第88話 追放!文士コウユウ!
南校舎・図書室~
リュービとの戦いをひとまず終え、ソウソウは元リュウヒョウ陣営本拠地の図書室に帰還した。
そして、彼女の周囲には、重傷者を除くソウソウ軍の武将・参謀が集結していた。
「さて、我が軍の被害はどうなっている?」
赤みがかった長い黒髪、それと同じ色の眼に白い肌、胸元を大きく開いた服に、ヘソ出し、ミニスカートの女生徒・ソウソウは、列席する武将たちに訊ねた。
先ほどのリュービとの戦いでは、ソウソウ軍の被害は甚大で、有力武将たちにまで及んでいた。
彼女の問いに、白い学生服に、右腕に狼を模したブレスレットを付けた、緑色の髪を後ろに一つ結びにした細身の男子生徒、ソウソウ軍武将・チョーコーが答える。
「チョウシュウ、コウランの二将が重症、戦線復帰は難しいと思われます」
チョウシュウ・コウランの二将は敵将・チョーウンとの戦いに敗れ、重傷を負っていた。
その報告に対し、ソウソウはチョーコーの様子を見て答えた。
「それとチョーコー、お前も負傷しているようだな。
お前も中央校舎に戻そう」
「お待ちください!
ソウソウ会長、私はまだ戦えます!
このままここに残り、コウランの仇を討たせていただきたい!」
チョウシュウ・コウランの二人はソウソウ軍の有力武将であった。
特にコウランは、チョーコーとともに元エンショウ陣営で、長らく戦友として戦っていた。
だが、ソウソウは、負傷してなお戦おうとするチョーコーを許さなかった。
「ダメだ。
それとチョーリョー、お前も負傷しているな」
ソウソウの目は、チョーコーの隣に白に近い青白い逆立った髪に、鉢金のついたハチマキを巻き、青い道着のような服を着た屈強な男子生徒、ソウソウ軍武将・チョーリョーに移された。
「こんなものは怪我のうちに入らない!」
食い下がるチョーコー・チョーリョーの二人を押し止め、ソウソウは発言を続けた。
「お前たち、思い違いをするな。
今、南校舎の中心地を手中に収め、これからゆっくりと平定していこうという段階だ。
今は無理して戦う時ではない」
「しかし…」
「リュービ軍と戦って心が昂っているのはわかるが、今はまだ奴らの行方を捜す段階だ。
再戦があるとすれば、その先のことだ。
今、無理をして症状を悪化させることは許さん」
「わかりました」
「今は戻ろう」
「うむ。
他の負傷兵たちも中央校舎に戻せ。
休息を与えよ」
ソウソウは次に、薄手のタンクトップの上から厚手のジャケットを羽織った女生徒、元リュウヒョウ軍武将・ブンペーに話しかけた。
「ブンペー、お前の率いている部隊は元々南校舎の生徒だな。
よほどの重症者を除き、ほかは南校舎で治療にあたれ」
「はっ、わかりました、ソウソウ会長」
続けてソウソウは、黄色髪をポニーテールにまとめ、小柄で精悍な顔つきの女生徒、ソウソウ軍武将・ソウジュンへと移った。
「ソウジュン、お前の軍は特に負傷者が多いな。
全軍一度中央校舎に帰れ」
ソウジュンの部隊は、チョーヒとの戦いで半数を失い、その後の戦いでも何人もの負傷者を出していた。
だが、意気盛んなソウジュンは、そのソウソウの指示に抵抗した。
「待ってください!
私自身はまだ怪我をしていません。
私だけでもここに残してください」
「一人残ってどうする気だ」
「ソウソウ会長の軍に加えてください。
まだ私は戦えます」
ソウジュンは入学したばかりの一年生だが、早く一人前として認められたいからなのか、人一倍ヤル気を見せていた。
そして、自身の親族でもあるこの少女に、ソウソウは期待しており、そのために少々贔屓目に扱っていた。
「はぁ…仕方がない。
ソウジュン、お前を私の親衛隊に加える。
しかし、わがままを聞くのは今回だけだぞ」
「はい、ありがとうございます」
そして、ソウソウは全体に目を移した。
「では、他の者たちに告げる。
リュウソウ軍は降伏し、ここ南校舎はほぼ我らの物となった。
しかし、元々リュウヒョウ軍は複数の部活の連合体であり、この急な降伏に納得しているものばかりではない。
不平分子は各地にあり、また逃走したリュービの行方をも追わねばならない」
リュウヒョウ陣営を引き継いだリュウソウの降伏により、その支配領域の南校舎はソウソウのものとなった。
だが、実際にソウソウの支配を受け入れたのは、リュウソウ陣営の首脳部を中心とする勢力のみで、領域としては南校舎の北部周辺に止まっていた。
そのほか、ソウソウへの降伏を良しとしない勢力は、南校舎の各地に潜み、機を窺っている状況であった。
そして、すでに戦ったリュービは、行方をくらませ、その足取りは追えていない。
リュービを放置すれば、その隠れ潜んでいる南校舎の反抗勢力と合流し、より勢力を拡大する恐れがあった。
それはソウソウとしては、なんとしても食い止めたいことであった。
「そこで残った武将たちは、各地を平定しつつリュービの行方を追え。
だが、慎重にやれ。
隣の東校舎・西校舎・第二南校舎の中には我らと友好関係にある勢力もあり、まだ彼らと事を構える気はない。
それに南校舎の不平分子も我らと直接戦おうとまで思っている者は少ない。
そいつらの不安を煽るような真似はするな。
リュービを捜すのも大事だが、無闇に敵を作るような事はするな」
ソウソウの言葉に、武将たちを代表して、アゴヒゲを生やした、左眼に黒い眼帯をした男子生徒・カコウトンが答える。
「わかりました、ソウソウ会長。
では、我らはこれより各地に分散し、リュービ探索と南校舎平定を行います」
ソウソウのイトコでもあるカコウトンは、彼女に対して普段は砕けた話し方をするが、新たに加わった南校舎の生徒たちの手前、改まった口調で返した。
「お前たち、頼んだぞ。
私はこれよりジュンイクを出迎え、リュウソウ陣営の生徒たちと会って、今後の彼ら彼女らの処遇と、これからの新体制について決めていく」
ソウソウ軍の武将は南校舎各地に散っていった。
残されたソウソウとその参謀たちであったが、休む間もなく、すぐにショートカットの黒髪に、鼻に小さな丸眼鏡をひっかけた小柄な少女・ジュンイクほか、生徒会の生徒たちが今後について話し合うために中央校舎より訪ねてきた。
「ソウソウ会長、ひとまずの勝利、まずはおめでとうございます」
「ジュンイク、ありがとう…
と、言いたいところだが、あの戦いを勝利とは思えんな。
まったく、リュービには困ったものだ。
奴だけは私がどうすることもできない」
「リュービですか…」
ソウソウは口では困ったと言いながら、どこか楽しげな雰囲気が混じっていることに、長い付き合いのジュンイクは感じ取り、あえて言葉を詰まらせた。
だが、そのソウソウの楽しげな雰囲気を解せぬ者が一人、ジュンイクの連れてきた生徒の中より進み出てきた。
恰幅の良い、広い額と長い眉の男子生徒の名はコウユウ。
かつてリュービとも交流のあった人物である。
「ソウソウ会長代理。
私とリュービ君はともに協力して黄巾の不良生徒を撃退し、それ以降、強い友情で結ばれております。
何卒、私にリュービ君説得の使者をお命じください。
必ずやソウソウ会長代理の憂いを払って見せましょう」
そのコウユウの発言に、スッとソウソウの顔が曇る。
「コウユウ…
お前は私とリュービの間に割って入ろうとする気か」
「も、申し訳ありません…ソウソウ会長代理」
その一瞬の空気の変化に、さすがのコウユウも感じ取り、あわてて頭を下げた。
「いや、コウユウ、貴様がリュービとの折衝にと名乗りを上げたのはこれが初めてではなかったな。
これ以上、私とリュービの問題に水を指すのは許さん。
ソウジュン、親衛隊として最初の仕事だ。
この者を捕らえよ」
傍らに控えていたソウジュンは数人を従え、喚くコウユウを取り押さえ、別の部屋へと連行していった。
それを見てジュンイクはすぐにソウソウに謝罪した。
「ソウソウ会長、申し訳ありません。
コウユウ先輩が同行を強く望んだので連れて来ましたが、やはり連れてくるべきではありませんでした。
どうか、寛大な処置をよろしくお願いいたします」
コウユウがソウソウの機嫌を損ねるのはこれまでも度々あった。
ジュンイクもいつものことと、頭を下げたが、今回のソウソウの様子はいつもと違っていた。
「ジュンイク、コウユウはリュービとの一度の交流をもって、自分をリュービの無二の友人と称し、私との間に割り込んでくる。
これ以上、奴が私とリュービの戦いに水を差すことは許さん。
奴をこの学園より追放せよ」
追放の言葉に、ジュンイクは驚き、あわてて彼を取りなした。
「お待ちください。
コウユウは学園内でも名声高い生徒。
生徒会を運営する上で彼の名声は役に立ちます。
二度とリュービとの件を口に出さぬよう厳命致しますので、追放まではお止めください」
「その名声をあてにしてのこの増長だ。
許すことはできん」
「お言葉ですが、ソウソウ会長はリュービに肩入れしすぎではないですか?
彼は数ある敵対勢力の一つにすぎません。
もし、ソウソウ様個人が彼に特別な感情を抱いていたとしても、今のあなた様はこの学園の会長です。
刑罰は会長の立場をもって公平に行うべきかと存じます」
ソウソウにとってリュービは敵である。
それも強大とは言い難い敵の一人である。
だが、ソウソウのリュービに対する認識は数ある敵の一人では明らかになかった。
「私の右腕であるジュンイクの言葉とは思えんな。
リュービは勢力こそ今はまだ小さいが、過小評価すれば足下を掬われる。
リュービこそ私に次ぐ英雄である。
私にとってリュービは最大のライバルであり、最大の理解者だ」
しかし、その言葉にジュンイクが反応する。
「最大の理解者…
それはソウソウ様の右腕たるこの私よりもですか?」
そのジュンイクの言葉に、ソウソウしばしの間押し黙り、再び口を開いた。
「…今のは失言だった。
許せ」
「はい…」
「だが、リュービとの戦いはコウユウの説得で解決する問題ではない。
コウユウがリュービの話題を持ち出す度に、我が陣営のリュービの評価が低くなり、かえって害悪をもたらすだろう。
奴を追放する」
「しかし、それでは他の生徒から批判が…」
「コウユウのこれまでの言動をチリョに記録させている。
他の生徒を納得させるだけの弾劾文を作らせよう。
そうだな、ロスイが良い。
奴の文才なら、皆を納得させる弾劾文を作成できるだろう」
「ですが…
いえ、わかりました」
先ほど失言だったと言われたジュンイクであったが、ソウソウの中でのリュービの存在が自分の想像する何倍も大きなものだと知り、コウユウを助けるのは無理だと悟り、これ以上の口出しは止めてしまった。
こうして学園を逐われることとなったコウユウは、一篇の詩を遺して、学園を去っていった。
口数多くは身を敗れ
器の漏れは避けられず
河の決潰 始まりただの蟻の孔
山の崩壊 始まりただの猿の穴
小さな流れは大河へと
明るい窓は冥途へと
公正害う謗り言
白日おおう浮し雲
言辞に忠誠なかりしも
華咲きその実は実らずも
人の数ある心うち
どうして一つになれようか
三人語れば虎となり
膠漆の仲をも引き離す
生きれば続く苦悩の日々
永遠の眠りで万事は畢る
「…以上がコウユウ先輩が学園を去られる折に詠まれた詩です」
中央校舎の外れ、一組の男女のみがその薄暗い教室にいた。
長身の女生徒の方が身を屈め、男子生徒に報告を行った。
男は椅子に腰掛け、片肘をつき、足を組み、目を瞑って黙ってその報告を聞くと、一息ついて後、口を開いた。
「素晴らしい…!
まさしく文章は治国の大業、不朽の盛時!
特にコウユウ先輩の文才は高妙にして、他者より大きく優っている。
ああ、なのに、なぜ、“姉さん”はそれだけの才を持つコウユウ先輩を追い出してしまわれたのか…」
その男子生徒は大きくため息をついた。
「いや、逆なのかもしれないな。
コウユウ先輩はここまで追い詰められたからこそ、これだけの名文を遺せたのかもしれない。
どうだ、試しに誰か文才のある者を徹底的に追い詰めてみないか?
もしかしたら後世に残る名文を生み出すかもしれないぞ」
その男子生徒の発言に、女生徒はその鋭い眼光を向け、答えた。
「それは…冗談にしてもあまりよろしくない発言かと思われます」
「そうか、ならば忘れよ」
「わかりました」
「では、お前は引き続きコウユウ先輩の遺された詩文を集めてくれ。
金がかかってもかまわん。
頼むぞ、“シバイ”よ」
「はい、承りました。
“ソウヒ”様」
次回は9月11日20時頃更新予定です




