第87話 希望!第三の英雄!
「ソウソウ軍の追撃を振りきれたな。
しかし、多くの者たちが捕虜に捕らえられてしまった。
軍の立て直しをしたいところだが…」
なんとかソウソウの追撃を振り切り、逃走に成功した俺たちであったが、その傷痕は大きなものであった。
黄巾部隊はほぼ壊滅し、ジョショを初め、多くの生徒が敵の捕虜となった。
できれば軍の再編をしたいところだ。
目にかかるぐらいの長さの薄水色の髪、まだ幼さの残る愛らしい顔つきの、小柄な女生徒、軍師・コウメイが俺に進言をする。
「いえ、リュービさん。
早くこの場を動くべきです。
この渡り廊下を封じたとはいえ、ここは学校、迂回路はいくらもあります」
コウメイの友人でもあるジョショとは、いつの間にかはぐれてしまい、この渡り廊下に来た時には行方がわからなくなっていた。
彼女も内心、ジョショの行方を心配しているだろうに、それでも軍師としてこのリュービ陣営を第一に考えてくれている。
「そうだな、コウメイ。
早くリュウバンさんたちと合流しよう。
…ん、リュウバンさんから着信が来てる」
撤退戦に集中して気がつかなかったが、俺のスマホにリュウバンから着信が来ていた。
遊撃隊を率いるリュウバンは、リュウソウの降伏に同調せず、ソウソウと戦う道を選んだ。
そのリュウバンは、ソウソウが来るよりも前から南校舎の南部に陣取っていたから、そのまま南部を確保し、俺たちと合流する手筈となっていた。
俺は急いでリュウバンに連絡を入れた。
『リュウバンさん、すみません。
すぐ電話に出られなくて』
『いや、お前の事態は聞いている、気にするな。
それとすまん。
南校舎南部で合流しようという話だったが、ソウソウ軍侵攻の話を聞き、部下の多くが恐れて逃げ出してしまった。
残念だが今の戦力での戦線維持は不可能と判断し、我らは一足先に第二南校舎のゴキョと合流することにした。
リュービ、君もゴキョの元に来て欲しい。
ここで共にソウソウを討とう』
リュウバン隊はすでに、ここ南校舎より撤退してしまっていたようだ。
ゴキョも元リュウヒョウ配下で、第二南校舎確保のために派遣されていたが、今回のリュウソウの降伏により、そのまま第二南校舎で独立したような形となっていた。
「…ということだそうだ」
俺はそのままコウメイたちに伝えた。
コウメイはこの事態をある程度予想していたのか、あまり表情を変えず返答した。
「仕方がありませんね。
我が軍の戦いの様子だけ聞けば惨敗ですからね。
チョーヒさんやチョーウンさんの活躍が伝わるまで少し時間差があるでしょうし」
先の戦いで、義妹・チョーヒは一人で千ほどもいるソウソウ軍を追い返し、武将・チョーウンはそのソウソウ軍の中を縦横無尽に駆け抜けた。
その戦いぶりを聞けば、また評価も変わっただろうが、全体の惨状を聞けば、やはり多くの者はソウソウ軍に恐れをなすだろう。
「では、俺たちも早くゴキョさんのところに行こうか」
俺は第二南校舎目指して出発しようとしたが、コウメイは渋る様子で、引き留めた。
「いえ…我が軍はリュウキさんと合流したとはいえ兵力が多くありません。
リュウバン軍も逃亡兵が出て減ったとなれば、ゴキョさんと合流しても戦力が足りません。
それどころか兵が少ないまま合流すれば、ゴキョさんの部下になりかねません」
リュウヒョウの元でお世話になっていた時、ゴキョとは少し親交があったが、それはあくまで俺が客将という立場であったからだ。
元々、ゴキョは人の指図を好むタイプではないし、このまま合流して同盟軍を結成すれば、現時点で兵力の多いゴキョが盟主になろうとするのは明白だろう。
「しかし、募兵の宛てもないし、ここに止まるわけにもいかない。
他に何か策があるのか?」
俺の問いにコウメイは静かに返した。
「そろそろ事態が動く頃かと思います」
「事態が動く?」
コウメイの真意が掴めないでいると、横から青髪に、スーツ姿の男子生徒、補佐官・ソンカンが俺の元に駆け込んできた。
「リュービさん、東校舎のチュー坊さんの使者と名乗る者が面会を求めています」
「どうやら事態が動いたようです」
俺たちの前に現れたのは、東校舎の勢力、チュー坊陣営からの使者を名乗る、灰色の長い髪に黒いリボンをつけ、ブラウスの上から黒いローブを羽織り、手に扇子を持った一人の女生徒であった。
「お初にお目にかかります。
私、チュー坊様配下の櫓粛乃、ロシュクと申します。
早速ですが、リュービさん、この後どの様になさるおつもりでしょうか?」
ロシュクと名乗るその使者は、せっかちなのか挨拶もそこそこに、すぐに質問に移った。
だが、こちらも今は急ぐ身、話は手短な方がありがたい。
「この後は第二南校舎のゴキョさんと合流しようかと考えていたのですが…」
「それはなりません、なりませんとも」
俺が言い終わるより先にロシュクが話を遮った。
「それは下策です。
ゴキョは平凡な人物で、いずれどこかの勢力に平呑されるでしょう。
それならば東校舎に来ませんか?」
「東校舎…
チュー坊さんのところへですか?」
「はい。
チュー坊様は、仁徳を持ち、賢者を敬い、東校舎の豪傑がこぞって心服しております。
その上、将は優れ、兵は精鋭です。
リュウヒョウが潰れた今、ソウソウに対抗できるのはチュー坊様しかおりません。
我らと同盟を結びましょうぞ!」
彼女は早口で捲し立てるように、俺に迫ってくる。
確かにソンサク軍の強さを俺は知っている。
その軍をそのまま受け継いだ弟のチュー坊と同盟を組めれば、かなり心強い戦力となる。
だが、その同盟の前に俺には一つの懸念があった。
それはこのロシュクという女生徒を信じていいかということだ。
「俺はソンサクの時にその部下の何人かと面識を持っている。
しかし、ロシュクさん、俺は君とは会ったこともないし、失礼だが名を聞いたこともない。
あなたは本当にチュー坊君の配下で、この同盟をチュー坊君は了承しているものなのか?」
黒いローブを羽織った女生徒・ロシュクは少しも臆することなく、なるほど、なるほどと頷きながら答えた。
「あなたに隠しても仕方がないのではっきりと言います。
私はまだチュー坊様の正式な配下ではありませんし、この同盟は私の独断です」
あまりにも悪びれずに答えるので、俺は一瞬、唖然としてしまった。
「ふざけないでくれ!
そんな同盟があるものか!」
正式な配下でも無い者を介して、相手の意思も確認せず同盟なんて組めるものか。
そもそもチュー坊は、少なくとも形の上ではソウソウとは友好関係を築いている。
下手に誘いに乗れば、ソウソウとチュー坊の挟み撃ちに合いかねない。
しかし、激昂する俺に対して、微動だにせず、この怪しげな女生徒・ロシュクは変わらぬ調子で話を続けていく。
「チュー坊様への説得はこれからです。
これは賭けです。
しかし、リュービさん、あなたはこの賭けに乗るしかないはずです。
この賭けに勝つ以外、あなたがソウソウを退け、生き残る道は他にないはずですぞ」
ロシュクは満面の笑みで俺に語りかけた。
まったく、なんて奴なんだ…
まるで博打を楽しんでいるようにしか見えないが、しかし、ソウソウに対抗することを考えれば、今一番手を組むべき相手は…
チュー坊…!だが…
「リュービさん、ここはチュー坊さんと手を組むべきです。
それが最良です」
俺が迷っていると、うちの軍師・コウメイも同盟を進めてきた。
「しかし、チュー坊の説得に失敗すれば俺たちに逃げ場はないぞ。
最悪、チュー坊が敵に回ることだってあり得る」
「私がロシュクさんに同行し、共に説得に当たります」
コウメイの使者の立候補に、ロシュクは跳び跳ねるように喜んだ。
「おお、来ていただけますかな。
えーと、あなたは…」
「この娘は俺の参謀のコウメイです」
俺はロシュクにコウメイを紹介した。
「コウメイ?
おお、もしかして諸葛孔明さんですかな。
私はあなたのお兄さんのショカツキンとは友人ですぞ。
よろしゅうよろしゅう」
「は、はい…あのあの…よろしく…お願いします…」
コウメイに兄がいたのか。
ロシュクはその兄を介してコウメイを知っていたようで、もう友達のように親しげに握手を求めている。
だが、コウメイからすれば初対面の相手、おもいっきり人見知りを発動しておどおどしている。
「すまない、この娘は少し人見知りで…
大丈夫か?」
「はい…大丈夫です」
「俺とは普通に話せていたから、つい人見知りのことを忘れてしまうな」
「ある程度慣れると普通に話せるんですが、初対面の方はちょっと…」
「大丈夫か。
というか、説得なら俺も一緒に行こう」
説得なら人と話さないといけない。
とてもコウメイを一人で行かせれるような状態に見えない。
「リュービさん、それはダメです。
先ほどもゴキョさんの時に言ったように、兵が少ない状態で他勢力に赴けば部下として扱われてしまいます。
対等な同盟を結ぶまではリュービさんは、いえリュービ軍は南校舎に留まっておいた方がいいです」
俺たちの陣営は、今まで一つの部隊規模であったため、どの勢力にいっても客分といえば聞こえはいいが、配下のように扱われてきた。
だが、コウメイはここでチュー坊と、あくまで対等な同盟を結ぼうとしている。
それは今までの俺たちにはできなかったことだ。
ここは彼女に任せよう。
「リュービさん、心配なら私がコウメイちゃんに同行しますよ」
茶髪をおさげに結い、浅黒い肌に、メガネをかけた女生徒、コウメイの友人・ゲツエイが顔を覗かせる。
ゲツエイが同行してくれるなら、コウメイの人見知りも多少は緩和されるだろうか。
「そうか、わかった。
コウメイ、君にすべて任せよう。
ゲツエイ、コウメイを頼んだよ。
…しかし、それなら俺たちはどこに行くべきだろうか」
南校舎に留まるといっても、すでにこの校舎はソウソウの侵攻を受けている。
この辺りに潜んでも、いつソウソウに見つかるかわからない。
俺が逡巡していると、リュウヒョウの弟・リュウキが提案をしてくれた。
「リュービさん、それなら我々が拠点にしていた南校舎の北東部はどうでしょうか?
拠点の教室はソウソウに奪われましたが、まだ他にも教室はあります。
勝手もよく知っているので、少しの間であるなら、ソウソウから身を隠すことは充分できます。
東校舎とも渡り廊下で繋がっているので、万が一の時はすぐに逃げ込む事ができます」
「わかった。
では、俺たちはそちらに移ろう」
チュー坊がソウソウと組めば、挟み撃ちに合うリスクはあるが、ここはうちの軍師を信じ、賭けてみよう。
「リュービさん、こちらをお願いします」
その軍師・コウメイより、二枚のメモを手渡された。
「コウメイ、これは?」
「一枚目のメモには、これからソウソウと戦うにあたり、リュービさんたちにやって欲しいことです」
「蛍光灯とかあまり関係ないようなことが書いてあるのだが…
まあ、君の言うことだ、考えあってのことだろう。
必ずやっておくよ」
「そして、二枚目は、ソウソウに勝った後のことです」
“ソウソウに勝つ”
確かにコウメイはそう言った。
「勝てるのか、ソウソウに」
「勝ちます。
そして、それが前に申し上げた天下三分の計の第一歩となります」
俺はコウメイの考えがすべてはわからない。
だが、俺はあの時、コウメイの智謀を信じ、彼女を軍師として招いた。
今は彼女の策に委ねよう。
「わかった。
コウメイ、チュー坊との同盟を、天下三分の計を頼んだぞ」
「はい、必ずや成功させます」
こうして俺たちリュービ・リュウキ陣営は南校舎の北東部に身を潜め、コウメイ・ゲツエイはロシュクの案内で、東校舎のチュー坊の元に旅立った。
次回9月4日20時頃更新予定




