的な二人がシュウユの行状を激しく叱責し、他の文官たちは誰もシュウユの弁護をしようとはしなかった。
この状況に、彼女を総司令官に任命したソンケンも突っぱねるわけにはいかなくなったようで、両者をなだめるように答えた。
「チョウショウ公、チョウコウ殿の意見もわかった。
しかし、我が陣営で一番の名声を持つ指揮官はシュウユだ。
今はまだ彼女に一任する。
だが、今後、配下の者たちより不平不満が続くようであれば、総司令官の交代も前向きに検討しよう。
では、今回の報告会はこれまでとする。
一同、解散」
盟主・ソンケンの解散の声とともに、会はお開きとなり、参加していた文官一同は散り散りに各々の教室へと戻っていった。
その報告会の帰り道、参加していた幹部の一人は思わず独り言をもらした。
「まさか、シュウユがあそこまで不人気とは思いませんでしたね。
ソウソウ会長相手に気負っているのでしょうか?
私が意見するまでもなく、このままだと更迭される流れになりそうですね。
ソウソウ会長より調べるよう言われていたコウガイの監禁の件もどうやら事実のようですし、早速、報告すると致しましょう」
そう独り言をこぼす生徒は一人、東校舎の片隅へと消えていった。
「お帰りなさいませ」
「戻りましたよ、リュウトン。
預けていたスマホを返してください。
まったく、会議にスマホや録音機の持ち込み禁止とは厳しくなったものですね」
先ほど、独り言をこぼしていた生徒はスマホを受け取ると、今行われた報告会の内容を打ち込み、送信した。
「そこまでだ!」
その生徒が送信すると同時に、大声が辺りに響き渡り、それと同時に十数人の兵士が教室に雪崩れ込み、その生徒と持っていたスマホを取り押さえた。
雪崩れ込んだ兵士たちをかき分け、取り押さえられた生徒の前に姿を現したのは、今しがた報告会を行っていた東校舎盟主・ソンケン。
さらにその重臣・チョウショウ・チョウコウであった。
「まさか、あなたがソウソウの内通者だったとは…
“ソンホ”!」
ソンケンに指差され、茶髪のショートに、色白の女生徒がビクリと反応する。
彼女は呉孫歩、通称・ソンホ。
ソンケンのイトコでソンフンの妹。
親族衆として南部守備隊長を務め、会議には毎度参加するほどの重臣であった。
「ソンホ、僕はイトコであるあなたのことを姉のように思っていた。
しかし、あなたは僕に愛想を尽かしてしまっていたのか?」
「ソンケン、と、突然何を言い出すの?」
ソンホはまだしらばっくれようとするが、先ほど送信された彼女のスマホは兵士の手よりチョウショウへと手渡された。
「ソンホ殿、観念することじゃ。
このスマホにお主の送ったソウソウのメールが残っておるぞ」
チョウショウはソンホのスマホの送信済みメールの内容を指し示した。
そこには先ほど報告会での議題であったシュウユの専横、コウガイの監禁の内容が書かれ、ソウソウへと送信されていた。
「人のスマホを勝手に見るなんて感心しないわね」
ソンホは強がって返したが、既に事は露見した後、証拠のスマホを取り上げられては強がり以上のものではなかった。
「ソンホ、あなたは異論を唱える兄・ソンフンに比べ、僕を盟主として認め、従ってくれていた。
だが、こんなことになって残念だ」
寂しげなソンケンに、ソンホは悔しがりながらも訊ねる。
「なぜ、私が怪しいと思ったの?」
「シュウユから連絡を受けた。
君は元々、兄ソンフンの側にいたのに、急に僕に従うようになった。
それでいて問題を起こしたソンフンの監視役を自ら買って出たのに、そのソンフンを野放しにしていた。
僕は妹としての情かと思いあまり気に止めていなかったが、シュウユは疑われる立場にあり、さらに自ら協力を申し出ながら、監視を弛めるのは何か別の思惑があるのではないかと言ってきた。
そこでソンホ、あなたの周辺を調べさせてもらった。
そうしたら君の軍師が観念して全てを話してくれたよ」
ソンホはため息をつきながら答えた。
「あの愚かな兄なら放っておけばよい隠れ蓑になるかと思ったのですが。
どうやら調子に乗っていたのは私の方だったようですね」
諦めたように肩を落とすソンホに横に、その側にいた男子生徒がソンケンに対し、発言する。
「ソンケン様。
ソンホ様の裏切り行為について一切を私は把握しております。
必要なら証言致しましょう」
ソンホの部下だった男子生徒が、ソンケンへ頭を下げ、言上する。
彼の名はリュウトン。
星の動きからあらゆる事象を占うことが出来、その腕を買われてソンホの軍師を務めていた。
ソンケンに白状して事の次第を説明したのは彼であった。
「リュウトン、まさかあなたが私を裏切るとはね。
元はと言えば、ソウソウの勢いは更に盛んになると私に言ったのはあなたでしょう!」
ソンホは裏切った軍師・ソンホを詰った。
「その時にも私は、ソンサク様の勢いは止まりますが、ソンケン様の星の輝きは盛んになるから不用意な行動は慎むようにと申し上げたはずです。
それにソンホ様の星の輝きには陰りが見えるとも…」
「それでソウソウに近づいたのに、やはり運命は変えられないということなのね。
そもそも“神妙”と讃えられたあなたの星占いに抗うのは無理な話だったのでしょうね」
軍師・リュウトンの星占いの結果から画策した今回のソンホの背信行為は、リュウトンの星占いの通りの結果となって終わった。
「ソウソウの勢いが盛んになり、破竹の勢いだったソンサクが止まり、私の前途さえ陰りが見えるのなら、一人、ソンケンの勢いが盛んになったところでソウソウに敵うはずもないと思ったのですが…
どうやら違ったようね」
「ソンホ、ここは僕に従ってもらいますよ」
ソンケンの言葉にソンホは頷いた。
「ええ、観念するわ。
ソンケン、あなたも立派になったのね」
「ソンホ、あなたをこれより幽閉する。
それもソンフンのような弛いものではない、完全な監視下に置かしてもらう。
それとリュウトン、よく我らに報告してくれた。
君が望むなら僕の軍師として取り立てよう」
ソンケンはソンホに続いて、ソンホの部下・リュウトンにそう声をかけた。
だが、リュウトンは首を横に振った。
「いえ、私も長い間、ソンホ様の内通を黙認しておりました。
私もソンホ様とともに罰を受けます」
そのリュウトンの言葉に、ソンホが疑問を投げ掛ける。
「リュウトン、私を裏切っておいて今さらどういうつもり?」
「ソンホ様、私が見立てたところ、あなたはソウソウのところへ行っても居場所を得ることはできません。
今ここでソンケン様に従うことでのみ、あなたは居場所を失わずにすむのです」
「都合のいい占いね。
好きにしなさい」
「そうさせていただきます」
リュウトンの言葉を受け入れたソンケンは彼を意思を尊重した。
「わかった。
ソンホ、及びその軍師・リュウトン、君たちをともに幽閉する。
兵士の指示に従い教室へ移動せよ」
こうして、ソンケン陣営の内通者・ソンホは捕らえられた。
二人が連行される最中、ソンホの軍師・リュウトンはソンケンの髪飾りを指差して言った。
「ソンケン様のその髪飾りは太陽を模したものですね。
きっと、“それ”があなた様を勝利に導いてくださいますよ」
それだけ言うと、リュウトンは兵士によって連れていかれた。
両人を見送ったソンケンたちだが、彼らの真の仕事はこれからであった。
「では、チョウショウ公。
君はそのままソンホに成り代わり、そのスマホを使って偽情報をソウソウに流し続けてくれ。
コウガイの投降を真実と思わせなければいけない」
「お任せください、ソンケン様。
しかし、シュウユのやつめ、面倒な仕事を押し付けおるわ」
チョウショウはブツブツと文句を言いながら、スマホをしまった。
「それとチョウショウ公、僕らはこれから北上して中央校舎を攻めよう」
次に出されたソンケンからの提案にチョウショウは驚きながらも問い質した。
「なんですと!
なぜ、そんなことをなされるのですか?
我らが攻めても簡単にはソウソウの領土を手に入れることは出来ませんぞ。
もしや、先ほどのリュウトンの勝利を導いてくれるという言葉に気を大きくされましたか?」
「占いは占いだ。
鵜呑みにする気はない。
もちろん、取れるに越したことは無いが、簡単に取れるものでないことは承知している。
だが、もしコウガイの偽降が成功すれば、ソウソウは内通者・ソンホが失敗したことに気付き、すぐに態勢を建て直すだろう。
その時に僕らが中央校舎の東部を攻撃していると伝われば、ソウソウはこちらにも気にかけることになり、シュウユの南校舎への侵攻の助けにもなるだろう」
「うーむ…わかりました。
しかし、我が軍の主力はシュウユに従っており、ほとんど武将が残っておりませんぞ」
「チンブやトウシュウがまだ残っている。
必要ならシュゼンにも兵を率いさせよう。
チョウショウ公、君にも一軍を率いてともに戦って欲しい」
「わかりました。
ソンケン様が望まれるのなら出陣致しましょうぞ」
更にソンケンは、チョウショウに続き傍らに控えるチョウコウへも指示を出した。
「チョウコウ殿、君は軍師として僕に同行してくれ」
「わかりましたよ。
ソンケン様の仰せのままに」
「留守はシュチやコヨウらに任せよう。
残る兵力が少々心許ないが、彼女らなら上手くやってくれるだろう」
南校舎・ソウソウ本陣~
赤黒い髪と瞳、胸元を大きく開いた服に、ヘソ出し、ミニスカートの様相の女生徒、学園最大勢力の長・ソウソウを中心に、ジュンユウ、テイイク、カクの三人の参謀が顔を揃えて会議を開いていた。
議題はもちろん、投降を申し出た敵将・コウガイについてである。
参謀の一人、黄色のパーカー、ショートパンツ姿、首にヘッドフォンをかけた小柄な少女・カクが書類を片手に話を進める。
「確かにこれまで得た情報によると、総司令・シュウユと副司令・テイフの不仲は事実のようです。
これが単に個人の好悪の問題ではなく、兄・ソンケン旧臣派と姉・ソンサク旧臣派の派閥闘争であるなら、コウガイの投降も充分あり得ると思います」
おさげ髪に眼鏡をかけた、おっとりした雰囲気の女生徒、参謀の一人・ジュンユウが続けて述べる。
「ソンサクが倒れて以降、シュウユは別人のように厳格になったとも聞きます。
ソンケン(弟)が後を継ぎ盟主となりましたが、実態は各派閥が権力を巡って対立しているのかもしれません。
これまではシュウユ派が強かったのが、独断で開戦を決定したことや厳格な態度からついに脱落者が出たとも考えられます」
カク、ジュンユウ二人の軍師の言葉に、彼女らの主・ソウソウはただ黙って聞いていた。
その二人に続き、この中で一番の長身のツリ目の女生徒・テイイクが諌めるような発言をした。
「しかし、ソウソウ会長。
この度のコウガイの投降は事実である可能性が高いというだけで、罠である可能性も引き続き考慮するべきです」
三人の意見を聞き、ついにソウソウが口を開いた。
「そうだな、その可能性も考慮すべき…おや、連絡が着ているな。
おお、内通者のソンホからだ。
何々…ふーむ。
どうやら、コウガイへの懲罰も、シュウユと他の武将との対立も事実であるようだな」
敵・ソンケン陣営に紛れた内通者・ソンホからの情報に、先ほどまで黙りこくっていたソウソウの表情は少し晴れやかなものへと変化した。
だが、その報告に三軍師はいたって冷静に対応した。
「ソウソウ会長、ソンホをあくまでも内部に留まっている者、シュウユ軍から見ればいわば余所者です。
必ずしも事実を完璧に把握しているとは限りませんよ」
「そうですね。
先ほど私もコウガイの投降は充分あり得るとは申し上げましたが、それでも罠の可能性も残しておくべきでしょう」
「投降と偽降、両方の可能性を考え、対応すべきでしょうね」
テイイク、カク、ジュンユウが次々とソウソウへ意見を述べる。
「お前たちの言いたいことはわかった。
だが、内心がどうであれ、投降する者には最大限の歓迎の意を示さねばならない。
かつて、カントでのエンショウとの戦いの折り、投降したキョユウを私は最大限の歓迎を行った。
結果、彼女の投降が勝利への決め手となった。
ウキン、シカン、リテン、ゾウハ、チョーリョー、ジョコー、チョーコー…彼ら彼女らは最初から私に仕えていたわけではないが、今では私の大事な武将となった。
カク、君も今では私にとってなくてはならない参謀だ。
最初から疑いの目で見れば、今日の私の繁栄はあり得なかった。
私はコウガイを歓迎しよう」
そのソウソウの言葉に、ついに三軍師も納得するしかなく、押し黙った。
「さあ、コウガイの歓迎会といこうじゃないか!」
今、膠着していた戦場が再び動き出そうとしていた。
次回は11月13日20時頃更新予定です。




