第92話 畏怖!ソウソウの強記!
赤黒い髪と瞳に、露出の多い服装の女生徒、生徒会長・ソウソウと隻眼の武将・カコウトンの二人が言い合っていると、一人の生徒が申し訳無さそうにその間に入ってきた。
「すみません、ソウソウ会長。
カイエツ殿が名簿を手に戻られました」
怒りながらカコウトンは、さっさとソウソウに仕事に行けと促す。
「ほら、ソウソウ、仕事だ」
「わかってる、わかってる。
ここに通せ」
ソウソウの待つ図書室へと、長身スーツ姿の、肩ぐらいまでの長さの黒髪を持つ女生徒が通された。
彼女の名はカイエツ。
かつては南校舎の盟主・リュウヒョウの片腕を務め、ソウソウ降伏後は所属する部員の意志をまとめ、陣営所属者の名簿を作成していた。
今、その完成した名簿を携え、ソウソウの前にやってきた。
「ソウソウ会長、はじめまして。
私は元リュウヒョウ副官・カイエツと申します。
そしてこちらが、今いるリュウヒョウ陣営全員が書かれた名簿です。
お確かめください」
ソウソウはカイエツの前に進み出ると、その名簿とともにカイエツの手を取り、名簿よりもカイエツの方を自身に引き寄せた。
「美しい…」
「は? あ、ありがとうございます」
「カイエツ。
私は南校舎を手に入れたことよりも、君を手に入れたことが嬉しい」
また悪い癖が出たと、隣のカコウトンは怒るような呆れるような顔でソウソウを止めようと口を開いた。
「ソウソウ、いい加減に…」
「隣に立つ君は誰かな?」
カコウトンの小言が始まるより先に、ソウソウのカイエツの後ろに立つもう一人の女生徒を目敏く見つけ、彼女も自分の元へと引き寄せた。
「は、はい。
私はチョウセンと申します。
カイエツの仕事を手伝っておりました」
ソウソウはそのショートヘアーで飾り気のない女生徒・チョウセンにも自らの顔を近づけ、甘く囁いた。
「チョウセン、なんと出会うのが遅かったことか」
カイエツとチョウセンの二人は予想外のソウソウの反応に、顔を赤らめながらも対応していると、横で呆れながらも見ていたカコウトンが一喝する。
「ソウソウ、いい加減しろ。
誰彼構わず口説くんじゃない」
しかし、そのカコウトンの静かな怒声に、ソウソウは至って冷静な態度で返答する。
「カコウトン、それは違うぞ。
私は誰彼構わず口説いているわけではない」
そう言うとソウソウは、二人の女生徒から手を離し、改めて両者に目をやった。
「カイエツ、君は前生徒会長・カシンからも一目置かれ、相談役も務めたことがある知恵者だ。
チョウセン、君は博識で知られ、かつてその噂を聞いたトータクから生徒会に招かれたが、拒絶し、反対にトータクに頭を下げさせた気骨の持ち主。
君たちが我が生徒会に加わってくれたことを嬉しく思う」
つらつらと出てくるそのソウソウの言葉に、思わずカイエツ・チョウセンの二人は頭を下げた。
「私たちのことを既にそこまでご存知でしたか。
お見それ致しました」
リュウヒョウの副官であったカイエツについての情報だけならまだしも、あまり表舞台に出ていなかったチョウセンについてまでソウソウは完全に把握していた。
そのソウソウの情報収集力に、二人は畏怖さえ覚えた。
「では、その名簿を見せてもらうとしよう」
ソウソウが改めて手に取った名簿には、確かにリュウソウ陣営に属していた生徒がほぼ網羅されている。
しかし、収録人数こそ多いが、その内容は名前、性別、学年、所属している部活といった最低限の情報しかない。
だが、それだけあればソウソウには充分であった。
「カイエツ、カイリョウはここの卒業生のカイトウの親族であったな。
サイボウは前の生徒会役員・チョーオンのイトコ。
カンスウ・カンキは卒業生のカンオウシンの親族。
オウサンは過去の生徒会役員のオウキョウ・オウチョウの妹。
リュウヨクは学園長の遠縁。
シバシは現生徒会所属のシバロウ・シバイの親族。
ホウサンミンはホウトクコウ先生の弟。
サイシュウヘイは過去の生徒会役員のサイレツの妹。
ほお、このトーホは昔、生徒会長だったトーブの弟だな。
いずれも生徒会に所属したり、この学園に所縁の深い人物の親族ばかりだな。
名門気質のリュウヒョウらしい陣営だ。
そして、ソウチュウ・カンタンジュン・カイキ・トキと学識に富んだ人材も豊富。
これがリュウヒョウ陣営か」
スラスラとリュウヒョウ陣営の生徒の名前をあげるソウソウの姿に、後ろに控えるカコウトンは呆れ果てながらも、改めてその力を思い知らされた。
ソウソウは一度能力を認めた相手の事は忘れない。
忘れないどころか、その相手に関するありとあらゆる情報を頭に入れる。
それは面識のある無しに関わらず、ただソウソウがその能力を認めたという一点のみで行われる。
ソウソウがその名を知ってる、それだけで一つのステータスになり得る。
それがソウソウの存在だ。
それを見せつけられた今、常に側にいるカコウトンでさえ、“畏れ”を抱く。
初めて接するカイエツらにはなおさらであろう。
「そう畏まることはない。
君たちには然るべき地位を用意しよう。
しばらくこの南校舎で待っていてくれ」
そう言われ、カイエツらは奥へ引っ込んで行った。
おそらく、彼女らの見たソウソウの姿はすぐに南校舎の生徒たちに伝えられるだろう。
ソウソウへ抱いた“畏怖”は伝染する。
ここの生徒たちがソウソウを畏怖するようになれば、南校舎の統治もやり易くなるだろう、カコウトンがそんなことを考えていると、一人の男子生徒が血相を変えてソウソウの元に駆け込んできた。
「何、本当か!?
リュービが見つかっただと!」
その生徒の報告に思わずソウソウは声を上げ、カコウトンも我に返る。
血相を変えて駆け込んできた男子生徒・リリツは息を切らしながら報告する。
「はい、ブンペー将軍が南校舎の北東部で発見したそうです」
「よし、すぐにリュービ討伐に行くぞ!
我が本隊に出動要請を!」
「落ち着け、ソウソウ!
うっ…!」
ソウソウの顔は恋慕とも憎悪とも取れる見たこともない表情に変貌しており、思わずカコウトンも言葉を詰まらせた。
だが、ソウソウを止められるのは今は自分しかいないと、息を飲み込み、再びカコウトンはソウソウを引き留めた。
「ソウソウ、今は他の部隊がリュービ捜索の任務で出払っている。
ここは先にあいつらを戻すべきじゃないか」
ここ南校舎・図書室には今現在、ほとんど武将が残っていない。
だが、そう指摘されてもソウソウは決して止まろうとはしなかった。
「いや、ダメだ、カコウトン。
事は一刻を争う。
ここでリュービを取り逃がすことがあれば、先ほどハイセンが言ったように、リュービが一方面の主としてこの学園に君臨することになりかねない。
おい、リリツ。
今、捜索に出ている武将たちには、ゆっくりとこの図書室に戻ってくるように伝えよ。
急いで合流すれば、何かあったのかと動揺が拡がり、周辺勢力につけ入る隙を与えかねないからな」
「ならば、せめて俺が同行しよう」
カコウトンはソウソウにそう申し出たが、ソウソウは首を横に振った。
「それもダメだ。
カコウトン、お前が私とともに行けばここが完全に留守になってしまう。
降伏したばかりのリュウヒョウ陣営を放置するわけにはいかんだろう。
お前は私の代理として南校舎を…いや、お前は万一に備えていつでも出撃できるようにしていろ。
私の代理は…ジュンユウ、テイイク、カクらは今の仕事を終えて、私の本隊に加えるとして…
他の者は…そうだ、リリツ」
ソウソウに呼ばれ、報告を伝えていた男子生徒・リリツが返事をする。
「リリツ、お前を私の代理に任命する。
南校舎の生徒を管理し、問題があればカコウトンに伝えよ」
「は、はい!
このリリツ、大命をお受け致します」
予想外の大役にリリツは喜び勇んで、その指示を拝命した。
連絡係ぐらいに思っていた男にここを一任する様を見て、カコウトンは難色を示した。
「おい、ソウソウ。
いいのか、こんな男に南校舎を任せて」
「なに、ただの留守番だ。
有事の際にはお前がいるしな」
「うっ…わかった。
おい、リリツと言ったな」
「は、はい、カコウトン将軍!」
「俺は部隊を率いて控えているから、内部の反乱や敵の襲来があったらすぐに伝えろ。
いいな!」
「わかりました!
お任せください!」
返事だけは一人前のリリツに少々不安を覚えながらも、カコウトンは部隊の元に向かった。
「さぁ、それよりもリュービだ!
今行くぞリュービ!
決着を付けよう!」
ソウソウは万感の思いを胸に、本隊を率いて南校舎の北東部目指して出発していった。
「ソウソウ会長より思わぬ大役を拝命してしまった。
これは何としてもソウソウ会長の期待に応えねばならない。
応えれば次の役職にも繋がっていくはずだ」
図書室に残されたリリツが一人で奮い立っていると、スーツ姿の女生徒が入ってきた。
先ほどまでいた元リュウヒョウ副官・カイエツである。
「ソウソウ会長はもう出掛けられたのですか?」
「今し方出掛けられた。
何か用事があるなら、このソウソウ会長代理・リリツが聞こうではないか」
「今、ソウソウ会長に挨拶したいと、リュウショウより使者が参られました」
「ほう、使者の応対なら代理である俺の仕事だな。
ぜひ、会わねばなるまい。
客室にお通ししてくれ。
この格好ではみすぼらしいかな。
俺も準備が出来次第面会しよう」
リュウショウは西校舎を拠点とする独立勢力の一つで、今はソウソウとは友好関係にあった。
この度のソウソウの南校舎入手へのお祝いの挨拶に、リュウショウ配下・チョーショーが折悪くも、ソウソウと入れ違いになる形で訪ねてきた。
「御使者殿、ソウソウ会長は今所用で席を外していますので、代理の者が参ります。
もうしばらくお待ちください」
「ここまで待って、ソウソウ会長本人にはお会いできないのか…」
西校舎からの使者・チョーショーが落胆していると、ソウソウの代理としてリリツが現れた。
「待たせたな、御使者殿。
俺…いや、私がソウソウ会長代理・リリツである」
やって来たリリツの目に写ったのは、やたらと背の低い、長い髪に瓶底のようなメガネをかけた地味な印象の女生徒であった。
(片手で抱えられそうな小さい女だな、一年生か?
ソウソウ会長の御機嫌伺いに来たのならもっときらびやかな女生徒をよこせばいいものを…)
「私は西校舎代表リュウショウの配下・張松喬子、通称・チョーショーと申します。
この度はソウソウ会長の西校舎入手おめでとうございます」
一方、使者・チョーショーの目に写ったのは、服だけは綺麗に着飾り、椅子に深く腰かけ、背もたれに体重をかける平凡な男であった。
(これがソウソウ会長の代理の男か。
着飾るばかりで、態度も尊大…
とても群雄の使者を出迎えるほどの人物には見えないが、本当にソウソウがこの人物を代理に任命したのか?)
「チョーショー殿、この度の祝いの言葉に感謝する。
ソウソウ会長もさぞ喜ばれることであろう」
「ありがとうございます」
リリツの言葉にチョーショーが頭を下げると、両者の間にしばし静寂が訪れた。
「…………」
「…………」
あまりの静寂に、ついにチョーショーはしびれを切らして口を開いた。
「あの…、この度はソウソウ会長からは何かないのでしょうか?」
「何かとは?」
「前々回、インホが使者に赴いた時には、我が主・リュウショウに文化委員長の地位をいただきましたし、前回、我が兄・チョーシュクの時には兄を副委員長に任命していただきました。
このような使者の時には何かしらの見返りをいただくのが習わしとなっており…」
だが、そのチョーショーの言葉にリリツは激怒した。
「なんだと!
貴様、偉大なるソウソウ会長に見返りを求めるというのか!
この無礼者!
リュウショウなぞ学園の片隅に陣取る弱小勢力ではないか!
お前らなんかはソウソウ会長がその気になればすぐ滅ぼせるところを、頭を下げてきたから庇護を受けられているのだぞ!
それがわかっているのか!」
突如、烈火の如く怒り出したリリツに、チョーショーはただただ頭を下げて謝った。
「誠にその通りでございます。
申し訳ありませんでした」
「本当に申し訳ないと思っているのなら誠意を見せよ!
未だ南校舎にはソウソウ会長に逆らう者がいる。
お前たちも部隊を派遣し、ソウソウ会長をお助けせよ!」
「わかりました。
我らリュウショウからも援軍を出させていただきます」
「わかればいいのだ。
即刻、戻ってリュウショウに伝えよ」
そう言われると、追い出されるようにチョーショーは送り出された。
「尊大な代理に対応させ、さらに要求を追加してくる…
これが今のソウソウか。
すでに学園を統一した気でいるのか。
このままあの女にこの学園に委ねていいのか…
いや、必ず奴の学園統一を阻止せねばならない…!」
チョーショーは一人決意を固め、西校舎へと帰っていった。
ソウソウの知らぬところで、新たな火種が今まさに生まれようとしていた。
次回10月9日20時頃更新予定




